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Saho Original Novel



卑怯


by 高津沙穂




「ま〜た、となりの席だね、清吾くん?」

「あ、ホントだ。俺ら運命の糸で結ばれてるのかも?」

「あははっ そりゃ〜、ないないっ」

「そうきっぱり言われるとショックだなぁ……」

 結城学園三年二組。
 この教室の一番廊下側の席では、そんな会話がされていた。
 小川清吾と増岡志穂。
 学期毎に席替えが実施されるのにも関わらず、二人は毎回となり同士の席になってしまうのだ。

「とにかく、これからもよろしくねっ 清吾くん?」

「ああ、最後の学期だけど、楽しくやろうぜ」

 こうして、二人の最後の学期が始まった。
 この時、清吾は先程の会話では冗談めかしていたが、志穂に淡い恋心を抱いていた。
 だが、その思いは高校卒業と共にうち砕かれることになる。
 高校卒業と同時に、志穂は遠くの街へと引っ越していってしまったのだ。
 一年後、清吾は彼女が結婚したことを、志穂と親しかった友人から聞いた。

 清吾の恋は、何も始まらないうちに、こうして終わりを告げたのである。


 そして、時は流れ五年後。
 清吾はたいして良くない大学を卒業し、たいして良くない会社に勤めていた。
 高校時代、好きだった志穂のこともほとんど忘れ、四年の間に数人の女性と付き合ったりもした。
 あの頃のことはいい想い出。
 清吾の中では、そんな風に志穂は変わっていた。

「お兄ちゃん、重いよぉ、もっと持ってってばぁ」

「紗那、俺はな、お前のことを思って持たせてるんだ」

「なによ、それぇ!」

「あんまり運動してないと、太るからだ」

 日曜日、清吾は妹の紗那と一緒に、結城駅前の商店街に来ていた。
 折角の日曜日ぐらい、家でのんびりとしたかったが、紗那にあれこれと理由を付けられて引っ張り出されたのだ。
 もう買い物も終わり、二人とも帰るところである。

「なっ……お、お兄ちゃん!?」

「あっはっはっ」

「もぉっ!」

 紗那の報復攻撃を怖れ、清吾は走り出した。
 紗那もすぐに清吾の後を追う。

 と、その時。
 紗那が反対から歩いてきていた女性と、思いっきりぶつかった。
 その音を聞き、清吾は慌てて戻ってくる。

「す、すいません、大丈夫ですか?」

「えっ……あ、はい……大丈夫です……」

「すみません……立てますか?」

 清吾は、その女性に手を差しだした。
 その女性は、少しの間、その手をじっと見つめた後、ふっと顔を上げる。

「えっ……? あ、なた……もしかして、志穂? 増岡志穂だろう?」

「そ、そうですけど……?」

「俺、俺だよ。もしかして、覚えなかったりする?」

「ちょっと、私も助けてよ」

 志穂は、清吾の手を取り立ち上がった。
 そして、じっと清吾の顔を見てから、目を見開く。

「あ、あ……清吾くん?」

「そそ、久しぶりだなぁ……卒業式以来だっけ」

「うん、そうだね〜 五年ぶり?」

 志穂はそう笑顔で話しながら、すっと視線を清吾の後ろに向けた。
 清吾もそれにつられて、振り返った。
 すると、そこには怒りの表情の紗那が立っていた。

「私だって怪我してるのかもしれないのに、なんで無視するのよぉ」

「えっと……可愛い娘だね〜 清吾くんの彼女さん?」

「あっはっはっ 違う違う。高校の時はなさなかったっけ? これが暴力妹」

「ああ、この子が〜」

 大げさにうんうんと頷く。
 紗那が何かを言いかけたが、清吾は無理矢理頭を掴んで、下げさせる。

「ごめんな〜 こいつがぶつかっちゃって。ほら、紗那、謝れ」

「ごめんなさぁい……って、原因はお兄ちゃんでしょ!?」

「いいのよ〜 私もちょっとぼーっとしてたから」

 背中を紗那に殴打されながらも、清吾はあることを思い出していた。
 志穂の友人から、志穂が結婚したということを。
 とりあえず、そこから話にはいることにした。

「そういえばさ、志穂って結婚したんじゃなかったっけ?
 こっちには何しに帰ってきたの? 帰省?」

「えっ……?」

 志穂の顔が曇る。
 不味いことを言ったかな、と思いつつも、清吾はそのまま話した。
 紗那に服をぐっと引かれたのには、気がつかずに。

「もしかして、浮気されちゃって別居とかそんな」

「ううん、この前ね、飛行機事故で亡くなっちゃったの。
 それで、傷心旅行中……かな」

「あ、ごめん……」

「馬鹿……」

 紗那の呆れた声で、清吾は決意した。
 このまま傷心旅行を一人で続けていても、いいことはあるまい、と。
 妹への威信を取り戻すためにも、そして自分の過去の気持ちをまた確かめるために、今、志穂に出来ることをしよう、と。

