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21 -Two One- Story



慰安旅行


by 高津 沙穂



「ねぇ、今度の外科の慰安旅行なんだけどさ、どこがいい?」

 外科病棟のナースステーションの奥で、この病院の外科医師、汽京紅葉が、そこにいた三人の男女に声を掛けた。
 その中の、最も遠くに座っていた看護婦が、顔を上げる。

「あ、ボクはユニバーサルスタジオなんかがいいなぁ〜 やっぱり慰安旅行って言ったら楽しまないとね」

 その嬉しそうな表情は、すでにユニバーサルスタジオに行ったような感じさえ受け取れる。
 この看護婦は、この病院の三大アイドルの一人と言われるほどの美人看護婦、榊芹だ。
 ちなみに、後の二人は、今声を掛けてきた女医、汽京紅葉と、一番で前に座っている男の隣にいる、橘唯奈なのだが、 それはこの話しには余り関係ないので、置いておく。

「何言ってるんだよ、慰安って言えば体を休めないといけないだろ。そんな疲れるところに行ってどうする」

 その榊芹の言葉に、すぐに一番手前に座っている男が口を挟む。
 この男は、この病院の外科担当の医師、霧島拓哉だ。ちなみに、榊芹とは、恋人関係にある。

「温泉とかに行こうって言うわけ? 冗談じゃないよ、そんなおばあちゃんじゃないんだからさ」

「お前も餓鬼じゃ有るまいし、いつまでも遊ぼうだなんて思うなよな」

「いいじゃない。それに誰でもちゃんと遊べるところだよ。餓鬼なんかじゃないんだからねっ」

「妖しいもんだな」

 重ねて言うが、二人は恋人同士である。
 過去に起きた或る連続殺人をきっかけとして、ただの幼なじみから、恋人同士になったのだ。
 だが、それも時期を経ると、二人は倦怠期とも言うべき状況に陥っていた。
 片方が口を開けば、すぐに片方が口を挟み、事あるごとに喧嘩になっている。
 今日もご多分に漏れず、喧嘩をしているわけだ。

「お前と何年も付き合ってるけど、未だに分かんないぞ。少しは真面目に仕事しようって気はないのか?」

「な、何よその言い草。ボクが仕事してないみたいじゃない」

「事実その通りだろ?」

「何言ってるのよっ ボクは真面目に仕事してるよ。
 って、それは拓哉の方に当てはまるんじゃない? いつまでもうじうじしててさ」

「なんだって、今なんて言った?」

「この意気地なしっ」

 言い合いをしている二人の距離が、どんどんと縮まっていく。
 間に挟まれた唯奈は立ち上がり、二人に割って入る。
 こうでもしなければ、二人はすぐに武力行使を伴う喧嘩に発展してしまう。
 流石に、病院内でそれが許されるはずもなかった。

「まあまあまあ、たっくん落ち着いて……」

「落ち着いて下さい……病院内ですよ、榊さん」

 唯奈と紅葉の顔からは、疲れを伺うこともできる。
 あまりにも繰り返される光景に、いささか飽きも来ているようだった。

 今回の喧嘩は、それから三十分ほど続いた。


「ふぅ、どうしたもんかしらね〜」

「そうですね、どうしましょうか……」

 その喧嘩から二時間後、紅葉と唯奈は、病院内にある喫茶店に来ていた。
 毎日の激務に加え、二人のお守りをしていては、身も心も持つはずもない。
 こういった息抜きでもしないと、医療ミスでも犯してしまいそうだった。

