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Original Novel T.Yokoshima Presents



冬の日




 冬は雪が降る季節。
 誰からと教えられたわけでもなく、自然にそんなことがわかっていた。
 寒いから雪が降る。その寒い季節は冬。だから、冬には雪が降る。
 小学生並の連想ゲームだ。
 その雪は今、たくさんの仲間とともにゆっくりと地面に向かって旅行をしている。
 手のとどかない空から、私の足元の地面へと。数十分の短い旅。
「……寒い」
 手袋をはめた手に息を吹きかけながら私はその景色を眺めていた。
 着いたときから降っている雪は、今、私の足元をゆっくりと包んでいる。
 全然動いてないから周りの雪はきれいだった。
「……おそい〜〜」
 ベンチの庇をこえた先に見える駅の時計塔はもうすぐ午後7時を指す。待ち合わせが6時だから、もうすぐ一時間。
 私はただ、ベンチに座って待っている。
 連絡用に使っている携帯電話を取り出して開く。流行りの二つ折りのもの。メーカーの名前の所があいつのいたずらで『NTT CoDoMo』に書き換えられたおかしな電話だった。
 でも、その電話の画面は真っ黒になっている。
「しょうがないじゃない。電池、切れちゃったんだから」
 だから連絡も取れない。
 公衆電話でかけようにも、電話番号を覚えていない。電池が切れるなんて思ってないから控えなんかとってないもん。
 私に出来るのは、昨日約束した場所で待つだけだった。
 駅前のバスターミナルでは数分ごとに入れ替わりはいってくるバスが人々を送りだし、迎えに来ている。
 その中には二人並んで笑いあうカップルもいた。年はおなじくらいか、ちょっと上。
 私だって、あいつが来てたらあんな風に見せつけられるのに〜〜。
 悔しさで一人地団駄を踏む。
 やがて、折り返してきたらしいバスが私の前の停留所に停まった。ドアが開き、乗っていた人が吐き出されるように出てくる。その流れる人をぼうっと眺めていた。
 ……バスじゃ、こないよね。
 人が途切れ、また少し静かになる。ため息をついて俯く。
 そんな私の前に大きな影がひょっこりと覆い被さった。こちらを向く一足の靴たち。
 来た、っと思って私は顔を上げる。
「あれっ、朝の嬢ちゃんじゃねぇか」
 怒った顔を用意していた私はそこでかなり面食らった。
「どうしたんだい、こんなとこで? …そんな変な顔して」
 よっぽど変な顔になっていたのだろう。待ちわびてた人じゃなくて、居ることすら予想していない人が変わりに立っているのだから。
「…こ、こんばんわ」
「ああ。…で、何やってんだ嬢ちゃんは。学校なんかとっくに終わってんのに」
「んと、ちょっと人と待ち合わせを」
「そっかそっか、こんな雪降ってる中ご苦労なこった。…なんだったら、中はいらねぇか? 発車時間までまだあるし、そこにいても寒いだけだぞ」
「…え、でも」
「待ち合わせ場所、ここなんだろ? だったら、中に入ってても同じことだ。手前の席に座ってれば彼氏だってすぐ見つけてくれるよ」
「…え゛っ、なんで……」
「お、やっぱりそうか。いいね〜、初々しくて。さっ、入った入った」
 そういって先に入っていく。私は顔を赤くしながらその後に続いた。
 中はほどよく暖房が効いてて暖かい。朝のときとあんまり変わらない、ちょうどいい感じがする。
「そのへん適当に座っててな。暖かい飲み物でも買ってくるよ」
 さっそうと雪の中を走って行く。私は乗車口に一番近い座席に座った。 
 あの人は私が登下校に使っているバスの運転手のおじさん。いま案内されたのも、仕事兼相棒のバスの中だった。
 ちょうどバスに乗る時間が担当になっているみたいで、毎朝私と顔を合わす。そのうちに覚えられていたみたいだ。
 といっても、私がいつも時間ギリギリにバスに駆けこんでて、挙句、運転席の傍で疲れきって息してるんだから嫌でも覚えるのかもしれない。
 そんな私におじさんはいつの頃からか声をかけてくるようになった。
 駆けこんでくる私を見るのが面白いのか、いっつも朝の様子を聞いてくる。
 「寝るのが遅かったのか?」とか「忘れ物でもあったのか?」とか。たまには「朝帰りか?」なんて笑って聞いてくる。
 それと、私のことは「譲ちゃん」という呼び方をしている。背が小さいからって言ってたけど、ちゃんと150cmは越えてるもん。
 ……たぶん。
「ほれ、嬢ちゃん。熱いから気ぃつけなよ」
 おじさんが戻ってきて私に缶コーヒーを差し出す。自動販売機から出たばかりで、缶はまだ熱い。
 プルタブを開けて、ゆっくり口の中に通す。
「…あったかい」
「そうだろ。こんな寒い中ずっと外に居たんだからな」
 おじさんも運転席に座り、一つを料金清算機の上において、もう一つの缶を空けて飲みだした。
 そういえば、どうして3本も買ってきたんだろう。
 そんな私の疑問を打ち消すようにおじさんは話しかけてくる。
「いつからここに居たんだい?」
