Back/Index/Next
Original Novel
佐竹 涼一郎 Presents



リターン






 
 ”retum”

 
 
 
…そう、
    そして…、
       僕はここに還ってきたんだ…

すべては…
     ここから
         始まっていたのだから…

 
10”screen0”

「父さん、メールありがとう。」
 液晶ディスプレー上では、少年が微笑んで
いた。五十絡みの男は、最近かけ始めた老眼
鏡をノート型端末のキーボードの傍らに置く
と、デスクに左頬杖をついて画面を見つめた。
「お元気ですか。僕は元気です。」
 まだ幼さの残る少年は、微笑みながらディ
スプレーの中でお辞儀をした。
「僕も、この春、中学校に入学します。この
間、制服を作ってきました。」
 画面が切り替わって制服姿の少年が映し出
されたが、野外で撮影されたもののようだっ
た。バックに巨大な白い船のタラップと写真
付きの案内板。
「中学校に上がる記念だっていって、横須賀
平和記念公園の記念装甲巡視船″やまと″ま
で行って撮ったんだけど、大きすぎて入らな
いから、ここで撮ったんです。」
 やや照れている少年の制服写真は静止画像
データになって継続して、何枚か送られてい
た。
「じつはとっても恥ずかしかった。」
 静止画像からビデオ画像になると、撮影さ
れている少年の横を、若いカップルの観光客
が「クスッ」と笑いながらすり抜け、後ろの
タラップを上っていった。
 
 画面は一度遠景を写し、被爆記念艦″長門
″を画面に入れてから切り替わり、元の少年
に切り替わる。
 少年の話は暫く続き
「父さん…。」
 少年は口調を改めて、
「この間の父さんからの宇宙への招待に答え
られそうです。」
「『純一も中学にあがるんだから、いろいろ
勉強しておいてもいい頃』って、母さんが許
してくれたんです。」
「約束通り、父さんのところに行くので、楽
しみに待っていてくださいね。」

五十絡みの男は、軍服の上着を椅子の背も
たれに掛けると、ビデオメールの返事に取り
かかった。
 そして、送信し終わると、自らの日記に取
りかかるが、それも早々に睡魔におそわれ、
デスクに腰掛けたまま寝入っていた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
…僕らは
  ポケットいっぱいの夢と希望を 
    そこに持ち込んだはずだったのに…
 だけど…
   結局僕たちは
      未だに諍いを繰り返している…

 
20”sound”

僕が星の海で最初に目にしたのは、蒼く佇
む僕たちの母星だった。軌道連絡機の窓から
その蒼い星を望むと、その汚染された大地や
海でさえ、僕の眼や心を潤してくれた。
 何百年か昔、いまはない國の宇宙飛行士が
「地球は蒼かった」といった気持ちが伝わっ
てくるようだった。
 何もない静けさの中に、孤高に、その蒼い
水球は時と語っている。
機体は徐々に旋回をし、半面が星域に誘わ
れる頃、一つの建造物が眼に入ってきた。
 中継港″いざなみ″。
 機内のアナウンスは、女性の声でそこが目
的地だと告げる。
 宇宙の建造物には、神話にちなんだものが
多いが、この中継港は、大和神話にでてくる
原初の女神の名前を与えられた。
 遠くから望むと、それ程大きくは感じない
が、それでも近づくと、その認識が誤りだと
気付かされた。
 近くに、合衆国宇宙軍()や王立宙軍
()、そして、帝國航宙軍()の艦艇
数隻が碇泊していたが、それの何倍以上の大
きさで、僕が搭乗している連絡機を曳航する
タグボートなどでは、比較にならないほどだ
ったのだ。
 
