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Original Story



ひとりぼっち


by 高津 沙穂




「にゃは〜♪ おっしろ、おっしろ おっきいなぁ〜?」

 結城市の中心部にある結城城。
 かつては、江戸時代を築いた武将が拠点とした城だ。

 その城の麓にある公園を、一人の少女が、城を見上げながら歩いていた。
 肌も、服も、髪も、何もかもが薄汚れている少女だ。
 その中で、ただ頭にかぶっている猫の耳が付いたフードだけが、真っ白に輝いていた。

「おっちゃんのまねにゃ〜♪」

 少女は公園の中に設置されている武将の像の前に立ち、同じ格好をする。
 全く似合わないその姿が、逆に可愛らしくもあった。
 しばらくそうしていたが、飽きたのか駆け出し、結城城の方へと近づいていった。

「あたしはお城の主だぞぉ〜 門を開けよぉ〜」

 既に開けっぱなしになっている門を潜り、お城の中へと入る。
 入口にいた入場料を徴収している職員が何事か叫ぶが、少女は全く無視した。

「にゃっはは〜♪ 刀〜 鎧〜 これは何かな〜?」

 城の中に展示されている物を一つ一つ見ていく。
 少女は一つ見終わるごとに、目を爛々と輝かせていった。

「あれ? これで終わりなんだぁ〜 隠し部屋とかかにゃあ?」

 最上階まで登り切り、少女は不満の声を上げる。
 この結城城は、復元された物であるが為に、当時よりかなり、規模が縮小されているのだ。
 少女が不満に思うのも無理はない。

「かえろっかにゃあ〜?」

 窓から眼下の街並みを見下ろしつつ、少女はそう呟いた。
 するとその時、入口の職員がやっと少女を見つけ、声を掛けてきた。

「ちょっと、お嬢ちゃん、見学料金払ってないよ」

「うにゃあ?」

「だから、ここにはいるのはお金がいるの。小学生なら50円、中学生なら100円だよ」

「お金? あたし、持ってないにゃあ」

「……困るんだよねぇ? ちょっとおじさんと来て。ご両親の所に連絡して……」

「パパもママもいないよぉ?」

「……じゃあ、住んでるところと電話番号ぐらいは言えるかい?」

「ん〜 よくわかんないにゃ……?」

 職員は困った表情になって考え込む。
 だが、すぐに少女の手を掴むと、引っ張った。

「とにかく、おじさんとこに来なさい。言わないのなら警察に連絡して……」

「警察……? け、警察はいやにゃっ」

「どうせ家出か何かしたんだろう。さ、早く」

「い、いやにゃ!」

 少女は、必死になって抵抗する。
 だが、男の力にかなうはずもなく、ずるずると引きずられていく。
 周りがその異様な光景にざわめいた。
 すると。

「お前、相手はまだ子供だろう、そんなに手荒な真似をするな」

 一人の男性が、職員が進もうとする前に出てきた。
 職員は驚き、握っていた手の力を少し緩めてしまう。
 その瞬間、少女は職員の手を振りほどき、男性の後ろに隠れた。

「しかし、彼女はお金を……」

「金なら俺が払う。ほら、もってけ」

「お、あ、ああ……」

 男性は財布の中から千円札を取り出し、職員の目の前に差し出す。
 職員はほぼ条件反射で受け取ってしまう。

「行こう、人も集まってきたから」

「うにゃ……」

 男性は少女の背中を押して、職員に背を向けた。
 少女も背中を押されるまま、結城城の最上階を後にした。


「えっと、おじさん?」

「ん、いいんだよ、でも気をつけたほうがいい」

「うにゃ?」

 男性は結城城から出ると、少女より速く歩いて行く。
 少女は男性に声を掛けたが、人混みの中から声が聞こえただけで、あっと言う間に姿が見えなくなってしまった。
 少女は礼を言うことも出来ずに、ただ男性が立ち去った方を見つめていた。


 そして時は流れ、その日の夜。
 JR結城駅から東へ数キロメートルほど行った所にある跨線橋。
 そのまん中ほどの手すりの上に、少女を助けた男性は腰掛けていた。

 手には定期入れを持ち、それをじっと凝視している。
 その定期入れの中には、結城学園の制服を着て微笑む女の子と、その横でこちらも微笑んでいる女性が写っていた。
 それを凝視している男性の顔もまた、微笑んでいた。
 目に涙を溜めながら、だ。

