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Original Novel 遊真 Presents



寂光堂


月輪の法則

3 夜月と鷹志



「それじゃあ、八時頃伺うと思うんで…。」
「あ、はい。解りました。」
深く頭を下げると、彼女は駅の方へと歩いていく。
既に街灯が灯る時刻。
送っていこうと提案したのだが、大丈夫ですから、と遠慮されてしまった。
翔子さんの姿が三叉の角を曲がって消える。
僕は、頭を掻きながら、『寂光堂』の中へと再び入った。
「良かったんですかね、送らなくて………。」
俺が持ってきた自分の著書を鷹志さんは面白そうに読んでいる。
自分の書いたものを読んで、どこが楽しいのだろう…。
鷹志さん曰く、温故知新、古きを訪ねて新しきを知れ、らしいが…、少し意味が違うだろうに。
熟読している所、鷹志さんは僕に一瞥だけを送る。
「大丈夫さ。ネチネチとW呪いWをかけるような陰険野郎に、対象を直接襲うなんて甲斐性はない。」
「甲斐性…って……なんですか、それ…。」
僕は呆れて、脱力するように椅子へ座った。
そうして、瞳に打ち掛かった前髪を片手でどけた所で、僕はふと、ある事を思い出した。
「鷹志さん…。」
「ん?」
今度はこちらを見もしない。
「あの赤い糸に対して祓いをやったんですよね。」
「ああ、それがどうした。」
「なんで、呪詛返しをしなかったんです?……それをすれば一発解決でしょう。」
呪いとは、ウイルスのように一度送ってしまえば終わりというものではない。
それこそ何度も何度も念を送り続けなければいけないのである。
だから間違いなく、呪いをかけるものと、呪いをかけられたものの間には目に見えないパイプラインが引いてあるのだ。
祓いとはそれを完全に断ってしまう事。
そうして呪詛返しとは、送られて来た呪詛にこちらの呪詛を乗せて弾き返すものだ。
むろん双方の術力勝負になるのだが…。
泰山鷹志が、負けるはずが無い。
僕はそれを疑問に思って、尋ねたのである…。
僕の疑問に鷹志さんのページをめくる指が止まった。
一瞬の沈黙が流れる。
……何かまずい事を僕は言ったんだろうかと…焦る。
「滅ぼしてしまうからな…。」
「えっ。」
「滅ぼしてしまうんだ。……俺の呪詛返しは強力過ぎる。」
常人にさえ、送り続けなければ効果のない呪いを、彼は一度送っただけで結果を出せると言っているのだ。
信じれない話だが、彼がそう言うのなら、そうなのだろう。
僕は、ある種、背筋が凍るような気がした。
ならば、彼にとって人を殺す事は、本当に造作もない事となる。
気に入らなければ、法に触れる事もなくその存在を消す事ができる。
これは、周囲に居るものにとってとんでもない恐怖となりえるだろう…もしも、彼の事を知らない者ならば…だ。
彼がそんな事をするわけがないと解る僕でさえ、一瞬、言葉が継げなかった。
それを察したかのように、鷹志さんは軽く笑う。
「怖いか?」
「……いえ、別に…。ちょっと驚きましたけどね…。」
素直な感想を僕は送った。
「親にも恐れられたからなぁ俺は。結果、こんな所で本に埋まっている……まあ庶子である事も要因の一つではあるがな。」
冗談めかしていうと、既に冷めたお茶を一口、彼は飲む。
不味いな、と当たり前の事を言うと、形の良い眉をしかめた。
「じゃあ、感謝しないとね。鷹志さんが、そんな力を持っていたから僕は鷹志さんと会えたんだから。」
「俺は迷惑だぞ。大事な妹を手込めにしやがって…。」
「誤解するような事を言わんでくれません。あれはただ懐いてくれてるだけですよ。嵩穂ちゃんにだってボーイフレンドの一人や二人はいるでしょうに。」
「いいや、あいつの、お前を見る目は愛する者を見る目だ。」
「愛、ですか。」
普段はいつも遠回しな言葉を使うのに、こんな冗談を言い合う時、彼は酷く即物的な物言いをする。