 やがて接岸し、エアロックが開く。
 シートベルトを外した僕は、慣れない無重
力の中、手荷物のデイパックを左肩に背負い
父さんから送られた帝國航宙軍のキャップを
手に取ると、おぼつかない足取りで席を立つ。
 バランスを保てない僕は、天井にセッティ
ングされた手摺りを何とか掴むまでの間、無
重力遊泳を強いられることになった。
搭乗前に飲んだ、宇宙酔いの薬が効いたら
しく宇宙酔いなしですんだのが救いだった。
 下船後、手続きが終わり、人口重力エリア
で荷物の受け取けとり、父さんとの待ち合わ
せを約束したコンコースで呆然としている
と、
「きみぃっ!」
と、予期せぬ方向から、呼び止められる声が
したので振り返ると、父さんではなく、笑顔
で軍服の若い女性士官が立っていた。
年齢は、二十四か五だろうか。
「山内純一君でしょ?…航宙軍中将、山内純
雄提督のご子息の…。」
「確かに、航宙軍中将の山内純雄は僕の父で
すが…、あなたは?」
 女性士官は、ホッと胸をなで下ろすと、海
軍式の敬礼で 
「日本帝國航宙軍、扇谷涼子中尉であります。
本日、山内第二艦隊司令長官の特命により、
山内純夫君の出迎え及び護衛の任を受け参上
した次第であります。」
と、かなり芝居じみた口上を一通り、一気に
述べた後、
「…って、いう訳なの。おわかりくださいま
して?」 
と、茶目っ気たっぷりの笑顔で続けた。
 一六〇p前後でスタイルの良く、丸顔童顔
の美人で愛嬌のある、彼女が小首を傾げた姿
は、イヤでも人目を引く。
 それ以上に、彼女の芝居じみた大時代的な
行動によって、コンコース中の注目を浴びて
しまったため、とても恥ずかしかった。 
「どこか、落ち着いた場所に行きませんか、
初めての宇宙なので、疲れてしまって…」
 僕はとにかく、この場から一刻も早く離れ
たかった。それは、言葉の額面通りの意味も
含めて…。

「そう…、」残念そうに彼女がいうと、
「そうよね。いいわ、おいしい喫茶店知って
るから、お茶にしましょ!」
僕の言葉を、額面通り受け取った彼女は、
僕を急かしたてた。

″むらくも″珈琲店。
 確か、看板にはそう書かれていたと思う。
 その店に入ると、ウェーター注文取りに来
たので、僕は、ミルクティーを、中尉はアメ
リカンを頼んだ。
ウェーターがいってしまうと、中尉は、軍
支給のハンドバックから、やはり軍支給の白
封筒を取り出した。
「提督からです。」
 やや事務的に、僕にその封筒を手渡す。

 僕は、表に、僕の名前を万年筆で手書きさ
れた封筒を手に取ると、丁寧に糊付けされた
封を、ゆっくりと開封した。

『 前略、
  山内純一殿
  会うのは、六年ぶりですね。
  母さんと、真弓は元気ですか
  本当は、僕が迎えに行きたかったのです
 が、今、僕は手を離せない仕事があって、
君を迎えにいけません。
 そこで、そこの扇谷中尉に全て任せてあ
 りますので、以降は、彼女に従ってくださ
 い。
 僕は、月面にて再会を 心待ちにしてい
ます。
  
それから…、
 …招待を受けてくれたことを感謝します。

日本帝國航宙軍 第二艦隊司令長官
           中将山内純雄 』

父さんからの手紙は、万年筆による直筆だ
った。相変わらず他人行儀だった。
 父さんが家を出征て六年。
「行って来ます…。」
 その一言を残し、母さんと僕と幼い妹を残
し、去り際、軍服姿の父さんの背中はどこか
頼りなく、そして、寂しげたった。

 それ以来、家には帰って来ていない。
 悲しかったけど、不思議と涙は出なかった。
 恨んだこともあったけど…。
 年に数度届くメール。
 どこかいつも寂しげで…。
 そして、どこか他人行儀で素っ気なかった。
 心のどこかにわだかまりを残しつつも
いつも心待ちにしていた…。
 
そして、やっとここまできて…、
 父さんに手が届く星域までやってきて…、
出迎えたのは、何処までも暖かく、何処ま
でも優しく、何処までも悲しく、そして、い
つも通り素っ気ない、他人行儀な手紙だった。
 そして、何故か、僕は、今まで流したこと
のない涙が滲んできた。
 
「純一君…。」
 僕の向かいの扇谷中尉が心配そうに僕の方
を伺って、 
「…。ほら、」  
と、ハンドバックからだした自分のハンカチ
ーフを、僕に手渡した。今はまだ遠い、春色
のハンカチ。僕が手渡されたそれに躊躇して
いると、
「あっいいのよ、もう一枚あるし…、それに
それ、前の彼に貰ったもので、処分に困って
たものだから…。純一君にあげるわ。」
 たぶん、彼女の行ったことは、半分、僕に
気遣いさせないための嘘だろうけど…、その
とき、僕は、彼女の心遣いに感謝し、素直に
甘えることにした。 
 たぶん、この涙は、自分のことを「父」と
いえない父さんの、六年の歳月…。

