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original Story



ずっといっしょに……


by 高津 沙穂




 私が、中村先輩に初めて会ったのは、入学式の時だった

 教室に行かなければいけなかったのに、人の波に押されて、迷ってしまって困っていた時に
 私を助けてくれたのが、中村先輩だった

 嫌な顔を一つもしないで、それどころか、笑顔で
 私を行くべき教室へと送ってくれた

 その時、私は、中村先輩に一目で恋をしてしまった

 その次に会ったのは、美術部の見学をしたときだった
 友達についていっただけの、入る気もない見学だったけど
 優しく絵の描き方を教えてくれたのが、中村先輩だった

 すっごい、本当にすっごい偶然なんだけど……
 私には、それが偶然には思えなくて……
 私は、迷わずに美術部に入部した

 それからも、中村先輩は、私について、色々教えてくれた
 美術部の中で、仲のいい二人って認識されて
 いろんな人から、冷やかされた

 でも、中村先輩は、それを全部困った顔で否定していた

 その顔を見るたびに、私は何度も悩んだ
 先輩は、もしかしたら、私の事なんて、好きなじゃないかもしれないって
 ただ、美術部に入ったら、それに感謝して、私を見てくれているだけなんじゃないかって
 そう悩むたびに、涙が溢れ出て、全然止まらなかった

 私の美術の腕は、全然上がらなかった
 いつも、美術のことより、中村先輩のことを考えていたから……
 いけないって解ってるけど、こんなに側にいるんだから……
 不思議と、考えてしまう

 そのせいで、夏休みに入ってから、十日経った日、部活に来ていた私と中村先輩は、居残りをさせられてしまうことになった
 中村先輩まで巻き込んでしまって、何度も何度も頭を下げる私に、中村先輩は笑って、許してくれた

 いつもは人がいる美術室の中、中村先輩と二人きりで真っ白なキャンバスに向かって
 鉛筆を走らせていたけど
 私は、全然キャンバスに集中出来なかった

 やっぱり、側に中村先輩が居るから……
 どうしても、中村先輩を意識してしまう
 そのたびに、鉛筆は止まってしまって……
 中村先輩から、怪訝な表情で見られることになってしまった

「沙蘭ちゃん……」

 ダメッ……
 怒られちゃう……

 びくっと体を振るわせて、うつむいてしまった私の顔を、中村先輩が優しい表情で覗き込んで来た

「沙蘭ちゃん……悩みでもあるの?
 僕で良かったら、話してくれないかな?
 頼りにならないかも知れないけど、僕が解決できることだったら、なんでも手伝って上げるからさ」

 中村先輩のその優しさが、心に染み込んできて……
 鼻の奥が、つぅんとなって……
 自然と、涙か溢れ出てきた……

「ご、ごめん!
 なんか僕、聞いちゃいけないこと聞いちゃったかな?
 だったら、気にしないでいいから
 聞かれたくないことなら、無理に……」

「違うの……」

 私は、慌てて中村先輩の言葉を否定した
 呆けた顔で、私の次の言葉を待つ中村先輩
 この時私は、今まで言えなかった、胸の奥に閉じこめておいた言葉を
 素直に言うことが出来た

「私……中村先輩のことが大好きなんです……
 中村先輩が近くにいると、中村先輩のことだけ考えちゃって……
 中村先輩に嫌われてないかとか、色々心配になっちゃって……
 全然……絵のことが手が着かなくて……
 だから……」

 その後の言葉は、言えなかった
 中村先輩が、私を優しく抱きしめたから
 涙に濡れて、ぐしゃぐしゃになっている私の顔を、胸に押しつけて
 優しい声で、私にこう告げたから

「ありがとう……
 沙蘭ちゃんの気持ち、嬉しいよ……
 僕も沙蘭ちゃんが好きだったんだ……
 ごめんね、冷やかされたとき、僕が否定したりなんかするから、嫌ってるって思ったんでしょ?
 ただ、僕が恥ずかしかっただけなのに……
 それで、沙蘭ちゃんを悩ませてただなんて……
 僕はなんて馬鹿だったんだろうね……
 でも、沙蘭ちゃんのことが好きだって言うのは、事実なんだ……
 だから、僕で良かったら……
 沙蘭ちゃんの彼氏にしてくれないかな……」

 私は、ただ中村先輩の体にしがみついて……
 首を必死に縦に振って、答えた
 だって、声に出そうとしても……
 絶対に、涙に負けちゃうって解ったから……

 その後、二人とも落ち着いてから
 抱きついたまま、視線を絡み合わせた
 夕日に染まっている中村先輩の唇に、意識がどんどん吸い込まれていって
 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ
 唇を重ね合わせた
 私と中村先輩のファースト・キスは
 ただ、ドキドキが止まらなかった一瞬だった

 誰も見てないか気になって、ぎこちなく離れて
 うつむいていた私に、中村先輩が、手を差しだしてくれた

「今日の所は、もう帰ろう?
 遅くなっても、いけないしね」

 差し出されたその手をぎゅっと握って
 中村先輩の言葉に、頷いた

 運動部が練習しているグラウンドにさしかかった時
 中村先輩に、不意に手を離されてしまった
 他の人に見られないように、っていう配慮だったんだろうけど
 私は、それが不安でたまらなかった
 中村先輩が、離れていってしまうようで、怖かった

