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Saho Takatsu Original Novel


あなたに逢うために


第1章

第1話 運命

by 高津沙穂




 曇り空に覆われ、光の差さない石造りの部屋に、一人の少女がいた。
 部屋の窓際に置かれた椅子に、足をぴったりと閉じ、深く腰掛け、目をつむっている。
 呼吸に合わせて、蒼色のロングヘアが、さらさらと動いていた。

 ほんの数秒後、部屋の中に光が溢れ始める。
 その光を浴びた瞬間、彼女の目が開いた。
 しっかりとした意志の込められた、強く蒼い目が、光の屈折で様々な色に変わっていた。

 彼女はもう一度深呼吸をする。
 それが終わるのに合わせたかのように、部屋の外を、誰かが歩く音が聞こえてきた。
 音は、その部屋のドアの前で止まる。

コンコン……

 遠慮がちなノックに続いて、遠慮がちな声が聞こえてくる。

「クイーンド・クオレルさん、そろそろ決勝戦ですので、会場へよろしくお願いします」

 彼女……クオレルが口を開いた。
 高く、凛とした声が、部屋の中に響き渡る。

「わざわざお疲れ様です。すぐに向かいます」

「はい、よろしくお願いします」

 ドアの前から、靴音がどこかへと去っていった。
 それを確認すると、クオレルはおもむろに立ち上がり、ゆっくりと頬まで両手を持ち上げてから、ぱんぱんと軽く叩いた。
 真っ白な頬に、わずかに朱が入る。

 クオレルは頷くと、部屋の隅に無造作に置かれていたバックパックまで歩いていき、中に手を突っ込んだ。
 すぐに目的の物……小さな箱を発見し、大事そうに片手に乗せる。
 一呼吸置いてから、箱を裏返し、その裏にある小さな金属を回した。

 静寂、という言葉が似合っていた室内に、高い金属質な音が響き渡る。
 その箱は、オルゴールだったのだ。
 その音色が奏でられると、クオレルは微笑んだ。
 そして、一通り聞き終えると、また大事そうにバックパックにしまい込む。

「……よしっ」

 笑顔を引き締め直すと、クオレルは歩き出した。
 ドアを開け、廊下に出て鍵を閉める。
 廊下は光も差さず、かなり薄暗かった。
 だが、クオレルが見た先には、真っ白な光が差し込んでいた。

 クオレルは、その光へと歩き出した。
 ゆっくり……とても、ゆっくりと。


 交易都市カクテル。
 ファウナーブル帝国の南西の海岸沿いにあるこの都市は、文字通り交易で栄える都市である。
 様々な国の、様々な人たちが混じり合う為に、ここでは世界的なイベントも、数多く開かれていた。
 カクテル剣術大会も、その中の一つである。
 いや、数多いイベントの中でも、一番大きなイベントと言っていい。
 世界中から屈強な戦士が集まり、剣術の技を競うことは、港町では、珍しい事でもない。
 だが、このカクテル剣術大会は、その各剣術大会の頂点に立っているのだ。
 剣術大会実行委員会と呼ばれる組織が、世界中の大会を一から五までのグレード分けをしているのだが、 カクテル剣術大会は、唯一のグレード一なのだ。

 現在、カクテルではその大会が開かれている。
 六日間に渡る予選から本戦は、これから、決勝戦が行われようとしているのだ。

 決勝進出者は、大会観戦者の予想を半分裏切っていた。
 一人は、クイーンド・クオレル。
 前々回、前回と二連覇し、今回前人未踏の三連覇に挑む、地元カクテル出身の十五歳の少女だ。
 一昨年は全くの無印だったが、今では完璧に大本命に推されていた。
 剣一筋に生きてきたと豪語するクオレルは、この三年間で、一度も負けた事がないからだ。
 もう一人は、アリシャン・ライルミン。
 今まで、どの大会にも出場経験のない、全く無名の新人である。
 しかし、卓越した剣の腕で、今まで危なげなく勝ち進んできた。

 大方の予想では、クオレルがライルミンを圧倒するだろう、という意見が大半を占めた。
 ライルミンが勝つ事は、大番狂わせに他ならない。
 本命が勝つか、新人が勝つか。カクテル中央闘技場は、否応なしにすさまじい熱気に包まれていた。


 午後一時五十九分。決勝の開始時刻まであと少しと迫った会場内は、たくさんの客で溢れかえっていた。
 中央に設置された闘技台では、真ん中にいる審判を挟み、男女が向き合っていた。
 女はクオレル。男はライルミン。
 相手を威嚇や挑発する事もなく、二人は一礼をし、握手を交わした。
 それから、審判より刃を潰した剣を手渡される。
 お互い、離れてその感触を試してから、再び向き直って、審判に言われるがまま、少し下がる。

 オオォォォォォォォォォ……

 会場の空気が、静まりかえる。誰もが、審判の声を待ち望んでいた。
 それは、数秒後に発せられる。

「ファイッ!!!」

 オオォォォォォォォォォ!!!

