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Saho Original Novel



幸せの小さな鍵と箱


by 高津 沙穂




 俺は、日曜日が嫌いだ。
 何もすることがないからだ。
 趣味と呼べるものは何もない。
 部活もやっていない。
 友達はいない。
 彼女も、もちろん居ない。

 だからといって、家にいると親がうるさい。
 勉強、勉強と。
 成績が極端に悪いから、仕方ないかも知れないけど。

 俺は、なんとか暇を潰すために、ふらふらと歩いて、家の近くにある公園に来ていた。

 芝生が地面のほとんどを覆っている公園。
 面積がかなり広いから、人の密度は狭くて、一人になるにはもってこいの場所だ。

 俺は、この前来た時よりいい場所はないものかと、公園内を彷徨っていた。

「あれ、三好君じゃない。どうしたの?」

 そうしていると、不意に声を掛けられる。
 振り返ると、見慣れてる制服姿の女子高生がいた。

「ん……えっと……」

「陣内よ。陣内公子。残念だなぁ〜 私、忘れられてたんだ、クラスメイトなのに」

「う、ごめん……」

 思わず頭を下げる。
 でも、頭の中に、彼女の記憶はあまりなかった。
 一対一で話したことはおろか、口を利いたことすらないからだ。

「って、なんで制服なの」

「先生に用事頼まれてたから、それをやりにね。
 ほら、私って学級委員じゃない」

 そうだったっけ。
 俺は全く覚えていない。

「あっ……もう時間だ、行かないと。じゃあね、三好君!」

 いきなり陣内が駆け出し、去っていく。
 途中、一度だけ振り返り、手を振りながら。
 俺はその後ろ姿を、ぼーっとした顔で見送った。

 結局、陣内も俺の暇を埋める存在にはなり得なかったようだ。
 一つため息をついてから、公園内をさらに散策していく。

 その内に、俺は公園の端に辿り着いた。
 そこは、平坦な公園から少し階段を下り、崖を利用した展望台になっていた。
 眼下に広がる森を見下ろして、俺はまた一つ、ため息をついた。

 ここから飛び降りたら、死ねるかな。
 不意にそんなことを思いついてしまう。
 本当に死ねるのならば、こんな暇な日々を送らなくてすむかもしれない。
 崖の下に、思いが吸い込まれそうになった。
 その時。

 自分が寄りかかっていた隣の柵の上に、少女が座っているのが見えた。
 おかしいな……
 今まで、この回りに人なんて居なかったはずなのに……

 手すりから離れて、少女を見る。
 少しきつめの目と、ポニーテール。
 黒で統一されたツーピース。
 胸から下げられた、小さな鍵のネックレス。
 憮然とした表情。

 彼女の姿は、何故か、俺の心に強く残った。

「ねえ、君……なにしてるの?」

 ずっと眺めている内に、たまらなくなって、俺は声を掛けてみた。
 彼女は驚いた表情で俺を見てから、きっと表情をこわばらせた。

「私が……見えるの?」

「え? あ、うん、見えるけど?」

「おかしいわね……」

 彼女は、納得行かないというオーラを全身から漂わせながら、俺をじっと見た。
 その表情に、俺の心は高鳴った。

「なんで、見えないとか言うのさ」

「……」

 彼女は、ひとしきり黙った後、吐き捨てるように言った。

「私、死神だから」

「えっ?」

「おちこぼれ、だけどね」

 自らをあざ笑うかのように、彼女は歪んだ笑顔を見せる。
 その姿に、親近感が湧いてきた。
 彼女となら、仲良くなれそうな、そんな気がした。

「どういう風になったら、死神の世界のおちこぼれになるのさ」

「人間の魂が取れなくて、動物の魂も取れない。何もできないから」

「何で? 何で取れないの?」

「可哀想だから」

「死神なのに?」

 彼女は、俺を睨み付けながら答える。

「いけない?」

「いや、いけなくはないけどさ」

「じゃあ、いいじゃない」

 彼女は、憮然とした表情で俯いた。
 そして、消え入るような小さな声で、こう続けた。

「君、今死にたいって思ったでしょう」

「え?」

「死にたいって思ったでしょう?」

「なんでそんな事聞くの?」

「じゃなきゃ、私たちが見えるはずないもの」

「そうなんだ……はは、大正解」

 彼女は柵から飛び降りると、俺の方に真っ直ぐ向かってきた。
 俺が呆気にとられている内に、彼女は俺の手を取る。

「死にたいなんて思っちゃ駄目。命を粗末にしちゃ」

「でも……」

「今回は見逃してあげる。だから、ちゃんと生きて」

「……」

 彼女の強い意志を持った視線に、俺は思わず頷いてしまう。

「でも、いいの? 俺の魂を取れれば、おちこぼれじゃなくなるかも……」

「だから、言ったでしょう?」

 彼女は俺から離れ、再び柵に腰掛ける。

「私は、魂は取れないんだって」

 その言葉に、思わす俺は爆笑してしまった。
 死神なのに、魂が取れない。
 その事実に、笑わずにはいられなかったのだ。

「馬鹿、笑うな」

「くっくっく……これが笑わずにいられるかっ」

 彼女の制止も無視して、俺は笑い続けた。

 しばらく経って、ようやく笑いも収まって、俺は彼女の隣に腰掛けていた。
 学校での話や、家での話、彼女が面白いと思えそうなものなら、何でも話した。
 俺は、彼女のことが凄く気に入ってしまったのだ。
 死神でも何でもいい。
 ただ、彼女なら、俺の淋しさを埋めてくれる気がしたからだ。

