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Original Story



ベスト・カップル


by 高津 沙穂




「ああっ 読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋ッ
 どれをとっても、恋人達にとっては素晴らしい想い出になるわぁッ
 落ち葉の下で、二人は愛を語らうの……」

「……あなた、夏の初めにもそんな事言ってなかったっけ?」

「いいのッ 今は秋なんだから……秋なら秋ッ」

「いや、まあ……
 あなたがいいならいいけどさ……」

 九月。
 まだまだ暑いが、暦の上では秋になる頃。
 結城学園高等部、2年3組の一番窓際の席。
 そこで弁当を広げていた、北野由梨は、目の前で友人がいきなり立ち上がって、変なことを叫んだのを呆れた視線で見上げていた。
 その、変なことを叫んだ人物、堺祥子は、潤んだ視線で天井を見つめている。

「だからッ
 由梨ちゃん、この秋こそッ 彼氏を見つけましょうッ」

「いや、夏の初めにもこの夏こそって……」

「関係ないのッ 今は秋なんだから……秋なら秋ッ」

 祥子が振り下ろした拳が、机を思いっきり叩く。
 その拍子に、机の上に乗っていた二人の弁当箱がひっくり返った。

「ああっ 祥子、何やってんのよっ」

「まぶたを閉じれば浮かぶよう……私の運命の人が……」

 何度も何度も抗議をするが、妄想の世界に突入してしまった祥子を、由梨は止めることは出来なかった。


 そして、時間は大きく進んで、九月も中旬。
 二人は、この前と同じように、二人で一つの机を囲んで昼御飯を食べていた。
 いや、正確に言えば、食べているのは由梨だけである。

「はぁぁ……全然彼氏みつかんないよぉ……」

「そりゃそうでしょ。そんなにすぐに見付かったら、最初から見付かってるわよ」

「しょぼーん……そうね、たぶん私のバストが十四センチ小さいから……
 それがいけないのねッ」

「誰と比べてんのよ、そんなもん」

「いいのよ〜 だれでもッ」

「大体、胸だけで付き合うかどうか判断する奴なんか付き合わない方がいいわよ」

 由梨は、祥子が突っ伏している机の空いているスペースに弁当箱を置いて、とりあえず祥子の話を聞いている。
 だが、その表情からは、明らかに嫌そうな雰囲気が漂ってくる。

「ああッ どこかにいる私の王子様ッ
 どこでもいいから、早く私をさらっていってッ」

 にわかに祥子が立ち上がる。
 その拍子に、由梨の弁当箱が、床へと落ちてしまった。

「ああっ あなたなにやってるのよっ」

「そうッ 私を目覚めさせるのには、あなたのキスが必要なのッ」

「ちょっとっ 祥子ってばっ」

 由梨の必死の呼びかけも、妄想の世界に突入した祥子には、蚊ほどにも堪えていない。
 これが結城学園の一部に有名な、『妄想の祥子』の正体であった。


 しかし、そんな祥子にも、とうとう春がやってきたらしい。
 先程の次の日の朝、由梨が血相を変えて、教室に飛び込んできた。
 途中でクラスメイトを7.8人ほど薙ぎ倒し、祥子の隣の席の男子を突き飛ばし、翔子の所へ一目散に辿り着いた。

「なに〜? 朝っぱらから騒がしいのよ、由梨は」

「あああ、あなた、あなたに春が来たのよっ」

「なにいってんのよ〜 今は秋よ? それなのに春が来たなんて、頭どうかしちゃったんじゃない?」

「なにいってるの? って言いたいのはこっちのほうよ。取り合えずこれ見てみなさいって。
 今、5組の男の子に、あなたに渡してくれって預かったの」

 由梨は、懐から何かを取り出し、祥子の机の上に置く。
 それは、真っ白な封筒だ。
 由梨は、早速ハサミで縁を切って、中身を取り出す。
 そして、おもむろに広げて読み始めた。

 読み進めていく内に、次第に祥子の顔がほころんでいく。
 近年稀に見る妙な顔、と一瞬由梨は思うが、中身が気になって祥子に中身を聞く。

「で、なんなのよ? やっぱりあれ? あれなのねっ」

 由梨は祥子の体を掴んで乱暴に揺らす。
 もう、残像が出そうなぐらいの、素敵な勢いだ。

「ほらっ 言いなさいよっ もったいぶらないでさっ」

「ねぇ、由梨ちゃん、そんなに揺らしたら、祥子死んじゃうよ……」

 見かねたクラスメイトが、すかさず止めに入る。
 はっと気がついた由梨は、慌てて手を離した。

ガンッ!

