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Memories Off Side Story



運命


by 高津沙穂




 智也は走っていた。
 それはもう、必死に。

 今日は、みなもとのデートの日。
 待ち合わせは10時だったはずなのに、今はもう10時5分。
 遅刻であることは確定していた。

「ええい、もっと早く走れないのか……っ」

 そう自分を叱咤しながら走る。
 その内に、角を曲がると、待ち合わせをしている駅前の広場が見渡せる場所へまで来た。
 息が切れていては格好悪いと思い、智也は角を曲がる前に息を整えてから、歩き出した。

「みな……」

 駅前にいた女性に声を掛けようとした智也は、途中で声を掛けそびれてしまった。
 みなもではない。
 そう、直感してしまったのだ。
 それどころか、目の前にいるのは……
 智也は、近づきながら声を掛けた。

「彩花……」

「えっ……?」

 女性が振り返る。
 だが、それは彩花ではなかった。

「智也……さん?」

「あ、ご、ごめん、みなもちゃん……
 それより、その髪、どうしたの?」

「あ、えっと、気分を変えてみようって思って……
 でも、ダメだったみたいですね」

 そういって、みなもは悲しい表情を見せた。
 その表情に、智也はすまないという気持ちが沸き上がってきた。

(そうだよな、幾ら髪を下ろしたからっていって、髪の毛の色だって長さだって全然違うのに)

 みなもに謝ろうと、智也は口を開く。
 だが、何かを言う前に、みなもの言葉が智也に突き刺さった。

「まだ……まだ振り切れてないんですか……彩花ちゃんのこと」

「……」

「なら、いいですよ……?」

 みなもは、少し淋しそうな笑顔で言った。

「今日だけ、わたしを彩花ちゃんだって思っても……」

「そんな……」

「私は、智也さんのこと本気で好きですから……大丈夫です。
 えっと……智也、だったよね、呼び方」

「ああ、そうだった」

「じゃあ、行くよ、智也っ」

 満面の笑みを浮かべ、みなもは智也に手を差し出す。
 智也は、困惑しながらも、その手を取った。
 その瞬間、みなもは彩花になった。


 その日のデートは、智也にとってまさに夢の一時だった。
 もう、想い出の中にしか出てこない彩花が、今は目の前にいる。
 それが、誰かを介しているとはいっても。

 みなもはつとめて笑顔で、彩花を演じ続けた。
 それが智也にとって、いいことであることを信じ続けて。
 病気の時、支え続けてくれたお礼を、少しでもしたかったからだ。

 しかし、いつまでもその時間は続くわけではない。
 二人は、元に戻らなくてはならない。
 智也と、みなもとして。

(そう、振り切らなきゃいけないんだ、振り切らなきゃ……)

 智也は、そう覚悟する。
 夕日に照らされた公園の芝生の上を、跳ねるように歩いて行くみなもの後ろ姿に、智也は呼びかけた。

「もういいよ……みなもちゃん」

「えっ?」

 みなもは、ゆっくりと振り返った。
 その時見えた、心の底から嬉しそうな表情。
 みなもが、やっと自分を自分としてみて貰えたと思い、浮かべた表情。
 それが、再び智也の心を揺さぶった。

「ごめん、みなもちゃん……」

「どうしたんですか……? 智也さん?」

「やっぱり、俺、まだ振り切れないみたいだ……みなもちゃんの顔が、一瞬、彩花に見えた……」

「智也さん……」

「ごめん……」

 涙を流し始めた智也を、みなもは優しく抱き留めた。
 力無くその場に崩れ落ちそうになる智也の体を、みなもは優しく支えた。
 みなもの目には、涙がにじんでいたが、それをこぼれ落ちさせないようにと、必死に堪えていた。

「なんで、運命って公平じゃないんでしょうかね……
 本当に幸せになりたかった人に、幸せをくれないんですから……
 残酷、ですよね……」

 そして、辺りを暗やみが包むまで、公園の中を二人の哀しみが、埋めた。




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