「陽子、美咲、ごめん……」

 そう呟き、涙を拭う。
 大きく一回息を吐き、空を仰ぎ見た。
 すると、そこには空はなく、先程見た少女の笑顔があった。

「……え?」

「にゃあぁ……綺麗な人たちにゃ……この人たち、おじさんの家族?」

「え、あ……いや、正式にはもう違うか……」

「うにゃ?」

 少女は手すりに立っていた。
 そして、座っていた男性を上からのぞき見ていたらしい。
 少女は疑問の表情になってから、金網によじ登り、てっぺんに座った。

「あ、危ないよ……?」

「あたしは猫だから大丈夫にゃ……それより、正式には違うって何?」

「ん? ああ……もう、別れたんだよ……」

「なんでにゃ?」

 男性は、中心街の灯りに視線を向けて、呟くように言った。

「……会社が倒産してね、沢山の借金が出来てしまったんだ。
 ……もう、なんだかどうでもよくなってしまってな。別れたんだよ」

 その言葉を聞いて、納得できたのか、少女は笑顔に戻る。

「そっか、おじさん、ひとりぼっちなんだ。あたしも、ひとりぼっちだよ。一緒だにゃ」

「ん? ご両親はいないのかい?」

「ママは産まれたときにはもう居なかったにゃ……
 パパはすっごく優しかった。
 お手伝いをしたりすると、あたしの体をいっぱい触って、すっごく気持ちよくしてくれたにゃ」

「え……? そ、それは……?」

 少女は、笑顔から一点、悲しそうな表情になって言った。

「でも、それを友達に言ったら、おまわりさんが家に来たにゃ。
 パパはどっかに連れて行かれて……あたしもどっかに連れて行かれたにゃ。
 そのどっかで、凄く怖い顔で、パパに気持ちよくして貰うことが悪いことだ、なんて言われたから、逃げてきたにゃ」

 少女の目から、一筋の涙がこぼれた。
 街の光に反射して、それは大きく見えた。

「家でずっと待ったけど、パパは帰ってこなかったにゃ……
 だから、あたしはパパを捜して旅をしてるにゃ」

 そして、胸の前で指を組んで、星に向けて叫ぶ。

「お願い、お星様。どうかパパと会わせて欲しいにゃ!」

 男性は、その少女の横顔をじっと見つめていた。
 少女の話の特異さに、驚きを隠せなかった。
 自分のありきたりな話など、言うのも恥ずかしくなってしまった。

「もしかしておじさん、ここから飛び降りようとしてるにゃ?」

「え? あ、うん……」

「そっか。あたし止めないよ。おじさんの好きにすればいいと思う。
 それより、まずありがとうって言わせて欲しいにゃ。さっきのこと」

「いや、いいんだ、あんな事は」

「ううん、ちゃんとありがとうって言いたいにゃ」

 少女は、金網の上から、男性の目の前に飛び降りてきて頭を下げる。

「本当にどうもありがとうにゃ」

「あ、ああ……」

「あと、おじさんが飛び降りる前に、二つお願いがあるにゃ」

「ん……? なんだい?」

「こうやって、バカでも、想いに向かって頑張ってた猫が居たのを忘れないで欲しいにゃ」

 少女は、再び空に視線を向けて言葉を繋げた。

「もし、神様にあったら、この猫のパパの居場所のヒントを聞いて、伝えて欲しいにゃ」

「そうか……」

 少女の顔を見上げて見つめる。
 その表情からは、強い意志が読みとれた。
 どうしても、父親に会いたいという強い意志が。

 そして、それは男性に変化を起こしていた。
 こんな少女が頑張ろうとしているのに、大人の俺が、何故頑張ることを辞めなければいけないのかと。
 このまま死んでも、神様にあっても、恥ずかしくて顔向けが出来ないと。

「そうだな……」

 暫くの間そう考えてから、男性は強い調子でそういい、立ち上がった。

「ごめん、君のお願いは叶えてあげられない」

「そっか……うん、いいよ、おじさんの好きにすればいいにゃ」

「その代わりといっては何だが……」

「うにゃあ?」

 男性は、少女の頭に手を乗せて、ゆっくりと言った。

「君のパパを捜す手助けがしたくなったんだ。させてくれるかな?」

「うにゃ? そ、そんなのおじさんの迷惑にゃ」

「いや、これは俺の意志さ。今、決めた。ダメかい?」

 少女は、少しの間だけ考えてから、瞳一杯に涙をたたえた笑顔で、答えた。

「うん、おじさんの好きにすれば、いいにゃ!」




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