Back/Index/Next
Memories Off Side Story



Eternal Love


by 高津沙穂




 運命の日から、冬が過ぎ、春が過ぎ、初夏に入った頃。
 伊吹みなもは、驚異的な回復を見せ、学校に復帰した。

 その影には、常に三上智也が居て、みなもをいつもサポートしていた。
 みなもが驚異的な回復を見せたのも、智也が三年生になり、来年卒業してしまうため、 一緒の学校にいられる時間を少しでも長くしたかったから、とも言われている。

 そして、時は七月半ばの、期末テストの前日。
 智也は、グラウンドの端の、木陰に入っているベンチに、みなもを呼び出した。
 グラウンドには、テスト前のために、部活を行っている所はなく、静かそのものだった。
 だが、木陰に入っているとはいえ、予想以上に暑く、智也は多少ぐったりとなっていた。

「あちぃ……」

 制服の胸の部分をばたばたとさせ、だらしなく足を投げ出す。
 視線だけは、みなもが来るであろう場所をじっと見つめ、みなもの姿が見えればすぐにでも姿勢を正せるようにしていた。

「まだかな……」

 そう呟き、座る位置を少しだけずらし、足の位置も移動させた。
 その瞬間、智也の首筋にいきなり冷たい物が当たり、だれていた智也の気持ちが、一瞬にして覚めた。

「にょわわわわっ!」

「あっ……智也さんが飛んだ……」

 そのショックで、智也は少しだけ飛び上がり、ベンチからずり落ちそうになる。
 なんとか必死に背もたれに手を掛け、それ以上の情けない格好をさらすのを阻止した。

「み、みなもちゃん!?」

「こんにちは、智也さん、待ちまし……たよね?」

「あ、いや、そんなことはいいんだけど……何、今の」

「智也さん、外で暑いと思って、ジュースを買ってきたんです。はい、どうぞ」

 差し出された缶コーヒーを、智也は無意識に受け取った。
 みなもに右手には、オレンジジュースが握られていた。
 おそらく、この二つの缶のうち、どちらかを自分の首筋にあてたのだろう。

「あ、ああ、ありがとう」

「でも、遠回りしてきた甲斐がありました。智也さんの面白い姿が見れましたから」

「わざわざ遠回りしなくても……」

 みなもは楽しそうに笑い、智也の前まで歩いてくる。
 その笑顔を見ると、智也は、まあ、これはこれで良かったかな、と思わずにはいられなかった。

「それで、智也さん、今日は何の用事なんですか?」

「あ、ああ……みなもちゃんも座ったら?」

「いえ、こうしていた方が、智也さんの顔がよく見えますから、こっちの方がいいです」

「でも、みなもちゃん、まだ完全じゃないから、心配だよ」

 その言葉を聞くと、みなもは気分を害したのか唇をとがらせる。
 智也の目の前までくると、人差し指を立て、智也の唇にあてた。

「智也さんは、心配しすぎです。私のこと考えてくれて、とっても嬉しいですけど……」

 そして、みなもはその人差し指を自分の唇にあてて、恥ずかしそうに微笑んでから、言葉を繋ぐ。

「もう少し、私を自由にしてくれても嬉しいかな、なんて。生意気ですか?」

「い、いや……」

 みなものした行為に、顔を赤らめて、智也は視線を外した。
 その恥ずかしさを振り払うかのように、智也は勢いよく立ち上がると、優しくみなもの片腕を掴んだ。
 意表をつかれたみなもが抵抗できない内に、背中に手を回し、素早く抱きかかえ、ベンチへとみなもの体を下ろした。

「でも、やっぱりこっち。俺が立つよ」

「び、びっくりしました……」

「ごめんね」

「でも、ちょっと嬉しかったり……します」

 自然とこぼれるみなもの笑顔。
 横から見るみなももいいけれど、やはり正面から見た方が一番いいな、と智也は納得した。

「あ、そうそう、忘れるところだった」

「はい? なんですか?」

 みなもの笑顔を眺めている内に、当初の目的を忘れてしまいそうになり、智也は慌てて口を開いた。
 どうやら、みなももすっかり忘れていたようだったが。
 智也は、少し間を置いてから、言葉を選ぶように、ゆっくりとみなもに告げた。

