FOURCE
−since after of Is−



第三十六話 『The Third Contact』

 無機質な金属音が小さな部屋に響いている。イヴは一人、愛用のサブマシンガンを手にベッドに座り、それを
弄(もてあそ)んで時間を潰しているようだった。約束の時間までは後1時間。ACの調整をするにはまだ早い。
 ボルトコックを引き上げ、引き金を引いてそれをクローズさせる。弾丸を抜いているため、ボルトコックはすぐに
がちんと音を立てて止まるのだが、イヴはそれをまた引き上げた。引き金を引き、クローズしたボルトコックを引き上げる。
同じ動作を同じ感覚で何度も行っているその行為は、まるで機械仕掛けの単調で無意味な動作にも見えた。
 だが勿論、当のイヴは単調で無意味な動作を行う事に意義を感じては居ない。彼はそうすることで、無意識に
昂ぶってしまう感情を必死で抑えつけていたのだ。感情のままに行動しては、彼が今から行おうとしている行為−戦闘−
はできない。
 がきっ。がちん。がきっ。がちん。
 無機質で単調な音の羅列が、彼の意識を思考の海へと埋没させていく。彼の前の風景が沼のようにまどろみ、
光は光としての、音は音としての機能を失い始めた。

 結末を考えてはいけない。
 前を向いてはいけない。
 目を閉じて、耳を塞いで、ただ脚を前にだけ進めるのだ。
 
 放っておけばどこまでも落ちてゆく思考の海の真中で、彼はひたすらその水面でもがき続ける。必要最低限の事だけを
考え、それ以上の事は無視した。FOURCEを消し去ると言う事。ラヴァーと戦うと言う事。それ以上未来は要らない。
少なくとも、現段階では。
 だがそう頭で納得しようとしても、彼の心のどこかが悲鳴をあげる。

 イルを殺すのか?
 これ以上罪を重ねるのか?
 いや、それ以前に。
 FOURCEを消し去ると言う事は――

 がきっ。がちん。がきっ。がちん。
 無意識に未来を求める自分を抑えるように、彼はその音に聞き入った。
 がきっ。がちん。がちっ。がちん。
 彼のベッドのすぐ傍に置かれてある、中身の未確認なままの封筒、彼の過去。彼はそれにすら見向きもしない。
 がきっ。がちん。がきっ。がちん。
 メトロノームのような、規則的で単調なその音。その音に誘われるように、彼の心の違う場所が囁き始める。

 イル。
 結局今、彼女は何を自分に求めているのだろう。
 そして今、クインは何を――

 がきっ。がちん。がきっ。がちん。
 彼はその囁きも抑えつけた。今は良い。後で、良い。

 がきっ。がちん。がきっ。がちん。
 そう、後で良い。考えるのは全て終わってから。FOURCEが消え去ってからで良い。

 がきっ。がちん。がきっ。

 今は、ただ、前へ進むのだ。

 がちん。

 進まなければ、ならないのだ。

 数分後、彼の部屋にはいつもの家具と、ベッドのすぐ傍の封筒だけが残っていた。


「……よう。元気にしてたか?」
 イヴはそう言って目の前にいる少年に語りかけた。だが積み木で遊んでいたその少年は、一瞬だけちらと彼の方を
振り向いて、まるで何も観なかったかのように顔を戻して積み木に没頭していく。その反応は彼にとっても多少は
予想できていたものだが、やはり目の当たりにすると閉口するしかなかった。
 そこは何の変哲も無い年少用擁護施設。働きの忙しい親の代わりに、子供の面倒を見てくれる場所。とは言え
子供たちはそれを嘆く訳でもなく−”嘆く”と言うことも知らないのだから当然だが−、往々にして幼少時代の
友情とある意味での青春を謳歌する場所であるはずだった。 
 だが目の前の少年はそれをしない。
 ただの毎日、同じ積み木を使って同じ形を組んでは壊し、また同じ形を組む。それを繰り返していた。誰にも
話し掛けず、誰からも話し掛けられず。その姿はこの擁護施設でも十分に違和感をかもし出していたが、彼の指に
はまる、その年頃の少年がつけるものとしては余りに不釣合いな指輪も、その違和感に拍車をかけていた。
 またこの時点でのイヴは知る由も無いが、この少年は既に幾度かの精神鑑定及びカウンセリングを受けている。
その度に少年が如何に不快な思いをし、更に心を閉ざす結果になったのかは、やはりイヴの知るところではなかった。