 中村先輩の背中は、すっごく大きく見えて
 離れている空間は、思いっきり長く感じて
 学校を出てから、また、手を繋いでくれるまでの時間は、何日も過ぎるぐらい長くて
 中村先輩と、ずっと、ずっと、離れたくないって
 そう、思った

 離れていたときに見つめていた背中は、眩しいほど白かったから
 私は、この時の一瞬を、一生、忘れないと思う

 それから、私と中村先輩は、急速に恋に落ちていった
 夏休みの最初の頃に、つきあい始めたのが、良かったのかも知れない
 先輩の家には、何度もお邪魔して
 長い、長いキスを何度も交わした

 心が、ずっとどきどきしている
 抱きしめられると、胸の奥が、きゅんってなってしまう
 大好きだよって言われると、嬉しくて嬉しくて……
 涙までこぼれてしまう……
 会いたいって言われると、どんな用事より先に会いに行った
 人生の中でのいいことの一番が、全部中村先輩の名前に変わっていって……
 二番以下を、大きく離してしまえるように、もっともっと欲張って……
 夢中で、中村先輩を求めていった

 夜に、一人になると溢れ出してくる
「何の取り柄もない私を、本当に、ずっとずっと、愛してくれるの?」
 っていう、哀しい思いを隠しながら……

 友達に昔聞いた

「初恋って、叶わないんだって」

 っていう言葉が、頭の中をリフレインしていく……

 もっともっと、愛していくたびに……
 もっともっと、不安になって……
 今以上に、中村先輩を求め続けて、私の心を中村先輩に預けていったら……
 もし、中村先輩の心が、私から離れていってしまったら……
 私は、全てを……
 中村先輩に預けていたことの全てを……
 失ってしまうのかな……

 そう、考えてしまうことが……
 日に日に多くなっていってしまった
 怖くて怖くて、たまらなくなってしまった

 でも、私は聞けない
 中村先輩に、私を愛していますかって、聞けない
 中村先輩には、愛しているって言えるけど……
 私から、愛していますかって、聞けない……

 会うたびに、私の中の怖い心は増えていく
 中村先輩との、美しい想い出を隠していくかのように
 辛かった思いでは、何一つ隠さずに
 私の心は、不安でいっぱいになった

 そんなときに、中村先輩から、電話が入った
 二人で一緒に、絵を描きに海に行かないかっていうお誘い
 断れるはずもなかった
 私にとって、中村先輩は、全てだから……
 私は、すぐに先輩のお誘いにOKした

 その日はすぐにやってきて
 夏の終わりの、人の少ない海岸に、私たちは訪れていた
 夕方になるまでスケッチをして、ホテルに戻って
 日が暮れて、暗くなってから、中村先輩が、外に行かないかって誘ってくれた
 私は頷いて、中村先輩の手を取って、歩き出した

 日が暮れた海岸は、誰もいなくて
 波の音しか、聞こえなくて
 まるでこれは、私の中の心だって、思った
 だから、怖かった
 体の震えを、全然隠せなかった
 寒くなんて全然ないはずなのに……
 心の震えが、体の震えになってしまった

 波打ち際までたどり着く直前で、中村先輩が私の手を離した
 やめて、手を離さないで
 不安で不安で、たまらないの……
 離れていってしまわないか、心配なの……
 どうして……
 どうして、手を離してしまうの……?

 中村先輩は、私を残して、三歩進んでから
 くるっと振り返って、私の瞳を、じっと見つめてきた
 かなり、真剣な表情
 私は、別れを切り出されるのかも知れないと、ビクビクして中村先輩の瞳を見つめ返した
 少しの時間が流れた後、先輩の言葉が、耳に入ってきた

「あのさ、沙蘭ちゃん……
 僕、沙蘭ちゃんのこと、本当に大好きだよ……
 いや、愛してるって言った方がいいかも知れない……
 今日までの一ヶ月間、本当にありがとう……
 沙蘭ちゃんといられて、本当に楽しかった……
 こんなに楽しかったことは、本当になかった……
 だから、沙蘭ちゃん……
 こんなこと、改めて言うのも何だけど……
 これからも、ずっと僕と一緒にいてくれないか……?
 ずっと、僕の側にいてくれないか……?」

 聞いている内に、自然と涙が溢れてきた
 私が聞きたかった言葉
 ずっとずっと、聞きたかった言葉
 その言葉が、私を包んで、優しく、心の黒いもやを払っていってくれる
 私は、中村先輩の胸に、泣きながら飛び込んだ
 先輩は優しく、私を抱き留めてくれた

 好き……
 大好き……
 愛してる……
 考え付く限りの、ありとあらゆる愛の言葉が、二人の間をかすめていった

 でも、ここで返さないといけない言葉は、ただ一つ
 とっても陳腐だけど、とっても重要な一言
 私は、ためらいもせずに、それを口にした

「はい、私は、あなたとずっとそばにいます……」




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