 日が傾き、夕方になっていた。
 俺はそろそろ、家に帰ろうと、柵から降りた。

「また、来週話そう、ここで」

「え?」

「話し足りないんだ。反応が面白くてさ、全然話が先に進まない」

「む、悪かったわね」

「また、面白い話ししてやるよ。おちこぼれ同士、楽しくやろうぜ」

 俺のその言葉に、彼女は微笑んだ。

「あはは、可愛い顔もできるじゃん。また見せてよ、それも」

「うるさいっ 早く帰れっ」

「あははははっ」

 俺はその場から逃げるように立ち去った。
 俺の心は、幸せで満ちあふれていた。
 彼女のお陰で、何もない日曜日が、待ち遠しくなっていた。

 俺は、彼女に惹かれていたのだと思う。

 その次の週も、またその次の週も。そのまた次の週も。
 三ヶ月もの間、俺は彼女の元へと通い詰めた。
 色々な話しをするたびに、彼女の表情はくるくると変わり、俺の心は惹き付けられていった。

 でも、俺は忘れていたのだ。
 最も重要なことを。
 俺は、彼女の口から聞くまで、そのことをずっと忘れていたのだ。
 いや、忘れていたかったのかもしれない。

「おまたせ。っていっても、約束の時間までは一時間も早いんだよな、あはは」

「ん……」

 彼女の表情は曇っていた。
 その上、青ざめていた。
 何か起きてはいけないことが起きたのだろうか。
 俺は彼女に駆け寄る。

「ど、どうかしたのか?」

「今日で、お別れだから」

「お別れ? ……って、どういうことだよ!」

 彼女の細身の体を掴む。
 次の瞬間、俺の腕に電気が走る。
 思わず、手を引いてしまう。

「私の世界は、人間の世界とは違う。
 おちこぼれは、デリートされるから」

「デリート……って……」

「つまり、殺されちゃうってこと」

「え……」

 そう、俺と彼女にもいつか、別れがくるということを、忘れていたのだ。
 再び、彼女の腕を掴もうとする。
 だが、今度は近づくことさえも叶わなかった。

「そろそろかな、デリートの時間……」

「お、おい、何とかならないのか」

「……ならない……私は、誰の魂も取れなかったのだから、仕方ないわ」

 彼女の目から、涙がつーっと流れ出た。
 彼女と別れなければならない。
 その涙で、俺は全身で彼女との最期を感じ取った。
 俺は、それを絶対阻止したかった。
 しなければならない。
 文字通り、俺の命を引き替えにしても。
 彼女の命を奪ってしまうことだけは、絶対に避けなければならない。

「俺の命を獲ってくれ! なら、死ななくて済むんだろう?」

「だから、出来ないってば……困らせないで……逝かせてよ」

「困らせてるのはお前の方だ! 俺はお前のことが好きだ! だから、死なせるわけにはいかないんだ!」

 必死の訴えにも関わらず、彼女の体は薄れていった。
 空気と一緒になるかのように。
 彼女は、俺の魂を獲る素振りすら見せなかった。
 その代わり、彼女はそっと微笑んだ。

「私も、あなたのことが好き。だから、死なせるわけにはいかないの、解って……」

 いきなり、あたりに強い風が吹き始めた。
 それに阻まれ、俺は彼女に近づくことが出来なかった。
 それでも、なんとかして彼女に近づこうと、俺は踏ん張った。
 だが……

 次の瞬間、さらに強い突風が吹いて、俺の体は飛ばされた。
 芝生の上に叩きつけられ、俺の意識は暗闇へと吸い込まれていった。
 意識を失う瞬間まで、彼女が無事であることを祈って。


「ん、んんん……」

 俺はいつの間にか眠ってしまったらしい。
 体の節々が痛かったので、伸びをして体をほぐす。

 それにしても、暇だ。公園に来ても、暇で眠ることぐらいしかできないじゃないか。
 どうやって暇を潰そうか……

 そう考えている内に、俺はあることに気がついた。
 胸の上に乗っているもの。
 俺は、それをつまみ上げた。

「……鍵?」

 首から下がっているそれは、鍵だった。
 だが、俺はそれには覚えがなかった。
 家の鍵や自転車の鍵などは、全てひとまとめにしてキーホルダーに繋げているからだ。
 紐で下げているならともかく、ネックレスみたいになってるぞ……?

