Back/Index/Next
Sister Princess



夏休み「オンナノコが綺麗なワケ」


by 高津 沙穂




 夏休みも半ばを過ぎたある平日。
 気温が三十度を軽く超えているためか、商店街の人通りは少ない。
 その商店街の中を、髪の毛をポニーテイルにした少女が、涼しそうな表情で歩いていた。
 背筋をしゃんと伸ばし、まっすぐ前を見て歩いている様は、まるで暑さをみじんにも感じていないようだ。

 颯爽と淀みない足取りで歩き続けていたが、ある店のショーウインドウの前で、急に足が止まった。
 最初は、横目で見ているだけだったが、その内に、ショーウインドウに手を突き、かがみ込んでのぞき込んでいく。
 涼しげな表情は、いつの間にか、少し熱を帯びたような感じに変わっていた。

「はぁ……兄君さまは、一体どのような水着がお好きなのでしょうか……」

 ショーウィンドウに飾られていたのは、形状様々な水着であった。
 シーズンもそろそろ終わりに近づいており、プライスダウンの札が貼られているそれらを、熱心に見回す。
 頭の中で、彼女の体には、何着もの水着が付いは外れていった。

「こちらなどはどうでしょうか……だ、大胆すぎますね……
 こちらは……やはり、子供っぽいでしょうか……」

 彼女の表情が、だんだんと難しい物になっていく。
 頭の中は、ほぼ完全に水着を付けた自分に、兄はどのような評価を下すのだろうか、という想像で、一杯になっている。
 そんな状態であったために、自分の背後に人が潜んでいるということは、気付くことができなかった。
 彼女の背後に回った者が、おもむろに、彼女のはいているミニスカートをめくり上げる。

「ふむ、春歌ちゃんの可愛い下着発見♪」

「きゃああああああああ!?」

 春歌の頭の中から、水着のことなど、一瞬にして吹っ飛んでしまった。
 顔を真っ赤にして振り返り、スカートを抑える。
 ショーウィンドウに身を預け、誰がこの様な事をしたのか、確認した。

「あ……さ、咲耶ちゃん!?」

「ハァイ、春歌ちゃん」

 にこにこと春歌を見上げているのは、自分の姉妹である咲耶だった。
 春歌は、痴漢行為を働いてきたのが身内であることに安堵しつつも、何故こんな事をしたのかと疑問に感じた。

「春歌ちゃん、何度呼んでも気が付かないんですもの。非常手段をとらせて貰ったわ」

 春歌が気付いていないうちに、咲耶は何度も呼びかけていたらしい。
 状況を全て理解し、春歌は咲耶に頭を下げた。

「す、すみません、咲耶ちゃん。ワタクシ、全く気付かなくて……」

「いいのよ。それより……何に熱中していたわけ?」

 咲耶は、春歌の後ろにあるショーウインドウに視線を移した。
 それを見た瞬間、咲耶の表情が何かを理解したように妖しく変わる。

「ふぅん……お兄様を誘惑する水着を選んでいた訳ね」

「そ、そんな……誘惑だなんて……」

「ふふふ……判ってるわよ、春歌ちゃんの考えることぐらい。
 へぇ、もうすぐオフシーズンだっていうのに、まだまだ種類があるわね」

 咲耶はショーウインドウから視線を外すと、おもむろに春歌の腕を掴んだ。
 そして、そのまま歩き出す。

「え……ど、どちらに行かれるんですか?」

「水着、買うんでしょ? 私も選んであげるわ」

「ええ!? わ、ワタクシ、まだ買うなんて一言も……」

「いいの。まあ、見るだけでもいいから。多分、すぐ気が変わるわよ」

 春歌は多少渋りながらも、断り切れずに、咲耶に連れられて店内へと入っていった。


 長い間閉じられていた試着室のカーテンが、ためらいがちに開く。
 徐々に水着を付けた春歌の体が、あらわになっていった。
 春歌が付けているのは、店内にあったもっともシンプルな、桃色のビキニである。