「……連れないなぁ――イヴ兄ちゃんは悲しいぞ?」
 イヴはそう言うと少年の隣に座り、同じように積み木を積むのを手伝い始める。その際も少年は一瞬だけ彼を
観たが、やはり気だるそうに視線を戻すと積み木と格闘し始めた。
 少年の心中を知ってか知らんでか、イヴは同じ口調で語り続ける。
「今まで来れなくてごめんな。兄ちゃんも色々あって、中々機会が無かったんだ」
 少年は見向きもしない。その表情からはイヴの声が届いているのかどうかも判断できない。ゆっくりと積み木を
積みながら、イヴは続けた。
「それに……多分、もうここには来れない。ホントごめんな、色々あるんだ」
 積み木は徐々にその形を表して行く。土台があり、壁があり、屋根があり。
 それは、一軒の家だった。
 家庭の、家族の、そして幸せの象徴。
「でもな」
 そこでイヴは一度言葉を切った。しばらく少年はその言葉の続きを待っているかのように動きを止めたが、やがて
ゆっくりと拳を振り上げ……積み木に−仮想の家に−向け振り下ろしたその拳は、その腕をがっしりと掴んだイヴによって
止められる。
 驚いたように少年が彼を見上げた時、彼は言葉の続きを言った。
「必ず救い出してやる。アイズ、お前も――クインさんも」
 驚愕に目を見開く少年、アイズ=アシュレー。
 そしてイヴは彼のその目を、強い意志を持たせた眼差しでずっと捕らえ続ける。
 またその際、続けようとした”生き続けると言うことが、救いになるかどうかは疑問だけど”と言う言葉を、彼は咄嗟の
自制心で飲み込んだ。
 何を言おうとしているのだ、その言葉はアイズには早過ぎると。
 そして、結局少なからずの未来の結末を、自分が思い描いている気がして彼は自分を心の中で罵倒した。

 それからもしばらくアイズと積み木遊びを続けた後、イヴはその場を立ち去る。
 アイズはただ呆然と、彼のその背を見送るように虚ろな瞳を壁の扉にへと向けていた。


 時は過ぎ。

 そこはエンゼルティアラ区の第2都市、エンゼルチョーカーの更に外れの荒野。
 辺りを照らし出すは、真っ赤に燃えるような夕日。
 辺りに在るは、抜けるような平原に葉を散らした木々と、折れて腐った木々の残骸。
 そこに居るは、2機のACとその中に居るパイロットの2人のみ。

「……時間だな」
 イヴはそう呟く。程なくして相手側−ラヴァー−から通信が入った。
「覚悟は出来てんだろうね。これはシミュレーションでも模擬戦でも何でもないんだよ」
 彼はそれに頷き、答える。
「ああ、大丈夫だ。今出来る事は何も無いはずだ、後はその先を目指すだけさ」
 それの返答に満足げに口元を緩めると、一転させて表情を引き締めなおしてラヴァーは言った。
「……私は犬死はしたくない。前にも言ったけど私に勝てないあんたや、あんたに勝てない私に用は無いんだ。
全力でいく」
 身構えるラヴァーに同調するように、イヴも手にしたマシンガンを彼女に向ける。と、その時不意にイヴが聞いた。
「ラヴァー。一つだけ――聞いて良いか?」
 構えを解くことなくラヴァーが聞き返す。
「何? この期におよんで泣き言かい?」
 その聞きなれた軽口に、口先を吊り上げて笑ったイヴは一度咳払いをしてから答えた。
「ラヴァーの本名って、イリィってんだよな」
 それは先のラヴァーの独白の中で聞いた事。
 だがいきなり転換した話題の振り方に、ラヴァーの方が一瞬戸惑う。
「いきなり何を――」
「イリィって呼んで良いか?」
 口答えしようとした彼女の言葉を遮って、イヴが力強く続けた。