 そう考えていると、いきなり視界が暗くなった。
 何事かと俺は上を見る。
 そこにあったのは、制服のスカートだった。
 その中にあるものまでバッチリ見える。
 俺の頭のすぐ側に、誰かが立っているらしい。

「ん?」

 そのまま鑑賞していたかったが、気付かれたら大事になりそうな気がして、俺は立ち上がった。

「三好君、こんな所でお昼寝?」

「あ、うん、そうだけど……」

「うふふふふふ……なんだか気持ちよさそう」

 目を細めて、その娘は笑った。
 その顔に、俺は見覚えがあった。
 陣内公子。俺のクラスメイトで学級委員だったはずだ。

「委員長、また制服か。なんか仕事押しつけられたの?」

「委員長って言うの、やめて欲しいなぁ……」

 セミロングの髪の毛をかき上げながら、陣内は微笑んだ。

「そう、また先生の用事」

「真面目だなぁ、委員長は」

「あ、また委員長って言った。辞めてよねぇ」

 陣内が再び微笑む。
 こいつ、なんだかすっげぇ可愛いよな……
 俺はその微笑みに惹かれそうになる。

「あれ? 三好君、ネックレスなんてしてるんだ」

「え? これか?」

 俺は、ネックレスを取り出して陣内に見せた。

「鍵、だねぇ……何の鍵? これ」

「いや、わかんないんだけど……」

「変なの……あっ」

 いきなり陣内は何かを思いだしたらしく、ポケットの中をごそごそ漁りだす。
 携帯電話や財布、飴、手帳。
 それを全て俺の手に強引に渡してから、ようやく目的のものを見つけたらしい。
 俺の目の前にそれを掲げた。

「今日、出てくる前にこれを見つけたの。押入の奥の方にあってね」

 それは、木製の小さな箱だった。
 五センチメートル四方ぐらいだろうか。
 その箱の前面には、鍵穴がついていた。

「その三好君の鍵で開けられたりして。なーんてね」

 陣内は軽い調子でそう言い、俺に許可を求めるまでもなくいきなり鍵穴に俺の鍵を突っ込んだ。
 そして、ゆっくりと回す。

かちゃり……

「え、嘘……」

「開いたぞ?」

 二人の目が、その小さな箱に注がれる。
 少し震えた手で、その箱を陣内がゆっくりと開けた。
 その瞬間、箱の中から小さな光が飛び出してきた。
 その光は、陣内の胸の中に飛び込んでいく。

「え? え……大丈夫か、委員長」

「あ、うん……な、何だったんだろうね」

「さぁ……」

 それきり、二人とも口を噤んでしまった。
 沈黙が辺りを流れる。
 それに耐えきれなくなって、俺が何かを言おうと口を開けると、陣内が小さな声で呟いた。

「この箱、天使の贈り物かもね……」

「え?」

「なんだか、ちょっと勇気が湧いて来ちゃったな……」

 陣内が顔を上げる。
 その顔は、すごく真面目な顔だった。
 そして、そのまま、真っ直ぐに俺の目を見て、陣内は言った。

「あのね、私、ずっと三好君のことが好きだったの……
 ずっと、ずっと言えないでいたけど……」

「え……?」

「お願いしますっ 陣内公子と付き合ってみて下さいっ」

 陣内は、ぶんっと音が聞こえてきそうな勢いで頭を下げる。
 そのうなじのあたりを見つめながら、俺もぼそっとつぶやいた。
 俺自身にも、その呟きの説明は付きそうになかったが。

「天使じゃなくて、死神のお陰かもしれないな……」

「えっ……」

 陣内が顔を上げる。
 その顔は、不安と悲しみが入り交じっていた。
 それは、不安だろう。不吉なことを言ってしまったのだから。

「それって……その……駄目って……こと?」

 今にも泣きそうな表情を見て、俺は不思議な懐かしさを覚えながら、笑顔で答えた。

「そこまで言われたら、付き合ってやろうかなって気持ちにもなったりならなかったりかもな」

「ちょ、ちょっと、それってどっち?」

「あはははは、どっちだろうねぇ?」

「ちゃ、ちゃんと答えてよ! 私、本気……なんだからね……」

 再びうつむいた陣内。
 俺は、その額に軽くキスをした。

「えっ……これって……」

「俺は、遊びでこんな事はしないからさ」

「じゃ、じゃあ……」

「あはははは。まあ、つまんないやつかもしれないけど、よろしく」

 俺は、陣内の頭をポンポンと叩いて走り出した。
 その後を、陣内が必死に追いかけてくる。

「ちょ、ちょっとまってよぉ!」

 少し経って、意識的に走るスピードを落とすと、陣内は俺の腕に抱きついてきた。

「えへへ……つーかまえた。いろんな意味で、ね」

「しょうがないなぁ……
 じゃ、お姫様、この後デートでもいかがかしら?」

「なぁに、その変な言葉……うふふふふふ……まあいいわ、デートしましょ」

「よし来た、それじゃいこっか」

「うん!」

 さっきまで、凄く暇だったのに、今は幸せでいっぱいになっていた。
 俺も、現金なものだなぁ……

 陣内にしがみつかれたまま、夕焼けの街並みに飛び出した俺たちは。
 あの不思議な鍵と箱が無くなっていることに、暫くの間、気がつかなかった。




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