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Ryo Original Story



OUT SIDE


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     0

 世界なんてさ、砂のお城みたいなものなんだ。


     1

「なんで、生きていられるんだと思う?」
 なんの前触れもなくなんの躊躇もなく、それが自然であるかのようにそれが必然であるかのように、蔑んだ様な憐れんだ様な、とても自然でとても不自然で、ただの会話の流れの一つであるかのごとくすらっと言ってのけた。
 彼は、全てを悟ったような何も知らないような、喜びに満ち溢れた悲しみに満ち溢れた、楽しさも怒りも全てを詰め込んだ表情で、ただ笑った。
 それでも言葉は続けられる。一度出た言葉はもとには戻らないというのに、一度ついた傷は決して消えないというのに、ナイフを突き立てるかのように、ゆっくりと静かに大きな波を起こさないように、ただ確実に後が残るようにゆっくりと心を突き刺していく。
「俺はさ、人殺しがなんで生きてられるのか不思議でたまらないんだ。
やつらは、なんで生きていることが出来るんだろうな? 人間一人殺しておいて、人間一人の人生に幕を引いておいて、なんで笑うことが出来るんだと思う?
人殺しにも苦しみや悲しみがあるんだって言う人もいるけどさ、殺された人は苦しくなかったのかな? 悲しくなかったのかな? 自分の人生が他人の手によって消されてしまって、本当に満足出来ているとでも思ってるのかな?
人殺しは悲しみや苦しみ、ましてや喜びや怒りなんて思考していいのかな? 人一人が出来なくなってしまったことを、のうのうとしていていいと思うかい?
だけど、それを否定するってことはさ、喜怒哀楽の感情を持ってはいけないってことになる。そんな思考をもたない生物を人間と呼べると思う?
俺は思えない、そんな物はロボットと変わりないさ。だったら、生きているとはいえないだろう?
だからさ、俺は思うんだ。なんで、人殺しってのは生きてられるんだろうってね」
 迷いなく、途切れなく、一定のペースで一定の声量で、抑揚もなく起伏もなく、嫌悪感を表に出して、憎悪感を表に出して、ゆっくりと突き刺していく。
 それでも彼は笑っていた。ただ、ただ笑っていた。こんな話を突然聞かされて、ただ笑っていた。それは、自然な笑顔で、歪な笑顔で、全てを諦めた笑顔で、全てを受けいれている笑顔だった。そして、彼はゆっくりと後ろに後退し…。

     2

 真っ白な感覚の後、ゆっくりと意識が覚醒し始めました。次第に人の喧騒の声や悲鳴が耳を支配し始めて。どうやら目の前の状況についていけなくて、思考が止まってしまっていたようです。
 ほんの数十秒前まで僕は、彼と話していました。どれほど意識を脱していたか正確にはわからないので、必ずしもそうとは言い切れないですが、おそらく間違いないと思います。
 午前の授業が終わって、昼ごはんを食べていたところでした。今日は天気もよく、六月頭という季節にしては陽もさほど強くなかったので、僕たちは屋上で食事をしていました。
 僕たちは最近話題になっている連続殺人事件の話をしていました。はい、3人もの人がすでに殺されているあの事件です。
 あの事件には僕たちも深く関わりあっていたので、お互いに知っている情報を交換し合っていたところでした。
 と言っても、警察の発表内容以外に僕たちが知っていることはほとんどなかったから、大した成果はありませんでしたけど…。
 はい、その後は最初にお話した通りです。彼が僕達に背を向けて突然走り出して。僕が彼を追い詰めるようなことを言ってしまったんではないかと思うと…。
 お力になれなくて、すいません。でも、彼がどうして屋上から突然飛び降りたのか…僕には、分かりません。


