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21 -Two One- Story



決心


by 高津 沙穂



 どうして、こうなっちゃったんだろう。
 どうして、私じゃなかったんだろう。
 どうして、あの時何も言えなかったんだろう。

 頭の中でいくら考えても、全然答えは出ない。
 それどころか、その疑問が、後悔に変わっていってしまう。

 私が、あの時気が付いていたら。
 私が、もっと先生と近かったら。
 私が、あの人みたいに綺麗で可愛かったら。

「はぁぁ……」

 ため息をついたら、幸せが逃げていく。
 そんなことを言ったのは、誰だったかな。
 でも、私の幸せは、既に逃げてしまったから、もう関係ないかな。
 それとも、これ以上、もっともっと幸せが逃げちゃうのかな。

 そんなことを考えながら歩いていると、すぐに病院に辿り着く。
 玄関の自動ドアを抜け、ロービーにさしかかるまで、それほどの時間は掛からなかった。

 ふと横を見ると、人気の喫茶店が見えてきた。
 そこは、入院している人にも、そうじゃない人にとっても、憩いの場所になっている。
 それなのに、私にとっては、凄く辛い場所。

 この喫茶店の前を通らなくていいなら、通らずに美魚の病室に行きたい。
 だって、ここを通ると、胸が苦しくなるから。
 涙が溢れそうになるから。

 どうか、先生が、この喫茶店にいないで。
 もし居たとしても、あの人と話しをしていないで。

 でも、その願いは、空しく消えていってしまった。
 一番、廊下側の席。
 先生の、一番お気に入りの場所。
 その席で、先生は、あの人と一緒に、楽しそうに、笑って、コーヒーを飲んでいた。

 私の胸が、きゅんっと、痛くなる。

 あの人……この喫茶店のウェイトレスの、翠さんは、何故かすぐに、私が見ていることに気が付いて顔をこっちに向けた。
 なんで、すぐに解っちゃうんだろうな……
 そんなことを考える暇もなく、翠さんは、私にぺこりと頭を下げて、先生に話しかける。
 その話しが終わるか終わらないかの内に、先生は、私の方に、顔を向けようとした。

「……っ!」

 その瞬間、私の足が、いきなり走り始めた。
 先生に、姿を見られるのが、そんなに嫌だったのかな。
 そんなこと、思っていないはずなのに……
 足は勝手に動いてしまった。

 廊下を走り抜け、階段を上がっていく。
 こんなに全力で走ることはなかったから、かなり苦しかったけど、止まることは考えなかった。
 もし、先生が追いかけてきたら、捕まったりしたら、困るから。

 階段も上がり切ると、目の前に屋上に続くドアが見えた。
 私は躊躇いもせずにドアを開けて、屋上へと出た。
 ドアを開けたら、突然強い風が吹いてきた。
 それに顔をしかめながら、ドアを閉めて、ゆっくりと金網の方に向けて歩いて行った。

 金網までは、比較的時間は掛からなかった。
 あと数メートルで屋上の端まで辿り着くか、という時。
 そこに、先客が居ることに気が付いた。

「あら、真魚ちゃんじゃない。どうしたの?」

 そのお気楽な声は。
 先生の同僚のお医者さんの、汽京先生だった。

「もしかして、美魚ちゃんに何かあった?」

 汽京先生の笑顔が、急に真面目になった。
 汽京先生は、普段はとってもお気楽に生きているように思えるけど、
 本当は、すっごく真面目で頑張る先生だってことは、美魚を看て貰って、ずっと接しているから、解っている。

「……美魚のことじゃないです……」

 私の答えを聞いて、汽京先生は再び笑顔に戻った。

「ということは……ははぁん、たっくんのこと?」

 汽京先生の「たっくん」とは、先生のことを言っている。
 いきなり核心を突かれて、びっくりして、素直に首を縦に振って、うつむいてしまう。

「そっか……」

 次の瞬間、うつむいた視界の中に入っていた汽京先生の足が、ふっと消えていた。
 どこに行ったんだろうと、顔を上げる前に、いきなり後ろから、誰かに抱きつかれる。

「……きゃあああっ!?」

「辛いわよね、真魚ちゃん。ずっとたっくんの事が、好きだったんでしょ?」

 後ろから抱きついてきたのが、すぐに汽京先生だと解って、安心する。
 その為か、また素直に、答えを返してしまった。

「……はい……」

「やっぱり。見てたらバレバレよ? たっくん以外には」

 汽京先生の声は、かなり優しかった。
 その優しい声で語り掛けられると、不思議と心が和らいできた。
 きゅんとなっていた心も、痛みを発しなくなっていた。

「いきなり、翠ちゃんと付き合ってるんだもんね。私もびっくりしちゃったわよ」

「……どうしてこうなってしまったんでしょう……」

「だからって、自分を責めちゃダメよ? 真魚ちゃんは悪くないわ」

 そう言い切られると、目尻に、涙がたまってきた。
 まるで、母親に語りかけられて居るかのような、優しさ。
 久しぶりに感じる温もりに、私は心が安らいでいく。

「辛いわよね……
 しばらく辛いかも知れないけど、前を向いて歩いて行きましょう?
 いつか、時間が経てば、きっと、元の真魚ちゃんに戻れるわよ」

 汽京先生は、一旦私の体を離した。
 そして、私の前に回って、今度は私を前から抱きしめる。

「でも、元の真魚ちゃんに戻れるように、真魚ちゃんも、頑張ってたっくんのこと、忘れるようにしないとね」

 子供をあやすかのように、頭を撫でられ、背中を軽く叩かれる。
 それまでの優しい言葉と、その母親のような行為に、私の堪えていた涙は、ついに堰を切って流れ始めた。

「私じゃ、たっくんの替わりになれない。
 でも、真魚ちゃんさえよければ、私の所に来てもいいわ。
 もし忙しくても、真魚ちゃんのために、いろいろお話聞いてあげちゃうから
 だから……頑張ろうね……」

「……ごめんなさい……ありがとう……」

 涙が邪魔して、言葉もまともに言えなくなっていったけど、それだけをなんとか言った。
 返事の代わりに、汽京先生が、私の頭を軽く撫でる。
 私は、それを待っていたかのように、大声で泣き始めた。


「すっきりした?」

 たっぷり、三十分ぐらい泣いていただろうか。
 汽京先生の服には、私の涙の跡が、くっきりと付いていた。

「……ごめんなさい……服……」

「まあ、こんなのはすぐ着替えちゃえばいいのよ」

 いつものお気楽な笑顔で、そう言い切られると、私も自然に笑顔になってしまう。

「さ、帰ろっか? いつまでもこんな所にいると、風邪ひいちゃわよ?」

 そう言って、汽京先生が差しだした手を、私は、何の躊躇いもなく、握る。

「さって、こんな可愛い子を泣かせるたっくんなんて、どうしてやろうかしらねぇ?
 たっぷりお仕置きできそうだわ。ふふふ」

「……それはやめてください……」

「真魚ちゃんがよくても、私が許さないの。
 ほら、さっさと帰るわよ?」

「……あっ……」

 汽京先生が、ぐっと私の手を引く。
 私は少しよろけそうになりながらも、汽京先生の後を着いていった。

 汽京先生、ありがとう。
 自分で、自分なりの答えを、必ず出します。
 だから、つまづいたら、少し付き合って下さいね。
 今みたいに、強く手を引いて。
 私、頑張ります……
 自分のために……決心して……




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