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Leaf Visual Novel Series Vol.3 "To Heart"



藤田浩之の場合


by りょう



 3限目の休み時間ともなると眠気が圧倒的な勢いで襲ってくる。
もっとも俺の場合、授業は殆ど寝てるようなもんだから、寝過ぎで余計に眠くなってるのかもな……。あー、空が青いなー。青すぎて目にしみるぜ。…アホらし。
 はー……寝過ぎで喉が乾いてきたなー……。日課のカフェオレでも買いにいくかな?
雅史のヤツは……いねえ。ち、先に買いに行ったか。しゃーねえ、一人で行くか……

 のそのそと身体を起こして…と。くそ!派手な音出して倒れやがって!
―俺は椅子を片手で掴んで起こし、敵の如く蹴飛ばす。椅子は俺の意図を察したかのように自らの定位置に就いた―
 うむ。解ればよろしー。クラスの女子共の何人かがまたか、というような目でこっちを見ているのはこの際無視して、と。

 お、階段の所におわすのはあかり様じゃねーか。
「よう、こんなとこで何やってんだ?」
「あ、浩之ちゃん……やっぱり来たね」
「は?『やっぱり』て何だよ?」
時々ワケわかんねーこと言うよなコイツ。
「え…だって最近この時間よくここを通るでしょ?だからー、その――」
バツが悪そうにこっちを見上げてくるあかり。ああ…そうか。やっと状況が飲みこめた。
以前からたまにあかりはこんな態度を見せることがあったけど、
矢島の件があってからは頻繁に、俺に対してある感情を匂わせてくるようになった……

 ちょっと前に来栖川先輩と廊下で話をしていた時、ふと視線を感じてそっちを見やると、
あかりがこっちを見ていた。見てはいけないものでも見たような顔で。
目が合った刹那にそそくさとあかりはその場を去った…
俺も気まずくなって、思わず目を逸らしてしまった……

 流石にまずいと感じた俺は、あかりのあとをすぐに追った。
校門の辺りまで来た時、上着の裾をくいくいと引っ張られる感触に気付いた。
振り返ると、あかりがそこにいた。
「浩之ちゃん……一緒に…帰ろ?」
さっきのこともあったし…という訳で、フォローのつもりで俺は一も二もなくOKしたんだが……その言葉を発したあかりは、笑顔こそ顔に浮かべていたものの、瞳にはわずかに寂しげな光と、明かに不安げな影が同居していた…その日の夕映えの色は…やけに赤くて、
眩しかった。そして、少しだけ滲んでいた。俺は、夕映えも、あかりも…直視出来なかった……

 その光と影がどんな感情を、どれほどの強さを持った感情を表しているのかも、
俺には察しがついて……いや、解ってる。解っていながら俺は……

 今だってあかりは俺のことを待っていたんだ……ただ会って、ほんの少しの会話を交わす為だけに……       

「浩之ちゃん?」
怪訝そうな表情であかりがこっちを見上げてる。と、やべ。ついつい考え込んじまった。
「あ、ああ…」
「私,なにか悪い事でもした?浩之ちゃん、今すっごく怖い顔して私を睨んでたから……」
ちょっと落ち込んだような顔をしてあかりが訊いてくる。
「あ、いや、な、何でもねぇ、ちょっと,な…」
「浩之ちゃん…」
しまった!今の言い方はマズったか!?あかりが思いっきり不安そうな顔してるよ!
「い、いや、ちょっと、さ、その、考え事してただけだ、うん。」
「浩之ちゃん…」
い、いかん!ほんとのことなのに言い訳みてーになっちまったっっ!さらに墓穴を掘り進めたか!?『ふぉろー』だ、『ふぉろー』するんだ浩之!!
「と、とにかくだな、お前はなんも悪くないんだしさ、…な?」
最後の『な?』というところであかりの頭にぽん、と手を置いて、俺は平静を装った(つもり)で言った。
ついでにそのままあかりの頭を撫で撫で……
ちょっとの間、ぽけーっとした表情で俺のことを見ていたが、
ちょっとだけ笑って幸せそうに「うんっ!」とだけ頷いた。
ふいー。切り抜けられた、かな?

