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Sister Princess



いけないコンプレックス


by 高津 沙穂




「やぁ、兄くん……この薬を飲んでみてくれないかな……?」

「千影、何だ、この薬は?」

「想いを増幅させる薬……だよ……
 兄くんが今……心の中で最も想っている人への愛を……
 もっともっと高めてくれる薬……」

「何か危なそうだよな……」

「兄くん……飲んでくれないのかい……? 悲しいな……
 こうなったら、この短剣でボクはこの世との別れを……」

「わ、解った、飲むから、千影、やめてくれっ」

「そうか……じゃあ、よろしく、兄くん……」

 兄が、千影に捕まり、飲まされた薬。
 これが、今回の騒動の始まりだった。


「お兄様、おはようございます」

 兄が、千影に妙な薬を飲まされた翌日、咲耶は真っ先に兄の家に駆けつけた。
 咲耶は、昨日偶然に千影に会い、兄に『愛を増幅させる薬』を飲ませた事を聞いた。
 その効果が、一度寝てから効いてくると言われ、こうして、休日なのに朝から尋ねてきたのだ。

 家の中から、返事がないことに業を煮やした咲耶は、密かに作ってある合い鍵で、家の中に侵入していく。
 すんなりと兄の家へと侵入し、兄の部屋へと移動していく。
 そして、兄の部屋のドアを開け、兄が寝ているベッドへ近づいていく。

「お・に・い・さ・ま♪」

 咲耶は、甘い声で兄の耳元で囁いた。
 その声に反応したのか、元々起きる寸前だったのかは解らないが、兄はゆっくりと目を覚ました。

「お兄様、おはようございます♪」

「ふぁぁ……おはよう……咲耶……? 咲耶!?」

 すぐに側にいたのが咲耶と解り、兄は飛び起きる。
 局部に布団を掛け、必死に男の朝の生理現象を隠そうとする。
 その姿に、咲耶は微笑んだ。

「お兄様ったら、朝から元気なのね。 ……朝だからかしら?」

「さ、咲耶っ! そ、そんなことはどうでもいいだろっ それより、何で家の中に……」

「そんなこともどうでもいいのよ、お兄様。それより、私を見て、何か思わないかしら?」

「へっ?」

 兄が、まじまじと咲耶を見つめる。
 咲耶は、ウインクをしたり、投げキッスをしてみたりと、とにかく兄の気を引こうとする。
 だが、兄からは、普通の答えしか返ってこなかった。

「いや、なんで休みの日のこんな時間に、ここに来ているのかって」

「……そんなことより、私が愛おしいとか、可愛いとか、彼女にしたいとか、あわよくばとか、思わないの?」

「うーん、妹だから、愛おしいとか思うし、咲耶は美人だとは思うけど……」

 その答えを聞いて、咲耶はがっくりとうなだれる。
 兄にとって、咲耶が一番ではないと、宣告されたようなものなのだ。
 涙が出そうなぐらい、悔しかった。

「お兄様……私より、好きな娘がいるのね……」

「え? な、なんだそれは?」

「私、千影ちゃんに聞いたの、お兄様が、愛を増幅させる薬を飲んだって。
 だから、私への愛が一番強くなっているんじゃないかって思って……」

「そ、そんなこといわれてもな。千影の薬だぞ? なんだかまともに効いたような覚えがないんだが……」

 兄はこの後、涙に暮れる咲耶を慰める事に、一時間ほどを使ってしまった。


「しょうがないわ……じゃあ、他の娘たちを見て回って、誰が一番か探しに行きましょ」

 咲耶を宥めた後、咲耶にそうすすめられ、兄は渋々、咲耶と共に外にでてきていた。
 兄としては、あの薬はいつも通り失敗で、何も効き目など現れないと思っている。
 だが、あまりも熱心な為に、こうして咲耶と一緒に外にでているのだ。

「さ、もうすぐ可憐ちゃんのお家よ。お兄様、ちゃんと確認してね」

「あー、うん」

「お兄様!? 本当に頼んだわよ?」

 あまりやる気のない兄に、咲耶は食ってかかるが、その前に、可憐の家の方から、可憐の声が聞こえてくる。

「あれ? お兄ちゃんに咲耶ちゃん……どうしたんですか、こんな所で」

「お、可憐、おはよう」

「はい、お早う御座います」

 これ幸いにと、兄は可憐に近づいていく。
 可憐は微笑みながら、朝の挨拶を返した。

「お兄様、さぁっ」

「うーん……」

 咲耶に促されて、兄は可憐を見つめる。
 だが、兄にはこれと言って特別な感情は沸き上がってこなかった。
 咲耶の方を向き、首を横に振る。

「どうしたんですか? お兄ちゃん」

「あ、可憐ちゃん、なんでもないのよ、なんでもないの、あはははは……」

 その姿を疑問に思い始めた可憐から逃げるように、咲耶は兄の背中を押し、足早に去ろうとする。
 可憐は、何が行われているのか、まったく理解できなかったが、兄と咲耶を追うことはしなかった。
 これが可憐の、優等生である所以、だろうか。