「あのさ……夏休み……一緒に……旅行に行かないか?」

「えっ……?」

「行き先は決めてあるんだ……山の向こうにある小さなペンションなんだけどさ……近くに川があって……景色も綺麗で……
 とにかくいい所なんだ……森もあるし……療養にもいいかなって」

 みなもは、ぽかんと口を開けて、智也をぼーっと見ている。
 心配になって、智也が近づこうとすると、それより先に、みなもが智也に飛びついてきた。

「うわっ!?」

「智也さん……私、行きたいっ」

「そうか……よかった」

「ありがとうございます、私のためにいろいろ考えてくれて……大好きですっ」

 智也は、そんなみなもの体を抱き留めながら、誘って良かった、と思うのであった。


「わぁっ……冷たい……」

 川縁の岩の上に座り、みなもは素足を水に差し入れた。
 夏でも冷たい水が、みなもを驚かせる。

 二人は夏休みの平日を利用して、山奥のペンションへと来ていた。
 早盆と遅盆の間のためか、客は、二人しか居ず、ペンションもその前に広がる川も、二人の貸し切り状態だった。
 今は、白のワンピースに、白の帽子をかぶったみなもが、川縁の岩に腰掛け、対岸の木々をスケッチブックに描いている最中だ。
 木々の陰に入っていて、風が吹けばそれなりに涼しく、みなもの体でも大丈夫であろうと、智也が考えに考え抜いた場所でもあった。

「智也さ〜ん」

「ん?」

「お魚、釣れましたか?」

 みなもが、少し遠くにいる智也に声を掛ける。
 麦わら帽子にTシャツ、Gパンといった、ラフな格好で魚を釣っていた智也は、苦笑しながら首を横に振る。

「智也さん、じゃあ、ここで釣りしませんか? 場所を変えると釣れるかもしれませんよ?」

「でも、みなもちゃんの邪魔になるだろ?」

「智也さんが邪魔なんてことは絶対ありませんっ」

「そう?」

「それに……私は智也さんが側にいてくれた方が嬉しいです……」

 そう言われてまで、拒める人間がこの世にいるだろうか。
 智也も、拒めない人間の一人であったようだ。
 釣り竿とバケツを持ち、ゆっくりとみなもの座っている岩まで来て、腰を下ろした。

「えへへ……」

 そんな智也に、みなもはぴったりとくっつき、身を預ける。
 夏に体を寄せ合うと暑く感じるものだが、不思議と今は感じることはなかった。


「釣れませんねぇ……」

「そうだね」

 しばらく二人で寄り添っていたが、魚が釣れる気配は一向になかった。
 日はゆっくりと西に傾き、暑さも一段落をしようかとしていた。

「ごめんね、みなもちゃん、全然釣れなくて」

「仕方ないですよ、こういう日もあります」

 智也は立ち上がり、みなもに手を差し伸べた。
 みなもはその手を取って立ち上がる。
 二人同時に服をはたくと、手を繋いで歩き出した。

「そろそろ、夕食にしよう。近くに美味しいお店があるらしいよ」

「そうですか、じゃあ、智也さんが釣れなかったお魚、そこで食べさせて貰いましょう?」

「あはは、そうだね」

 歩いているうちに、どちらかとも無く腕を絡ませる。
 その後ろ姿は、まさに深く愛し合っている恋人のそれであった。


 辺りは完全に闇が支配し、夜になっていた。
 智也とみなもは、ペンションのテラスにあるベンチに腰掛けていた。
 二人が見上げている夜空には、一面の星が広がっていた。