 …そして、…

 …その後ろめたさを、感じた僕のこころ。

中尉と僕は、軽い軽食をとると、簡単な打
ち合わせをした。
 出発は標準時間で明日十時。艦隊から輸送
船団を護衛して来る第一二水雷戦隊三四駆逐
隊所属の二等駆逐艦″かえで″に帰路便乗し
て、月へ。
 そして、今日はとりあえず用意されたここ
の軍の宿泊施設で、一泊して、宇宙になれな
い躰を休みながらならすこと。それが、父さ
んからの伝言だった。
        

その晩、宿泊所の暗い寝室のベッドの中で、
寝付けないまま、これのまでのこと、今日の
こと、そして、これからのことを考えていた。
 父さんは、六年前、どんな気持ちで出てい
ったのだろう。
 母さんは、それをどんな気持ちで送り出し
たのだろう。
 そして、僕をここへ送り出すときの心の中
は…、とても複雑な心境だったのに違いない
 僕を受け入れる父さんの気持ちはどうなん
だろう。
夜は、否応なく更けていく。疲れている筈
なのに、どうしても寝付けず、瞼を閉じても、
今日までの日々、今までの数時間、これから
の時間が、何度も、リフレインした。
 結局、最後に時計を見たときには、標準時
間で三時を回っていた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
…小さなガラス瓶
       その中に浮かぶ星々…、
 
 それはね、おもちゃ箱を彩る
          僕たちの心なんだよ…

 
30”play”

その艦は、碇泊している艦隊の中で、いや、
僕が見たすべての宇宙船の中で一番大きかっ
た。月を背景に背負ってさえ、それは、とて
も大きく感じた。
「一等戦艦さじたりうす。あくゑりあす級一
等戦艦の第三番艦。現在、人類史上、そして
恐らく…、太陽系最強の航宙軍艦。」
 扇谷中尉が説明する。
「そして…あなたのお父さんの旗艦です。」
 横にいる中尉の説明を遮って、僕は、そう
呟いていた。
 
 中尉に連れられて″いざなみ″の展望室か
ら駆逐艦″かえで″を見たとき、僕の乗って
きた連絡機の何倍かあるのに素直に驚いた。
 そして今、″かえで″から見る眼前の艦隊
の艨艟すべては僕にとって、驚異たった。そ
の中でも、四隻の″あくゑりあす″級一等宇
宙戦艦はもう、形容のしようがないほどの驚
異だった。

…二艦隊旗艦″さじたりうす″…
 紛れもなくそれが父さんの乗艦だ…
 そう考えただけで、同型艦三隻よりも、誇
らしく、どこか、艦隊を構成するどの艦艇よ
りも寂しげに見えた。
本当はそんなことはないのに…、
 僕の主観でしかないのに、…
 それは、どうしてそんな風に感じたのだろ
う。
 …行って来ます…
寂しげだった、軍服の父の背中…
 …六年間という僕にとってその後の一生よ
りも長い年月…
そのすべてがオーバーラップする。そして、
本当はそんなことはないのに、航宙艦という、
無機質なものにすら、感情を映し出してしま
う。

「よう少年、どうだ。我が帝國航宙軍最強の
戦艦の感想は…。」
 声に思考を遮られて後ろを振り向くと、髭
面でスモークグラスの駆逐艦長の佐竹少佐が
立っていた。その背後に″かえで″の電子水
雷長太田中尉が控えていた。
「あっ駆長ッ!」
僕と扇谷中尉の声がハモる。そして、二人し
て慌てて敬礼した。
「いや、いいって…。」
 少佐は、困ったような顔をしていった。
佐竹少佐は気さくなひとだ。
艦長の佐竹少佐自らが僕に話しかけてくる
のは、これが初めてではなかった。
 最初は、乗艦時、そして、二度目は中日で
ある二日目の昼食時だった。