     3

 外に出ると太陽が沈み始めていたが、この季節特有のジメジメした空気はまだまだ主張したりないらしく、身体をべちゃっとした感覚が包む。今まで、冷暖房が完備された部屋にいたせいで、余計にそう感じるのかもしれない。
 警察での事情聴取はゆうに三時間近く続けられた。それは僕が今回の事件の情報を話せる数少ない人間であるにも関わらず、しっかりと思い出せないと主張を行ったせいだろう。しかし、それだけでないことは分かっている。本当の理由は、僕が今回の事件の容疑者だからだ。
 事件が起きた場所は学校の屋上。そこに行くには階段を上がって行くしかなく、事件の後下りてきた人はいないと、事件直後から階段近くにいた生徒が証明しているらしい。そして、事件の後に屋上に登ってきた人を除くと、事件当時その場にいたのは被害者の彼と僕ともう一人だけ。結果、容疑者は僕達だけに絞り込められて、自殺・他殺の両面から一応調査は行われているという状況のようだ。
 次に僕ともう一人が今回の事件だけでなく、少し前に他の事件でも警察の事情聴取を受けているというのも、大きな要因の一つなんだろう。
 その事件というのは、今名古屋で大きな話題を呼んでいる連続殺人事件のことだ。
 被害者は共通して名古屋にある高校の男子生徒。あまり模範的な生徒とはいえず、どちらかと言えば問題を起こすことの方が多い生徒たちだった。
 学校側も対処に困っていた上、今回のような事件のせいでマスコミに学校の名が知れてしまい、大きな損害を受けているのだろう。やっかいな生徒が最期までやっかいな事件を起こしていったといった表情での記者会見が、克明に思い出せる。当然の報いだと言ってる人までいるらしい。
 しかし、世間の掃き溜めのように扱われている先の事件の被害者たちは、僕と今回の事件の彼、そしてあの場にいたもう一人の友人を含めた中学校時代からの友人だった。僕たちは小学校からの腐れ縁で、時々みんなで集まっては、馬鹿騒ぎをして遊んでいた。
 そんな何も変わらない毎日が続いて行くと思っていた矢先、友人の一人である渚が殺されてしまった。犯人は不明。動機も不明。殺害方法は、ナイフで頚動脈をバッサリ。検死をした人は、かなりの痛みはあっただろうけど、即死に近かったから不幸中の幸いだろうと言っていた。
 不幸に幸いもくそもないだろうと思ったが、僕がそんなことを言っても仕方がないので、押し黙っていた。
 それから五日後。次に殺されたのは六人のなかでも一番タチの悪かった晃だった。彼が死んだと聞いたときは、本気で「冗談だろう?」と切り返してしまったくらいだ。
 しかし、彼も事実殺されていた。今回も首筋をナイフでばっさり。ナイフの切り口から、型とかが分からないものかと聞いてみたのだが、どうやらそういったことはよほど特殊な形状のものでないと難しいらしい。使われたナイフおそらく何処にでもある一般的なもので、簡単には分からないようだ。
 この時点で連続通り魔殺人事件と判断され、テレビ・新聞などのメディアでも大々的に報道された。名古屋では夜中に一人で歩く人の数が激減し、小学校などでは、上級生を含めたグループでの帰宅が義務づけられたりした。
 そんな感じで事件がどんどん大きくなっていく中、警察はこれ以上の事件の拡大を恐れて容疑者探しに躍起になっていた。
 まぁ、警察にも面子ってものがあったんだろうけど、それからすぐに容疑者を四人に絞り込んだんだ。つまりは残った僕ら四人。その中でも殺された二人と特に友好が深かった透は以前に色々と問題を起こしていて、警察のお世話になったことがあったから、最重要容疑者になっていたんだ。
 生活には監視がついて、行動が規制されてといった感じで。まるで犯人と決め付けられているみたいな感じで、見ていて可哀想になった。
 だけど、事件は無情にも続いていった。晃が死んでから一週間後のこと。警察の監視が行われていなかった少しの時間。ほんの数分程度の時間で、三回目の殺人は起きた。
 被害者は最重要容疑者だった透。
 警察は驚いたけど、自分たちの監視が外れた瞬間の事件だったため、マスコミには透が容疑者であったことは発表しなかった。自分たちの失態が露見することを恐れたんだ。
 容疑者が未成年だったために、公開捜査にならなかったのが、結果的に面子を守るのに役立ったって感じ。これに関しては警察に否があるわけではないことは理解していたので、マスコミにばらしてしまいたい気持ちを押さえ込んでいた。
 それに、そんなことをしたところで、死んでしまった三人が戻ってくるわけでもなかったから。
 また、三回目の事件では現場には殺人に使われたと思われるナイフが落ちていて、警察は連続殺人で使われたものとして、調べることにした。検証の結果、刃の形が先の事件も物とも一致し、犯人逮捕を重要な手がかりとして、警察は調査を進めていくことにした。
 このとき、ナイフから指紋を検出しようとしたのだが、すべて拭かれていたか、犯行時に手袋をしていたらしく残っていなかったらしい。
 しかし、ナイフが落ちていたということで、警察はすぐには事件が起きないとふんで、ゆっくりと調査を進めていくことにしたらしい。
 それが一昨日のこと。そして今回…僕は、奇しくも四つ目の動かぬ死体となってしまった誠ともう一人の三人で、今までの三つの事件が行われた状況や時間、殺害方法について話合うことにしていた。僕は少し遅れて屋上に向かったんだ。そうしたら、誠が突然屋上から飛び降りて…。
 被害者である誠は、透ともう一人の容疑者である慎と幼馴染で、すごく仲が良かったから、僕も自殺かとも考えたんだ。でも、それを証明することが出来ないので、僕と慎の二人が容疑者になっている。
 しかし、僕達がやったという証拠はなく、目撃者もいない。確かに、容疑者であることは逃れなれないのは事実だけど、犯人と断定することもできないのも事実。今は、警察の動きを待つのが得策だ。
 僕はゆっくりと思考を巡らしながら、自宅への道を歩いていった。


