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Original Story



〜灰色のシラード〜


生きる生きないはお前の勝手だ…(2)

by 如月想一




 いつごろからだろうか…? 
 この髪までもが、《鋼鉄》の色に染まってしまったのは… 。
 『あの男』を倒してからだろうか? それとも、『不死』の宿命を背負ったときからだろうか?
 究極の力たち…。『あの男』を倒すためだけにこの世に生み出されし"偽物"たち…。
 不完全を冠した者たち…。《魔王》と呼ばれし最弱のモノたち…。
 "役立たずな"女王(クイーン)、"無責任な"城兵(ルーク)、"神を信じない"僧侶(ビショップ)、"臆病な"兵士(ポーン)"裏切る"騎士(ナイト)。そして、"孤独な"王(キング)…
 全ては弱点を持つ。そしてそれ故に抱える《最強》と言う名の絶対矛盾。
 それを抱えしモノが《魔王》だとしたら…自分は…?
 『弱点』を持たない、絶対無敵の『あの男』を倒した『お前』は…
 
 ……………………『誰』…?

   ***

「俺は納得できないっ!!」
 怒声とともにばんっと派手にテーブルが揺れた。じいんと両の掌に伝わる痛みに、ミランは自分がそのテーブルを思い切り叩いたことを理解する。
 そこは集落の中心近く、なぜか集落が出来る前からある立派な『塔』の近くにある長老の小屋だった。
 もともとあった廃墟を利用した建物で、この集落のどこにでもあるような最低限の雑貨品と小さなテーブルがあるだけの狭い室内の小屋。
 奥には扉があり、そこからは階段がずっと続いている。この平和な集落には似合わない、おそらくは『大戦』時に主に使用された地下牢に続く階段である。
 集落の誕生以来、一切使われていない地下牢には、いま一人の男が幽閉されていた。
「シラードの件か?」
 民族衣装に身を包んだその老人は、木を彫って作ったトランペットを途中で無理矢理ひん曲げたような煙草をふかしながら、静かに聞いた。
「エルダーっ!!」
 エルダーとは村の長老に対する敬称だった。彼はその名を叫び、それと同時にほぼ無意識なのだろう、彼はテーブルをまた派手に叩いた。
 ミランはいまいちまとまっていない髪にすりきれたジーンズ。長袖のシャツの上から防寒を目的としたジャケットといった、この年齢の若者には珍しい、実用性と動きやすさを重視した、飾り気のないスタイル。
 ただ右腕の腕輪が綺麗な光沢を放っていて、それが彼の趣味を表す唯一のモノであるようにも思えるその少年は、怒りもあらわに老人を睨んだ。
 その視線には、殺意までもがこもっている。しかし、その殺意は老人に向けられたものではない。地下に幽閉されたシラード、そして彼が所属する『企業』に向けられているのだ。
 老人は深いため息をついた。そしてミランを見る。
「ミラン…」
 その声には、悲しげな調子が混じっている。
「お前の気持ちは分かる。しかし…」
「もういいっ!!」
 説得しようとする老人を振り払うようにミランは自分の座っていた椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった。
 キッと老人を怒りのこもった目つきで一瞥し、扉を壊れそうな勢いで開き、ミランは外へと出ていく。
「もうあんたには頼らないっ!!」
 そんな叫びだけを残して。
「…………」
 あとには老人だけが残る。
「………はぁ…」
 一人しかいなくなった小屋。静かな室内に老人のため息だけが深く浸透した。
 ため息といっしょに悩みもなにもかも吐き出せたらどんなに楽だろうか。老人はそんな他愛もないことを考えつつ、テーブルに頬杖をつく。
 この集落は『企業』と各集落との摩擦による紛争からできた集落である。
 かつての『大戦』から数年、世界中を伝う情報網を確立した『企業』はわずか十年ほどで実質、世界を支配した。
 情報の制御によって世界中に成立した国家を裏から支配し、時にはそれによって故意に戦争までもを起こすという、『企業』という名の機構(システム)…
 人々は当初、この『企業』という組織そのものを恐れた。知らぬうちに情報に踊らされ、『企業』によって支配されているのではないか、と。
 だが『企業』の功績は大きかった。『企業』の、『郵便屋』と呼ばれる運び屋たちによって危険な荒野を渡ることなく遠く離れた地域の大事な人々に手紙、もしくは荷物を届けることができる。意志を伝えることができる。
 やがて、人々は『企業』を信じる、とまではいかなくとも『企業』に対して少なからぬ感謝の念を抱くようになった。
 魔獣が発生した危険な荒野を渡り、人々に手紙を届ける彼ら『企業』の『郵便屋』に敬意と憧れの念をもって接した。
 しかし、そうでない者たちもまたいたのだ。
 『企業』による支配を受け入れず、『郵便屋』たちを認めない者たちの派閥。
 後に『反発派』と呼ばれるその一団と『企業』との武力抗争は、激化する対立の構図のなかで起こるべくして起きたのかもしれない。
 しかし、結果は悲惨なものだった。
 多くの集落は焼かれ、時には殺戮そのものとなったそれは、戦いの爪痕と、生き残った僅かな人々が寄り添って暮らす本当の意味での『集落』だけを残した。
 この集落もまたそのうちの一つだ。そしてそれ故に、ミランのような『反発派』の意志を継ぐ者たち、あの抗争の爪痕は、老人の悩みの種でもあったのだ。
「苦労しているようだな」
 その声が背後から聞こえたのは、老人が三度目のため息をつきかけたときだった。
「シラード…。出てきたのか?」
 呆れたような老人の口調。そこに怯えや警戒はなく、どちらかといえば親しい友人に話しかけるように老人は背後を振り向いた。
 開いた扉と風になびいた鋼鉄のように艶やかな灰色の髪が見える。        
 すり切れた濃緑色の帽子にすり切れた濃緑色のコート。
 顔はサングラスによってよく分からないが、その灰色の髪は歴史上一人しか存在しない。「久しいな。グルーディン…」
 "鋼鉄の王"にして"裏切る"騎士(ナイト)…。《魔王》、"灰色"のシラードがそこにいた。

