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Saho Takatsu Original Novel


あなたに逢うために


プロローグ

by 高津沙穂




 影の勇者。
 人々は、彼女達のことを、そう呼んでいた。

 この星に、現在の国と呼ばれる形態が出来てから、千年余り。
 歴代の影の勇者たちは、文字通り、英雄たちを陰から支え続けていた。

 英雄がまだ、英雄と呼ばれる前から、英雄を導くために現れ、英雄になる直前に消える。
 その為に、人々は彼女たちの本当の姿を知らない。
 彼女たちの本当の姿を知っているのは、英雄になった者のみ、だ。

 逆に言えば、彼女が目の前に現れた時は、英雄として選ばれた、という証にもなる。
 それは、その英雄候補が何歳であろうとも。

 ラズベリー・セラフィン。
 現代の影の勇者の名前だ。
 そのセラフィンは、朝靄の中、ファウナーブル帝国のカクテルという街を歩いていた。

 セラフィンが現れる時、それは英雄を導く時。
 彼女に導かれている英雄は、彼女の腕の中にいた。

 生後間もない赤子だ。
 蒼い髪と、蒼い瞳が印象的で、幼いながらも、どことなく美しい雰囲気が漂ってくる。
 その赤子は、セラフィンをじっと見て、笑っていた。

「ここね……」

 セラフィンは急に立ち止まった。
 その目の前にある家の門には、クイーンド剣術道場という看板が掛けられていた。

「さようなら……また逢いましょう」

 セラフィンは、門の脇にタオルを置き、赤子をその上に寝かせた。
 赤子は、不思議そうな表情でセラフィンを見つめる。
 それを見て、セラフィンは一瞬、顔を緩めた。

「これは、私からの餞別です……大事にしてね」

 セラフィンが懐に手を入れ、小さな箱を取り出す。
 それを赤子の真横に置くと、ふたを開けた。

 すぐに、綺麗な音楽があたりに流れる。
 赤子は、その音楽が気に入ったのか、再び笑い出した。
 それを確認すると、セラフィンは赤子から少し離れた。

 セラフィンは左手を前に出すと、空中を泳がせる。
 その手の奇跡をなぞるかのように、緑色の光が現れた。
 それは、魔法陣といわれる、魔法を使う際の触媒だ。

「空間移転」

 セラフィンがそうつぶやくと、足下が淡く光った。
 その光が強くなり、セラフィンの体を覆っていく。
 その光が消えると、セラフィンの姿も、はじめからそこに存在していなかったかのように消え失せた。

「ううう、今日も寒いわねぇ……」

 その時、不意に門の内側から、声が聞こえてきた。

「あら、この音……なにかしら」

 扉が開かれる。
 門の内側からは、初老の女性が姿を現した。
 その音の聞こえてくる方に顔を向けると、そこにある光景に驚く。

「……捨て子とは、また嫌な世の中になったもんだね……」

 初老の女性は、赤子を抱き上げる。
 それが引き金になったのか、赤子は大きな声で泣き出した。

「おお、よしよし……寒かっただろう 今、中に入れてあげるからね」

 初老の女性はそう話しかけると、タオルと箱を拾い上げ、門の内側へと戻っていった。

 こうして、セラフィンに認められた英雄候補、クイーンド・クオレルは、新たな人生の第一歩を踏み出した。




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