 やや間があったが、搾り出すようにラヴァーは答える。
「……何で今更?」
 それは警戒の意思だった。
 ラヴァー自身、イヴがこんな事を突然言い出して自分の平静を乱そうとしているとは思えない、だがイヴの意思自体が
さっぱり理解できない。混乱した彼女の口から出た言葉は、今までの信頼関係を容易く無視した言葉だった。
 しかしイヴは平然とそれに答える。
 それは勿論、ラヴァーが危惧したような後ろめたい意思は一切無かったのだから。
「別に。ほら、付き合いも長いし――良いかなって思ってさ」
 その時点でようやく、彼女は杞憂であった事を悟ると同時にイヴのことを疑った自分を恥じた。そしてそれを
打ち消すように、彼女は口調を戻して言う。
「はっ、坊やが粋がるんじゃないよ。私よりいくつ年下だと思ってんだい?」
 そして2人して笑った。無論、その間も彼らの右人差し指はトリガーに掛かってはいたのだが。
 不意に笑うのを止め、ラヴァーは続けた。
「良いよ、イリィで。どうせだ」
 何がどうせなのかはイヴにはわからなかったが、それでも承認されたと思って彼は表情を緩ませる。そして
それを一瞬で強張らせると、彼は告げる。
「それなら――いくぜ、イリィ」
 目を据わらせたラヴァー、イリィが答えた。
「……ああ」
 そして彼女はすぐ傍にあった樹の梢を左手でもぎ取り、それをイヴに見せつけるように一瞬前に出す。何事か、と彼は
一瞬思ったがすぐにそれを理解した。それは”合図”なのだ。
 彼女が上へと放り投げたその枝は、ややゆっくり中空を舞い……がん、とやや気の抜けた音を発して地に落ちた。
 瞬間、2つの場所で砂煙が上がる。

 その際前進したのはイリィだけで、イヴは逆に後方へと跳躍した。ぐぃっと歯を食いしばりながらイヴがトリガーを
引き絞ると、懐かしく心地よい連続する振動と共に多量の弾丸が彼の手にするマシンガンから飛び出してゆく。
イリィは咄嗟に機体を右方へ平行移動させ、撃ち出された全ての弾丸をその身に受ける事だけは避けたが、そのまま
速度を緩めることなく彼へと迫った。
 ACにおける戦闘において、被弾率という物は得てして重要ではない。生身における銃撃戦では一発の弾丸が
殆どの場合で全てを決めてしまうが、強固な装甲を持つACに限れば一発の弾丸の意味などさほど無いのだ。
重要なのは、永続的に与える”ダメージ”の総合力。ACの戦闘力かもしくはそれ自体を破壊してしまえるだけの
攻撃力。それが重要なのでありそれだけが重要であった。
 だから彼女はあの一瞬で機体に刻まれた銃創−それでも十は下らない数の−に歯噛みする事も無く、そのまま
実に冷静に一発目の弾丸を放った。
 彼女の乗るACは高速フロートタイプであるため、歩行による腕の上下変動が無く突進中にも関わらずに放たれた
その弾丸は的確にイヴの右肩を打ち抜く。そう、弾丸自体の威力の無さから撃ち抜いたのではなく打ち抜いたのだ。
だがその結果、イヴの持つ銃の銃口は大きく弾かれるようにぶれる。その余りの着弾の衝撃に、一瞬顔を歪ませた
イヴだがすぐにマシンガンを諦めオービットのロックを開始すると、丁度6発ロックしたところで射出した。

 真っ直ぐに自分に迫り来るそれを見た時、イリィは回避のために身構えるのでもなく撃ち落すために銃口の向きを
変えるのでもなく、ただじっとイヴの方を見つめていた。
 静かに燃える闘志を、その瞳に映して。


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