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original Story



夏の終わりに……


by 高津 沙穂




 夏休みを前にして、俺の幼なじみは、俺と距離を置くようになっていた。

 いつも、俺と一緒に登下校をしていたのに。
 毎日、俺と一緒に遊んでいたのに。
 毎夜、俺の家で宿題をやっていたのに。

 あの時は、少しうざったいと思ったこともあった。
 だが、実際に、こうやって離れてみると。
 一緒だった日々が懐かしかった。

 一体、どうしたんだろう。
 晶に、何かが起きたのだろうか。

 夏休みのある日に、一人で町中をブラブラしていると、俺は信じられない光景を目にした。
 今まで見たことのない、晶の姿。

 長かった髪の毛を切り。
 着たことのない超ミニのスカートをはき。
 したくないと言っていた、化粧をして。

 声を掛ける前に、晶はどこかにいってしまった。

 夏休みの間、その一回以外は、晶に会うことはなかった。

 会わなければ会わない分、晶への想いは強くなっていった。
 友情から、愛情へと変わって行くには、十分の間だった。

 そして、二学期の始業式。
 会わなくなってから、もう二ヶ月経ったこの日。
 俺は衝撃的な事を聞くことになる。

 自分のクラスに入った時に、親友に呼び止められた。

「おい、大介知ってるか?」

「なんだよ……今それどころじゃない……」

「まあ聞けよ。晶ちゃんな、5組の羽田文雄って奴に、7月の頭にコクられて、付き合ってンだってよ」

 その言葉が、俺の心に重くのしかかっていた。
 そうか、そうなんだ。
 俺と付き合わなくなったのは、彼氏が出来たからなのか……
 そうだったら……全てが納得行く。

 俺が感じた絶望感は、一気に怒りへと変わっていた。

「おいっ それマジかよッ!」

「ぐあっ や、やめろっ くるし……」

「マジかってきいてんだよっ」

「お、おい、良平しんじまうぞ、やめろ」

 集まってきた奴らの声で、はっと我に返る。
 俺は、無意識のうちに、親友の胸ぐらを掴み上げていたらしい。
 俺は目の前が真っ暗になり、手を離した。

「ご、ごめん……」

「ごほっ……
 まあ、いいけどもよ……とにかく、今のところ噂だけだよ。
 付き合ってような現場を見た奴はいないぜ」

「そうか……」

 落ち込む俺に、親友は少し厳しい目で告げる。

「そういえば、お前最近晶ちゃんと一緒にいないって聞いたぞ。
 だから、そんな噂かほんとか分からないことも流れるんじゃないのか?
 好きなんだろ? なら、ちゃんと捕まえておけよ」

「な、なにいってんだっ お、俺は……晶なんか……」

「ふぅ……そんなんだからだよ」

 親友は、呆れた顔をして去っていく。
 周りにいたクラスメイトも、それぞれ散っていく。

 俺は、その親友の背中を見つめて、呟いた。

「晶なんか……大好きだよ……」

 俺の複雑な想いをよそに、始業式が始まる。
 体育館に立たされ、聞きたくもない話を聞かされる。
 退屈で仕方のない時間だ。

 だが、俺は違った。
 俺の視線は、今話している学園長とは、別の位置にあった。

 三つとなりのクラスの列に並んでいる、晶の後ろ姿。
 長いこと見ていない、晶の後ろ姿。

 こうしてみてみると、短くしてしまった髪の毛が、どことなく悲しい。

 なぁ、晶。
 お前は、何で髪の毛を切ったんだ?
 あいつが……あいつが切れって言ったのか?