ハトが2羽連れ添って飛んでいった。そのまま空の青に吸い込まれていく。それを目で追う俺。
うーん、俺って詩人になれっかな?…は、ガラじゃねーっつーの。

「あっ…」
「ん?どーした?」
あかりの手が俺の肩の辺りに伸びてきて、何かをつまんだ。何だ?
「これでよし、と」
すごく満足そうに言うあかりがつまんでるのは…
「糸屑か。さんきゅ。」
「うん!」
あーあ、幸せそーな顔しやがって……きりきりと音を立てて心が痛む。
「じゃあ、俺、カフェオレ買いにいくから」

このままあかりの側にいるとどうにかなりそうだった。
情けない事に、俺はこの瞬間にもあかりから逃げることを選んじまった。
ごめんな。悪いのは……俺の方だ。
「あ、うん。じゃあね、浩之ちゃん」
くっ…頼むからそんな追いすがるような目で俺を見ないでくれ……

幸か不幸か、丁度琴音ちゃんがその場を通りすがった。

「あ……」
琴音ちゃんはちょっと構えるようにしていたが、
「こんにちは…」
と挨拶してきてくれた。

「そうだ、俺ジュース買いにいくんだけど、よかったら琴音ちゃんも来ねえか?」

あぁぁぁぁぁぁっ!!何言ってんだ俺ええ!!
げげ、しかもあかりも見てんじゃねーかよぉぉぉ!
頼む琴音ちゃん!いつもみたいに断ってくれ!!

「…いいですよ」

何でだよぉぉぉっ!?そうだ、やっぱりいいやって言え!言うんだ浩之!!
し、しかしこっちから誘っといてそれは失礼だし…
いや、でも!しかし…   (0・008秒)

 まだ初々しい制服の1年生達が楽しげに話をしてる。
この中で真剣に悩んでるヤツ、どのくらい居るのか、なぁ……
顔には全然出てないけどな。俺は…思いっきり顔に出てる。

結局俺は成り行きに任せてしまった。最低だな、俺って。
悪いのは全部俺なのに、あかりや琴音ちゃんのせいにしようとしてた……

 自己嫌悪に苛まれていて沈黙しきっていたらしい。
堪えきれないかのように琴音ちゃんが口を開いた。

「あの、藤田さん…」
その一言でやっと現実に引き戻された。ありがとーな、琴音ちゃん。

「ん?何?」
「あの、失礼な事を聞くようですけど、さっき一緒に居た人…」
「あかりのことか?」
こくっと小さく頷く琴音ちゃん。

「神岸あかり、だ。」
「その、神岸さんなんですけど…あの人と藤田さんは付き合ってるんですか?」

あまりに自然に琴音ちゃんの口から言葉が紡ぎ出されたもんだから、いつものノリでそんなんじゃねーよ、と答えるところだった。
もう少しで、俺は本当に最低の男になるところだった。
あかりは小さい頃からいつも側にいて、いつの頃からか俺に……
それなのに俺はその気持ちに応じることはなかった。
俺がそのことに気付いてないなら…
俺があかりの事をなんとも想っていないのならまだしも、俺もあかりのことをいつの頃からか…いや、もしかしたら最初からか……
いつしかあかりのことを『かわいい妹』と自覚して偽ることで自分の想いを押さえ込むようになってしまっていた。
そんな幼稚な俺のせいで、あかりをずっと今まで待たせちまったんだ……こんな煮え切らない俺のことを、あかりはずっと今まで想い続けてくれたんだ……
あかり、ごめんな……そしてありがとう。
俺、今からでも遅くないなら、少しずつでも、あかりの気持ちに応えさせてもらうぜ。
今まで染み付いてきた付き合い方をいきなり変えることはできねーけどな……

 後ろを横目でちらり、と見る。
あかりは階段の角のところから、心配そうにこっちを見てる。
あかり……俺、少しだけど変われるかもしれねえ。

 空が青い。でも今は青すぎるとは思わない。なんせ直視できるもんな。
ちらりともう一度あかりを見る。
瞳には、あの日の夕映えを浮かべているような気がした。
空だけでなく、あかりもちゃんとまっすぐ見られるように……

俺はあかりにも聞こえるように、ちょっとだけ大きな声で言ってみた。

「あかり、か。……俺の彼女かもな……」

 

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