 
この艦内での案内役を少佐から仰せつかっ
た太田中尉、最初からの扇谷中尉、そして僕
の三人が談笑しながらその日の定食をつつい
ていると、
「そこ、いいかな?」
 後ろから声をかけてきた
「構いませんが、えっ…」
一つ空いていた席に腰掛けてきたのは、佐竹
少佐だった。
「すまないな。くつろいでいるところを。楽
にしてくれ。」
「そりゃそうだ。一々緊張していたら、身が
もちゃしない。」
平然と、自分のペースを保つ太田に、
「貴様は、もう少し緊張した方がいいと思う
んだがな。まぁいまは時待ったことじゃなし、
気にしやしないがね。」
「先輩にだけは言われたくなかった。」
「先輩って?」太田中尉の言葉に僕は、聞き
返すと
「航宙軍幹部学校時代のだよ」
 は言った。
「そうだ、出来の悪い後輩を持つと苦労する。
こいつがいい見本だ。」
 定食の箸で太田中尉を指していった。
「だから、あんたには言われたくないって。」
「いいのか、そんなこと言っても…こいつは
なぁ。」
 佐竹艦長は、幹部学校時代の太田中尉の…
もちろん、佐竹少佐本人も関与していたに違
いない…の悪行の数々、たとえば、倉庫から
模擬戦用のペイント弾を持ち出して、うろつ
いていた野良猫を撃ちそこねて逆襲された話
とか。女子寄宿舎の浴場を覗きに行き失敗し
て、営蒼一日の上、一ヶ月間の休日外出禁止
及び便所掃除の罰を喰らった話とか…。
 オーバーアクションで話し続ける少佐に、
その都度に太田中尉が反論をするが、そのた
びに見事に撃退される様は、社会の授業でみ
た二〇世紀記録映像の「漫才」を見ているよ
うで、僕はその都度吹き出し、扇谷中尉は笑
いをこらえるのに必至だった。

 二人の漫才じみた想い出話の応酬も一段落
付いたとき、少佐からこんな事を尋ねられた。
「何を話すんだ…。」
 佐竹少佐の問いに
「何を話すって…、どういうことです。」
「提督に再会ってからのことだよ。」
太田中尉が口を挟んだ。
「…わかりません。」
 困惑気味に僕が答えると
「そんなものだろうよ。父親の立場なんてあ
やふやなもんだよ。ましてや、六年も離れて
暮らしてたんだ。慕っていても、どうやって
接したらいいのかなんて本人にもわからんも
のさ。」
 髭面のせいで、とても三十路前には見えな
い少佐は何かを悟ったようにいった。
太田中尉は、「そんなものかなぁ。」とやや
腑に落ちない様子だった。
「太田には前にも話したと思うが、親父も
航宙艦乗りだった。」
 少佐は、胸ポケットからハッカパイプを取
り出しながら続けた。
「地上にいる間は、端末による定期報告任務
だけだったから、普通のサラリーマンの父親
と違って、数ヶ月間ずっと家にいるんだ。だ
けどな、一度宇宙に上がっちまうと、これが
少なくとも二、三年は還ってこれない。」
 少佐は、ハッカパイプをくわえてから一息
ついて、
「だから、家族に対して異常なほど愛情を注
いだ。優しかった父のことが俺も大好きだっ
た。」
ハッカパイプを再び外し指で弄びながら
「だから、別れはそれ以上に寂しかった。俺
も、お袋も、そして、親父自身も、何れ来る
別れに怯えつつ、それを忘れたいがために、
必死に、幸福な家族を演じながら、暮らして
いたんだと思う。」
ハッカパイプをポケットにしまい直し
「だから、親父の抜けた穴には、数ヶ月間の
空虚が子供ながらに続いた。その空虚に耐え
られずに、お袋は病を患って逝った。俺が十
八の時だった。」
 次の言葉の前に少佐はスモークのグラスを
外していた。
「俺は、好きだった親父をこの時ばかりは心
底恨んだよ。でも、親父は還っては来なかっ
た。」
「結局、そのあと親父にあったのは、新任の
少尉の頃、配属された艦が補給で寄港した、
軍港都市コロニー″うみひこ″での事だっ
た。当時、親父が艦長だった、商船改装の特
設巡洋艦″あすてりをん″が入港していた。
上陸許可が下りると、早速、すぐに親父に会
えるように手配をした。もちろん、親父に詰
め寄って、一発殴って、お袋の詫びを言わせ
る為だったんだが…」
「会えなかったんですか…。」
僕は少佐に尋ねた。
「いや会えたさ…。」
少佐は寂しげに笑った
「だけどね、俺には、親父を殴ることも、詰
め寄ってなじることも、できなかった。何故
なら…、」
「何故なら、親父は、老いていたから。そし
て、それ以上に、昔と変わらず優しかったか
らなんだ。」
「親父は、還れなかったことを後悔して泣い
た。『気が済むまで私を殴ってくれ』と…。」
「そして、白髪が増えて、薄くなったその頭
を項垂れながら、『すまなかった』と一言…。」
「俺は、その瞬間親父を許していた。好きだ
った親父に抱きついて二人で男泣きした。」
うっすら潤んだ瞳を隠すようにスモークグラ
スをかけ直すと
「もうその親父もいない。あとで分かったこ
となんだが、船団護衛の最中、火星叛乱軍の
通商破壊戦部隊に襲撃され、輸送船団は壊滅。
親父の乗艦″あすてりをん″は中破のした
後、消息不明。数ヶ月後に、哨戒艇が公宙域
を漂流中の″あすてりをん″を発見、生存者
は無かったという…。」
「お気の毒に…」
扇谷中尉は少佐に同情するようにいった。
「同情して頂くのは嬉しい限りだが、親父も
あれで案外満足してるんじゃないかねぇ。何
せ、航宙艦乗りとして全うできたんだから。」
「…悲しくないのですか…」
僕は少佐に尋ねた。
「それりゃ…、悲しいさ。悲しくないと言っ
たら嘘になるけど、でも、実際、親父の通っ
てきた道のりを、自分で追ってみると分かっ
たんだが、同じ航宙艦乗りとしては、結構羨
ましかったりするんだなぁ、自分の艦と運命
を共にするのもね…」
 少佐は、展望窓から遠く彼方を見るような
仕草をした。
 嘘ではない、でも、すべて本当ではない…。
 少佐の亡父への想いを言葉の狭間から感じ
た。
 その時、僕は胸の奥底から熱いものがこみ
上げてくるのを感じていた。