 晶の背中に問いかける。
 答えなど、帰ってきたりはしない。
 あるのは、俺の無念さだけだ。

 そのまま、ずっと晶の背中を見続ける。
 そして、始業式も終わりにさしかかった頃。
 急に、晶の体がふらふらし始めた。

 そうだった……
 あいつは貧血気味で、こうして立っているのは辛いはずだった。
 俺は人をかき分けで、晶の方に駆け寄る。

 案の定、晶はその場に崩れ落ちた。
 俺はなんとか、頭を打つ前に抱え上げる。
 倒れたのを見て駆け寄ってきた先生に一言断り、俺は晶を抱えたまま、保健室へと走った。

「……あれぇ? だいすけぇ……」

 晶が倒れてから数時間後、ずっとつきっきりで見ていた。
 安らかな寝顔を見つめているうちに、晶は目を覚ました。

「晶、ダメじゃないか。気を付けないと。すぐ倒れるんだからな」

「あはは……ごめんねぇ……だいすけぇ……」

 弱々しい笑顔で、晶は答える。

 よかった……
 答えてくれた。
 久しぶりに聞いた晶の声に、涙が出てきそうな程、感動する。

「だいすけぇ……始業式は……?」

「もう、とっくに終わったよ。みんな帰ってるし」

「そっかぁ……えへへ……ダメだねぇ、私」

 舌をぺろりと出して、気まずそうな表情を浮かべる。
 俺の心は安心でいっぱいになった。

「あら、高橋さん目が覚めたのね、大丈夫かしら?」

 保健室の奥から、保険医が顔を出して、熱を測ったりする。
 俺はその間、窓の外を眺めて、暇つぶしをする。

 でも、本当に良かった。
 俺は、嫌われていた訳じゃ無さそうだ。
 一つの可能性の線が薄くなったことに、安堵する。

「法条君、ちょっとすまないんだけど、晶さんを家まで送っていって貰えるかしら? 近いんでしょう?」

 検査みたいな事が終わったのか、保険医が声を掛けてくる。

「それはいいですけど、晶はもう立てるぐらいには回復したんですか?」

「ん〜 大丈夫だと思うわ。先生今から出張で、ここ閉めないといけないから……置いておけないのよ。
 頼めるかしら?」

「分かりました」

 そうか、そう言うことじゃ仕方ないよな。
 そう、自分に言い聞かせる。
 晶と帰りたいんじゃなくて、先生に頼まれたから。
 そう言えば、晶も一緒に帰るのを認めてくれるかも知れない。

「晶、そういう事みたいだから、帰るぞ」

「うんー」

 晶は、ゆっくり起きあがる。
 その力の無さを見かねて、背中に手をやり、起きるのを助ける。
 側で見る笑顔も、久しぶりだ。

「立てるか?」

「……うんー」

 ベッドから下り、上履きを履いて立ち上がろうとする。
 だが、晶の体はふらふらと心許ない。

「おい、大丈夫かよ」

 今にも倒れそうな晶の体を、ひょいと抱え上げる。
 思いの外、晶の体は軽かった。

「あっ……」

 そのまま、ベッドに座らせ、俺はベッドの脇で、晶に中腰になる。

「ほら、背中に乗れ。家までおぶってってやる」

「えー だいすけぇ……私、重いよー」

「重いわけあるか。さあ、乗れ」

 晶は、少し躊躇していたが、俺が諦めないことを悟ったのか、体を預けてくる。
 肩から手を回され、胸の前辺りに、白い晶の腕が見えた。
 ほんの二ヶ月前まで、時々握ったりもしていた、細い腕だ。

「んー だいすけぇ……やっぱり重いよねぇ」

「いや、大丈夫だ」

 晶を持ち上げ、歩き出す。
 晶の体は、少しも負担にならなかった。

「じゃあ、先生、有り難う御座いました」

「はい、お大事に」

 俺と晶は、ゆっくりと保健室を後にした。

 昇降口で靴を履き替えさせ、校舎の外へ出てきた。
 夏の陽射しは、容赦なく降り注ぐ。
 そんな中を、俺と晶は、無言で歩いていた。
 歩いているのは俺だけだが。

 学校から家までは、徒歩で20分。
 その間、俺と晶は、一言も言葉を交わすことはなかった。
 俺が晶の体を気遣ったと言うこともあるが、やはり、少し怖かったのだ。

 T字路を曲がって、すぐの場所に、俺の家と、晶の家がある。
 俺は、二ヶ月ぶりに、晶の家の門を開け、中に入った。
 晶の家の庭は、花の種類が変わったぐらいで、後は二ヶ月前と違うところはなかった。

 晶の家の玄関の引き戸を、開けようと手を伸ばす。
 だが、全く開かなかった。
 どうやら、鍵が掛かっているようだった。
 おばさんはいないのだろうか……?