 机と祥子の頭がぶつかる、素敵な音がした。
 一瞬、教室全体が静まり返った。
 だが、その静寂も、祥子本人がいきなり立ち上がり、叫んだことによって破れ去った。

「つっ……つっ……」

「だ、大丈夫? 祥子……」

「遂に来たのねッ 私に春がッ
 十六年、待ちに待ちに待ちに待ちに待ちに待ちに待ちに待ちに待ちに待ちに待ちに待ちに待ちに待ちに待ちに待ち続けたこの時がッ!
 ああ、神様仏様七福神様ありがとうッ!
 実はもう駄目かと思ってなんか宗教変えちゃおうかなって気になったことは水に流しますッ!
 グレイツッ ブラボーッ スパシーバッ マンマミーアッ!」

 最後には素敵なほど意味不明な言葉になってしまう。
 机に頭を思いっきりぶつけた痛みなど、この喜びの前には蚊ほどにも効かないらしい。
 その後、祥子は五分間に渡り叫んだ後……
 鼻から吹き出た大量の血によって、保健室へと運ばれた。


 昼休み。
 先程の衝突の衝撃も既に収まっていた祥子は、手紙を出した相手の待つ場所へと、急いでいた。
 残念ながら、目にも止まらないほどの速さではない。

 待ち合わせ場所の、旧校舎の東側の、通称『告白広場』へは、すぐに辿り着いた。
 そこには、祥子の方に背を向けて立っている、一人の青年が居た。
 祥子は、少し止まって息を整えた後、青年の元へと歩いて行った。

「あ、あの……」

 うつむき加減で、祥子は呼びかける。
 こんな祥子の姿が見られることは、滅多にないだろう。

「あっ 祥子さん……来てくれてありがとう」

「当然です……だって、私、手紙読んで、嬉しくて……」

「えっ……ということは……?」

「はい……私と……堺祥子とお付き合いして下さいッ」

 この瞬間、この世に一組のカップルが誕生した。


 十月上旬。
 秋の色も濃くなる頃、祥子と青年は、公園へとデートをしに来ていた。
 ベンチに座り、芝生で遊ぶ子供達を眺めている。
 普通のカップルならば、ここで話が弾むのだが……
 祥子達は、ここでばかりか、ここに着くまでも、ほとんど話しをしていなかった。

「ふぅ……」

 聞こえないようにため息をもらす。
 祥子が横目で見ると、青年の手は、固く握られ、震えていた。

「なんだか……なんか違う……恋ってこんな物なの……?」

 祥子のその呟きに、一瞬、彼がびくっと大きく震える。
 それに気がつき、祥子は一気にまくし立てた。

「もうッ なんでッ 何でなのよッ
 私たち恋人同士なのよッ
 なのに……なのに何でこんな重い雰囲気にならないといけないのよッ
 話しをしてもくれない、手も握ってくれない、抱きしめてもくれない、その先だってッ!
 何でなのよッ!」

 だが、青年は答えなかった。
 正確に言えば、答えられなかった。
 何かをしてしまえば、祥子に嫌われるのではないか。逃げられてしまうのでないか。
 そんな気持ちに駆られ、祥子になにもすることが出来なかった。
 反省と後悔が先に立ち、青年は何も答えることが出来なかった。

「もう、いいッ!」

 青年の情けない姿を見ようともせず、祥子は一目散に走っていった。
 後には、一人悩む青年が残された。
 ここに、一つの恋が終わった。


 次の日、早速祥子は、由梨にぼやいていた。
 机に突っ伏し、震える声で、酷いことをしてしまったと後悔の言葉を発する。
 由梨は、こんな祥子の姿を見るのが初めてだった。