     4

 翌日、あんな事件があっても学校は通常通り実施された。変わった点といえば、正門前でたむろしているマスコミに対する無駄な接触を避けるために、校庭での体育の授業が、屋内か教室に変更されたくらいだ。
 あんな事件があっても、日常は続く。僕のような関係者にしてみれば、色々と考えることがありすぎて学校の授業なんて聞いている気分ではないのでが、誠や先の事件の三人を知らない奴らにしてみれば、迷惑なだけなのだろう。僕の通っている学校はそこそこの進学校だから、バカなことをしてくれたおかげで、進学に響くとでも思っているのかもしれない。
 そんなことを考えながら、ふと前を見ると槙が真面目に授業内容をノートに書き写していた。その姿はまるで何も知らない生徒のもので、あいつが容疑者であるなんてことを錯覚してしまいそうなほどに自然だった。まるで、とっくに全てを受け入れているかのようなそんな印象さえ受けた。
 僕がそんなことを考えながら慎を見ていると、不意に授業終了のチャイムが鳴り響いた。鞄に荷物を詰め込んで、慎に今後のことについて話をしようと思い顔を上げると、もう教室の中に慎の姿はなかった。今日は、この後再度警察に出向くように言われていたので、何を警察に話すかについて、慎と意見を合わせておこうと思ったのだが…。
 僕は仕方なく、鞄を掴むと一人で教室を後にする。クラスメートが不謹慎に頑張れよ〜などと言っているのに後ろ手で手を振りながら、頭では警察で話す内容について思考を巡らせる。昨日と考え方や意見が変わってはいけない。内容は自分の中で明確に確立し、一分の無駄もないようにしないと、簡単に気付かれてしまう。
 そう…僕は嘘を警察に嘘をついていた。


