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Original Novel T.Yokoshima Presents



DISTANCE


#03

放課後の喧騒



 6時限目が終わり、HRとなる。朝とほとんど変わりはなく、担任の佐方が明日のことを簡単に伝えてお開きとなる。ほとんど聞き流すという形で俊哉はその話を聞いていた。
 『よほどショックを受けた、そんな感じだ』
 1時限目に捺樹が言っていた言葉が頭の中を横切った。そして美樹の席へと目を向ける。
 (そこまで驚くことか? 生き別れじゃあるまいし)
 答えのない、小さな背中に向けて問いかける。その背中が、微かに震えているように見えた。
 担任の合図で号令がかかる。そして教室内がしばしの喧騒に包まれた。長い1日から解放された、ちょっとした優越感。
 「牧丘。悪いけど放課後、俺の所に来てくれ」
 あちこちで帰り支度をはじめている教室内で佐方がそういい残して教室を出た。そしてすぐに捺樹が寄ってくる。
 「なんだよ、『俺のとこに来い』って。なんか悪いことでもしでかしたのか?」
 「さあ・・・。たぶん転校云々だろ」
 「そうか、お前がここにいられるのも後一週間ないんだよな。寂しくなるよ、オレは」
 嗚咽を加えてわざとらしく瞼にハンカチを持ってくる。そして俊哉の肩を叩く。
 「来橋はオレが遠慮なくもらってやる。だからお前は安心してドイツでいい女見つけてくれ」
 「あほか」
 手を払いのけて帰り支度をはじめた。机の中の教科書と明日の時間割を見比べて持ち物を選んでいく。いつもほとんどの教科書類を持ち帰らないので机の中もさほど変わらず、鞄も軽かった。
 「牧丘、商店街よっていかないか?」
 クラスメイトを2人引き連れて有川義人がやってきた。 
 「珍しいな、有川が誘ってくるなんて」
 捺樹も意外そうに言う。
 普段の有川は何かが多忙なためか、俊哉たちが誘うことがあってもほとんど断っていた。いつもいの一番に教室を抜け出して帰宅していた。部活に入っているわけでもなく、塾に通っている様子も全くない。学校後がかなり謎に包まれている友人でもある。
 「緊急送別会って所だ。早すぎるけどな。・・・どうだ?」
 「悪いな、佐方に呼ばれているんだ。他の日ならいくらでも開いてるけど」
 「そうか。じゃあ、他の日見つけておくか。都合がついたら遠慮なく言ってくれ。それと・・・」
 意味ありげに言葉を残して俊哉に近づく。
 「・・・来橋さんがあいたらこっちに譲ってくれよ」
 と、目の前でほくそ笑む。
 「そろいもそろって同じ事しか言えないのか、おまえらは・・・」
 「そうか? 来橋さん、このクラスの男子に結構人気あるんだぞ」
 「あれが・・・か?」
 呆れ顔のまま美樹の席の方へ視線をずらす。しかしその席には誰もいなかった。教室内をぐるりと見渡したが、生徒がまばらに残る中に美樹の姿はなかった。
 「あれ、来橋は?」
 「帰ったんじゃないのか? 教室から出て行くところは見たけど・・・」
 いつもは俊哉に挨拶をしてから帰っていく美樹が今日は音沙汰無しだった。物陰に隠れて帰るのをうかがっている様子もない。
 ひっかかりを抱えながら俊哉は鞄を持って席を立った。
 「それじゃ、佐方のとこ行ってくる」
 「おう。オレらを含めた歓迎送別会ならいつでもやってやるからな」
 後ろからの捺樹の声が妙にかんに障った。