「よっし、紗那、これ全部持ってけ」

「えっ? お兄ちゃん……えっ!?」

 清吾は自分が持っていた荷物を、全て紗那に押しつける。
 紗那はその重みに耐えられず、しりもちをついた。
 清吾はそれを気にせず、志穂の腕を掴み、そのまま走りだした。

「な、なに?」

「ようし、遊びに行くぞ、志穂!」

「で、でも妹さんが……」

「いいよいいよ!」

「ちょっとぉ お兄ちゃん!!」

 そんな妹の声を背中越しに聞きながら、俺は走ってその場を後にした。


 数時間後、結城駅の東口前にある、建設当初は日本六位の高さを誇っていたビル、アクティブタワーの展望台。
 結城市の夜景が一望できるこの場所に、清吾と志穂はいた。

「あはは……今日は、本当に楽しかった〜」

「そっか。志穂がそう思ってくれたならいいよ」

「うん、でも妹さん怒ってないかな〜?」

「怒ってるだろうな……でも、俺は志穂が笑顔になって貰ったから満足さ」

「えっ?」

 志穂は清吾に視線を向けた。
 清吾は懐かしい表情で、結城学園がある方を見つめていた。

「学校の時さ、俺、志穂が好きだったんだぜ?
 結婚したって聞いたときは、一日落ち込んだぐらいにな。
 本当はちょっと忘れてたけど、志穂が帰ってきて、嬉しかったんだよ」

「えへへ……ありがとう。
 私、あの時からどう? 変わった?」

「ああ、すっげぇ綺麗になった。びっくりしたよ」

「……!! そ、そういうことじゃなくてね……もぅ〜」

「いいじゃん、本当のことなんだし」

 志穂が赤くなって視線を外す。
 それを面白そうに、清吾が見つめ返した。

「もう……こんな時にそんなこと言うなんて……卑怯だぞっ」

 志穂はそう言いながら、足下に置いていた荷物を持ち上げた。
 それを見て、清吾は焦り、声をかける。

「な、なんだ、もう帰るのか?」

「うん、やりたいこと見つかっちゃったから、もう向こうに戻るね」

「そ、そっか……
 あ、えっと、これ、俺の住所と電話番号書いてある名刺。
 なんかあったら電話でも手紙でもいいから連絡取ってよ」

 清吾は財布の中から名刺を一枚差し出す。
 だが、志穂はそれを両手で押しとどめた。
 唖然とした表情になった清吾をその場に残し、志穂は足早にエレベーターへと歩いて行った。
 エレベーターに入る瞬間、振り返って「ありがとう」と大きな声で言ったが、それは清吾には聞こえていなかった。

「へっ……な、なんで……? 上手くいってたと思ったのに……」

「ばーかばーか」

「はっ……!?」

 遠慮無い罵倒の声に、清吾は振り返る。
 そこには、数時間まで一緒にいた紗那が、半分以上笑った表情で立っていた。

「な……紗那!?」

「駄目ねぇ、お兄ちゃん。もうちょっと押しておけば手紙ぐらいはくれたかもしれないのにさぁ〜
 あそこはこんな所じゃなくて強引にホテルに行っちゃうとかさぁ、あるのにねぇ」

「紗那、何言ってるんだ!?」

「ま、また振られちゃったわけだけど、お兄ちゃん、元気出してね?」

 紗那がゆっくりと歩いてきて、微笑みながら清吾の肩に手を置く。
 清吾には、紗那が救いの女神のように思えた。

「紗那……いつまでも彼氏を作らないと思ったら、実はお兄ちゃんのことが……」

「はぁ? ばっかじゃないの? お兄ちゃんが元気なくなったら、こんな大量の荷物持って帰れないしぃ」

「はっ!?」

 紗那が指差す先には、数時間前に買った物が、そっくり残っていた。
 それを持って帰らないといけないと思うと、清吾はさらに愕然とする。

「って、紗那、お前帰ったんじゃなかったのか……」

「か弱い女の子がこんな量持って帰れるわけないでしょ?
 どうせお兄ちゃんのことだから、夜景で落とす〜とか思ってここに来るだろうって思ってねぇ。
 映画を見て時間を潰して、ここで待ってたってわけ。
 でも、ほんっとうに来ちゃうし、振られちゃうんだもん、おっかしぃ〜」

 紗那の笑い声が、辺りに響く。
 紗那が指摘したことは、清吾にとっては概ね正解だったのだ。
 容赦ない笑いに、清吾は沈み込む。

「さっ、お兄ちゃん、帰るよ。全部持ってね?」

「ぜ、全部!?」

「んじゃま、そういうことで〜♪」

 紗那はそう言い残すと、走ってエレベーターへと消えて行く。
 清吾は慌てて後を追うが、荷物を回収している間に、エレベーターのドアが閉まってしまった。

「あああ……俺って……俺って何よ……!?」

 人気の少なくなった展望台に、清吾の声だけが空しく響いた。




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