   ***

「くそっ!」
 闇のなか、ミランは壁に拳を叩きつけた。さすがにテーブルのように揺れることこそないが、手はその倍は痛い。
「やめなさい…」
 たしなめるような声が、目の前の闇の奥から耳に届く。優しげな、若い女の声である。 かすかに届く日の光が彼女の白い髪を映すが、闇によってその顔を伺うことはできない。まぁ、改めて見るようなことはしなくとも彼女の表情は分かる。微笑っているのだ。
「うるさい! くそっ今思い出しても腹が立つぅぅぅっ!!」
 まるで子供のようにがしがしと頭をかきむしり、手近なゴミ箱を蹴るミラン。
 しかし、彼女はその彼をただ見守っている。感情の起伏が激しいこの少年が、怒るのも早ければまた冷めるのも早いことを知っているのだ。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…」
 実際、ミランはひとしきりわめき散らすとすぐに冷静さを取り戻し、多少血走ってはいるが落ち着きを取り戻した目でこちらを見る。
「落ち着いた?」
 彼女が聞くとミランもうなずき返した。
「ああ、ごめん…。それで、どこまで話したっけか?」
「うん。いいよ。だいたいわかったから…。だいじょぶ。次の策は考えてあるし…」
「ああ…」
 ミランは頷いた。
 それがどんな策かは分からないが、彼女の策に間違いは無い。
(『企業』に、彼女のことを知られるわけにはいかないんだ…)
 彼女の説明を聞きながら、ミランは静かに決意した。

 ***

「…………」
 薄暗い地下牢。地下でありながら、一応窓が設けられており、そこから少しだが外の光景を伺い知ることが出来る。
「…………?……」
 サングラスの下の眼に大きな『塔』が映る。
 あちこちが欠け、こけやつたに覆われた明かに古い『塔』。
 グルーディンが言うには大戦期以前からの遺跡らしいのだが、その用途は不明らしい。(『あの男』…?)
 否、しかし…
「『遠吠え』…叫声魔術(キーニッシュ)…」
 キンキンと響くその声は、塔から響いてきていた。
 地下牢の闇に、シラードの右手が月のような淡い光を燃やした。 


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