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Kanon Another Story



冬のなごり、砂浜にて


第1話

by Schelmie.N



計画したのは、栞だった。いや、最初は彼女の願望に過ぎなかったものが、紆余曲折を経て形あるものに変わってしまったのだ。香里は何も言わなかった。その表情は憂いがあったが、ただ、自分も着いて行くいうことで話はまとまった。休み中の計画がだいなしだわ、と小言が漏れていた。

「まあ、夏だしな。海に行かなきゃどうする、って気もしないわけじゃない」

水着売り場でビキニの伸び具合をチェックしながら、祐一が呟いた。舞のゲンコツが飛んできた。

「…変態」

「しょーがねーだろ?いったいいつまで待たせる気だ?女性陣全員が水着を決めるまで、女性服売り場で俺は何をしていればいいってんだ」

「誰もここで待っててなんて言ってない」

名雪が眉間に皺を寄せる。ビキニのサイズを見ていたあゆも顔を出す。

「ん〜…これかなぁ?」

「ああ、あゆ。ビキニはやめとけ。はずれて波に流されていくのがオチだ」

「うぐぅ…それってボクがぺチャパイってこと?」

ボカッ!!バコッ!!

背後から舞、左側から真琴のグーが飛んでくる。

「…いてて……」

「あんた、ほんっっっとに最低ね!」

舞も呆れ顔だ。その場に居づらくなった祐一は、仕方なく旅先のパンフレットを探しに出た。


どうせなら少し遠出がしたい、と祐一は思った。ここは夏でも涼しいほうで、外の空気を知っている人間にとっては、夏の雰囲気を楽しむには、いくらか物足りなかった。彼女達にしても、この土地から離れるのはほとんど初めてのようだし、それならいっそ常夏のリゾートを味わわせてやりたいと思った。といっても海外は無理だ。予算の面でも、栞の体調を考えても。国内でもあまり南下するのは無理かもしれない。祐一は少し悩んだ。旅行雑誌の地図を指でなぞりながら、眉間に皺を寄せた。

「どこへ行くか、決まりましたか?」

背後から栞の声がかかった。デパートの買い物袋には、どんな水着が入っているのか、祐一は楽しみだった。栞は泳げないかもしれない。ずっとパラソルの下かもしれない。でも、それはそれで画になる、とおもった。夏の日差しの下、栞の白い肌はきっと美しいはずだ、とおもった。

「あと、日焼け止めクリームが欲しいんです。一緒に買いに行ってくれますか?」

ああ、と短く答えて、栞を売り場まで連れて行った。他の女性陣はまだまだ時間がかかりそうである。



「あの…本当によかったんですか?」

途中、栞が呟いた。うつむき加減に、デパートの袋を両手に握っている。

「いいもなにも、全員賛成で決まったことだしな。行きたいのは栞だけじゃない。自分がみんなを巻き込んだ、みたいな気持ちがあるんなら捨てたほうがいい」

栞のことだから、きっと言い出すに違いない、とは思っていた。だからその答えもある程度準備されたものである。

「じゃあ…素直に喜んでいいんですよね?」

「大袈裟に考えるなよ。楽しいときは楽しい。喜んで楽しもうぜ。ほら、バレリーナみたいに踊りながら『ラララ〜♪、楽しいな〜〜』って」

祐一がやって見せる。店の柱にぶつかって転んでいる姿が、栞にはおかしかった。お腹をかかえて笑っているうちに、栞は本当に楽しくなってきた。





「じゃあ、場所が決まったら教えてね〜」

買い物が終わると、途中でお茶をしてから解散になった。舞と佐祐理だけが、まだ商店街に用があるといってそちらに向かった。

「最初に場所とかを決めておかないところが祐一らしいよね〜」

真琴が言うと、なぜかバカにされているような気がした。

「お前だけは決まってる」

「へ?私だけって?」

「離れ小島に島流しだ」

祐一が逃げる。真琴が拳を握って追いかける。名雪がそれをさらに追いかける。おかげで帰宅時間は短縮された。

「ただいま」

玄関をくぐった3人は汗びっしょりだ。

「おかえりなさい。祐一さん、さっき香里ちゃんから電話があったわよ」

「え?名雪じゃなくて、俺にですか?」

靴ひもがほどけないので、祐一は下をむいたまま話した。

「ええ。まだ帰ってないって言ったら、じゃあいいです、って」

「かけなおす必要はない、ってことですか」

「そうみたいね」

名雪は洗面所へ向かった。

「あう〜、秋子さ〜ん、お腹すいた〜」

「はいはい」

祐一ひとり、玄関に取り残された。祐一は靴ひもと戦いながら、香里が電話した理由を考えていた。栞のことがからんでいることは間違いない。栞の願いを安請け合いしてしまったことを怒っているのだろうか。あまり賑やかなことは好まない香里のことだ。あまり大勢で行動するのが憂鬱なのかもしれない。それとももっと別の次元の話しか。

「なんだろうな」

女性の心理はこの靴ひもに似て解け難い。祐一はそう思った。

つづく


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