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original Story



二人で一つ


by 作者




 朝起きて、目が覚めて
 雨の音が聞こえると、憂鬱になる

 その音を聞くだけで、一日中やる気がなくなる

 どうして雨なのに、学校に行かないと行けないんだろう
 こんな日に学校に行ったって、いいことなんて一つもないのに

 荷物を雨避けしないといけない
 傘を差さないといけない
 ズボンが濡れるのを気にしないといけない
 靴が湿って足許が気になる
 例え、濡れなかったとしても、トラックが横を通ったら、水を引っかけられるかも知れない

 だからって、家にいても同じかも知れない
 雨の日は、何故か色々なことを考えてしまう
 過去
 今、この一日
 未来
 どれをとっても、俺にとってはいいことじゃない

 それに、雨の音は、なんだか怖い
 心を引き裂かされるように、怖い
 不安ばかりが、心の中に募っていく

「幾人! 早く学校行かないと遅れるわよ!」

 しかし、容赦なく、母親の急かす声が聞こえる
 やはり、俺は、こんな中を、学校に行かないといけないのか
 気分はどんどんと滅入っていく

 傘を差して、家から出る
 雨は、容赦なく降っている
 このまま引き返したい
 そんな気分にさせるには十分なほど、降っている

 傘の花が開いている住宅街の道端を歩く
 目の前では、飛び跳ねるように歩いている小学生
 一体、なにがそんなに面白いんだろう……
 雨なのに

 二十分ほど歩けば、学校が見えてくる
 ここの県民ならば、誰もが知っているマンモス校
 学校がもう見えてるのに、まだまだ歩かないといけない
 そう思うと、憂鬱でならない

 その時、ふっと目のはしに、小さな公園が映った
 いつもならば、見逃していた小さな公園
 その時の俺は、何を思ったのか、立ち止まって公園の方に顔を向けてしまった

 公園のまん中には、一人の女が立っていた
 何をするでもなく
 ただ、じっと佇んでいた
 驚いたのは、その女は、傘を差していなかったのだ

 なんだあいつ、変だ
 そう思わざるを得ない
 この雨の下で、ずぶぬれになって
 いいことなんて無いはずなのに
 その女は、ずぶぬれになって立っていた

 セミロングの髪の毛
 白いブラウス
 ふわふわと舞うはずのスカート
 全てが、雨に濡れて、重く沈んでいた

 関わりたくなんて、無かったはずなのに
 とっとと教室に行って、雨に濡れた部分を乾かしたかったのに
 俺の足は何故か、その女の元に歩き出していた

「あんた、なにやってんの?」

 傘を差しだして、聞いてみる
 その女は、俺が差しだした傘を見て、一瞬迷惑そうな顔をした
 へんなやつ、と思いながら、傘を引っ込めた

「ん〜? あはは、何でもないよ」

 その女は、笑顔でそう言った

「あ、あなた結城学園の人だね」

「そうだけど、何か?」

「学校、遅れちゃうよ?」

 女が俺から視線を外した
 その方を振り返ってみると、俺と同じ制服を着た奴らが、駆け足で学校に向かっていた

「そういうあんたは、結城女子だろ?
 いいのか、こんな時間にこんな所にいて」

 ここから、結城女子までは、10分はかかる
 たしか、始業の時間までは、そう変わらなかったはずだ
 つまり、俺は遅刻しそうだが、この女は確実に遅刻、と言うことになる