「全く、あの二人には困っちゃったわよねぇ〜 一時期なんて、目に余るほどラブラブだったのにさ〜」

「そうですね……院内でキスしているところ見て、何回注意したか解りませんよ……」

「それが今では、ああなっちゃうんだからねぇ〜 経験豊富な唯奈さんでも分かんない?」

「私の場合、年上が多かったですから……幼なじみと言われるとよく解りませんね」

 二人は、同時にため息を付く。
 二人の座っている前にあるテーブルには、ぬるくなったコーヒーと、行き先の欄だけ記されていない、慰安旅行の申請書が置かれていた。

「〆切は明日よ〜 早く出さないと、旅行なくなっちゃうわ」

「そうですね……困りました……」

「ううん……楽しくて、それで居てあの二人が仲直りできちゃうような、そんなミラクルな場所って無いかしらね」

「ううん……」

 紅葉は腕を組み、頭の中で記憶している史跡や名所、アミューズメント施設を検討してみるが、どれも決め手に欠けていた。
 だが、唯奈はそうでもなかったらしい。
 何かに気が付いたように顔を上げると、古めかしい仕草で手を叩く。

「ああ、一カ所有りましたよ……汽京先生」

「え? マジ? 本当?」

「はい……でも、まあ、なんといいましょうか、医者として看護婦として……好ましくない場所ですけど」

 少し考えるような仕草を見せた唯奈の肩を紅葉は激しく掴む。

「そこにしましょう。決まり。んじゃ提出しに行くわよ」

 勝手に即断してしまった紅葉が立ち上がり、ぬるくなったコーヒーを一気飲みして、喫茶店を後にしようとする。
 唯奈は驚いて、後を追うことを忘れてしまった。
 かくして、ここに外科の慰安旅行の行き先と、唯奈が紅葉の分のコーヒーまで奢ることが決定したわけである。


 唯奈が一行を案内したのは、山奥の古びた温泉宿だった。
 築百余年という建物には、風格すら感じる。
 ここに着いた時、紅葉には、何故ここが最適の場所なのか全く解らなかった。
 事実、二人の仲は未だ、何も変わってはいない。

「ねえ、唯奈さん、なんでここなの?」

「ふふふ……それはまだお話しできませんが、あることをしていただきたいんです」

「それをすれば、あの二人はちゃんと仲良くなるんでしょうねぇ?」

「今までの実証例があるみたいですからね、大丈夫ですよ」

 紅葉は腑に落ちない表情で、旅館に入っていく。
 その二人の後を、病院の外科担当の医師、看護婦の三分の一がぞろぞろと着いていった。


「さぁさ、それじゃ部屋割り発表するわよん〜♪ 基本的に男女別だからねん♪」

 全員をまず温泉に入れてから、紅葉は部屋を発表することにした。
 唯奈は、下準備がある、として、一緒に行動はしていなかったが。
 一同、素晴らしい温泉に浸かり、気分が良くなっていたのか、勝手に決められる部屋割りに、文句を言う事もなく、それぞれの部屋に散っていく。
 ある一組を除いては。

「ねぇ、紅葉先生、なんでボクが拓哉と一緒なの!?」

「そうだぞ、男女別だっていったじゃないか」

「基本的に、って言ったでしょ? 部屋足りないんだから、恋人同士は一緒にどうぞ。離れなんだから何してもOKよん〜♪」

「何かなんて起きるはず無いでしょ(だろ)」

 二人から一斉に突っ込まれ、紅葉は一瞬たじろぐが、ここで終わらせては、今日ここに来た意味が、全く無くなってしまう。
 なんとか、二人を宥めに掛かった。

「別に何かしろって言ってる訳じゃないわよ〜? なんだったら、部屋の両はじに布団置いて寝てもいいんだから。
 紅葉さんのために協力してよ?」

「同じ空気吸うのも嫌なのっ」

「って、地球上にいる限り同じ空気でしょ」

「一緒にいたら目が腐るぞ」

「んなもん、そうだったらとっくにそうなってるわよ。
 とにかく行くの! じゃないと、二人が患者さんに間違って違う薬入れちゃったのばらすわよ?」

 二人は、いきなり沈黙する。
 どうやら、とても痛い所を付かれたらしい。
 渋々と離れの部屋に歩いて行く。

 二人の姿を見送ってから、紅葉はほくそ笑んだ。

「任務、かんりょ〜♪」


 部屋についてまず二人がしたことは、お互いの領域を決めることだった。
 すんなり榊芹が左側、霧島が右側を占拠する。
 それからは早かった。
 二人は時間を置いて、お互い両端に布団を敷く。
 そして、そのままじっとしているのも辛いとばかりに、お互いに背を向け、布団をかぶった。
 二人はこの日、言葉を交わすことはついになかった。


