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Original Novel T.Yokoshima Presents



ユメの世界




 「ねえ、もし明日を自由に作れるとしたらどんなものを作る?」
 傍らに座る女の子が突然そんなことを呟く。
 僕は彼方に見える空をじっと眺めながら考えた。
 『自由に作れる明日』。唐突に答えられるほど簡単なものじゃない。
 「そうだな、まず学校を休みにしてから、なんでも自由に買うことが出来るカードとどこへでも行くことができる乗り物を用意する。それで好きなところに行って倒れるまで一日中遊びつくすんだ」
 手を広げて語る。指折りのように数えながら話していたけど、嘘でもない。本当にそんな世界があるとしたらいいな、と夢のように思っていたことだ。
 「いい日々だね」
 小さく口元を緩めただけで顔全体に笑顔が広がる。
 一度僕の顔を見てから空へと視線を投げた。太陽が降りている西の空はオレンジ色が広がっている。
 「でも、遊び尽すだけの毎日じゃ、いつかは飽きちゃうよ」
 「そうかな。でも一日だけでしょ?」
 「うん。・・・毎日続いたとしたら、どうする?」
 「・・・飽きちゃう、かな」
 「そうだね。毎日に仕事をしているパパが言っているみたいに、いつも同じことをしていたら飽きて、次第にはそれをすることが窮屈になってくる。ずっと続けていくことはできないんだよ」
 「じゃあ、お休みもいる」
 「うん。いつも遊び尽くすような毎日じゃなくて、お昼寝とか学校とかもいれながら。それでも、遊び尽くすことは出来ないけどね」
 風になびく長い髪をすっとかきあげる。その仕草がすごく大人っぽく見えた。
 「ねえ、君ならどうする?」
 「なに?」
 「さっき君が言ってた質問」
 「『自由に作れる明日』?」
 「そう」
 僕の言葉にひざに手をあてて考えこむ。じっと遠くを見るような瞳で。
 「わからない」
 「え?」
 そっと広げた唇から漏れる言葉に、僕は聞きかえした。
 「わからない。もし作れたとしても、今までと同じ明日を過ごしたいと思う。そして、ほしいときだけそれを願う」
 「ほしいときだけ?」
 「そう。宿題を忘れてきて困ったとか、食べたいものがあってもお金が足りないとか。そういう、願い。『自由に作れる明日』というものじゃないけど」
 「その時々だけに、作れる日ってこと?」
 「うん。わたし、そういう大きなことまで考えること出来ないから」
 大人びた表情が戻り、子供っぽく舌をぺろっとだして笑みを浮かべる。
 「僕の思い、子供っぽかったかな」
 「そうでもないよ」
 「だって、君の場合は先のことまでいろいろと考えてるし。僕なんか自分の思いしかしゃべってないから」
 「・・・でも、うらやましい」
 膝を抱えてじっとこっちを見つめる。
 「作れるものが、あるんだから」
 「そう?」
 「わたしは、作れるものが今はないから。だから、うらやましい。今までいろんなことあったけど、でも、ほしいものが出てこないから。ほんとは、誰でもすぐ言えるのにね」
 見つめられて少し顔が赤くなった感じがした。慌てて下を向いて、意味もなく首の後を掻く。
 「・・・難しい話だったね、ごめんね」
 「ううん、そんなことない」
 薄暗い空が街を覆っていた。気がつくと太陽はとっくに山の向こうに隠れ、空には丸い月がぽっかりと浮かんでいた。
 「もうかえろっか」
 「うん」
 先に立ち上がって手を差し出すと、女の子は「ありがとう」と小さく呟いてその手をとった。
 また明日、と手を振って別れた後、さっきの会話を思いだす。
 難しい話だった。でも、なにか心に残る。わからない何か・・・、それは誰にも気づくことなくただ思い出の中を駆け巡る。
 街灯を通りすぎてさしかかった鉄橋の上で、遠くのほうで鳴る救急車のサイレンが聞こえた。音のほうを振り向くと、あの女の子の帰った方向。そして・・・、そこで止まった。
 何かわからない気配が僕の周りで漂う。行ってみようと踏み込んだ足が、一歩進んで止まった。
 『ほしいときだけそれを願う』
 僕の願いは、いったいなんだろう。
 鉄橋の真ん中で立ち止まりながら、救急車の止まった遠い地を見る。ただ、見ることしか出来なかった。



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