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Original Story



Reasons why it exists


by 高津 沙穂




「テレシー……かわいいよ……」

 薄暗い寝室。
 白一色のシーツに包まれたベッドの側で、男が少女を背中から抱き締めていた。
 エメラルドグリーンのワンピースを纏った、長い銀髪の少女は、抗うことなく、男のなすがままになっている。

「君は、何でそんなにかわいいんだ……君を離したくない……」

 男が、少女、テレシーの銀髪に顔を埋める。
 テレシーのうなじに、男の息が掛かる。
 テレシーは、そうされることで嬉しそうに微笑む。

 外から聞こえる、雨の音。
 外界から閉ざされた、この空間に、二人の息づかいと、雨の音だけが響きわたる。
 寝室の中に広がるのは、二人の愛の見えないオーラ。

「有り難う御座います、フレウリー様……テレシーは、今、幸せです……」

 テレシーは目を閉じ、全身でフレウリーを感じる。
 吐息の一つ一つが。
 鼓動の一つ一つが。
 テレシーを感じさせる。

「ああ……テレシー……ずっと側にいてくれ……ずっと側に……」

 寝る前の、二人だけの神聖な儀式。
 誰にも邪魔されない、儀式。
 愛を確認し、未来永劫を誓うだけの。

「はい……テレシーは、ずっとお側におります……いつまでも……」

 そのまま、沈黙と、雨の音が部屋を包む。
 まるで、海の底に居るかのように。
 まるで、大森林の中に居るかのように。

 しばらくすると、テレシーを抱きしめたまま、フレウリーが眠りにつく。
 それを確認してから、テレシーは優しく、フレウリーをベッドに横たえる。
 微笑みを浮かべながら、フレウリーに布団を掛けると、音を立てずに寝室を後にした。

 寝室を後にしたテレシーは、寄り道することなく、真っ先に自分の寝室へ向かう。
 寝室へのドアを開き、中に入った瞬間、テレシーの表情が、幸せな表情から、辛い表情へと変わっていく。

 ここは、テレシーにとっては、現実を突きつけられる場所だから。
 人を愛する夢を見続ける者にとって、現実はいつも無惨だ。
 テレシーはため息をつき、ベッドの縁に腰掛ける。

 そのまま手を伸ばし、ベッドの下から一本のコードを取り出す。
 足の裏の埃を払い、指でぎゅっと押し込む。
 足の裏の皮膚がめくれるように開き、コードをそこに差し込んだ。

 そう、テレシーは人形。
 フレウリーの父によって贈られ、フレウリーによって創られた、人形。
 フレウリーが、不慮の事故によって亡くした彼女の代わりとして、容姿、性格までをもそっくりに作った人形。

 もし、テレシーがただの人形ならば、辛い表情などにはならなかっただろう。
 普通、作られる人形は、主人の望んだ表情しか作らないはずだから。
 主人を哀しませることの無いように、嬉しさしか表現しないはずだから。

 だが、テレシーは必要以上の感情を持ってしまった。
 フレウリーへの愛情を。
 人形が、決して持ってはいけない感情を。

 例え、自分が人形だと解っていても。
 自分が創られたのは、フレウリーの心に開いた穴を、埋めるためだと解っていても。
 自分の愛情が、決して叶わぬ物だと解っていても。

 テレシーは、フレウリーを愛さずにはいられない。
 こみ上げてくる感情を、押さえずにはいられない。

 溢れてくる涙。
 溢れてくる嗚咽。
 溢れ出す想い。

 ベッドに腰掛けて、背中を丸めて。
 声が漏れないように、手で口を覆って。
 想いが籠もった、純粋な涙を、テレシーは流し続ける。

「テレシー、泣いているの?」

 いきなり聞こえてきたフレウリーの声。
 テレシーは驚きながらも、素早く服の袖で涙を拭いた。

「いえ、泣いてなんていません、フレウリー様」

「嘘は駄目だよ、テレシー。僕には君のことは何でも解る」

 フレウリーの責めるような視線が、テレシーの心を突き刺す。
 それだけでテレシーは、フレウリーに対して、嘘を言うことが出来なくなる。
 悲しいが、それが人形としての運命。
 フレウリー自身には、そんな意図など無いのだろうが。

「テレシー、君はまだ気にしているのかい? 君がアスィの代わりだって、父さんに言われた事」

「はい……」

「気にするなっていっただろう?」

「でも……テレシーは、フレウリー様の口から、私がそうじゃないとは……」

「テレシー……」

 フレウリーは、ゆっくりとテレシーが腰掛けているベッドの前に移動する。
 そして、しゃがみ込み、テレシーとの視線の高さを合わせた。
 そのまま、諭すように話しかける。

「テレシー、確かに君は、僕がアスィを亡くした時に、アスィの代わりとして創ったんだ」

 テレシーには、あまりにも痛い言葉。
 その痛さが、涙になって、テレシーの目から溢れ出す。

「でもね、テレシー。創り上げた君は、僕の想像通りには行かなかった。
 君はある意味、失敗作だったんだ。
 僕は、肝心なところで、大きなミスを犯した」

 フレウリーは、優しくテレシーの頭に手を置く。
 自分の顔に、十数センチの所まで引き寄せてから、囁くように言葉を続けた。

「それは、アスィ以上に、テレシーに惹かれてしまったこと。
 君は、僕の心に開いた穴を埋めてくれたばかりか、僕に最大の幸せをくれたんだ。
 だから、君は心配しなくていい。
 なにも、心配しなくていい。
 僕が愛しているのは、テレシー、君だけだよ……」

 そのまま、十数センチの間を埋めるように、フレウリーは、テレシーの唇を奪った。
 それまでの『ごめん』を込めて。
 そして、これからの『よろしく』を込めて。
 最大級の愛情を込めて。

「テレシー……」

「はい……」

「これからも、一緒に生きていこう……二人で……誰にも邪魔されることなく……」

 そのフレウリーの言葉に、テレシーは、最大級の笑顔で答えた。
 その笑顔は、この部屋で迎える、初めての笑顔。
 この家で、これから送られる、心からの笑顔の始まり。

「はい……フレウリー様……テレシーは、一生フレウリー様にお仕えします……」

 フレウリーは、テレシーから離れて、素早くベッドに上がる。
 テレシーが反応するより早く、テレシーの背中を優しく抱きしめた。

「違うよ、テレシー。君は今日から、僕にお仕えするんじゃないんだよ。
 恋人として、人間として、共に生きて行くんだ。
 だから、僕のことはフレウリーでいい。
 堅苦しい呼び方は、相思相愛の恋人同士には似合わないから。
 恋人として、一番最初のお願いだよ」

 テレシーの顔には微笑みが浮かぶ。
 少しの涙をアクセントに。
 沢山の幸せを心に抱いて。

「はい、フレウリー……さん……これからもよろしく……」

 この瞬間、テレシーは愛する人を側に持つ、人間になった。




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