Back/Index/Next
Sister Princess



特訓と成果


by 高津 沙穂




「あにぃ、200メートル走にでるんだ〜 ボク、応援するからねっ」

 学校の帰り道、兄と一緒に帰っていた衛は、近々行われる体育祭の話しをしていた。
 衛は、兄の活躍を見る気持ちで、既にいっぱいだ。
 にこにこしながら、兄の話を聞いている。

「あにぃのゴールするところでまってよっかな。それとも実行委員になって、あにぃに一等の旗を手渡そうかな。
 ううん、どうしよっかな〜」

 そう一人で盛り上がる衛を後目に、兄は浮かない顔をしていた。
 衛は一位を取ることを期待しているようだが、自分はあまり短距離を走るのは得意ではなかったのだ。

「でもな、俺、あんまり走るの得意じゃないんだよな……」

「あれ? そうだっけ、時々ボクと一緒に走ってるのに」

「ああ、ん、長距離は得意なんだけどな、短距離はあんまり」

 苦笑する兄を見て、衛は少し考える。
 自分が兄に対して、何かを出来る事はないのかと考えているのだ。

「ん……じゃあさ、ボクがあにぃを特訓してあげよっか。学校で一番取れるぐらいにさ」

「え、でもいいのかい? 衛の遊ぶ時間が……」

「あにぃの為にボクの時間が使えるんだったら、全然構わないよっ。
 ううん、お願い。ボクにあにぃのお手伝いさせて、ね?」

 手を合わせてお願いをされて、拒める兄がどこにいるだろうか。
 兄は衛の頭に手を置いて、微笑んで答えた。

「ありがとう、衛。じゃあ、お願いするよ。今日からでいいかな。
 場所は、近くの公園で……16時30分ぐらいから」

「あ、ありがとう、あにぃ!
 じゃあ、ボク用意してくるよ、じゃあねっ」

 衛は、笑顔で兄を置いて走って帰っていく。
 その後ろ姿に苦笑しながら、兄も家へと帰っていった。

 16時40分。
 兄は運動の出来る格好で、16時20分には公園へとやってきていた。
 だが、衛の姿はどこにも見えない。

 兄も、流石に心配になって、連絡を取ろうと公衆電話へと移動しようと歩き出した。
 すると、遠くの方から、何か言い争うような声が聞こえてくる。
 その声の方に目を向けると、そこには衛と四葉が居た。
 少しすると、二人は別れ、衛が兄に向かって走ってくる。

「はぁはぁ……ご、ごめんね、あにぃ、ちょっと遅れちゃった……」

「衛……どうしたんだ? 四葉と喧嘩か?」

 その兄の言葉に、衛は激しく動揺する。
 急にオロオロとしだして、言葉もどもる。

「え? そそそ、そんなことないよっ?
 そ、そそれに、四葉ちゃんなんてどこにも居ないよっ!
 それよりさ、あ、あにぃ、10分遅れちゃったからさ、は、はやく始めようよっ」

 衛は、兄の背中を押して、なんとか話しを逸らそうとする。
 だが、兄は衛の前に回り、肩を掴んで、視線を衛の視線に合わせて、真面目な表情で衛に訴える。

「衛、俺はな、妹たちにはみんな仲良くやって貰いたいって思ってる。
 その為なら、俺はどんな苦労も惜しまないつもりだ。
 だから、何かあったなら、俺に相談してくれないか?」

 暫くの沈黙が、二人の間を流れていく。
 その内、衛の目からは、自然に涙が溢れてくる。

「ありがと……あにぃ……
 でも……でもごめんね……
 こればっかりは、あにぃに言えないよ……」

「俺はそんなに、頼りないお兄ちゃんか?」

「そんなことないよっ! あにぃは世界一頼りになるあにぃだよっ!
 でもね……こればっかりは、ほんとうに……」

 兄から視線を外して、衛は淋しそうに呟く。
 その姿にいたたまれなくなったのか、兄は一回、衛の頭を撫でてから立ち上がった。

「……200メートルの練習しようか。ほら、衛、用意して」

「あにぃ……」

 衛は、涙を流しながらも、笑顔で振り返った。

「うん、あにぃ、練習しよっ!」

 ますます好きになった兄の背中に、衛は思いっきり飛びついた。

 数日後の夕方、二人は公園で短距離走の練習をしていた。
 衛が練習に誘ってから、毎日、練習をし続けているのだ。

「あにぃ、もう少し、もう少しだよっ」

 ストップウォッチを持った衛が、走ってくる兄に向かって声を掛ける。
 必死の形相で走ってくる兄は、その声に勇気づけられたのか、兄はさらにスピードを上げて、衛の前に引いてある線目がけて突っ込む。
 その瞬間、衛はストップウォッチを押した。