「いいの……あたし、今日はさぼるから」

 ふっと寂しげな笑みを浮かべて、空を見上げる
 そんな女に、雨は容赦なく降り続いていた

「いいのかよ、親、心配すっだろ?」

「あはは……うちの親が? ないない」

 再び笑顔で、俺の方に向き直った

「でも、遅刻はいいとして、なんで傘も差さずに立ってんだよ」

「ん? 頭冷やしてた」

「頭?」

「そう、こいつ、よ?」

 女は握り拳を作り、舌を出して頭を小突いた

「なんか、あったのか?」

「なんかって?」

「え、えっと……あ、頭を冷やさないといけないような何かだよ」

 女は視線を少しさまよわせてから、唇の端を歪めて答える

「乙女の秘密」

 その不意の一言が、俺の笑いの壺に入った
 声を上げて大笑いしてしまう

「な、なによ〜 その笑いはっ」

「だ、だってさー あんた、乙女ってガラじゃなさそーだし」

「うわ、しっつれいね〜 それに、あんたあんたって言うのやめてよね、ちゃんと名前あるんだし」

「ちょっとは自覚しろよなー あ、俺は神田幾人」

「あたしは前川井吹 よろしくね」

 井吹が手を出してくる
 俺も手を出して、井吹の手を取った
 冷たくて細くて小さい手
 少しだけ、手を離すのが惜しかった

「あのさ、幾人、雨って好き?」

「いきなり呼び捨てかよ……
 で、雨か? 俺は嫌いだな、なんか憂鬱になる」

「そ、残念
 あたしは好きなんだけどな……雨」

 また寂しげな表情で、空を見上げる
 何でこんなに悲しい表情をするんだろう
 井吹が好きな雨の下なのに

「雨ってさ、なんだか安らぐんだよね〜
 何でも洗い流してくれそうな気がするし
 こうやって浴びてるとさ、気持ちいいし、それに……」

 そこまで言ってから、俺に背を向けて呟く

「雨に濡れてると、泣いてても気づかれないんだよね……」

 その井吹の背中は、とても淋しそうで
 とても儚げで
 とても小さくて……

 さっき、初めて会ったばかりなのに
 井吹のことがとても心配に思えてくる
 何か声を掛けようと、井吹に向かって一歩踏みだそうとする
 だが、それより早く、井吹は思いっきり早いスピードで振り返った
 満面の笑みを浮かべて

「ね、幾人、あたしの家に来ない?」

「はぁ? お前、何言ってんだよ」

「ね、いいでしょ? おねがい、ね?」

 顔の目の前で手のひらを合わせて、お願い、のポーズ
 俺は、井吹のペースに完全に飲まれていた
 一瞬でも気を抜くと、違った井吹に変わっていくのが、怖くもあり、面白くもあったからだ

「んなこといったって、学校どうすんだよ」

「あたしはさぼりって決めてるし〜
 それに、幾人だって、ほら」

 井吹が、手のひらを耳の後ろに当てて、聞くことに集中している
 俺もそれに習って、何の音がするのだろうと、聞くモードに入った
 すると、すぐにその音は聞こえてきた
 うちの学校の、授業が始まるチャイムの音だった

「あーっ!」

「いまからじゃどうあがいたって間に合わない
 どうせ遅刻なんだったら、一時限ぐらいぶっちぎっちゃってもOKだよね」

「むぅ……まあ、いいけどさ……」

「んじゃ決まり〜♪」

 弾んだ声でそう言うと、俺の腕を掴んで引きずる
 いきなりの事に、体がつんのめってしまう

「こら、俺はお前に家に行くとは言ってないっ
 あくまでも遅刻はいいかって言っただけだっ」

「大丈夫、あたしの家、ここから近いからさ〜」

「そう言う問題じゃないっ」

「え? コーヒーが欲しいって? 大丈夫、うちちゃんとあるから〜」

「勝手に話を進めるなっ」

 無理に抵抗することも出来ずに、俺はそのまま、井吹の家に行くことになってしまった

 


「おじゃましまーす」

「いいよ、うち共働きだから、誰もいないし」

 井吹の家は、井吹が言ったとおりに、結城学園から近かった
 リビングに通され、コーヒーを待ちながら
 井吹は、結城学園に通った方が楽じゃなかったか、などと考えてしまう
 井吹には井吹なりの考えがあるのだろうから、俺が考える事ではないが

「おまたせ〜」

「おぅ、って、おい、コーヒーなんて風呂にでも入ってからにしろよ」

 井吹は未だに、ずぶぬれの格好だった

「風邪引くぞ」

「ん〜 確かにちょっと、寒いかも」

「風呂入ってあったまって来いよ 別にのぞきゃしないからさ」

 コーヒーに角砂糖を一つ入れる。
 同じソファに座った井吹のコーヒーを見てみると、今まさに角砂糖を5個ほど投入しようとしている所だった
 俺は苦笑しながら、コーヒーを口に含んだ

