Back/Index/Next
Sister Princess



ずっと前から、そう、感じていた想い


by 高津 沙穂




 金曜日の夜、20時過ぎ。
 兄は、明日の『お兄ちゃんの日』を楽しみにしていた。
 次に『お兄ちゃんの日』に家に来る妹は、兄の一番のお気に入りの妹だからだ。

 妹には、順位を付けてはいけない、とは思う。
 だが、長く付き合っている内に、自然とそりの合う妹、合わない妹が出てきてしまう。
 それは、仕方のないことなのかも知れない。

 兄の一番のお気に入りは、可憐だった。
 その気持ちに理由を付けることが出来ないが、可憐であることだけは断定できる。
 妹が来る日のことを、今か今かと待ち侘びる心は、可憐が一番強いからだ。

 今から寝れば、可憐が来る明日は早く来る。
 そうは思うのだが、気分が高ぶって眠気があまり襲ってこない。
 なんとか眠気を誘おうと飲んだホットミルクは、かなりの量になっていた。

 それでも眠れず、パソコンに向かってぼーっとしていると、玄関のチャイムの音が鳴った。
 夜中に何事かなと思いながら、兄は席を立って、玄関へと向かった。

「はい、どちら様ですか?」

「あ、お兄ちゃん……可憐です」

 普通、こんな時間に、妹たちが尋ねてくることはなかった。
 兄は、不思議に思ったが、可憐を外で待たすわけには行かないと、急いでドアを開ける。

「どうしたんだ、かれ……ん?」

 兄は、玄関を開けると、目の前にあるいつもと違う光景に、固まってしまった。
 確かに、そこにいたのは、可憐である。
 十数年も付き合ってきたから、見間違うはずもなかった。

「お兄ちゃん……どうしたんですか?」

「可憐……そ、その服、どうしたんだ?」

「この服ですか……あの、詳しく説明するから、中に入れてくれますか?」

 可憐は、黒いチャイナ服を着ていた。
 明らかに、可憐の趣味ではない。
 どちらかといえば、そういう服を好みそうなのは、咲耶だろうか。
 しかも、明らかに丈が短かった。
 可憐の太股は、半分ほど露出していているほどであった。
 少し動けば、下着が見えそうなぐらいに。

「お兄ちゃん……中に入れてくれないんですか……?」

 少し、涙混じりの可憐の声に、兄ははっと我に返った。
 可憐の腕を、半ば引っ張るようにして、中に招き入れた。
 後ろ手で玄関のドアを閉め、鍵をかける。

 そのまま無言で、可憐をリビングに招き入れる。
 ソファに座らせてから、膝掛けを可憐に掛ける。
 寒くならないように、という配慮と、自分が理性を無くしてしまわない、予防線のためだった。

「ごめんなさい、お兄ちゃん、こんな時間に……
 でも、ちゃんと説明しないといけないって思ったから……」

「それで、何があったんだ? 可憐。
 何があってもお兄ちゃんは怒らないから……言ってごらん」

 優しくそう諭すように言うと、可憐は少しうつむきながらも答えた。

「明日のお兄ちゃんの日……可憐、行けなくなっちゃったんです」

「えっ……?」

 兄は一瞬、目の前が真っ暗になりそうだった。
 あんなにも楽しみにしていたお兄ちゃんの日。
 その楽しみが、今、奪われてしまいそうだからだ。

「ど、どういうことなんだ、可憐」

「はい……ちゃんと説明しますね。
 可憐、今日お友達の家に行ったんです。
 そしたら、頼まれてしまったんです……
 明日、お店の手伝いをしてくれないかって……」

「それで……?」

「明日は大切な日だからって、断ったんですけど……
 どうして持って何度も頭を下げられて、断れなくて……
 本当にごめんなさい……」

 可憐の目に、どんどんと涙がたまっていってしまう。
 すぐ側に行って、抱きしめたい、そんな気持ちに、兄は駆られてしまう。

「それと、その格好が、何か関係があるのか?」

「これ、そのお店の制服なんです……中華料理店で……
 これを着てくれれば、証明になるかなっておもって……」

「そ、そんな格好で、店に出るのか? それじゃあ、まるで風俗じゃないか!」

 吐き捨てるようにそう言うと、可憐の体がびくっと震えた。
 目に溜まっていた涙が、一滴、また一滴と溢れ出す。

「やっぱり、怒っていますか? お兄ちゃん……」

「怒ってなんかないよ。でも、その店で働くことは、許したくない」

「お兄ちゃん……」

 可憐は、涙で溢れる顔を上げる。
 哀しみや、恐れや、おびえ等の、負の感情で一杯の顔だった。

 自分を抑えていた兄だったが、もう我慢は限界に達していた。
 可憐の負の感情でいっぱいな顔を見て、護ってあげたいと思わない人間が居ないはずはないと。
 飛びかかるように可憐の側まで行き、強く抱きしめた。

「お、お兄ちゃん……」

「ごめん……本当に可憐を行かせたくないんだ……
 可憐のそんな格好、他の奴らには、絶対見せたくないんだ……
 ここに来るまで、可憐を見た奴を、一人残らずぶん殴りたいぐらいに……
 これは、俺の我が儘かもしれない。
 いや、我が儘以外の、何物でもない。
 それでも、俺は可憐を止めたいんだ……」

「お兄ちゃん……」

 可憐が、兄の背中に手を回し、ぎゅっと抱きついてきた。
 小刻みに震えた手が、痛々しかった。
 可憐の哀しみを、少しでも減らせるように、吸収できるようにと、優しく、自分の胸に可憐の顔を抱き寄せた。

「うん、お兄ちゃん、行かないよ……
 可憐、行きません、お店に、行きません。
 明日は、ずっとお兄ちゃんの側にいます……」

「可憐……ごめん……本当にごめんよ……」

「ううん、可憐が馬鹿だったんです。
 お兄ちゃんの気持ちを考えずに、こんな事をしてしまって……
 反省しています……」

 可憐が、兄の背中に回していた手を、ゆっくりと離す。
 それに気が付いて、兄も、可憐の背中に回していた手を、離した。

「じゃあ、お兄ちゃん、可憐、着替えてきますね。
 もう、こんな服……二度と人前で着ようとは思いませんから」

「お兄ちゃんのせいで、友達を無くしちゃうかもしれないな……
 ごめん、馬鹿なお兄ちゃんでごめん。
 俺なら、いくらでも恨んでいいからな」

「お兄ちゃん……」

 可憐は、首を横に振って反論する。

「いいの、可憐はいいの……
 お兄ちゃんがいれば、可憐は何もいらないんです……
 お兄ちゃんが可憐を好きになってくれるなら……嫌いにならないのなら……
 可憐は他に、何も要らないんです……
 だから、今の可憐に、お兄ちゃんの笑顔をください……
 可憐に、勇気をください……」

「そうか……俺なんかの笑顔で良ければ、いくらでもあげるよ……
 可憐だけに……
 可憐……大好きだ……愛している……
 兄妹としても、一人の女性としても……」

 そう言い、兄は微笑む。
 それにつられて、可憐も笑顔になっていく。
 涙に濡れた笑顔は、綺麗だった。

「ありがとう、お兄ちゃん……
 可憐も大好きです……
 兄妹としても、一人の男性としても……」

 兄と可憐は、再び、抱きしめあった。
 優しく……いつまでも優しく……

 この後、可憐と兄は、何時間か早い、お兄ちゃんの日を過ごし始めた。
 もう、二人の間に、障害は何もない。
 あるはずもなかった。

 二人がそれを望まない限り……




Back/Top/Next