「晶、鍵持ってるか?」

「え……家、鍵掛かってる? 困ったなぁ……私、鍵持ってないよ」

「鍵がないって、入れないじゃないかよ……」

 どうしようか……
 まさか、こんな状態の晶を、炎天下外の放って行くわけにもいかない。
 だとすると……
 俺が出来ることと言えば、ただ一つしかない。

「しょうがないからさ、俺んち来るか?」

「んー ダメだよ……だいすけに迷惑が……」

「そうするしかねぇんだよ」

 再び背負い直して、晶の家の門を出て、俺の家の敷地に入る。
 ポケットの中から、家の鍵を取りだし、開けた。
 そして、すぐに二階の俺の部屋に入る。
 俺の部屋は、タイマーを設定していたために、既に冷えていた。

「はぁー だいすけの部屋ー すずしぃー」

「そりゃクーラーあるからな 学校と同じだ」

 おぶっていた晶を一旦立たせてから、抱き上げてベッドに運ぶ。
 ベッドの上に横たえさせ、冷えすぎないようにタオルケットを掛けた。

「んー このタオルケット……だいすけの匂い……なつかしー」

「馬鹿、何匂いかいでんだよ」

「いーじゃない 私の勝手だもん」

 タオルケットで、口元を隠す。
 その瞬間、俺の心臓がどきっと跳ねた。
 やっぱり、俺は晶のことが好きだ。

「……なんかのみもんでも飲むか?」

「ん……いいよ……」

 それ以降、会話が途切れてしまった。
 晶は目を閉じ、ずっと眠ったような感じで、何も喋らない。
 俺も、喋るどころか、動くことも出来ずに、晶の横顔を見つめていた。

 部屋の中に、晶と、俺の息づかいだけが聞こえる。
 静かな部屋は、俺の覚悟を決めるには、十分すぎる静寂だった。

 もしかしたら、また晶と会えなくなるかもしれない。
 晶に、何かを言うのも、これを逃したら最後かもしれない。
 そう思うと、覚悟を決めざるを得なかった。

「あのさ、晶」

「んー なに?」

「お前さ、綺麗になったよな」

「なっ」

 晶は、真っ赤になってタオルケットの中に、鼻から下を隠す。
 怒った表情で、俺を見つめてくる。

「綺麗って言ってるんだよ、素直に喜べよ」

「そりゃあ……嬉しいけどさー なんだかだいすけに言われると変に勘ぐっちゃう……」

 それでも嬉しいのか、晶は段々笑顔になっていく。
 俺も、釣られて笑顔になっていく。

「でも、髪の毛切ったからって……だいすけって単純ー」

「そんなんじゃねぇよ」

「じゃあ、何だってそんな事言うのよぉ」

 再びむくれてしまった晶を見て、俺はため息をつきながら答える。

「お前、5組の羽田って奴と付き合ってるんだって? 恋する奴は綺麗になるっちゅーか、なんていうか」

「えっ……」

 晶の顔が、曇る。
 その表情を見ているだけで判った。
 やはり、そうなのだと。

「なんで、そんなこと知ってるの……?」

「良平が言ってたぞ。ほとんどみんなに分かられてるだろ」

「りょうへー……ああ、村井君ねぇ……へぇ、そうなんだぁ」

 晶は、俺から視線を外し、天井を見つめる。
 そのまま、会話が途切れた。
 俺にとって、この沈黙は、ナイフで切られるかの様に感じた。
 もう少しすると、俺は残酷に殺されるのだろう。
 あいつと、付き合っているという言葉をナイフにして。

「本当に、そう思ってるの……だいすけぇ」

「ああ……二ヶ月前から、お前は俺にも会わなくなって……姿形も変わった。
 何でだろうってずっと悩んでたけど……
 付き合ってる相手が出来たって思ったら納得いったよ……
 納得なんて、いきたくなかったけどっ!」

 そう、吐き捨てるように言う。
 唇がわなわな震える。

「どうして……だいすけは納得行かなかったの……?」

「お前が……お前が好きだって気づいたから!
 お前と15年間過ごしてきて……やっと気づいたから……
 付き合ってるなんて……納得行かなかった……」

 言ってしまった……
 やっと、言ってしまった……
 これで、俺たちは終わりだろう。
 幼なじみという関係から、俺たちはどこまで落ちるんだろう。
 不安で、たまらなかった。