 ゴールラインから少し離れたところに倒れ込む兄に、衛は駆け寄る。
 兄は、すぐに体育座りをして、衛に顔を向ける。

「はぁはぁっ……衛、どうだった?」

「う〜ん……後1秒くらいかな? もうちょっとだね」

「ええっ? これ以上は無理だよ〜 疲れた……」

「ほらぁ、あにぃ、頑張ってっ」

 衛は、兄の手を引っ張って立たせる。
 兄はぐったりとなりながらも立ち上がるが、その顔には覇気がない。

「あにぃ、ファイトだよっ 続けていけば絶対一位になれるからっ」

 とぼとぼとスタートラインに歩いて行く兄の背中に、衛は声を掛けた。
 兄はそれに答えもせずに、スタートラインに立つ。
 クラウチングスタートのポーズを取り、衛のスタートの合図を待つ。

「いくよ、あにぃ よーい……どんっ」

 合図から少し遅れて、兄が走り出す。
 だが、前に走ったときよりもかなり遅いペースなのは、誰から見ても明らかだ。
 さらに、120メートルほど走ったところでスピードは落ち、両腕を付いて、その場に倒れ込む。

「あ、あにぃ!」

 衛はすぐに兄の元に駆け出す。
 兄を助け起こし、心配そうに顔を覗き込んだ。

「あにぃ、大丈夫?」

「あはは……かなり疲れた……
 やっぱ俺は駄目なお兄ちゃんだよ……
 こんな事すらできないのに……
 衛と四葉の喧嘩だって、解決できるわけないよな……」

「あにぃ……」

 衛は、兄の頭を両手で抱きしめ、兄の顔を胸に押しつける。
 出来ることなら、こんなに哀しんでいる兄の顔は、見たくなかったからだ。

「ごめん、衛……
 俺は本当に、駄目なお兄ちゃんだよ……」

「そんなことないよっ!」

 その兄の言葉に辛くなったのか、衛は叫ぶ。
 衛の心の中は、兄への想いで一杯だ。

「衛……?」

「そんなことないよ……あにぃは世界で一番のおにいちゃんだよ……
 それは、ボクが保証するよ……
 ボクなんかが保証しても不安かも知れないけど……
 だけど、ボクは……ボクは絶対にそう思ってるから……
 だから、ダメだなんて言わないで……」

 目に涙をいっぱいにたたえた衛は、抱きしめていた兄の頭を離す。
 そして、優しく兄の肩に手を置き、兄の目を見つめる。
 数秒後、衛はゆっくり動き、兄の額に、優しく口づけをした。

「ボクなりのあにぃへの励まし方……
 頑張ってあにぃ……
 ボクはあにぃの味方だよっ!」

 兄の元から、衛が笑顔でそっと離れる。
 兄はその衛の笑顔に、笑顔で答え、立ち上がった。

「よし、俺やるよ、絶対一位になってみせる!」

「あにぃ!」

 その力強い宣言に、衛は思わず、兄に抱きついた。

 そして、時は流れ、体育祭当日。
 男子200メートル走は、体育祭の一つ目の競技だった。
 兄はすぐに集合場所に行き、開始を待っている。

「あにぃ!」

 もう少しで選手の入場が始まるか始まらないかという時。
 兄は、後ろから声を掛けられた。
 振り返らなくても、その呼び方と声で誰か分かる。

「ん、どうした、衛?」

「あにぃ、今からでしょ?」

「うん、もうすぐ行かないといけないみたいだ」

 それを確認すると、衛は自分のはちまきを取った。
 そして、それを兄に手渡す。

「ん? これは……?」

「あにぃ、これつけてて。
 ボクが、力をあげるから。
 あにぃに、力を分けて上げるから……
 絶対一位になって帰ってきてねっ
 ボク、ゴールの所で待ってるからっ」

