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Saho Original Novel



鳥籠姫


by 高津 沙穂




 私は、学校が大好き
 家にいるよりも、外にいるよりも

 家は、大嫌い
 いつも、暗い雰囲気
 夜になると、罵声が飛び交う
 その矛先は、私にも向く

 父と母は仲が悪い
 理由はよく解らない
 でも、顔をあわせるたびに喧嘩をしている

 私も、望まれて生まれてきたわけじゃない
 父の遊びで母を抱いて産まれた子
 母の親が子供が出来たならと強引に勧めた結婚

 そう、私は両親を繋ぐ一本の糸
 切れそうで切れない、一本の糸
 両親共々、切りたくて仕方がない、一本の糸

 だから私は逃げる
 学校へと
 ここならば、両親は私の悪口を言えない

 それ以外にも二つ、学校が好きなことがある

 一つは、絵
 小学校の頃描いた絵が、コンクールで金賞
 それから、ずっと描いている
 絵を描いているときは、何もかもが忘れられた

 もう一つは……

「紗悠」

「ん……あ、吉伸くん」

 キャンバスから顔を上げる
 そこには、一人の男の人
 隣のクラスで、陸上部のエース
 とっても格好いい
 いいところをあげたらきりがないくらいの

 そんな彼は、私の恋人
 二ヶ月前に告白されて、付き合いだした。

 毎日欠かさず会って
 毎日欠かさず話して
 毎日欠かさず微笑みあう
 夢のような一時をくれる

「そろそろ、終われそうか?」

「部活、終わったの?」

「おう、さっき。帰ったかと思って、走って来ちゃったよ」

「あはは、しょうがないな……私が置いてくわけないじゃん」

 彼が、私のキャンバスを覗き込む
 そこには、まだ未完成の絵が描かれている

 広い
 とても広い青空
 白い雲が浮かび、光が集まっている

 私は、この空の絵が大好き
 キャンバスに描かれた空ならば
 私は鳥になれるから

「どうする? 帰ろうか?」

「うーん、どうしようかな……」

 彼が、隣の席に座り、肩を寄せてくる
 ほんのりとした暖かみを感じるような気がする
 それをきっかけにして、私は決めた

「もうちょっとがんばってく。ここ、何描くか決めたいから」

 私が指差したのは、キャンバスの丁度まん中
 青空の中で、ぽっかりと空いている部分
 何を描くか、決めかねている部分

「ん、そっか、何分ぐらい?」

「んー………………三十分ぐらいいい?」

「ああいいさ。教室で待ってるよ」

 そう手を振り、駆けて教室から出ていく彼
 その背中に、もう一度惚れ直す

 キャンバスに向き直り、考える
 この青空に、一番似合う物は何か
 この青空を、舞うべき物は何か

 真剣に考えた
 真剣に考えたつもりだけど
 私の頭の中から、彼が離れない

 彼に告白されてから初めて、この絵を描き始めた
 だから、やっぱり、彼を描きたいのかな
 彼の後ろ姿を思い出すたびに
 彼を描きたいという想いが膨れ上がっていく

 よし
 やっぱりそうしよう
 彼をモデルにして、彼をここに描こう

 そしたら、今までで一番いい絵が描けそうな気がする
 ううん
 きっと、そうに違いない

 そう思いたつと、いてもたってもいられなくなった
 一分一秒でも早く、彼に伝えたかった
 あなたを、描かせて、と

 足早に美術室を出て、彼の教室に向かう
 そこは、美術室から、かなり離れたところにある
 その遠さが、もどかしかった

 そして、彼の教室の側へと辿り着く
 すると、中から声が聞こえてきた

 一つは彼の声
 もう一つは、陸上部のマネージャーさんの声

 陸上部の練習の打ち合わせか何かかな
 だとしたら、邪魔しちゃいけない
 彼が私が絵を描くのを邪魔しないように
 熱中している物に入り込んじゃいけないから

「ねぇ、あのこ……紗悠だったっけ、まだ付き合ってるの?」

 美術室に?戻ろうと振り返った瞬間、教室の中からそんな声が聞こえてき
 思わず、足を止めてしまう
 神経が、何故か耳に集中してしまった

「ああ、そうだけど?」

「ほんとに?」

「いいじゃねぇか、可愛いんだからさ」

 聞いちゃいけない
 何かがそう告げていた
 でも
 聞かなくちゃいけない
 そんな想いもこみ上げてくる

 足が動かない
 正確には、そうじゃない
 足は、美術室へとは動かなかった
 動いた方向は、教室と廊下を隔てるドアの所
 体は既に、心とは別に、聞く体制に入ってしまっていた

「エッチはしちゃったわけ?」

「いや、まだ、他の娘で忙しくてね」

「ふぅん、目指せ百人斬り、だっけか、何人まで進んでるの?」

「十八人。ま、結婚するまでには達成するさ」

「馬鹿ねぇ、男って。そんなんで競ってどうすんのよ」

 ゆっくり
 ゆっくりとドアから離れる

 私には解ってしまった
 彼が話していたことが

 次第に、頭の中が真っ白になる
 何も考えられなくなる

 気がついたときは、美術室の中だった
 自分のキャンバスの前
 つい、今までのことは夢だったんじゃないかと思ってしまう

 でも、頭にこびりついた彼の言葉は離れない
 否定したくても、出来なかった

 キャンバスに頭をのせる
 私の重みに、軋んだ音がした

 もう、さよならを言おう
 彼には、さよならを
 少しだけ、夢をくれて、ありがとうといって

 やっぱり、おかしかったんだ
 あんなに格好いい彼が
 絵以外に取り柄のない私を好きになってくれるはず、なかったんだ
 もっと早く、おかしさに気がつくべきだった……

 そのまま、目を閉じる
 もう、私には、絵しかない
 家族とは仲が悪く、彼氏も失って、友達もいない
 こんな私には、もう、絵しか……

 次第に、眠気が襲ってきた
 私は抗うこともせずに、それを受け入れた


「紗悠、終わったか?」

 吉伸が足早に美術室に入ってくる。
 だが、そこには紗悠の姿はなかった。
 準備室も覗いたが、人影すらなかった。
 ただ、彼女のキャンバスだけが、そこに残されていた。

 吉伸は、キャンバスを覗き込んだ。
 先程まで空白だった場所に、絵が描き込まれていた。

「あれ、もう描いたのか……』
 でも、これ……」


 私は、夢を見ていた
 大空を飛ぶ夢
 鳥になって、大空を飛ぶ夢
 ずっと、こうしてみたかった

 さめないで欲しい
 ずっとこうしていたい
 この空だけでいい
 欲張らないから……

 私を愛してくれなかった人達を
 全て捨てていいから……

 私だけがずっと
 この世界を愛するから……




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