そして、いま僕のまさに父さんのいる月が
「連絡艇の準備が整った様だから、その手荷
物を持って、収容甲板きてくれないか。」
 現実に引き戻され、
「あっすみません、いま行きます。」
少佐に続いて通路を進んだ。

…1時間後…。
 僕と扇谷中尉は機上、いや艇内の人になっ
ていた。
 僕たちの乗った連絡艇は、艦右舷から放出
されると、姿勢制御エンジンに推力が点火さ
れ、ゆっくりと回頭を始めていた。
   
『提督に、よく甘えてくるんだぞ。これが最
後になっちまうことだってあるんだからな。』
 別れ際の太田中尉はこんな意味深な言葉を
僕にくれた。その言葉は、何故か僕の心に染
みわたり、そして、離れなかった。
 艇内に常設されたリアルビデオスクリーン
には、リアルタイムで艇外の映像が送られて
きた。駆逐艦″かえで″が名残惜しそうに、
艇左舷から艇尾の方向に移っていく。変わっ
て、遙か右舷から前方に、二艦隊旗艦・一等
宇宙戦艦″さじたりうす″が視界に入る。
 遠目に、滑らかな巨大な円錐状の構造物も、
徐々に接近すると、武装や推進装置、そして
電子兵装などの、素人目には複雑怪奇・意味
不明としか写らないような、ありとあらゆる
突起物が、それこそ無数に配置されていた。
 連絡機は、戦艦″さじたりうす″の側面を
をすれすれで横切ると、やがて方向を変えて、
月面へのコースを取った。 

 
40”if・・・then”
イーグル宙港は、月で一番大きな対外宙港
だ。その昔、合衆国が打ち上げた人類初の月
着陸船が着地したすぐそばに造られたものだ
った。
ここから、観光バスで五分ほどのところに、
着陸船の足が、未だに朽ち果てずに残ってい
るという。