 鼓膜を破るかのような大音量が、闘技場内に響き渡った。
 だが、二人は全く動かない。
 ォォォォォォォオォォ……

 会場のボルテージは、徐々に徐々に静まっていく。
 固唾を呑んで、二人がどう動くか、一瞬たりとも見逃さない覚悟で二人に見入っていく。

 そして、次の瞬間……
 会場のどよめきが、消えた。

「たぁぁぁぁぁ」

 いきなり、クオレルが動いたのだ。
 間合いを一気に詰め、剣を斜めに振り下ろす。
 冷静にそれを見ていたも動き出す。
 左肩でその衝撃を全て受け止め、がら空きのクオレルの左腹部にめがけて剣を突く。
 だが、クオレルもそれは予測していた。
 なんと、左肩に撃ち落とした剣を中心に、ライルミンの後ろにジャンプしたのだ。
 しかし、それでは一瞬、ライルミンに背中を向けてしまう。
 ライルミンは、好機とばかりに、振り返りざまに上段から一気に剣を振り下ろした。
 当然の事ながら、クオレルは前方へと飛び、体勢を立て直す。
 ライルミンの剣は、空しく闘技台に叩きつけられた。

 ホォォォォォォォォ……

   そこで、会場の誰もが一息ついた。闘技台の上では、再び二人が睨み合いを始めるが、
 緊張感の持続しない一般人にとっては、いい休息になっていた。

 ズザァァァッ!

 今度は、ライルミンが動く。
 クオレルは待って、ライルミンの次の出方を見るようだ。その場から動こうとしない。
 ライルミンは、走る威力を利用して、一気に剣を振り下ろした。
 クオレルは、それを受け流せると判断して、防御態勢に入った。

 ガキィィィィッッッ!!

  「くはぁッ??」

 だが、ライルミンの力は、クオレルが予想していた以上に凄まじい物だった。
 辛うじて、クオレルは剣で受け止めるが、すぐさま上からじりじりと圧力が掛かる。
 クオレルは何とか踏ん張ってそれをこらえるが、どんどんと体が沈んでいき、体勢が悪くなっていく。

 (拙い、このままでは……)

 必死にクオレルは体を捻り、剣を流すことに成功した。
 ライルミンの重圧から抜け出しながら、クオレルは相手の体制が崩れることをほのかに期待していたが、ライルミンの体は、崩れることはなかった。
 すぐさま、クオレルに再び攻撃を加える体制を整えている。

 クオレルは何とか、分の悪い体勢から、剣を横に薙いだ。
 しかし、あっさりと後ろにかわされてしまった。クオレルの体勢が一瞬流れる。
 ライルミンはそれを見逃しはしなかった。
 がら空きとなってしまった胴体に、容赦なく激しい突きが入る。

  「きゃうッ?」

 元々踏ん張りの効いていなかったクオレルの体は、あっさりと吹っ飛ぶ。
 この時ばかりは、自分の体重が軽いことを、クオレルは呪った。
 競技台の中央辺りに、クオレルの体は激しく叩きつけられる。
 鎧と、受け身でかなりの衝撃は吸収されたはずだが、吹き飛んだときの衝撃が大きすぎたのか、かなりのダメージがクオレルの体を襲った。

  「くぅッ!」

 軽いうめき声と共に、視界が一瞬暗くなる。
 それでも、クオレルはその場に立ち上がった。
 ここで意識をブラックアウトさせている場合ではないのだ。
 ぱっとライルミンの居る方を見る。
 すると、目の前にはもはや、ライルミンは迫っていた。
 予想外のスピードに、クオレルはおののく。

  「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

 気合いのこもった声が、目の前から聞こえる。クオレルはとっさに、左に身を退けた。

   ガシィッッッッ

   肩当てに、凄まじい衝撃が走る。
 先程避けていなかったら、まともに頭に食らっていたかもしれない。
 だが、この肩の衝撃も気を抜くと危なくなりそうではある。
 クオレルは奥歯をかみしめ、衝撃に耐えた。