「そっかぁ……こんな時に告白されちゃうなんてねぇ……
 これで私たちの幼なじみの関係も終わっちゃうのかぁ」

「ああ……」

 俺は、晶と目を合わせられなかった。
 これほど、晶を怖いと思ったことはなかった。
 好きなのに……
 何故こんなに怖いんだろう。

 だが、いきなりその重い雰囲気がぶちこわされた。
 晶が、笑い出したのだ。
 腹を抱えて、思いっきり。

「あははははっ あははははっ おっかしぃー」

「なっ 何笑ってんだよ、お前はっ」

「だって……あはははっ はははっ」

 晶は、暫くそう笑っていた。
 俺は不機嫌な顔をして、晶を睨み付ける。

「はぁ……はぁ……」

「やっと収まったか……
 そんなに、俺と幼なじみを辞められるのが嬉しいのか……?」

「あははっ そうじゃないよー
 ただ、だいすけが、素直に信じちゃってるのがおかしかったからぁ」

「はぁ?」

 この時の俺の顔は、どんなに間抜けだったのだろう。
 晶には、どのように映ったのだろう。
 俺には考えられなかった。

「告白はされたんだ……うん、7月の始めにねー
 でも、断っちゃった……
 告白された時に、ふっとだいすけの顔が出てきてねー
 私はその時に、だいすけのことが好きだって気が付いちゃった」

「へっ……
 じ、じゃあ、何でお前はあんなに……それに俺とも……」

「綺麗になりたかったんだ……
 だいすけって、ずっと私のこと、邪険にしてたでしょー
 だから、振り向いて貰えるように、綺麗になりたかった……」

 見たこともない、晶の真剣な眼差し。
 微笑みながらも、真剣な眼差し。
 俺はすぐに、晶は冗談や嘘を言っているのではないと気が付いた。

「でも、やっぱり会うのが恥ずかしかった……
 それに怖かったー
 だって、お化粧して、髪を切っても、だいすけに気に入って貰える保証なんてなかったからねー」

「馬鹿野郎っ」

 俺は、晶に抱きついていた。
 思わず、晶に抱きついていた。
 怒りからでも、驚きからでも、喜びからでも、その他どんな感情からでもなかった。
 ただ、気が付いたら、抱きついていた。
 晶は、そんな俺をそっと抱きしめて……
 優しく、頭を撫でてくれた。

「いや、俺が馬鹿だったんだよな……
 晶のことに、全然気が付かなかった俺が悪いんだよな……
 すまん……俺が大馬鹿者だよ……」

「だいすけのせいじゃないよー
 だって、ずっと二人ともそうだったし。
 私も気が付かなかったのがいけないんだしねー」

 晶の胸の中は、とても暖かかった。
 そして、安心した……
 おそらく、母のお腹の中に居ることを覚えていたのなら、同じ心地よさだと思えるぐらいに。

「晶……俺は晶のことが好きだ……
 だから、もうそんな心配はしないでくれ……
 怖がったりしないでくれ……
 俺は……晶を離したりはしないから……」

「うんー ありがとー だいすけぇ……
 私も、だいすけの事、好きだからぁ……
 だいすけも、心配とか、しなくていいよぉ」

 晶が、一瞬、ぎゅっと俺を強く抱きしめてから、離す。
 俺の顔を優しく両手で押さえてから、目を閉じて、顔を近づけてくる。

 ああ、俺は晶とキスをするんだ……
 そういえば、幼稚園の時は時々してたっけ……

 9年振りの晶とのキスは、どんな感触なんだろうか。
 迫ってくる晶の顔を見つめながら、そう思った。
 だが、その時……

「だいちゃ〜ん、帰ってきてるの〜?」

 ドアの外から聞こえる、母親の声。
 俺たちは思わず、思いっきり離れた。

 俺は、抱きしめられた時に乱れた髪の毛を直して、晶は、タオルケットを直してベッドで目を閉じる。
 全てが終わった瞬間、母親が入ってきた。

「あら? 晶ちゃん珍しい……じゃなくて、どうしたの?」

「ああ、貧血で倒れてさ……家、開いてなかったからうちで寝かせてるんだ」

「そう……あ、冷たい飲み物持ってくるわね」

 母親が、そう言い部屋から出ていく。
 階段を下りる音を確認してから、俺は笑い出した。
 ベッドの中で、晶も声を殺して笑っている。
 それは、母親が、オレンジジュースを持って戻ってくるまで続いた。

 親が夕食の準備をするために部屋を出ていってから、俺たちは、何度目かの。
 恋人になってからは、初めてのキスを交わした。
 それは、夏の終わりの、恋の始まりを決定づけた。




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