 艦載連絡艇からおりて、税関通過時に中尉
が身分証明書をみせると税関の職員は僕らを
フリーパスで通してくれた。そして、荷物を
受け取った後、扇谷中尉は僕を宙港ロビーへ
導いた。
「…広いですね、ここ…。」
宙港の待合いロビーは天井がとても高く、
とても広く、そして、とても大勢の人でにぎ
わっていた。
「軍事機密もあるにはあるんだけれど…、で
もロビーは結構開放的でしょ。」
「軍事機密ってなんです?」
僕は、中尉に聞き返した。
「ここ、イーグル宙港は一般宙港だけど、連
合軍も使用しているの。」
 連合軍とは「帝國・連合王國・合衆国」の
三国連合軍のことで事実上の地球側連合軍。
近世の終焉を告げた第二次世界大戦を、対独
ソ同盟側で共に戦った友邦は、互いの利害関
係の一致から未だに数世紀過去の盟約を引き
ずっていた。
 扇谷中尉は
「提督…、いや、君のお父さんは遅いわね
ぇ。」
辺りをしきりに見渡している。
「えっ…、ここ他で待ち合わせなんですか
…。」
「あら、言わなかったかしら?そろそろなん
だけど…おかしいわねぇ。お昼の約束なのに
…」
中尉は辺りの様子と、ロビーの時計を交互
にみながら言った。ロビーの時計は、あと五
分ほどで地球標準時の一二時を指すところだ
った。
 僕も、周囲に父さんの姿を探す。
 辺りには、人、人、…ひと。スーツ姿のビ
ジネスマンから、荷物のケースを引きずる観
光客、軍服の人までありとあらゆる人が行き
来し、立ち止まり、出会い、そしてまた過ぎ
ていく。
永遠に思える一瞬の時の隙間から、一つの
人影を見つけた。
 藍色の帝國航宙軍第二種軍装を身にまとっ
た、長身のその人影は、まさしく、家を出た
ときままのの父さんの面影だった。
どうやら、僕たちを捜しているようだった。

「…父さん…」その、僕のつぶやきは、やが
て大きな叫び変化していた。
「父さぁぁぁぁぁぁん…」
 ロビーを行き交う人々の群が、一瞬だけ一
斉に僕に注目をするが、また、何もなかった
ように元のざわめきに戻る。
父さんは、ゆっくりとこちらを振り向き、
一寸照れながら軽く右手を振った。
僕は、その時辺りの様子なんか眼に入らな
かった。思わず、僕は父さんの方に向かって
駆け出していた。

流れる人波をかき分けて、少しでも早く、
会いたかったから、一瞬でも永く父さんと一
緒にいたかったから…。

人の河が父さんとの距離を遮った時間はさ
して永く無かったのかも知れないけど…、で
も僕にはその短い時間ですら永遠のように感
じてならなかった。

そして、父さんの元にたどり着いたとき、
僕は、その優しい胸に抱きついていた。
その父さんの胸は、痩せた見かけよりもず
っと逞しく、そして、家を出たときよりも少
しだけ年老いていた。

僕は、少しだけ父さんの胸に甘え、そして、
父さんと向き合うときには、涙を払っていた。

そして、
「…お還りなさい…」
これが、僕の口から、最初に出たことばだった。
 少しだけ、場違いだったかもしれないけれ
ど、今の僕と父さんにとって一番似合ってい
ることばだった。
「…ただいま…」
 父さんは、答えると、僕の肩を軽く叩く。
その時、少しだけ遅れていた親子の間の時計
は、慌ててぜんまい仕掛けのネジを巻かれて、
今、勢いよく時を奏で始めた。
「…大きくなったな…、もう少しで、僕を追
い越しそうだね。」
父さんは、僕の頭をぽんと叩きながらいう。
 そう言えば、家を出るころ、僕より遙かに
高かった父さんへの目線が、それ程高さを感
じない。小山のように高かった父の瞳は、数
センチの段差しかなかった。僕は、何となく
違和感と悲しさをかんじた。
 
その夜。
 父さんが、あらかじめ予約してあった軍指
定の保養施設でもあるリゾートホテルに一泊
した。
なかなか寝付けない僕に父さんは気がつい
たらしく、話しかけてきてくれた。
「今日は、地球夜がきれいだぞ。展望室へ行
かないか。」
僕と父さんが、展望室へ行くと半球状の最
上階展望室には人はいなかった。
ドームから外を望むと、戦艦さじたりうす
を含む人類の創造物の彼方に蒼く輝く球体が
見える。地上から見える十六夜の月よりも、
さらにその蒼い宝石は鮮明だった。
つい数日前まで、僕はあそこにいた。そし
ていま、月にいる…。いろいろな人と出会っ
て、長いようで短い、時を過ごして、いま、
父さんとここにいる。そんななんでもないこ
とが、何となく、嬉しく、誇らしかった。