     5

「それじゃあ、改めて聞くよ。ゆっくりでいいから、しっかりと思い出して答えてくれ」
 ほどよい体感温度、ほどよい光量、身体はリラックスして、気持ちも自然とほぐされてくる。そんな感覚を客観的に受け止めながら、僕は意識をしっかりと持ち直した。
 僕は今、警察で事情聴取を受けている。初めて事情聴取を受けたときは、緊張してしまい焦って支離滅裂なことを言ってしまったけど、五回目ともなる今ではある程度自分を制御することができるようになった。
 向かいには、まだ若い刑事さん(名を林さんという)が座っている。温和といった感じではないのだけど、人を安心させる雰囲気を持っている人だ。高圧的な態度や、恐怖を与えることは不可能だろうが、犯人を説得させるには持って来いの人材だろう。だからと言って、自分のペースを崩すつもりはさらさらないが。
 僕は、林さんをしっかりと見据え、落ち着いた口調で答える。今更、無駄なことを考えても仕方がない。昨日言った内容を、違わぬようにしっかりと意識することだけに、全力を注いで努めることにした。
「はい、わかりました」
「ああ、よろしくたのむよ。君は、誠君が屋上から飛び降りるのを目撃したんだね」
「はい、見ました」
「では、なぜ彼が飛び降りたのか…その辺のことについて話してくれる?」
「すいません、昨日もお話したと思うんですが、その辺りのことは僕もわからなくて、明確なお答えをすることができません」
 落ち着いて、ゆっくりと、臆することなく、違うことなく、相手の言葉の真意をよんで、相手の心の真意をよんで、静かに言葉を紡いでいく。なるべく受動的に、なるべく機械的に、相手の考えに添って、自分の知っている真実に反して、ただ自分の信じている真実に添って言葉を紡いでいく。
「そうだったね、その点は『今』は信じてるよ。昨日、慎君が君は一言も話していないと証明してくれていたからね。
話していないなら突然の誠君の行動に対する答えを持っていなくても納得できる。じゃあ、君が明確に答えられる最期の記憶は何かな?」
「僕が答えられる最期の記憶は…僕と慎と誠、三人で前の事件について話していました。内容は他愛もない、警察の発表の反復みたいな内容でした」
「前の事件ってのは、君たちの友人が死んでしまったあの事件だね。あの犯人については、警察でも情報を募り捜査をしているから待って欲しい。君たちが、自分たちで解決したいって気持ちはわかるけど、相手はすでに三人もの人間を殺している殺人犯だ。
それに今までの流れだと、君たちが狙われる可能性が高い。下手なことに首を突っ込んで、無駄死にはしたくないだろう? せっかくアリバイがあって、容疑者から外れているんだから。
君も慎君も、死んでしまった誠君もね」
 林さんの言葉に、ピクと反応してしまう。
 今、この人はなんて言った? 先の三人の事件で、僕たち三人は容疑者から外れている? それは、僕も慎も、そして誠もということか? それが本当だとすると、僕の考えていたことは狂ってきてしまう。まるで、違うパズルのピースを、無理矢理はめ込んで完成させていたことに気付いた時のような違和感。思考が一時的に停止してしまい、自らの世界に入り込んでしまった。
「お〜い、どうした? 大丈夫かい?」
 突然目の前で聞こえた声に、ハッと意識が覚醒する。どうやら、少し周りが見えなくなってしまっていたみたいだ。
「あ、すいません。大丈夫です」
「そうかい? ならいいんだけど…。でも、突然どうしたんだ?」
「いえ、少し驚いただけです。もう大丈夫なんで…」