 榊芹は、夢を見ていた。
 それは、榊芹にとっては、とても素晴らしい夢だった。

 あんなにも嫌っていた霧島が、誤診がばれて病院を追い出されたのだ。
 同じ建物にいることすら辛かった日々から、やっと開放される。
 顔は、喜びに満ちあふれていた。

 霧島の居ない素晴らしい病院内を、榊芹は巡回していた。
 こんなに周りに気を配らなく歩くことは初めてだった。
 前は、どこからか霧島が出てこないかと、気が気でならなかったのだ。
 思わずスキップを踏みそうになる足を、ぐっと堪えた。

 階段を下りて次の階に入ると、何故かそこは夜になっていた。
 だが、そんなことはさして気に留めることもなく、榊芹は、巡回をしていく。
 鼻歌を歌いながら、ゆっくりと歩いて行くが、何ら異常はない。
 榊芹はにこにこ顔で、そのまま奥へと歩き続けた。

 ある病室の前へとさしかかったところだった。
 榊芹は、いきなりの出来事に、驚くことになる。
 いきなり羽交い締めにされ、手で口を塞がれたのだ。
 何のことか解らなく、恐怖に支配されている状態で、榊芹は病室の中へと引きずり込まれた。

 そこには二人の男が居た。
 下品な笑みを浮かべ、榊芹の方へと近づいてくる。
 その病室のまん中まで来ると、口を塞いでいた手が取れる。
 大声をあげて助けを呼ぼうとするが、すぐに口は、ガムテープによって塞がれた。

「けけけ、芹ちゃん、彼氏が居なくなって淋しそうだよなぁ」

「俺たちが慰めてやるよ。ま、忘れられなくなるまでな」

 その男達の科白で、榊芹はすぐに、自分が何をされるのか自覚する。
 涙を流しながら、必死に逃れようと藻掻くが、羽交い締めをしている男の力は、相当強く、どうすることもできなかった。

 ああ、もうボクは終わりなんだ……

 そう感じるのも、そんなに遅い時期ではなかった。

 だがその時、廊下の方から、誰かが歩いてくる音が聞こえた。
 榊芹は最後の望みとばかりに、なんとか音を出して気が付かせようと、体を暴れさせた。

「ぐえっ」

 男の一人のどこかに、蹴りが当たったらしい。
 男は口を押さえて、廊下の方に顔を向ける。
 どうやら、廊下を歩いていた人物が気が付いたらしい。
 その人物が、ドアを開け、部屋の電気をつけた。

 いきなり明るくなったために、榊芹の視界が一瞬奪われる。
 何回か瞬きしている内に、視界は元に戻っていった。

「……!……」

 その榊芹の瞳には、信じられない光景が広がっていた。
 廊下を歩き、この異変に気が付いて中に入ってきたのは、出ていったはずの霧島だったのだ。
 榊芹は嬉しさの余り、涙を流した。

 霧島は三人に飛びかかり、あっと言う間に一人ずつ、気絶させていく。
 まるで、映画で見たスーパーマンのように。
 いや、榊芹にとっては、今目の前にいる霧島こそが、スーパーマンに違いないだろうが。

 三人全員を気絶させると、霧島は榊芹の口に貼ってあったガムテープを優しく剥がした。
 そして、優しく微笑み、手を差し伸べてくる。

 その時榊芹は決心した。
 この手を一生はなさないと。
 霧島とこれからずっと、生きていくのだと。

 その霧島の手を握った瞬間、榊芹は目覚めた。


 榊芹が目を開けると、そこにはまた、信じられない光景が広がっていた。
 両端に離して置いてあった布団が、何故か中央で並んでいた。
 そして、二人はしっかりと手を握り続けていた。

