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Original Novel T.Yokoshima Presents



声に引かれて




 『声がききたい』

 『誰の声を?』

 『わからない。でも誰でもいいわけじゃない。僕の求めている人の声が』

 『あなたは何を求めてるの?』

 『愛しい人、恋しい人。あの時、僕が追いかけていた人だと思う』

 『その人は今どうしているの?』

 『たぶん・・・、・・・・・・だと思う』

 『すぐ傍にいるじゃない。どうして動かないの?』

 『動けないんだと思う。僕はもうあの子には何もすることが出来ないから』

 『それは・・・』


 「あなたがその子に何も出来なかったからじゃないの?」

 目が醒めたときは布団の上に座っていた。夢から醒めるという過程は一切なく、瞬時に自分がそこに現れたような錯覚だった。 
 頬をさわると汗とともに別の雫がに触れる。
 ナミダ・・・?
 何故泣いていたんだろう。泣くことがあるのだろうか。
 「あ〜、嫌な夢見た」
 布団から起きだして時計を見る。壁際に放り投げるような形で置かれた丸時計。
 「やべっ、遅刻っ!!?」
 狭い部屋を駆けまわり、転びそうになりながら服を着替える。最後のジャンパーに袖を通したところで再び時計を見る。まだ2分経っていない。
 ポケットに入れた財布を確認して部屋を出る。靴を履くのももどかしく、そのまま家を飛び出した。

 結局、着いたときは完全に遅刻していた。更衣室でたまたま居た店長の小さなお説教をくらう。
 「不幸に不運がかさなったな」
 「おまえに言われたくねーよ。どうせ店長が居なくたって、後から報告はするんだろ」
 「当然」
 不適な笑みを浮かべる、いつものパートナー。こいつと仕事をともにするのにもけっこう慣れた。
 「じゃあ在庫確認してくるわ。レジ頼む」
 そう言ってから小さな機械と数枚の用紙を手にしてレジカウンターからでていく。その姿を見ながら奥の壁に寄りかかり、ふうっと息をついた。
 そろそろ陽が欠けてきている。オレンジ色の光がガラスを越えて店内に入ってきた。街を少し外れたコンビニ。今日も客は少ない。
 レジカウンター脇の自動ドアが開いてお客が入ってくる。
 「いらっしゃいませ」
 姿勢を正してお客を迎える。店の奥のほうでも同じ掛け声がした。
 入ってきたお客は俺の存在に気がつくと小さく片手を挙げて、奥の飲み物棚のほうへ向かっていく。
 人もまばらな店内で動く彼女の姿を自然と目で追っていた。向こうもそれに気づいている風な態度で商品を見ながらかごに入れている。
 やがて、数個の商品をかごに入れて彼女がやってきた。
 「こんにちは。今日もがんばってるね」
 「当たり前だろ。だらけていたら仕事になんねえもん」
 「そっか。よかったよかった」
 バーコードを読み取る機械音が続く。
 「そっちの学校のほうはどう? 楽しい?」
 「まあ、ぷらぷらやってるけどな。それなりにはいいよ」
 「3年間しかないんだよ、高校は。もっと楽しいこと見つけなきゃ。わたしみたいに・・・」
 手に持った缶コーヒーがすり抜けるようにレジカウンターに落ちた。ごとっ、という音が店内に響く。一度小さく跳ねたあと、缶コーヒーはその場で横に転がっていった。
 店内の中からいくつかの視線が注がれる中、無言でそれを拾い上げて機械に近づける。ピッと音がしてレジの液晶画面に缶コーヒーの値段が出てきた。
 残りの商品を機械で読み取った後、レジのキーを叩く。
 「534円になります」
 表示された合計金額を読み上げて商品を袋に詰める。
 「・・・ごめん」
 目の前で小さく謝る声が聞こえた。
 彼女の顔を見ないようにしながらレジカウンターに置かれたお金を取って金額をキーで叩く。数字が表示されえおつりの文字が出てきた。
 レジから飛び出すように出てくる銭入れからおつり分を取り出してレシートと一緒に彼女のほうへ差し出す。下を向いたままの彼女は少しだけ顔を上げてそれを受け取る。
 去り際にもう一度謝罪の言葉を俺に投げかけた。自動ドアが開いたところでこちらを振り向く。彼女の瞳に小さく涙がたまっていた。
 「また、来るから」
 そう言い残してゆっくりと店を出る。その背中に俺はなんの言葉もかけることは出来なかった。ガラス越しで去っていく彼女の姿をただ見ていた。


 彼女とは小学校からの幼馴染だった。家が近所ということもあり、いつも一緒に遊んでいた。
 気がついたときには彼女を好きになっていた。自分に向けられる彼女の笑顔を見て、彼女も自分を好きでいてくれると思っていた。
 だが、それはただの思いこみでしかなかった。
 中学最後の夏に、俺は彼女に告白をした。彼女の答えは、無言で顔を横に振るだけだった。
 それからの甲斐もむなしく、俺の彼女への思いは空回りするだけだった。
 それを振り払うかのように、高校受験でひとり遠い学校を選択した。バスで通うくらいの、遠い学校。彼女の傍にいるのが嫌だったから、少しでも遠く離れていたかったから。
 高校に入ってしばらくしてから彼女から手紙が来た。新しい高校で彼氏が出来た、という内容の文面。同封されていた写真にその彼氏という男と彼女が笑って写っていた。あの時の、中学のときに見せていた笑顔そのままに・・・。
 それを読んだ後にはゴミ箱に押し込まれたその手紙と、俯いて座っている自分がいた。
 心が痛んだ。
 俺は何故彼女に好かれなかったのか。何が原因だったのか。・・・何もする気が起きなかった。
 3ヶ月経って、どこで知ったのか彼女は俺のバイト先に顔を出すようになった。あの時あった痛みはいくらか和らいでいたが、それでも彼女が来ることは苦痛でしかなかった。
 あの時が思い返されるのが嫌だったから。
 身の回りの人間が亡くなるくらいの、痛みだったから。
 それでも・・・

 「あなたは彼女の傍に居たいと願っているんじゃないの?」

 そう思っているのかもしれない。



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