そんな感動に浸っていると父さんが語りか
けてきた。

「…よくきたね、母さんと真弓は元気か。」
 父さんの問いかけに、父の顔をのぞき込ん
だ。やや老いている様に見えた。激務からの
疲れからそう見えたのかもしれない。しかし、
頭に目立つ白髪は、元の黒い部分を攻略し、
いまや全体の六割を支配領域としていた。紛
れもなく、父さんは、僕の知っている六年前
より少し年老いていた。
「…みんな、元気です…。」
「…そうか…」
そういうと、一呼吸おいた後、
「そういえば、お前も、四月から中学生だっ
たね。」
 そういうと、隠し持っていた包みを上着の
ポケットからだして、
「こんな物しかなかったのだけど…」
 その包みを僕に差し出してた。
「覚えてくれたんだ。父さん。」
 多忙な父さんが覚えていてくれたことに、
驚き、素直に感謝した。
「ありがとう、開けてもいいですか。」
「ああ、…かまわないよ。」
 父さんは少し照れくさそうに笑った。
 包みを丁寧に開封すると、中からは、合成
樹脂製のケース、その中身は白銀色の手巻き
式懐中時計だった。
「ありがとう、父さん。」
「軍支給のものですまないけどな…」
 頭を掻きながら父さんは言った。
 確かに帝國航宙軍の記章が入っているが、
センス良くまとまっている。そして、よく見
ると、蓋の裏に「JY」と僕のイニシャルが掘
られていた。
「…ありがとう…」
 瞳が潤んで、あたりにいくつもの光の環が
かかる。

「なぁ、純一…。」
 父さんは蒼く輝く天体の方を向き、そして、
「どうして、僕らはここにいると思う?」
と僕に問いかけた。
「えっ?」
 突然意外な質問をする父さんに、一瞬とま
どいを覚えた。
「僕たち人類は、ポケット一杯に夢と希望を
詰め込んで、ここにやってきたはずだった…」
 ため息を付き、ペンギン印のミントガムを
胸のポケットから出して、
「結局、僕たち人類は同じ愚考を繰り返して
いる。こうやって、未だに、諍いをやめよう
としない…」
ミントガムを指でもてあそんだ後、再び左胸
のポケットにそれしまい振り返ると、
「戦争をしている張本人、軍人の僕がいうの
も何だけど、本当は、必要悪とはいえ、軍隊
なんかない方がいいのかもしれない。軍人な
んかいない方がいいのかもしれない。だけど、
現に軍隊はあるし、僕だって、提督に祭り上
げられてるけど、その実、ただ兵隊の端くれ
に過ぎない。だから…、未だに愚行と後悔を
繰り返しながら生きている。」
振り返った父さんは、疲れ混じりの寂しそう
な表情で、
「だけど、おまえには、僕の、馬鹿な父親の
二の舞になってほしくない。本当は、軍人に
なんかなってほしくないから、母さんの元に
残して、そして、ここへ誘わなかった。だけ
ど…、」
さらに寂しそうな笑みを浮かべながら
「だけど、おまえをここに呼んだ僕のどこか
には、僕の歩いて来た道をお前にも…、なん
ていう僕が、きっとどこかにいるんだろうな
ぁ。」
髪の六割が白髪の頭をため息の混じりに右手
で掻いた…。
 …そして、
「ここだけの秘密だが…、」
 僕に向ける視線が、真剣な間差しに変わる。
「絶対喋りませんよ。」
 僕も、父さんに視線で答えた。父さんも、
それに意を決したようだった。
「実は、近々戦争が始まる。」
一瞬の沈黙が展望室内の時間を支配した。
「…そうなの…」
「火星との関係は知っているな。」
最近、ネットや新聞で僕もよく目にする話題
だった。
「地球側との交渉が決裂した。開戦は…時間
の問題だ。」

 火星軌道植民地連合体と地球側との間が険
悪なのは、いまに始まったことではない。自
治権・火星遺跡所有権・小惑星帯開発採掘権
・など懸念事項が多々あるのは、社会科でも
簡単に習ったので知っている。

 半世紀前の第一次火星戦役での休戦条約締
結からは、ここ数年、小競り合い以外は目立
った動きはなかった筈だった。
…条約延長交渉、最近はの新聞はその話題
で持ちきりだったようだけど。まさか、決裂
したとは、思わなかった。
「現在、我が軍は開戦準備に追われている。
合衆国宇宙軍第五艦隊、王立宙軍軌道艦隊、
そして、僕の麾下の二艦隊も、一ヶ月後演習
の名目で、火星域の拠点要塞″すさのお″に
向けて出航する。間違いなく、先陣を切るの
は僕の艦隊だろう…。」
「………。」

