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Original Novel T.Yokoshima Presents



DISTANCE


#05

子供の頃…



 朝の学校というのは放課後と同じくらい閑散としている。聞こえてくるのは外の木を周りながら会話をする鳥立ちの声。あとは廊下に響く自分の靴音。壁とガラス戸に反響して校舎の奥にまでとどいていく。
 当然のこと、登校しているときもチャイム直前の一騒動とは無縁だった。通りすぎるのは犬の早朝散歩帰りの子供やゲートボール帰りの老人。たまに日直で慌てて駆けて行く生徒や早朝練習の運動部が横を通りすぎるくらいだった。
 「また早すぎたか・・・」
 誰もいない教室の中。入り口付近で戸を開けたまま俊哉は立ちつくしていた。
 腕時計の針は7時50分を射す。HRが始まるまであと40分もあった。とりあえず机に鞄を置いてから再び廊下へと出る。
 「屋上でも行くか」
 誰もいない廊下をもどり、屋上へと出る階段を上る。
 3階への階段を更に延長したところにある屋上へのドア。普段から開放されており、昼食時などは生徒が集まる場所でもある。学校側からの念のためという配慮か、2mほどのフェンスが屋上の周囲を覆っている。屋上から飛び降りた生徒がいたというのは聞いたことがない。
 屋上へのドアを開けると上空の冷たい風が流れ込んでくる。一歩踏みこんだところでさらに風が増した。
 そのまま壁をつたい、ドアと反対の位置にある掛け梯子を上る。この梯子の上は、屋上へ上る階段の屋根にあたる。一面砂利のコンクリートで覆われたここは、この学校の中では一番高い場所になる。立ち上がればこの周辺一帯を一望できるほど眺めはいい。
 その屋根に、足を北向きにして寝そべった。視界にある空で雲が流れていく。
 ゆっくりのと目をつぶると、小さく風が巻き、俊哉を眠りの世界へと誘っていった。


 キィー・・・
 錆びついた金属音がこすれ合う音。
 キィ・・・
 小さな振り子が預けられた体重に何度も揺れる。
 「あのね、俊くん」
 金属音に声が重なる。幼い、女の子の声。
 見上げた先には、ブランコの座席の上に立って勢いをつけてそれを揺らす女の子の姿があった。肩でそろえた髪がブランコの揺れに合わせて左右に散らばる。
 「わたしが遠くに離れていったら、俊くんどうする?」
 勢いをつけなおしたブランコに座り、こちら側に顔を向けて揺れる。
 「えっ、どうしたの急に?」
 「もしの話だよ。どうする、俊くん?」
 下を向いて少し考えこむ。答えはなんなく出た。
 「追いかけていって連れて帰ってくるよ。美樹ちゃんいなくなったら寂しいから」
 「ほんとっ?」
 「うんっ」
 女の子がブランコに揺れたままこちらを覗きこんだ。その拍子に手を放してしまったため、支えを失い、体が小さく空へと投げ飛ばされる。砂利の床を打ちつける小さな音が鳴った。
 「いった〜い」
 直に打ちつけたお尻をさすりながらその場に座り込む。ブランコを降りてすぐさまそばに寄った。
 「だ・・・大丈夫?」
 「・・・ひっく・・・うん・・・ひっく・・・」
 小さく頷いた顔は涙目になっていた。相当痛かったのか何度もしゃくりあげている。
 しばらくしてから袖で涙を拭いて立ち上がった。
 「もう・・・ひっく・・・大丈夫」
 目にはまだ涙がたまっていた。いくらかやせ我慢をしているように見える。それを振り払うように頭を左右に振った後、手を掴んで駆けて行く。
 「わっ!」
 「俊くん、置いていっちゃうぞっ」
 急に引っ張られてバランスを崩しかけた。なんとか保ってから女の子の後を追う。
 公園の中央を走りぬけ、小さな背中は丸太木が横たわった一本橋に辿りついた。繋いでいた手が離れ、そこに飛び乗る靴音がした。その姿を横を歩きながら見上げる。
 「ねぇ、さっきのことだけど・・・」
 体がくるっと回り、顔がこちらを振り向く。
 「わたしが遠くに行っちゃったら・・・俊くん、追いかけてきてくれるって言ったよね」
 「うん」
 「それで、その後どうするの?」
 少し考え込む。
 「先のことはわかんないよ。でも、いつまでも美樹ちゃんと一緒にいられたら嬉しいな」
 「うん、わたしもそう思う」
 丸太の一本橋の上がステージのように女の子が踊った。とんっとんっと足音を鳴らす。
 「もし・・・」
 言葉をとめて顔をふせた。
 「俊くんが遠くに行っちゃったら、わたしどうすればいいんだろうね」
 風が吹き、草木が鳴く。女の子の顔は下を向いて地面を見ていた。
 「どうって・・・」
 「・・・わたし、男の子じゃないし、俊くんみたいに強くもないもん。だから、『追いかける』なんてことできないよ。ただ、座って泣いていることしか出来ないと思う」
 「・・・大丈夫だよ」
 女の子の顔が上がり、こちらを向く。
 「僕はどこへも行かない。ずっと美樹ちゃんのそばにいるよ」
 力強く言い放つ。嘘じゃなかった。
 女の子の大きな瞳には涙が浮かんでいる。さっきとは違う、喜びの涙。
 「ありがとう、俊くん」
 2,3歩ステップを踏んでから丸太木から降りる。そして横に並んだ。
 「約束、だよ」
 「うん」
 そう言って右手を出そうとすると、その手を女の子が捕まえ、自分のほうへと引き寄せる。
 引き寄せられた頬に、何かが触れた。まだ幼い子の、小さな唇。
 二人の動きが止まった。周りの時間とともに、その空間だけ・・・。
 

 夢の中に、鈍い鐘の音が重なる。重複した、人工的な音。
 その音に引かれるようにして俊哉は目を覚ました。起き上がってみた腕時計は8:30を射している、そろそろHRの始まる時間だった。ゆっくりと立ちあがり、梯子を降りて校舎の中に戻った。
 階段を降りながら夢の中の景色をぼんやりと思い出す。その姿に、女の子の姿に・・・今の美樹が重なった。
 「子供の約束だからな、あれは」
 戻ってきた過去の映像を、誰にともなく否定する。昔の、まだ小学校に上がる前の、小さな子供同士の約束だった。



《contd.》



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