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Sentimental Graffiti Short Story



松岡千恵 ― 黒い殺し屋 ―




by 健太郎



東京は眠らない街だ。そんな深夜の東京の繁華街にギターを弾きながら歌っている女性がいた。彼女の名前は松岡千恵。高校を卒業して福岡から上京してから2年になる。
そして千恵が大切な人を亡くしてからもまた2年だ。
2年前まで千恵はミュージシャンになる為にバンド活動をしていたが、大切な人を事故で亡くして以来その夢も彼女にとってはどうでもいいものになっていた。
しばらくは何もする気になれず、抜け殻のような生活が続いた。
しかしショックから立ち直れない千恵を気遣う周りの目に耐え切れなくなって、逃げるように上京してきた。
それからはほとんど毎晩ストリートミュージシャンとして歌いつづけている。

今晩も千恵が歌い終えるたびに4・5人のギャラリーがギターケースに小銭を投げ入れてくれる。
「スタンドバイミーを頼むよ」
声のしたほうを見ると見なれた男がいた。1ヶ月ほど前からたまに聞きに来ている。
男はいつも黒いスーツを着ていて、必ず『スタンドバイミー』を注文する。
千恵が歌い終えるまで男は目を瞑って聞き入っていた。歌が終わると男は懐からメモを取りだし、それをお札に包んで帰っていった。
それを確認した千恵も早々にギターを片付けて引き上げた。

千恵は都心からさほど離れていない所にワンルームマンションを借りている。その部屋は女性の部屋とは思えないほど殺伐としていた。家具もほとんど無く、最低限のものしか置いていない。
部屋に戻ると知恵はすぐに男が投げ入れた包みを確認する。メモにはコインロッカーの物と思われる鍵が包まれていた。メモにはこう書かれてある。
『新宿駅、例のコインロッカー、4日後までに確認せよ。』
千恵はメモを破り捨て、ベッドに思いきり横になった。
しばらく何も考えずに天井を見つめる千恵に、ふと2年前の日々が蘇った。
もう2度と訪れないあの人との日々。
気がつくと千恵は泣いていた。
千恵は涙を拭うと記憶と、どうしようもない苦しみを奥深くに閉じ込めた。
そして睡魔が自分を苦しみから解放してくれる事を祈りながら目を瞑った。

千恵が目を覚ますと時間は午後1時をまわっていた。
ちらりと鏡を見ると目が赤くなっていた。恐らく寝ている間にも泣いていたのだろう。
千恵はそんな自分が嫌になり思い切り壁を殴りつけた。
拳を見ると血が出ていた。血を舐めてふき取ると、シャワーを浴びた。
シャワーが終わると、コインロッカーを確認するために新宿駅に向かった。

新宿駅のコインロッカー。千恵がここを開けるのは確か4度目だ。
ロッカーを開けるとそこには白い紙袋が入っていた。
千恵は中身を確認せず、すぐに最寄のトイレに入る。
トイレの個室で中を初めて見る。紙袋には一人の男の写真と、2枚のメモ、1枚のカード、そして一丁の銃とサイレンサーと弾薬が4つ入っていた。
2枚目のメモには、写真の男がターゲットであると言う事と男のスケジュールが書かれていた。
千恵は5分ほどメモを見て暗記するとそれを水に流した。弾丸を銃に込めて腹にズボンで挟み、サイレンサーは尻ポケットにいれて部屋に戻った。

4日後『計画』を実行する日が来た。
千恵はいつもよりも厳しい顔つきで鏡の前に立つ。軽い化粧をして、黒いスーツを着て胸ポケットには大きめのサングラスを入れる。
サイレンサーはズボンのポケットに入れ、銃は弾丸を確認して内ポケットに入れる。
そして最後にカードを手に取り『仕事場』へと向かう。
今回の仕事場はある有名な高級ホテルだ。そこの一室にターゲットの男がいる。

午後16時30分ホテルに到着した。
玄関前にきて千恵はサングラスを掛けた。
中へ入るとまっすぐにエレベーターへと向かう。行く先は最上階にの一番豪華な部屋。
俗に言う『スウィート』と言う部屋だ。
エレベーターから降りると『No001』と書かれたドアの前で立ち止まった。
千恵はすっと例のカードをキーに通す。
ノブを回すとすんなりどドアが開く。
中に入ると奥から女の喘ぎ声が聞こえてきた。どうやらターゲットは女と行為の最中のようだった。
千恵は声のする方へ入っていく。一つの部屋の前に来るとガチャリとドアを開けた。
そこでは千恵が入ってきた事にも気付かず男女が互いを求め合っていた。
千恵は相手が気付くまで何もせずにただずっと立っていた。
やがて行為が終わると千恵の存在に気付いた女が悲鳴を上げる。
男は不審そうにベットから起き上がってはじめて千恵に気付いた。
「誰だ!お前は?」
そう男は尋ねたが、千恵は問いに答えず。サングラスを外して胸ポケットにしまった。
男は知恵の美しさに圧倒されたのか、ハッと息を呑む。
千恵はサイレンサーを取りだし、銃に取りつける。
銃を見て男はゴクリと息を呑んだ。偽者だと思わなかったのは、千恵の殺気のせいだろう。
男は恐怖のあまり震えながら後ずさりを始めた。女もまた恐怖のあまり声も出ない。
銃口を男に向ける千恵の顔は微笑んでいた。
嬉しかったのだ。男の千恵を死を運ぶ悪魔として見るような恐怖の視線が。
この視線を浴びるたびに、自分はあの苦しみから少しずつ解放されていくような気がする。
もう千恵は大切な人を失いたくない。だから今はほとんど人間と関わっていない。
しかし、以前の苦しみは残っている。苦しみを忘れるには今の千恵にはこれしかない。
だから千恵は微笑んで引き金を引いた・・・・



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