 その衛の励ましに、兄は笑顔で、その場で自分のはちまきに衛のはちまきを結び、答えた。

「ああ、衛、ありがとう。お兄ちゃんは、絶対一位になって、衛の所に行くからな!」

 入場の合図が出され、兄は運動場の中へと入っていく。
 衛はすぐに、兄が一番でゴールするはずの場所へと、走っていった。

 200メートル走が始まって三組目。
 兄は、とうとう決戦の時を迎えていた。
 幸い、メンバーを見ると、陸上部の人はいなかった。
 勝てるかも知れない……いや、勝たなければいけないんだという、兄の想いは、最高潮に達していた。

「位置について〜」

 スターターの声が聞こえる。
 兄はクラウチングスタートのポーズで構えた。
 衛から言われた注意点は、体の中に染みわたっていた。

「よ〜い」

 次の瞬間、ピストルの音が響く。
 体は素早く反応し、素晴らしいスタートダッシュを決めることが出来た。

 走り出した瞬間、衛から教えられたペース配分の表が頭に浮かんだ。
 練習したとおりに、そのペースを刻んでいく。
 横も後ろも見なかった。
 ただ、衛を信じ、走り続けた。
 そして、二十数秒後……
 兄は一番で、ゴールを駆け抜けた。

「あにぃ!」

 すぐ近くから、衛の声が聞こえる。
 兄は、その方向に向かって走り出した。
 衛も、兄に向かって走り出していた。
 二人は、千何人という生徒達の前で、思いっきり抱きついた。

「あにぃ、一位だよ、おめでとう!」

「やったっ 衛、遂にやったよっ」

「あにぃ、おめでとうっ やっぱりあにぃは、僕たちの誇りだよっ」

 だが、そんな感動のシーンも、実行委員会によって阻まれた。
 無理矢理トラックの外に押し出される。
 二人は苦笑して、あまり人のいない場所へと移動することになった。

 校舎裏の、人気のない辺り。
 二人は、暫く200メートル走のことについて語り合っていた。
 この200メートルで、二人の心の絆は、さらに深くなったように思える。

「女子100メートル出場の選手は、入場口に集まって下さい」

 その放送に、衛は名残惜しそうに立ち上がる。
 お尻に付いた土を払い、淋しそうに兄に告げる。

「あにぃ、もうボクの種目が始まっちゃうよ……
 ずっと話してたいけど、もう行かなきゃ」

「そっか……じゃあ、衛も頑張って来いよ」

「うん、わかった。ボクも一位で帰ってくるから、あにぃ、みててよねっ」

 衛は、さっと駆け出そうとする。
 だが、兄は咄嗟に止めた。

「あ、衛」

「ん? なに? あにぃ」

「えっとさ、ちょっと言いにくいんだけど……」

 兄は、少し考えた後、すぐに言葉を繋げた。

「四葉と、仲直りしてくれないかな。
 一位を取った見返りって言う訳じゃないんだけどさ……
 やっぱり、姉妹は、仲良くしていた方がいいしさ。
 お兄ちゃんとしてのお願いだ……聞いてくれるかい?」

 その兄の願いに、衛はウィンクして、元気に答えた。

「うんっ 分かったよあにぃ!
 あにぃの心配事が消えるように、ボク頑張るよっ
 だから、まっててね、あにぃ!」

 そのまま、身を翻して、グラウンドの方に走っていく。
 その後ろ姿を見ながら、兄は満足げに頷いた。

 体育大会も終わり、もう街は夕日に包まれていた。
 先日まで、兄と衛が練習をしていた公園の中には、今日は衛と四葉がいた。

 衛は、すまなそうな顔でうつむいて。
 四葉は、少し怒った顔で。

 しかし、その緊張はすぐに解ける。
 衛が、目の前で手を合わせて、謝ったからだ。

「ごめんっ 四葉ちゃん。反則っぽかったのは悪かったよ。許してっ」

「もー、衛ちゃんはいけない娘デス。あれほどダメだって言ったのに」

「うう……反省してるってば〜」

「でも、いいデス。兄チャマの格好いい姿を見られたから、四葉も満足デス。
 ここは素直に負けを認めて、お金払うデス」

 四葉は、ポケットの中から財布をとりだし、衛に千円を手渡した。

「ありがと〜っ これで今月は楽出来そうっ♪」

「今回一回限りデス、衛ちゃんっ 次は胴元大儲けさせて貰うデス」

「やった〜♪ あにぃの一着に賭けてて良かった♪」

 衛は、千円をポケットに納め、意気揚々と帰っていった。

 こうして、妹たちによる、「お兄ちゃんは200メートル走で何着になるか」の賭けは、衛の一人勝ちで幕を閉じたのである。




Back/Top/Next