 そう言ってしっかりと椅子に座りなおす。額に嫌な感じの汗が滲んでいたが、あえて拭わずにそのままほっておいた。今は、先ほどの林さんの言葉について、考え直すことが先決だった。
「驚いたって、すべて君が知っていることだろう? それとも、何か知らないことでもあったのかい?」
 林さんが僕を試すような口調で、問いかけてくる。ここで、話に乗らないほうがいいのだろが、今はそんなことは言ってられない。少しでも情報を集めて、自分の考えを構築しなおさないといけない。僕の考えが間違っていると証明されたら…その時は、全てが変わってきてしまう。僕は恐る恐るといった感じで、林さんに質問をした。
「僕たち全員のアリバイがあると言うのは、本当ですか?」
「ん? ああ、そうだよ。最初の事件の時に誠君が一人でいたと言っているのと、二回目の事件の時に透君が家にいたと言うものをアリバイと認めない場合は、その二点だけ空白になるが。それ以外の事件では晃君を含めて、全員にアリバイがある。今回の事件は手口・使用された道具が同じだったから同一犯と警察では考えていてね、最初の事件で誠くんにアリバイがないのは気にはなっていたんだが、それを透君が見かけたと証明しているから、一応はアリバイ成立。だから警察では、二回目の事件でアリバイのなかった透君を容疑者にしたんだよ。まぁ、これも外れてしまったがね。おっと、少し不謹慎だったかな、悪い君の友人だったね」
「いえ、大丈夫です。答えてもらえてありがとうございます」
「いや、ほんとは秘密なんだが、まぁ構わないだろう。実のところ、僕は君が犯人だとは思っていないんだよ。だから、特別さ」
 そういって、林さんは笑った。僕も笑い返そうと思ったけど、どうしても顔が引きつってしまう。まるで、悪い悪夢を見ているかのようだった。今までも悪夢を見ているような気分だったけど、今回のは更にタチが悪い。不協和音のような感覚がなくなって、綺麗になるどころか、騒音で隠されていた本当に嫌な音が現れたって感じだ。僕の考えが本当に正しければ…。
「どうした? 真っ青だぞ、大丈夫か?」
 どうやら、隠しきれていないようだ。そりゃそうだ、自分でも思考が制御できない。このままだと、色々と言ってしまいそうだった。僕は精一杯気持ちの悪い演技をしながら、林さんを向き直る。林さんは本当に心配そうな表情をして、こっちを見つめていた。はは、本当にいい人だこの人は。今、ここで全てを話してしまいたい衝動に駆られる。胸の中のむかつきを全て、吐き出してしまいたくなる。しかし、それは出来ない。先に死んでしまった四人のためにも、そして僕と慎のためにも。
「すいません、気分が悪くなっちゃって…」
「そうか、それじゃあ今日はこの辺にしておこう。もう一回くらい来てもらうことになると思うけど、それはこっちから連絡するから」
「はい、すいません」
「いや、気にしなくていいよ。それじゃあ、今日はお開きだ。歩けるかい?」
「大丈夫です。それじゃあ、失礼します」
 僕は立ち上がり、一礼する。今は今後のことに対する考えで頭が一杯だった。このくだらない連続殺人をどう終わらせるか…。それだけを、考えていた。
 警察署を出て、外に出ると相変わらず暑い日ざしが照りつける。僕はOFFにしていた携帯の電源を入れると、電話帳から一人を選んで電話をかける。
 ワンコール、ツーコール、スリーコール…四回目のコール音の途中で電話が繋がる。電話越しの相手の声は冷静で、今までと何も変わらないように感じた。それだけに、僕は恐怖を覚え、それだけに僕は覚悟を決めた。
「慎、今から学校の屋上に来てくれ。入れるようにしておくから、なるべく早く来てくれ」


