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Original Novel T.Yokoshima Presents



12時の鐘が鳴る前に




『クリスマスっていうのはね、サンタさんが願い事を叶えてくれる日でもあるんだよ』
 幼稚園の頃、先生から聞いたどこかの受け売りの言葉。
 馬鹿らしいと思っていた。
 地球にいるすべての人間の願いを叶えていたら、サンタだってきりがない。
 たがら聞き流していた。目の前で体育座りをする女の子を見つめながら。

 それが今、現実に起ころうとしている・・・


 街中に響く、聖夜を告げる鐘の音。
「今年も・・・、か」
 見上げた先には粉とともに舞い落ちる雪の結晶。いつ尽きることもなく、次第に数を増やしながら舞い踊る。一面に広がる空には地面と同じ色をした灰色が広がる。
「7時・・・」
 腕時計を見ながら呟く。
 待ち合わせのベンチから数歩離れた樹木の前。指定した場所には名も知らないカップルがいちゃつきながら座っている。仕方なく、こうして離れて立っているわけだが・・・。
「もう1時間かよ・・・。電話でもしておくか」
 ジャンパーのポケットから携帯電話をとりだして、画面を見ながらそのまま固まる。
『そういえば、こっちから連絡は取れないんだよな』
 あいつから電話がかかってきたこともない。日付だけを確認して携帯電話をポケットに突っ込んだ。
「今回も唐突だったよな〜」
 いきなり現れて、時間と場所だけを知らせて去っていく。俺の話も聞かず、「スケベだね〜」の一言だけを残して颯爽と消えていった。
 まあ、借りたばかりのアダルトビデオを見ていたから反論のしようもないが、そんなときに部屋に現れるあいつのほうも悪い。裸でいちゃくつ男女をブラウン管に閉じ込めながらその姿を見送っていた。
 そんな思考をしていると、突然後の草むらがざわつき始めた。
 俺が振りかえったのと同時、その草むらから黒い物体が飛び出して俺の首にしがみついた。
「い〜〜つ〜〜〜〜〜〜〜っ!!! お待たせ〜〜〜っ♪」
「ぐぁああああああーーーーっ!!?」
 体重を支えきれずにそのまま雪のカーペットに倒れこむ。背中に痛みが走り、その後に頭を打つ。
「ぃっつうぅ・・・」
「伊津、大丈夫?」
「実行犯が言うセリフかっ!」
 ようやく離れて、立ち上がってから体についた雪を払う。
「まったく、1時間も遅れやがって。何してたんだ、いったい」
「ごめんっ、こっちもいろいろあったんだよ。それに、ここまでくるのにどれくらい時間がかかるか解からなかったし。・・・あっ、遅刻してたんだ、私」
「そうだよ。前も来たときはあっただろ、なんで時間覚えてないんだよ」
「んとっ・・・、忘れた」
 そういうと、和美は舌を出して笑った。
「伊津もやってみたら? わかるよ、私の気持ち」
「いやだね」
「残念」
 今度は嘆くようにコートの裾で顔を覆って泣き出した。演技だと解かってはいるが、周りの人に見られたら泣いてるようにしか見えないんだろう。
「ほら、さっさと行くぞ。おまえが遅刻したせいであと5時間しかないんだからな」
「あ〜〜、待ってよ〜」
 歩き始めると慌てて和美が追ってくる。昔からこれだけは変わっていない。

 12月25日の街並みは昨日とは少し変わった風景があった。
 さすがにメインの日がずれただけあって活気は少しなくなっている。寂しい気もするが、だからといって日を変えることは出来ない。前日には叶えられない。それが条件だ。
「伊津〜、これなんなの?」
 和美がショーウィンドウに貼りつくように中を眺める。
 ガラスの中では外と同じように小さな雪が舞っていた。木々に囲まれた、雪の積もった一軒家。その中央で小人たちがくるくると踊っている。
「7人の小人みたいだな。へ〜、よく出来てる」
「かわいい〜」
 子供のような無邪気な笑顔がガラスに映る。それがふと消えたかと思うと、和美がまた走り出していた。
「ほら〜、こっちこっちぃ」
 手を上げながら雪の道を走る。振り返りながら走っていたので、案の定、歩道で豪快に転んだ。

 ありきたりの時間が過ぎる。街を歩き、飾られたものを見ながら一喜一憂してまた次のものを探しに走る。
 雪の降る街中を、踊るように和美は走りつづけた。短い中で、わずかな時間の流れを包み込むように・・・。
 逃げ回る和美を追っていると、いつのまにか街中を離れて海が広がる港に出ていた。暗い闇に独特の風切り音が鳴り響く。流れてくる、海の匂い。
 追いかけた和美は船着場に立って水平線を見ていた。停泊する客船の光がスポットライトのように斜めに傾いて和美を照らしている。
 笑顔で立ってた。寂しさの欠片も見せながら。
「・・・伊津」
 小さな声で俺の名前を呼ぶ。
「冬の海も、綺麗だね」
「・・・そうだな」
 和美の横に立って同じように海を眺める。水平線の先で時折、光が輝く。
 船を固定するための円筒の台に和美が飛び移る。起用にバランスを取りながら先ほどと同じように水平線を眺める。数時間前に降っていた雪は幾分かやんで数が減っていた。
「伊津、いま・・・何時?」
「んっと、11時57分だな」
「・・・もう少しだね」
 和美が俺のほうを振りかえる。台に乗った和美のほうが高い視線にあって俺を見下ろす格好になる。
 船の光が和美の背に隠れていた。その状態が和美を神秘的に見せる。
「キス・・・しよっか・・・」
「・・・なんで」
「もう、時間だから」
 返事を待たずに俺の肩にそっと手を乗せる。目を閉じた和美の顔がゆっくりと近づいてきた。その刻がスローモーションのように流れていった。和美の動作も、風の動きも、海の流れも、すべて。
 そして、ふたりの唇が触れ合う瞬間・・・
 港に、12時を知らせる霧笛が鳴り響く。
 そのまま、ふたりは動くことなく霧笛の音が鳴り終るまで立ちつくしていた。
「・・・時間だ」
「うん」
 そっと和美が離れる。
「また、来年だね」
「いやだね。毎年、こういうどたばたには付き合いたくねえよ」
「うそつきっ」
 名残惜しそうに和美が抱きつく。その背中を軽く叩いてやった。
「じゃ、そろそろいくね」
「ああ。次会うときは俺の彼女と子供を紹介してやるよ」
「ば〜かっ。伊津じゃ何年経っても無理だよ。私じゃなくちゃね」
 俺から再び離れると、和美は台の上で小さく跳ねた。そして、その体は地面に落ちることなく、吸い込まれるように空へと舞い上がっていく。
「じゃね、伊津」
 手を振りながら空に近づいていく和美を目で追いながら見送った。追いかけることもなく、名前を呼ぶこともなく。
 和美の姿が消えてから、また一段と降る雪の量が増えはじめた。顔にかかる雪を払うこともなく、そのまま和美が去った空を見上げつづける。
「また、来年。・・・・・・か」


 和美は5年前に不慮の事故で亡くなった。
 日本の一角が地に沈んだあの災害の犠牲者の一人として。
 大きく揺れる地面の中に、和美は独りで埋まって泣いていた。
 寂しかった。僕も、和美も。
 そのとき、僕がクリスマスイヴのあの日に、今日と同じ空の下で投げた願いは・・・。



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