「元気だしなよ、しょうがないじゃない、そんな場合は」

「だってぇッ どう考えても私が悪いんだもんッ」

「全く、困ったわねぇ……」

 授業中も、構わず泣き崩れる祥子を見て、由梨は、親友のために一肌脱ぐことを決心せざるを得なかった。
 これから、何度もあるかも知れないけど……
 最初ぐらいは、私が力を貸してあげてもいいのではないか、と。

「解ったわよ、私がなんとかするから。私が仲を取り持ってあげるから、ね、泣かないで」

「本当?」

「本当よ」

「本当に本当ッ?」

「本当だってば」

「本当に本当に本当のほんと……」

ズバキッ!

 教室の中に、教科書の背で、はげしく頭を殴ったような音が響きわたった。

「本当だから、私を信じて待ちなさいって」

 だが、その由梨の言葉に、返事はいつまで経っても帰ってこなかった。


 十月中旬。
 木々の葉も色づき、本格的な秋が進んでいく頃。
 結城学園では、三日間に渡って行われる、大学園祭が行われることになっている。

 少しはその様子を紹介したいところだが、紙面の都合で、一気に最終日の最終プログラムに移る。
 最終日の最後のプログラムは、有志が参加しての、ダンスパーティが営まれている。
 これは、その年の結城学園のベスト・オブ・カップルを決めるための重要な催しなのだ。

 このイベント会場の隅に、祥子と由梨は、ドレスを身に纏い、壁を背にして立っていた。
 祥子は、暗い表情で、うつむきながら。
 由梨は、忙しない様子で、辺りを見回しながら。

「遅いわね……ちゃんと来なさいって言ったのに」

「やっぱりッ やっぱり私なんかッ」

「まったく、まだ言ってるのね」

 祥子の様子にため息をついた瞬間、二人に近づいてくる足音が聞こえてきた。
 由梨は素早く顔を上げて、それが誰であるかを確認する。

「あー やっと来た」

「すみません……ちょっと手間取っちゃって」

「まあ、それはいいから……踊ってやって、祥子と。お願い」

 いつになく真剣な由梨の声。
 下げられる頭。
 青年は、しばらく迷っていたが、意を決するように深呼吸をすると、祥子の目の前まで歩いて行き、うつむいた視界に入るように手を差し伸べた。

「祥子さん……僕です。もう、僕は迷いません。
 祥子さんを今度こそ幸せにします。
 だから、今夜は一緒に踊って下さい」

 ずっと聞きたかった声と、言葉に、祥子ははっと顔を上げる。
 そして、涙に濡れた目を、ハンカチで拭うと、差し出された青年の手を掴み、壁から手を離した。

 だが、祥子はすぐに手を離して、その場に崩れ落ちた。

「祥子さんっ!」

「さ、祥子? どうしたの!?」

 慌てて由梨が駆け寄る。
 崩れ落ちた由梨をなんとか支えた。

「どうしたの? 祥子、具合でも悪いの?」

「うう……気持ちが悪い……」

「ええっ……ま、まさか、妊娠っ!?」

 由梨は驚愕する。
 何もないとか言っていたけど、まさかここまでとは、と。

「違うッッ それは断固拒否ッ」

「えっ?」

 祥子は、青年を指さして叫んだ。

「あの人の顔、初めて見たッ!
 すっごい気持ち悪いッ!」

 その言葉に、会場は一気にしんとなった。
 全ての視線が三人に集まる。

「って、あなた顔も見ないで付き合ったの!?」

「ついうっかりッ 恥ずかしくてッ」

「う、うっかりって……あなたね……」

 先程の言葉にショックを受けたのか、青年は二人に近づいて、声を掛けた。

「そ、そんな……酷いですよ。あんなに愛してるって言ってくれたのに」

「ご、ごめんなさいッ 付き合ったことも全部無かった事にしてッ じゃそういうことでッ」

 近づかれた恐怖からか、祥子は脱兎の如く走り出した。
 丈の長いドレスを着ていても、普段とは全く変わりがないほどの速度で。
 まるで、シンデレラがお城から逃げ帰るときのように。

 こうして、祥子と青年は、『ワースト・オブ・カップル』の座を、見事射止めたのである。


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