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Original Novel T.Yokoshima Presents



DISTANCE


#01

いつもと違う夏の始まり



 6月中旬。梅雨の半ばという時期にしては珍しくからっと晴れた天気だった。雲もほとんどなく、真夏期に近い太陽が隠れることなく地面を照らしていた。今年も温暖化の傾向は上向きになっているらしく、暑い日々が毎日続いていた。
 千葉県市原市。東京湾から少し離れた小高い丘に建つ「千葉県立館山高等学校」。整えられた土地の西側に2練の校舎、東側と南側に校庭を設けたありふれた学校。余裕を持った敷地が眼前に広がっている。校庭の東には大きめの川が流れ、釣りを楽しむもの、散歩をするものなど。川沿いではそんな人々があふれていた。

 月曜日の朝。8時20分、始業の10分前。先ほどまでグラウンドで朝練を行っていた野球部の声もなくなり、代わりに次々と登校してくる生徒たちの話し声が飛びかっていた。その情景を、いつもの朝を牧丘俊哉は2階の教室の窓から眺めていた。衣替えの時期も過ぎて涼しげになった生徒の喧騒がここまで聞こえてきた。
 ひとつ息を吐いて教室のほう目を向ける。人口密度が増え始めた2年6組の教室内。俊哉の席は窓際の最後尾にあたる。教室内の数ある席の中でも全てにおいてベストポジションといわれる場所。眺めは良好、外からの風と太陽の光もいい、教師からは常に遠距離の位置という立地条件の席。
 「眠いな・・・」
 思ったことを口にする。夕べも遅くまで起きていたため、充分な睡眠はとれていなかった。時計を見る。8時24分。あと5分もすれば担任が来て、朝のSHRが始まる。
 「少しでも寝ておくか」
 やってくる睡魔に身を任せ、机に伏してそのまま眠りに落ちようとする。
 その時廊下のほうから駆け足が聞こえてきた。そのまま教室に入ってきて俊哉の席に近づいてくる。
 「おはよっ、俊哉!」
 机に何かを置く音と同時に俊哉の頭の上から声がふってきた。
 眠りの邪魔をされた俊哉は虚ろな目をしながらゆっくりと顔を上げる。まず見えたのはどこにでも見かける学生鞄。そしてその上に俊哉を見つめる女の子の顔。
 「来橋、か・・・。・・・帰ってくれ」
 「なによそれ。朝一番に言う言葉?」
 「こっちにとっては眠りを邪魔されたんだ。それに朝っぱらから廊下走って、人の机に鞄叩きつけるような野蛮な女に言われたくないね」
 「う〜〜〜〜〜っ、違うもん」
 髪を掻き上げて机から鞄をおろす。それから後ろ側の壁に倒れるように寄りかかり、そして小さく何かを呟いた。
 俊哉は椅子を少し引いて壁にもたれた女の子を見る。来橋美樹。俊哉が物心ついた頃から側にいた女の子。幼稚園、小学校、中学校、そして高校と同じ道を歩んできた仲のいい幼なじみ。言い方を変えれば腐れ縁、そんな関係だった。
 この高校の、紺と白をメインとした制服に身をつつみ、肩先までのびた長い髪を縛って下げている。俗にいうポニーテールというもの。整った顔立ちと目が再び俊哉のほうへ向く。相変わらず、その容姿に魅力は浮かんでこなかった。
 「どうしたの?」
 自分に向けられた視線を見て、美樹が口を開く。
 「別に。ほら、さっさと席につけ。担任来るぞ」
 追い払うように手を振る。そして始業のチャイムが鳴った。
 「ふ〜んだ。べーっ」
 ふっくれ面で舌を出す。何かとあると必ず出てくる美樹の癖。俊哉にとってはもう何年も見慣れている物だった。そして荒れた様子を見せながら自分の席へ向かった。
 教室の真ん中らへんにあたる美樹の席。周りの友人たちに挨拶をしながら美樹が席に着いたのを見届け、俊哉は再び眠りにつこうとした。しかし、さきほどの美樹のおかげで俊哉の眠気はどこかへいってしまっていた。
 しばらくして教室のドアが横に開く。出席簿を持った担任・佐方が入ってきた。そして学級委員の号令が入る。
 「起立っ!」
 朝のSHRが始まった。その時間、俊哉は肘をついて担任の言葉に耳だけを傾けて外の景色を眺める。今日のような穏やかな天気が写す景色を。
 だが今日は少し違っていた。今の教卓にはいつもと雰囲気の違う担任の佐方が立っている。別人、というわけではなく何かを言いづらそうに俯いていた。
 やがて出席簿を教卓に置き、窓際に座る俊哉を見る。それから教室全体に向き直った。
 「ついさっき、先生も聞いた話なんだが・・・」
 重苦しい口調で始まった、前置きの言葉。静かな教室に佐方の声が続く。
 「・・・牧丘の両親から電話があってな。父親の仕事の都合で、牧丘が・・・今週を持ってドイツに引っ越すことになったらしい」
 言葉が終わったと同時に教室内がざわついた。そして、クラスメイトの視線は俊哉へと向けられる。美樹もその中の一人として俊哉のほうを振り向いた。
 そんな雰囲気の教室の中で、その渦中の中心にいる俊哉は、先ほどと変わらぬ体勢で、ただ一人、晴れ渡る空を眺めていた。


《contd.》



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