 別校舎の一階。「職員室」と札のかけられた扉の前。
 「失礼します」
 誰に言うわけでもなく、そう声をかけてから俊哉は職員室へと入っていった。
 一般教室を2つほどつなぎ合わせた室内に、生徒の机を二回りほど大きくしたステンレス製の机が向き合いながら横に列をつくる。その間のスペースを教師や生徒が頻繁なく動いていた。
 室内中央よりやや奥の位置に俊哉の担任の佐方の机がある。その姿を認めてから歩いていった。
 「おっ、来たな」
 机に向かって物書きをしていた佐方は俊哉を見てその手を止める。
 「とりあえず、そこに座ってくれ」
 机の上に開いた紙の束をはじに避けながら言う。その言葉にならって俊哉は周りを見る。空いていそうな座席はひとつもなかった。
 「・・・どこに座るんだ」
 「ん? そこにあるだろ、清水先生の椅子。今部活のほう行ってるから大丈夫だぞ」
 俊哉の後ろにある机の椅子を指す。キャスターと手すり付きの業務用の椅子。
 鞄を佐方の机の前に置き、椅子を引き寄せて座る。ギィという音がして椅子が少し下がる。高さがあわないため、自然と足をのばすような格好になった。
 そして佐方が俊哉の方に向き直る。
 「いやぁ〜、びっくりしたぞ。朝学校に着いたらいきなりおまえの親から電話が入ってきて『転校します』だったからな。当のおまえからは何にも聞いてなかったし」
 驚きと喜びが入り交じったような表情で佐方が語りかける。その顔を見ないように俊哉は窓の向こうへと目を向ける。
 「ドイツ・・・か。いいところへ行くんだな。向こうへ行ってなにやるつもりなんだ?」
 「さあ・・・。行くまでわからないよ」
 「そうか。そういえば、ドイツのどこへ行くかも聞いてなかったな。ドイツにしろ、海外に行くというのはいい体験になるはずだ。最初の頃はつらいかも知れないが、徐々に馴染んでいけば逆に好感が持てるようになるしな」
 嬉しそうに語る佐方を視界の端で見ていた。
 「ドイツへ行ったら観光でもいいからベルリンの方にも足をのばしてみろ。あっちにも有名な大学があるからな。ベルリンの壁崩壊は・・・1989年だったか? 跡地も見れるかも知れないぞ。もう10年くらい経つんだな。崩壊の時、友人がちょうど向こうにいて間近で見ていたらしくて、テレビで見ていた俺に自慢げに話してきてたんだ。なんか一緒になって壁をハンマーで叩いてきた、とか言っててな」
 「・・・世間話で呼ばれたのか? 俺は」
 「いや、すまん。ちょっと向こうにも憧れがあってな。えっと、呼び出した用っていうのは・・・」
 そういってから机の上の紙の束をあさる。整理されてはいるがものが積み重なっているという状態なので、目的のものを取り出すのにも一苦労のようだった。そして俊哉の前に端をホッチキスで止めた紙の束を出す。
 「転校関係の書類だ。急な事でもあるから、遅くとも出発の前の日までには学校側・・・とりあえず俺の所に出してくれ。親の方にも渡してくれよ」
 渡された書類に目を通し、その都度佐方から説明を受けながら話は続いた。
 「佐方先生」
 半時間ぐらい経った頃、俊哉の後ろから声がかかる。ジャージ姿の女教師が一名。
 「私の机の椅子・・・どこへいったか知りませんか?」
 「あれ、清水先生。部活はもう終わりですか?」
 佐方が答えではなく質問を返す。
 捜し物の椅子は俊哉が座っているそれだった。それを知っていてわざと話をはぐらかしている。
 「いえ、ちょっと別の用ができましたので。それで私の椅子は・・・」
 「・・・だそうだ。牧丘、他に何か質問はあるか?」
 「いや、別に」
 説明の方はほとんど終わっていた。紙の束を整えて俊哉は鞄を持って椅子を立つ。
 「じゃあ、頼むぞ。・・・清水先生。椅子、それですので」
 「はあ・・・」
 唖然とする清水の横を通り過ぎて俊哉は職員室を出た。

 
《contd.》



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