「へー、意外と優しいところあるんだね、幾人って」

「意外って……お前な、どんな奴だって思ってたんだよ」

「じゃあさ、自分で優しいとか思ってる自意識過剰君
 あたしを抱いて温めてよ」

「ぶーっ」

 突然の井吹の科白に、思わずコーヒーを吹き出してしまう
 大部分は、テーブルの上にぶちまけてしまったようだ
 絨毯に落ちたらシミ物だからな……ある意味良かったか

「わっ きたな〜い」

「お前が馬鹿な冗談言うからだろっ」

「冗談でも、ないんだけどな……」

「えっ……」

 井吹が俺にゆっくり近づいて来る
 俺の腕に腕をくっつけてから、身を乗り出して
 顔を近づけて
 唇が、合わさった

「ん……」

 何秒そうしていたか判らなかった
 だけど、結構長い間、俺と井吹は唇を重ねていた
 そして、二人同時に、唇を離した

「お前、いつもこんなことしてるのかよ」

「え? そんなことないって〜」

「じゃあ、何で……」

「なんとなく、かな……
 幾人が、なんか淋しそうな顔をしてたからさ」

「俺が?」

 井吹は立ち上がり、ドアの所まで歩いて行く
 ドアのノブに手を掛け、半分開けてから、顔だけ俺の方に向けてから、答えた

「うん、淋しそうな……つまらなそうな……そんな顔
 晴れの日のあたしの表情に似てるから……
 だから、気がついちゃったのかもね」

「井吹……」

「あたし、お風呂に入ってくるね
 ちゃあんと暖まってくるから
 いくらあたしが魅力的だからって、覗いちゃ駄目だぞ」

「だ、誰が覗くかよっ」

「あははっ じゃあね」

 リビングのドアが、音を立てて閉まる
 遠ざかっていく足音を聞きながら、俺は、俺の中で、何かが変わっていくのを感じていた


 井吹の家は、親の喧嘩が絶えないらしい
 何かにつけて喧嘩をして
 でも、世間体が悪くなるからって言って、離婚もしない

 雨の日は、父親が、会社に遅れないようにと、早めに出るから、母親と顔を合わせないために
 喧嘩は起きないらしい

 だから、井吹は、両親が喧嘩をしない雨の日が好きなのだ
 例え、それがつかの間の休戦であって、根本的には解決していないとしても
 その為に、公園で一人、雨に打たれて涙を流したりしていても

 俺とは正反対、だけど二人で一つ、そんな気がしていた
 俺は井吹ほど、深くて重い理由を抱えてはいないけど
 二人で居ることに、ほっとしている自分が居る

「あはは、話し込んじゃったね〜 いろいろ」

「ああ、そうだな」

「もうお昼回っちゃったよ〜 ま、たまにはいいよね、こんな一日も」

「ああ、そうだな」

「もうっ なんだか幾人、上の空だぞっ」

 二人でいる安堵に身を委ねていた俺の唇を、また井吹がそっと奪った
 やっぱり、悪くない
 雨の日も、悪くない

 俺は立ち上がって、井吹の背後に回る
 そして、後ろから、肩を優しく抱いた

「ああ、雨も、全然悪くないな
 井吹がいれば、全然悪くないな
 くそ、もっと早く井吹に気づいていたら、無駄に悩まずにすんだのにな」

「そうだよ〜 まったく幾人は馬鹿なんだから」

「ああ、大馬鹿者だ
 こうして井吹と居ると、悪くなんて無いこと、知らなかったなんてな」

「あははっ 言うねぇ
 あたしも、幾人と居ると、全然悪くないよ
 嫌なこと全部忘れちゃう
 幾人のこと、悪く無いどころか、大好きだから……」

 俺達はその後、三回目のキスをした


「あ〜も〜 すっごい晴れてる〜
 雨降ってたのが嘘みたいだね〜」

 その後も、二人で色々話し合って、もう時間は十六時になっていた
 あれだけ振っていた雨もやんで、虹まで出ている
 しばらく、二人で青空を見上げていたが、不意に井吹との別れが惜しくなってきた

「なあ、井吹」

「な〜に?」

「あのさ、また雨が降ったら……
 ここに遊びに来てもいいかな」

 俺のそのお願いに、井吹は思いっきりの笑顔で答えてくれた

「うん、大歓迎♪
 でも……」

 だけど、俺は大いに、自分の発言に後悔することになった

「晴れてても、いいんだからねっ
 それとも……あたしの晴れの日の憂鬱は、解消してくれないのかな?」

 俺は、ごまかすように、井吹を抱きしめて……
 四回目のキスをした

「井吹が寂しがってたら、不安だったら、泣きたくなったら、いつでも飛んでくる」

「うん……ありがと、幾人」

 ゆっくり井吹を離して、門を出て、道路を歩いて行く
 姿が見えなくなるまで、井吹は俺に向かって、手を振ってくれた
 俺も、出来るだけそれに答えて、帰り道を歩いて行った

 これからは、俺は雨の日でも、全然憂鬱じゃない
 苦痛も感じないし、やる気だって湧いてくる

 全ては、井吹と二人で一つになるために




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