 二人は一言も話さずに、星空を見上げていた。
 大自然を前にすると、人は無意識に、言葉を失ってしまう。
 二人が言葉を発したのは、数分後のことだった。

「みなもちゃん、寒くない?」

「えっ? はい、ちょっと寒いかもしれないですね」

「そっか。じゃあ……」

 智也がみなもの肩を抱き寄せる。
 みなもはそれに驚きもせず、ただされるがままになっていた。
 ぴったりと寄り添ったまま、星空を見上げる。

「智也さん……私、幸せです。こうして智也さんと一緒にいられて、本当に嬉しいです」

「そっか。みなもちゃんがそう思ってくれているなら嬉しいよ」

「でも、少し心配なんです……」

「ん? 何が?」

「私、智也さんにいっぱい励ましてもらいました、助けてもらいました。
 でも、私からは智也さんに何もしてあげられなくて……」

 その言葉に、智也はみなもの頭を引き寄せた。
 自分の肩にみなもの頭を乗せ、囁くように語りかけた。

「いいんだよ、みなもちゃん、そんなこと考えなくても」

「で、でも……」

「好きって気持ちはさ、何かをあげたりする事によって出来る物じゃないって思うんだ。
 こうして自然にいることによって、惹かれあっていくものだと思うんだ。
 作っていく物じゃなく、自然と出来ていく物だってね」

「智也……さん……」

「人間が息をしているように、水が生命を育むように、星が瞬くように……
 みなもちゃんに惹かれていったことも、ごくごく自然のことなんだよ。
 だから、みなもちゃんにはそんなこと考えて欲しくないな」

「ううっ……ありがとうございます……」

 みなもの目から、涙が溢れる。
 智也は、それをすぐにハンカチで拭き取った。
 それでも、後から後から涙は溢れてくる。
 智也は何度も何度も、ハンカチにみなもの涙を移した。

「ん……もういいです……」

 みなもは落ち着いたのか、微笑んでから目元を拭ってそう言った。
 智也はその手を掴み、湿った指先をハンカチで拭う。

「みなもちゃんの手、冷たいな……戻ろっか、そろそろ」

「はい、そうですね」

「戻る前に、一言、いいかな……?」

「えっ……? なんですか……?」

 智也は、みなもを抱き寄せ、みなもの髪の毛に顔を埋めた。
 そして、全ての気持ちを込めて、こうみなもに告げた。

「みなもちゃん……大好きだよ……
 何に誓ってもいい……本当に、愛してる……
 愛してるなんて言葉じゃ足りないくらいに……
 だから、みなもちゃんに、もっともっと優しくしてあげたいと思う……
 みなもちゃんがこうして側にいてくれさえすれば……
 そのせいで全てを無くしてしまったとしても、それで満足なんだ……」

 智也は一旦言葉を止め、みなもの再び潤み始めた視線をしっかりと受け止めてから、言葉を繋いだ。

「みなもちゃん、愛してるよ……」

 ゆっくりと、ゆっくりと月明かりに映し出された二つの影が、一つになっていった。
 こうして、二人は月の雫の祝福を受けた。
 永遠の愛を誓う印として……


「あっちぃ……」

 九月になっても、暑さは衰えることはなかった。
 智也は、すっかり二人の待ち合わせ場所になっているグラウンドの端の、木陰に入っているベンチに、呼び出されていたのだ。
 足を前に投げ出し、制服の胸の部分をぱたぱたとさせているだらしない格好で座っていた。

 と、その時。
 夏休みに入る前と同じように、智也の首筋に、冷たい物が押し当てられた。
 あの時の再生テープを見るように、智也は変な声を上げてベンチからずり落ちた。

「あ、智也さんが落ちちゃった……」

「み、みなもちゃん……寿命が縮まるからやめてくれよ……」

「ぼーっとしてるからですよ。それより、智也さん」

 みなもは、ベンチからずり落ちている智也に手を差しだした。
 智也はその手を取って、立ち上がる。

「行きましょう、智也さん、私たちのアトリエへ」

「うん、解った、行こうか」

 二人は、あの旅行の翌日から、一緒に絵を描いている場所へと手を取り合って歩き出した。
 先程の暑さも、二人には嘘のように消えてしまったらしい。
 二人とも笑顔で、今を、一生懸命に生き抜いていた。


 数ヶ月後、ある絵の作品展に一つの作品が出展されていた。
 金賞でも、銀賞でもない、ただ角に展示されているだけの絵。
 しかし、二人にとっては、とても意味のある絵。

 河辺で、対岸に向かって佇んでいる二人の後ろ姿。
 そのタイトルには、こう書いてあった。
 『Eternal Love』と。




Back/Top/Next