「さて、次はだれにしようかしらね」

 道を歩きながら、咲耶は次のターゲットを誰にしようかと考えていた。
 自分と、可憐と、制作者である千影を除き、兄に近い妹を優先順位を付けて考えていた。
 そして、次のターゲットは、遠い場所にいて面倒くさいから鞠絵にしようと思いたち、それを兄に伝えようと顔を上げる。

「あら、兄君様、咲耶さんとどこかにお出かけですか?」

 すると、そこには妹の内の一人、春歌がいた。
 これは好都合とばかりに、兄の腰の辺りを叩いて、よく見るように促す。

「ああ、ちょっと咲耶の散歩に付き合っているだけなんだ、春歌は?」

「今から、日本舞踊のお稽古がありますので、そちらに」

「そうか、頑張れよ、春歌」

「はい、ありがとうございます、兄君様」

 一回深々と礼をしてから、春歌はどこかへと歩いて行く。
 その姿を見送りながら、咲耶は兄に話しかけた。

「で、春歌ちゃんはどうだったの?」

「いや……あんまりいつもと変わらなかったけど」

「そう、じゃあ、次に行きましょう、お兄様」

 あまり気の乗らない兄の腕を引っ張りながら、咲耶はひとまず鞠絵のいる病院を目指して歩いて行った。


 鞠絵のいる病院まで、後少しと言うところで、兄が起きてから、一時間ほど過ぎていた。
 先程春歌に会ってからは、誰一人として会っていない。
 全員に会うのは、果たして何時間後になるのだろうかと、兄がため息をついたとき、目の前の公園から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「おにいたま〜」

「に〜い〜や〜」

 その声の主に、咲耶はすぐに気が付いた。
 雛子と亞里亞である。
 咲耶は、それを教えようと、兄に振り返った。

「おにいさ……え?」

 咲耶は、兄の顔を見て驚く。
 兄の顔が真っ赤になり、ある方向をじっと見つめているのだ。
 その方向を追うと、その先には、雛子と亞里亞の姿があった。

「ま、まさか、お兄様!?」

 あまりの衝撃に、咲耶はその場に崩れ落ちそうになる。
 だが、なんとか堪え、兄の意識を取り戻そうと、腕を引っ張り続ける。

「おにいたま〜 あそぼ〜」

「に〜い〜や〜 あそぼ〜」

 咲耶が掴んでいる反対側の腕を、二人で掴み、公園の中に引きずりこもうとする。
 咲耶は、負けてなるものかと、兄の腕を強く引っ張った。
 だが、兄自身の意志が強く、簡単に四人は、公園の中へと入っていってしまった。

「もうっ お兄様ったらっ!」

「ん? 咲耶……多分、どっちか」

「どっちかじゃないわよっ お兄様の……ロリコン!」

「えっ……!?」

 今まで欲望に身を任せていた兄は、その言葉で、一瞬にして我に返った。
 雛子と亞里亞と繋いでいる手を離し、ふらふらとベンチにへたりこむ。
 心ここにあらず、と言った状態だ。

「あら……お兄様には刺激が強かったかしら……」

「さーくーやーちゃんだー にいやー どうしたーのー?」

「いや、よく解らないわ……ちょっと、二人ともこっちに来てくれないかしら」

 放心状態になってしまった兄を、なんとか元に戻そうと、咲耶は考える。
 雛子と亞里亞に耳打ちをして、表向きは、兄をなんとか元に戻す作戦を実行に移そうとする。

「わかった? 頼んだわよ、雛子ちゃん、亞里亞ちゃん」

「咲耶ちゃん……ヒナ、恥ずかしいよぉ」

「それはわかるけど、このままじゃあ、お兄様は一生あのベンチに座ってなければいけないのっ」

「それはー 大変なの」

 雛子と亞里亞が、小走りに兄の元へと駆け寄る。
 亞里亞は兄の目の前に、雛子は兄の座っているベンチの横に立ち、準備は整った。
 咲耶が、指をぱちんと鳴らすと、二人は行動を始めた。

「おにいたま……だぁいすき♪」

 まずは雛子が、唇を兄の頬に押しつける。
 それに驚き、兄は唇を押しつけられた頬を押さえ、立ち上がる。

「にいやー こっち見てー 亞里亞の気持ちなの」

 兄は、目の前の亞里亞に目を向けた。
 すると、亞里亞は自分のスカートをめくり、パンティを兄に見せつける。
 兄は、再び固まった。

「お兄様の……ロリコン!」

 そこに、咲耶は追い打ちをかける。
 それに反応した兄は、いきなり走り出した。

「俺は……俺はロリコンじゃない!」

 と言う言葉を残して。

 後には、兄がロリコンであったという真実を突きつけられ、絶望感に浸る咲耶と、何も事態が解らない雛子と亞里亞が残った。


 その日の夜。
 千影は、黒魔術の本を読みながら、あることを思いだしていた。
 昨日兄に飲ませた、薬のことを。
 すっかり、その効果を調べるのを忘れていたのだ。

「ボクとしたことが、失敗だ……
 兄くん、どうだったのだろう。
 あの、『父性愛』を増す薬は、どれほどの効き目が……」




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