     6

 辺りには強い風が吹いている。辺りは夕焼けに赤くなっており、もうすぐ来る夜の時間に向けて刻一刻と準備が進んでいた。僕は、入室禁止になっていた屋上への鍵を晃に教えて貰った方法でこじ開けて入り、扉の方を向いて立っていた。
 僕は事件の真相を、ここで全てを明らかにするつもりだった。警察にはいうつもりはなかったし、ここで話した後でも、警察には行くつもりはない。僕たち六人の間で狂ってしまった、歯車を修正したいだけだった。そのためにも、今日この場で全てをはっきりさせなければいけない。真実に気付いた今でも、自分の考えが外れていることをどこかで祈っていた。
 僕がそんな感じで立っていると、ゆっくりと屋上の扉が開く音が聞こえた。曖昧にあたりに散らしていた視線をしっかりと、扉へと向ける。そこには、何も変わらない、事件の前と何も変わった様子のない慎が立っていた。
「よぉ、慎」
「よぉ、どうした? こんな所に呼び出してさ」
「いや、今までの四つの事件について謎解きをしようと思ってね。そのためには、僕達二人は必要不可欠なピースだろ?」
「確かにな。それにしても、お前犯人がわかったのか?」
「ああ。その前に、いい加減その何も知らないって態度やめろよ。見てて虫唾が走るんだ。殺人犯のお前がそんな表情をしてるとな」
 ついに言ってしまった。一度出た言葉はもとには戻らないというのに、一度ついた傷は決して消えないというのに、ナイフを突き立てるかのように、ゆっくりと静かに大きな波を起こさないように、ただ確実に後が残るようにゆっくりと心を突き刺していく。
 慎はそんな僕の言葉を受けて、驚いたような、あくまで初めて知って驚いたような表情をしていた。その表情に、本当に虫唾が走るかのようだった。
「おいおい、冗談はやめてくれ。確かに誠の事件では疑われても仕方ないと思うが、それ以外の事件では俺にはアリバイがあるんだぜ。
それに、誠の事件でもお前見てもいないのに、嘘ついてまで俺のアリバイを証明してくれたじゃないか」
「あれは、自分の手でこの事件を終わらしたかったからさ。あの時点ではお前が全ての事件の犯人だと思ってたんだ。
でも、違った。確かにお前にはアリバイがあったんだ」
「だろう?
もしかしてミステリー小説みたいにアリバイを崩す何かがあるとか言うんじゃないだろうな。そんな、空想じみたことで俺を犯人扱いしないでくれよ」
 とても自身気な表情で、なんの弱みもないような表情で、高慢に、威圧的に、それいでいて優しく、それでいて仲の良い友人に対するように、慎は僕にいい含めるように語る。
「ああ、そんなことは言わない。アリバイがあるんだ、そりゃあ犯人じゃないよ」
「だったら、何を…」
 感情的に口を挟んでくる慎に指を伸ばし、ストップをかける。納得いかない表情をしているが、それも今のうちだけだ。その偽りの仮面を剥がすため、友人一人の救われるはずの人生を叩き潰すために、悪魔の言葉を、破壊の呪文を唱え始めることにする。
「僕は最初、お前が犯人だと思ってた。全ての殺人はお前の仕業だって。動機はわからないけど、何か理由があるんだろうって。
だから、僕はお前をかばって、お前と話をするつもりだったんだ。でも、お前にはアリバイがある。なら、アリバイがないやつが、犯人に決まってる。
ここで、少し時間はかかるけどゆっくりと話をしていこう。いいかい?」
 慎が「ああ」と答え、その場に座る。オーケー、始めよう。不協和音を取り除くとしますか。
 僕は軽く深呼吸すると、立ったまま慎を見据えて、ゆっくりと口を開く。
「最初の渚が殺された事件だが、あの事件に関してはアリバイがないのが誠しかいない。だったら、犯人は誠だ。外部犯だと言い出したら切りがないから、容疑者は僕達5人に絞って考えることを前提とする。
だけど、次の事件では誠にはアリバイがある。だったら犯人じゃない? ここが今回の事件のネックなんだ。犯人は複数なのさ、僕達は連続殺人と聞いて、一人の犯人像を考えてしまったから戸惑ってしまったんだよ。
つまり、晃が殺された事件の犯人はアリバイのない透。そして、透が死んだ事件は…自殺だよ。そして、誠が死んだ事件についても、自殺だ。何か質問は?」