  「てやぁぁぁぁッ」

 とにかく、自分が手を出さなければ勝てないと、クオレルは踏んだ。
 ライルミンのがら空きの胴を確認する前に、腕はすでに動いていた。
 自分で、これが精一杯だと思った以上の鋭い突きを、ライルミンの胴に放つ。

   ゲシャッ

 しかし、その突きも脆くもライルミンによって弾かれる。
 突き出した剣の上から思いっきり剣で叩かれたのだ。
 上体が逸れ、手が電気が走ったように痺れる。
 すると、次の瞬間、つんのめっていたクオレルの体に、ライルミンから思いがけない一撃が放たれた。
 通常時なら、絶対にかわす自信のある蹴りであったが、今は、体勢が不十分な上、全く相手の足を警戒していなかった。
 ライルミンの蹴りが、あっさりとクオレルの体に入る。

「かぁはッ」

 クオレルの体は、まるで人形でも蹴り飛ばしたかのように舞い上がる。
 そして、二、三度、闘技台に叩きつけられ、転がる。

 闘技台の端まで転がっていくクオレルを、ライルミンは追いかける。
 クオレルは何回も転がりながらも、何とか闘技台の端で食い止まっていた。
 ルールでは、競技台から落ちれば、テンカウント以内で戻らなければ負けでなのある。

 出来れば、そう言う情けない負け方だけは、クオレルはしたくなかった。

 蹴られた腹を押さえ、沸き上がってくる胃液を堪えながら、クオレルは必死に立とうとする。
 しかし、ライルミンはすぐ目の前まで迫っていた。
 ライルミンは、上段から一気に切り下ろしてくる。
 クオレルは、弱々しく剣を出し、防ごうとする。

 ガキィィッッッッッ

 ライルミンの剣は、クオレルの剣に阻まれる所か、クオレルの剣をへし折っていた。
 そして、その切っ先は……クオレルの額の直前でピタリと止まっていた。
 切っ先から額まで、わずかに1ミリもないであろう。まさに神業だ。
 クオレルは、怯えた表情で、その切っ先を見つめた。

 ザワザワザワザワ……

 会場内が、静寂から解き放たれる。
 ライルミンとクオレルは、まだその場から動かない。
 どうしたものかと、審判が二人の所へ駆け寄った。
 だが、審判が幾ら声を掛けても、二人は動こうとはしなかった。

   クオレルは、しばらく切っ先を見つめていた。
 今まで負けという物を知らなかったクオレルが、初めてありありと強さの差を見せつけられてしまったのだ。
 放心状態になるのも、無理はないかもしれない。

 クオレルは、恐る恐るライルミンの顔を見上げた。
 クオレルの想像では、とんでもない髭でも生やした、ごつい変なやつ、だったが、ライルミンはそんなに妙な顔をしては居なかった。
 一言で言ってしまえば、美青年、だ。
 剣士より、吟遊詩人や、歌い手にでもなった方が良さそうなほどまでに、ライルミンの顔は素晴らしかった。

 先程見た、厳しい表情も、今は穏やかに輝いている。
 口元もゆるんでいた。
 つまり、微笑んでいるのだ。
 目の前に剣の切っ先さえなければ、まるで自分に救いの手を差し伸べてくれているようだった。

 その時、クオレルは感じた。
 一目で、ライルミンに惚れてしまった、と。

「そろそろ、ギブアップでも宣言した方がいいんじゃないのかな?」

 その声に、クオレルは素直に従った。剣を投げ捨て、その場にぺたんと座り込む。

「ありがとう」

 先ほど以上に、ライルミンは微笑む。
 クオレルは、その微笑みにどう返していいか、戸惑った。

「クイーンド=クオレル選手、試合放棄と見なし、アリシャン=ライルミン選手の勝利とするっっ!!」

 審判の声が、闘技場内に響きわたるのを待たずに、闘技場内は大きく沸いた。
 ライルミンは、審判に片手を大きくあげられ、闘技場内の大歓声に答えた。
 闘技場内のボルテージは、一週間で最高潮に達していた。

 そんな中、クオレルだけは、一人取り残されたように座り込んでいた。
 ライルミンの微笑みが、頭から離れない。心をわしづかみにしている。
 剣一筋に生きてきたクオレルには、ライルミンとの出会いは大きすぎる衝撃だった。

 そして、この敗戦は、クオレルの人生を大きく変える事になる。




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