一瞬流れた長い沈黙のあと、
「一つだけ約束してくれないか。」
父さんはあらたまっていた。
「…はい。」
「将来、お前が軍に入りたいというのなら、
僕にそれを止める権利はない。でも、一つだ
け言わせてほしい。」
父さんは、やや強い語調で続けた。
「僕の轍だけは絶対踏むな。僕のような父親
には、僕のような守るべきものすら守り通せ
ない弱い男にだけは絶対になるな。」

「…父さん…。」

 僕の肩をきつく掴んだ父さんは、いままで
の見た中で一番力強く、…そして、一番寂し
そうだった。
この時、僕は父さんが二度と会えない覚悟
を決めていることに何となく気がついてしま
った。
 

…一ヶ月後…
父さんの指揮する日本帝國航宙軍第二艦隊
を含む三ヶ国連合艦隊は「演習」の為火星宙
域の要塞「すさのお」へ向けて出航したこと
が、ネット上のニュースで小さく報じられて
た。
 …二十年後…

僕が、航宙大学を卒業してもう何年になる
だろうか。
父の戦死の知らせが入ってすぐに決意した
幹部学校入り。恐らく、父は僕のこんな行い
を望んでおるまい。
 でも、僕は、気がつくと父と同じ道を歩く
ことを望み、そして自ら選んでいた。

 じぇみに級一等巡洋艦さじたりうす。僕の
麾下にある第三戦隊旗艦であり僕の乗艦だっ
た。奇しくも父の旗艦と同じ名前の艦を旗艦
とすることになった僕は、そしてまた父と同
じように、かけがえのない家族を地上に残し
て、諍いに加わる。
 三戦隊司令官兼連合軍第一遊撃部隊司令官・
山内純一少将として…。
 父のいる火星域に向かう…。

 
 
…その三年後…

講和条約締結に向かう三国代表団の護送任
務中の日本帝國航宙軍第五艦隊旗艦高速巡洋
艦「しりうす」は大破漂流中の二隻の航宙軍
艦を発見する。

 
偵察員の報告を聴いた艦長の太田大佐は、
そのときまだ就寝中だった第五艦隊司令長官
佐竹中将をたたき起こすよう宿直士官に命じ
た。
 寝ぼけ眼で、ブリッヂにやって来た佐竹に
太田は、ビデオスクリーンに映る二つの艦影
を見せつけた。
「太田、何事だ。」
「先輩、見てくださいよ。あの艦…。」
「先輩はないだろう…長官に向かって…。」
「まぁともかく見てやってくださいよ…。」
ビデオスクリーンに投影された画像には見
覚えのある航宙艦が映っていた。
「…あのときの少年か…。親父さんと仲が良
さそうに寄り添ってやがるな。…」 
佐竹の目には、熱いものが浮かんでいた。
ビデオスクリーンには、日本帝國航宙軍一
等戦艦さじたりうすと、一等巡洋艦さじたり
うすが投影されていた。

 
50”gosub40”

「…そうなんです。まさにその時の二隻の″
さじたりうす″を表すにはそう言う表現が一
番しっくりとしました…」
六十代半ばの老紳士は、私にそういった。
「…そうだったんですか、そんなことがあっ
たんですか…」
私は、目の前の人物、日本帝國航宙軍退役
少将太田信治氏の語る一連の出来事に聴き入
っていた。それは、私の父・山内純一と祖父
・山内純雄に関する昔話だった。

彼は、駆逐艦かえででの父との出会い以来、
何かにつけ縁のあった人物である。
 夫人の扇谷(旧姓)涼子退役大佐共々、太
田夫妻とは家族ぐるみのつきあいがあった。

太田氏は、座卓の上に置かれた麦茶を私に
断りを入れた後、上品啜った。
「本当に、世の中には不思議なこともあるも
のです。」
 彼は、ため息を一息つくと感慨深げに私に
そう語った。

 
 戦艦さじたりうすは息子を護る優しく力強
い父親のように、巡洋艦さじたりうすは、父
親を慕い付き従う息子のように…。
 
私の心には、その優しい父子がはっきりと
見えたような気がした。
 

 二二九九年八月
 日本帝國航宙軍予備役中尉
         作家 山内真純(ますみ)

 
 
…父さん
    お元気ですか、
          僕は元気です…

…また今度
    一緒に地球夜を見ようね…
             
              父さん… 
60”goto”
retum

Back/Top/Next