「ああ、芹か……
 今、凄い夢を見たんだ。
 芹が居なくなって病院を歩いていたら、何故か黒服の男達に殺されそうになって。
 そこに芹が助けに来てくれたんだ……」

 その霧島の言葉に、芹は目を大きく見開いた。
 その夢は、まさしく芹が見た夢そっくりだったからだ。
 芹も、今見た夢の事を、霧島に話す。

「まさに不思議だな……
 二人とも、同じ夢を見ていただなんて。
 布団もこうしてくっついているし、俺たちはこうして手を握りあってる」

「うん、そうだね……ボクも不思議だよ」

「でも、一つだけ解ってることがあるな」

「え? 何?」

 霧島は、榊芹の手をゆっくりと引き寄せ、優しく抱きしめた。

「それは、俺はもう、芹をずっと離したくなくなったこと。
 一生、芹を愛し続けるってことだよ」

「拓哉……
 うん、実はボクも、そう思ってたの……」

 潤んだ瞳で見つめ合った二人は、どちらからともなく顔を寄せていく。
 朝焼けが部屋に差し込む、幻想的な風景の中、榊芹と霧島拓哉は、一生涯の愛を誓い合い、キスをした。


「あらあらまあまあ、思いっきり効いてるわね……」

 帰りのバスの中で、少し離れた席でいちゃいちゃしている榊芹と霧島を見つめながら、紅葉は呟いた。
 その科白に、唯奈は首を縦に振って頷く。

「やっぱり効きましたね……本当に。うわさには聞いてましたけど、凄かったです」

「でさ、結局どういうわけでああなったわけ?」

 紅葉は向き直り、唯奈の顔を不思議そうに見つめる。
 唯奈は少し暗い顔をして、答えた。

「実は、あそこで昔、服薬自殺があったらしいんです。
 普通の男の人と、名家の女性だったそうです。
 無論、昔ですからそんな恋なんて認められるはずもありません。
 女性の方に見合い話が持ち上がり、二人はここへと逃げてきたんです」

 唯奈は少し周りに目を走らせ、誰も注目していないことを確認すると、小さい声で言葉を繋いだ。

「でも、報われない恋だと解っていましたから、二人は死ぬことを選んだのです。
 それ以降、あの部屋に泊まったカップルは、不思議な夢を見るそうなんですよ。
 お互いが居なくなってせいせいしたところに、いきなり誰かが襲いかかって、お互いが助けるって言う夢を。
 ですから、あの旅館は、仲の悪い夫婦や恋人の愛を再確認させるために、時々依頼を受けて、あそこに人を泊めるそうなんです。
 オカルトチックな話しですから、現実を追う私たちには相応しくないとも思ったんですけどね」

「そうなんだ、何か辛い話しだけど、まあああなったから良かったわね〜」

「そうですね……本当、良かったです」

 そこでやっと、唯奈は笑顔を見せる。
 その綺麗な笑顔に、紅葉は一瞬、どきっとなった。

「でも、唯奈さんは何をしたの? 準備があるって」

「え? あ、はい……」

 唯奈は言いづらそうに口ごもってから、意を決したように真っ直ぐに紅葉を見つめて、話し始めた。

「あの、夢の最後で二人は、お互いの手を握って愛を確かめるそうなんですよ。
 ですから、もっとそのムードが高まるように、二人の布団をくっつけ、手を握らせるために、隣の部屋にずっと居たんです」

「そうなんだ、それはご苦労様ですねぇ〜」

 唯奈が一生懸命二人と布団を動かす所を想像すると、苦笑いが浮かんできたが、それをうち消すかのように、紅葉は鞄の中からカップ日本酒を取り出すと、声高に叫んだ。

「さぁみんな! 二人の再熱愛を祝って、かんぱーい!」

 この後、病院に帰った一同が、次の日の仕事を二日酔いで休んだのは、余談である。


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