 慎は答えない。その態度で僕は確信した。やっぱり慎は、すべてを知っているんだ。
「オーケー、なら続けよう。最初に渚を誠が殺した理由。これは僕にはわからない。どんな理由があったのか、想像もつかないといっても差し支えない。少し、本当に親友だったのか考えてしまうけど、そんなことは今はどうでもいいさ。
そして、渚はきっと罪の意識からお前や透に話したんだろう。お前たち三人は特に仲が良かったから、そう考えても違和感はないさ。その結果お前がなんて答えたかはわからないけど、透は誠を守るために仲間内の連続殺人だと見せようと思って、最初の事件の誠のアリバイを証明し、誠がアリバイのある時に晃を殺した。
そもそも、あの晃を殺せるなんて、渚がいない以上、透しかいないんだ。そして、透は誠の無実を強固なものにするために、警察の目を盗んで自殺した…と。
で、次は誠の事件。これは間違いなく自殺だろう。誠が屋上から飛び降りたのを、僕も目撃している。ただ、その原因はお前にあるんじゃないか、慎。お前があいつに向かって何か言ったんだろう?
昔にさ、お前が俺に教えてくれたお前の理論『人殺しがなんで生きてられるのか不思議でたまらない。なんで、生きていられるんだ?』ってね。違うか? お前があいつを追い込んだんだろ。幼馴染で親友のあいつを追い込んだんだろ?
そんなの人殺しと一緒さ。むしろ、下手な人殺しよりタチが悪いよ。お前には罪悪感がないんだからな。そうだろ?」
 僕は一気に話し終える。一度黙ってしまったら、それ以上口にすることが出来なくなってしまいそうだったから。
 すべてを吐き出してしまい、胸につまっていた不快感は消えたが、今度は本当にこれでよかったのかという罪悪感で一杯になった。
 しかし、一度言った言葉を消すことはできない。言葉がもつ威力を理解するのは、今更遅い。後悔しても遅いのなら、自分の言葉を自分で受け止め、相手にしっかりとぶつけてやる。それだけだ。
 僕はじっと慎を見詰めている。時間にして数十秒、もしかしたらもっと少ないかもしれないが、僕にはまるで無限の時間にも感じた。辺りの風景が変わらないので、余計に無限の空間に入り込んだように感じたのかもしれない。そんな時間の後、不意に慎がニヤッと笑い、僕に向けては拍手をし始めた。
 パチパチパチパチと規則的に、一定のリズムで、一定のペースで、淀む事無く、違うことなく、静かに、優しく、それでいて力強く叩き続けた。
 一分ほど叩いていたかと思うと、ピタッとなんの前触れもなく音が止み、代わりにクスクスという笑い声が聞こえ始めた。
「ブラボー、ブラボー、大正解だ。お前の言う通りだよ。
あいつ渚を殺しちゃってさ。理由はよく知らないんだけどな、あいつの好きな女を渚が犯ったとか犯らなかったとか言ってたかな。まぁ、そんなことはどうでもよかったけどな。
それでさ、アイツが透が自分のために死んだって言うもんだから、俺は言ってやったんだ。渚を殺しといて、透に人殺しさせた上に自殺させといて、お前は何で生きていられるんだって。
あいつ笑ってたよ。自分の罪を全て認めてさ、自分の愚かさを全て認めてさ、それでいて笑ってたんだ。
だから、俺は言ってやったんだ。なんで笑えるんだって。『人殺し』が何で笑ってられるんだって。そうしたらさ、ごめんなって言って飛び降りちまった。この辺から、一歩ずつ後ろに下がってさ。お前が来たときには、もう柵の向こう側に行ってたな。
それで、こっちを見ながら笑ったまま飛び降りたんだ。ちょうどこんな感じにさ」
 慎はそう言うと、誠が飛び降りた辺りのフェンスに向かって駆け出した。僕は突然のことに反応が遅れ、まるで悪い悪夢が見ているかのように、その光景を見つめていた。頭が正常化し、意識がはっきりしたときには、慎はもうフェンスを乗り越えるところだった。
「おい! やめろ! 僕はこのことを警察にいうつもりはないんだ!」
「じゃあ、なんでこんなことをしたんだ? そっとしておけばよかったじゃないか。そうすれば、俺とお前は仲良くやれたかもしれない。
でも、お前はこの形を選んだ。いや、お前がこの結果を望んだんだ。そうさ、お前が望んだんだよ。なんだかんだ正義感ぶってもさ、お前も俺と同類なんだ。人殺しが許せない。それが例え、自分の友人でもな」