「ど、どうでしょうか……」

「んー。とってもいいわよ、春歌ちゃん」

「そう、でしょうか……」

「そうよ。
 それにしても羨ましいわ。
 春歌ちゃん、スポーツやってるから、凄く引き締まっていて……
 胸もそこそこあるし、これならお兄様を、一撃でKOできちゃうわ」

「で、でも、ワタクシ、こういったお腹が全部見えてしまう水着は慣れなくて……」

「ビキニなんだからしかたないでしょ。おへそのあたりも十分可愛いわよ?」

「そう、でしょうか……ワタクシには、まだちょっと早い気がします。
 それに、ワタクシ、咲耶ちゃんみたいに綺麗ではありませんし……」

「そんなこと、無いわ!」

 咲耶が少し目をつり上げて、春歌に迫る。
 その迫力に、春歌は一瞬怯んだ。

「春歌ちゃんは、十分綺麗よ。私が羨んじゃうくらいね?
 奥ゆかしいのはいいけど、ちょっと自分を卑下しすぎよ?
 春歌ちゃんが可愛くないんだったら、世の中に可哀想な女の子が大多数になっちゃうわよ?
 あのね、女の子はね、そのままでもじゅーぶんに可愛いの!
 でも、それを曇らせちゃうのが、心」

「心……ですか?」

「そう、心。
 恋をすると女の子が綺麗になるっていうけど、それは、好きな人の為に一生懸命になってるからよ。
 心が綺麗を求めて、外面が綺麗になっていくのよ。
 でも、恋だけじゃなくて、普段から自分がそうでもないって思ってさぼっちゃうと、どんどんダメになっていっちゃうの。
 だから、春歌ちゃんは、そんなことを考えちゃ絶対ダメよ?」

「し、しかし……」

 そこまで言っても、まだ春歌は納得していないようだった。
 可愛い姉妹のために、もっともっと何とかしてあげたい。
 そんな考えが沸き上がってきた咲耶は、おもむろに財布を取り出した。
 そして、中から二枚のチケットを取りだした。

「これ、あげるわ」

「え……? これは?」

「この前出来たリゾートプールの招待券よ。
 これで、お兄様を誘って、その水着を付けてプールに行きなさい」

「で、でも……」

「お兄様に綺麗だ、可愛いって言って貰えば、きっと春歌ちゃんも考えを改めてくれると思うわ。
 私たちの素晴らしいお兄様なんですもの。嘘なんて言うはず無いわ。
 いい? ちゃんと行くのよ!? 一日、お兄様に可愛がって貰うのよ?」

 そこまで言われて、春歌はおずおずとチケットを受け取る。
 恥ずかしい姿をさらすのは辛いが、それ以上に、兄と一緒にいられることは、何よりも大きい。
 春歌は、そのチケットを握りしめて、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます、咲耶ちゃん……
 大切に、使いますね」

「はいはい、それじゃあ着替えてらっしゃい。会計はちゃんと済ませるのよ?」

「もう、私はそんな事も判らない子供じゃありませんよ」

「いーの。ほら、早く」

 咲耶は強引に春歌の体を、試着室に押し込める。
 カーテンをさっと閉め、春歌が着替え始めたのを確認してから、素早くその場を離れた。
 店の端まで来ると、携帯電話を取り出して、リダイヤルする。

「……
 あ、お兄様? 私よ、私。
 あのね、いきなりなんだけど、この前誘ったプール、私急用が出来たから、行けなくなっちゃったの。
 ……ごめんなさい。本当は、お兄様とのデート以上に大切な用事なんて無いんだけど、どうしてもはずせなくて。
 ふふふ……ありがとう、お兄様。
 それじゃあ……お兄様の声、もっと聞いていたいんだけど、店内だから迷惑がかかるから、切るわね。
 ラブよ。チュッ」

 咲耶は、通話を終えると手帳を取り出し、八月の下旬にあった、お兄様とプールでデートの予定という文章を、少し躊躇いながらも、消した。




Back/Top/Next