「…えっと。……6時前から」
「大変だな、そりゃ。で、彼氏来たらどうすんだ?」
「…えっ?」
「遅刻してるんだろ。それにこんな嬢ちゃんを寒い外で待たせてたんだ。一発くらいこう殴ってやらなきゃ気が済まないだろ」
「でも、それは…」
「じゃ、代わりに俺がやろうか?」
「わ〜〜ぁ、いいですいいですっ!」
 私のあわてぶりを見ておじさんはカラカラと笑う。
 なんか、からかわれてる。
「少しくらい怒ったほうがいいぞ。持ってるいろんな感情見せてやらなきゃ、彼氏だって飽きちまうからな」
 おじさんは缶に残ってたコーヒーを飲み干した。
 俯きながら、私は目線をおじさんからバスの中へと向けた。
 まだ他の人は乗ってこない。席はがらんと静まりかえっている。
 後部座席の窓の向こうでは、さっきよりも増えた雪が駅前の街を覆い隠そうとしていた。
 急ぐ人の影がところどころで見える。
 …あの中に、あいつも居るのかな。
 私は身を乗り出して後部座席の窓にちょっとだけ顔を近づけた。
「なかなかいい顔してんじゃねぇか」
 おじさんが独り言のように呟く。
「えっ?」
「同じ顔してるよ、二人そろってさ。困った横顔がそっくりだ。おもしろいよ」
 振り向いた先で、おじさんがドアに向けて指をさしている。
 私はそのまま半回転をしてガラスに顔を貼りつかせて外を見た。
 さっきまで私が座ってたベンチの傍で、一人の男の子が周りを見て何かを探している。
 …あいつだ。
 私を探して待ち合わせの場所をうろうろしてる。そして、いないと見たのか他の場所を探しに走り出そうとしていた。
「…ま、待ってっ」
 窓を叩いて知らせるのももどかしく、私はバスから降りようとする。
「譲ちゃん」
 急いでるときに呼びとめる声。乗車口の階段で私は運転席を振り返る。
「彼氏に渡してやんな。きっと同じように寒さの中、居たんだろうから」
 料金清算機の上に置いてあった缶コーヒーを私に向けて放る。
 もう一本は、あいつのためのものだった。
「ほらっ、早く追っかけないと行っちまうぞ」
「…あっ」
 だったら呼びとめなきゃいいのにっ。
 私は頭だけ下げてあいつの後ろを追った。
 ちょっと先の横断歩道で車が途切れるのをうろうろしながら待っているあいつの姿があった。
 私は雪の上を、あいつに近づきながら大きな声で名前を呼んだ。
 同時に、雪に引きずられた足が豪快に私を滑らせる。
 雪の街で、一人むなしく、私はヘッドスライディングをかましていた。
「いったぁあ〜〜〜」
 打ちつけた鼻をおさえながら、ゆっくりと顔を上げようとする。
 …と、頭に何か硬いものがコンッと当てられた。
「タッチアウト…、かな」
 目の前に、手に持っていた缶コーヒーの底があった。
 その先に待ちわびてたあいつの姿、そして顔。
「ごめんな、遅くなって」
「………うっ」
「いろいろあってさ、連絡が出来なかったんだ。それに、電話も繋がらなかったみたいだし」
「…………ぅえっ」
「とりあえず…、立てるかい?」
「わぁああああああああぁぁーーーっ!!!」
 雪の上にうつ伏せで倒れたまま、私はわけも解らず泣き出していた。
「おいっ、こんなとこで泣くなよ」
「う〜〜〜ぇっく」
「…しょうがないな、ったく」
 すぐそばで聞こえる声が、倒れたままの私をゆっくりと抱きかかえる。フワリと舞った体が持ちなおすように軽く揺れる。
「まったく…、子供じゃないんだから」
 私を背負ったあいつが愚痴を言いながら歩き出す。
 その言葉と行動に対し、私は泣きながら肩をポカポカ叩いていた。
 少し雪がやんだ。
 でも、数が減った気はしなくて、風が運ぶ数が少なくなったのかもしれない。
 頬に慰めのように降りてきた雪の欠片が冷たいはずなのに心地よかった。
 それがあいつの暖かい背中と重なって、不思議と心が落ち着いてくる。
 叩いていた手を止めて、ゆっくりと首に回す。
 それで全部伝わったのだろう。
 見えないあいつの顔が笑ったような気がした。
 そのまま雪の中を揺られて歩いて行く。ゆったりとリズムよく揺れる身体が気持ち良かった。
「眠かったら寝てていいよ。こんなんだから、時間かかるし」
「…うん、わかった」
「とりあえず、この缶コーヒーくらいは持っててくれる? ポケットかなんかに入れてさ」
「……うん」
 片手を出して受け取り、そのまま手で持っていた。
 眠ったら、気がつかずに落としているだろう。そのときは、きっとあいつが拾ってくれる。
「……そだ」
「ん? どした?」
「私が眠ってるのをいいことに、ラブホテルとか行ったらはったおすからね」
「…あっ、そういう手もあったか」
「………バカ…」
 大きな背中に身体を預ける。そして、私はゆっくりと夢の世界に引かれていった。
 行き先は、少し離れたあいつの家。
 始まったばかりの冬の日の一日。いろんなことがあっても、まだ始まったばかり。
 降り注ぐ雪の欠片がそれを伝えていた。



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