「そんなこと…僕は別に……」
 そうなんだろうか? 僕は、あいつが許せなかったのだろうか?
 ただ真実を知りたい。事の真相をはっきりさせたいだけだと思っていたけど、僕は慎の言うように人殺しを許すことができなかったのだろうか?
 わからない…わからないけど、そうでないと信じたい。自分は間違った選択をしたのではないと…。でも、誠は何て思ったんだろう? 自分自身は間違ってないと思っていたんだろうか。わからない。透は自分は間違ってないと思っていたんだろうか。わからない。すべてがわからなくなってしまう。何が正しくて、何を選ぶべきなのか。僕は、間違った方を、違った方向を選んでしまったのだろうか。
「誠がさ、飛び降りる直前に、『ごめんな』って言ったんだ。あいつ笑ったままでさ、俺の言葉を受け止めて、あんな酷い言葉を受け止めて、それでも自分が悪かったって、俺に笑いかけて『ごめんな』って言ったんだ。
そんなことが言えるならさ、そんな風に笑えるなら、なんでもっと早くに、渚を殺す前に相談してくれなかったんだって思っちゃってさ。俺は、人殺しを許すことが出来ない。それは変えられないんだ。
だから、人を殺す前に話して欲しかった。本当に親友だと思ってくれてるならさ。そして、お前が言ったように俺の言葉で誠が死んでしまったなら、俺は人殺しだ。
俺は自分を許すことができない。今までは、俺が殺したわけじゃないって逃げてたけど、もうそうもいかないよな。俺は、人殺しの自分を許せないから、今から死のうと思う。で、お前はどうするんだ? 今日ここで俺たちが会わなかったから、俺は死ななかったかもしれない。
だったら、その状況を作ったお前は人殺しだ。さぁ、お前はどうする? お前は人殺しを許すころができるのか? しっかり考えてくれよ。地獄から見上げてるからよ。天じゃなくて、地面に向かって叫んでくれ。よろしく頼むぜ、じゃあな涼」
 そういって、慎は、人殺しは、人殺しの犠牲者は、ゆっくりと落ちていった。少しの間をおいて、ドスンという鈍い音が辺りに響く。部活中の学生の叫び声や、職員を呼ぶ声が耳に入ってくるが、僕の頭までは届いてこない。僕の頭は慎の言葉で一杯だった。
 『俺は、人殺しの自分を許せないから、今から死のうと思う。お前はどうするんだ? 今日ここで俺たちが会わなかったから、俺は死ななかったかもしれない。だったら、その状況を作ったお前は人殺しだ。さぁ、お前はどうする? お前は人殺しを許すころができるのか?』か…。
 僕は人殺しを、許すことができるんだろうか。自分という存在を許してしまうことができるんだろうか?
 そんなこと考えるまでもない。人一人殺した人殺しが考えていい内容じゃない。答えは決まっている。最初から決まっている。
 僕は慎が飛び降りた辺りに向けて、歩を進める。フェンス越しに下を見下ろすと、慎の死体が転がっていた。自然と口元が緩み、ニヤッと笑いがこぼれる。そんな自分に自嘲しながら、一歩ずつゆっくりと、しかし確実に、慎重に、フェンスを登る。柵を越えて、下を見下ろすと、慎の死体の周りにいた野次馬や教師などが、誰かの叫び声に反応し、こっちを見上げる。何か叫んでいるようだが、今の僕の頭には入ってこなかった。目をつむり、身体の力を抜く。ゆっくりと靴を脱いで、頭の中で様々な思考を廻らせてみる。
 この世はまるで、砂で出来た城みたいだ。ちょっと何かを間違えてしまうだけで、簡単に崩れ落ちてしまう。自分が正しいと思っていても、そんな物は関係ない。一度崩れた物は二度と元には戻らない。一度壊したものには責任を持たなくてはいけない。それが嫌だったら、作るのをやめてしまえばいい。その場所から一歩外に、アウトサイドに向けてドロップアウトしてやるのさ。
『さぁ、お前はどうする? お前は人殺しを許すころができるのか?』
 ちょっと待っててくれ、みんな。その答えを持って、今から伝えにいくよ。

                                終




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