せめて好感を抱いた、とか言って欲しい。
わけも無く照れる。
「ま、まあ、そんな話は置いといて、仕事の話をしましょう。八時には彼女の家を訪問するんですから。」
「逃げたな。」
僕は冷めたお茶を、新しく入れ替えると机を挟んで彼の目前に座った。
先程まで彼女が座っていた椅子だ。
ほんのり暖かい……ってこれじゃあ、ただの変態だ。
僕は、鷹志さんとの話に集中する事にする。
「ふむ、ならばまず相手の力のほどから検討するか。」
「人ですか、やっぱり…。」
「W魔Wではないよ。一般人に呪いをかける物好きなW魔Wはいない。俺になら日に五度くらいはかけてくるけどな。」
のほほんと恐ろしい事を鷹志さんはいう。
「そうですか……人、ですか。」
「無視するなよ…。」
無視しなければ話が進まない。
「で、どうなんです?祓いを使ってみた所の手応えは。」
「素人ではない。ただそれほど強力な術者でもないといった所か…。W魔Wで言えば地縛霊程度だな……夜月でもなんとかなるさ。」
なんとかならないと困るのだが。
失敗が死にさえも直結する仕事である。
「相手を確認するにはどうします?僕には、鷹志さんや、嵩穂ちゃんのような術は使えませんよ。」
「これを使え。」
鷹志さんは、すっくと立ち上がると、無造作とも思えるほど適当に一冊の本を棚から引き出す、その間から一枚の符が出てきた。
一体、この人はどこに保管しているんだろう?
僕の鷹志さんに対する好奇心が1プラスされた。
「なんですか?これは……。」
「式符だよ。しかもつい先日掴まえた鬼の天然もの。」
「鬼!?」
僕はつい大きな声をあげてしまった。
鬼と言えば、神にも通じる力を持つW魔Wである。
異界の住人にして鬼門より現世に出現する存在。
この科学の時代になっても人々はW鬼門封じWなる行為を続けている。
丑満つ時、北東の方角、年始……すべては鬼門に繋がるプロセスだ。
絶対恐怖の対象として、この国に多大な禍根を残している……。
まあ、人鬼程度なら僕でもなんとかなるかもしれないが…天然という事は…。
「鬼朱天神(きしゅてんじん)て名乗ってたな。出雲で、でかい面してたのを封じた。」
「暴走族の抗争じゃないんですから…そんな気軽に…。」
「ちゃんと呪で縛られてるから、お前の言う事もちゃんと聞いてくれるさ。頭良い奴だぞ。」
鷹志さんはこちらの話をまったく聞かない。
幾等こちらの言う事を聞いてくれるとはいえ、鬼などと面を通す気にもならなかった。
彼等の発する気は対峙するだけでとてつもないプレッシャーをかけてくる。
僕はその符を恐る恐る摘み上げた。
「一応、借りておきますけど…使いませんよ、僕。」
「……まあ、いいさ。どうせ俺が一度祓ったんだからな。再び呪いをかけるため相手は彼女に接触してくる。そこで仕留めれば良い。」
先程も言及したように、呪いは、対象とパイプラインを繋がなければ発動しない。
例えば、丑の刻参りの髪の毛だ。
もちろん術力が強ければ強いほど、その過程は簡略化される。
鷹志さん程度になればW真名Wを知るだけで呪いをかけれるようになる。
だから、泰山家では仮の名を親から貰い、W真名Wは自分自身で付ける風習があるらしい。
僕も鷹志さんのW真名Wは知らない。
「相手は大した術者ではない。必ずラインを繋げに姿を現す。そこを狙え。」
そう言うと、鬼朱天神なる式符とは別にもう一枚の符を鷹志さんは取り出した。
「ほら、頼まれた通りに封じ込めておいたぞ、お前の相棒を。」
僕は、それを手に取ると、二枚の符を内ポケットにしまい込んだ。
それで話しは終わった。
対した事を話したとも思えないが、結局、その時にならなければどうなるか解らないのである。
綿密に計画を立てた場合、それが崩れた時の自分程怖いものはない。
置き時計が七時を告げる鐘を鳴らす。
自分で入れたお茶を飲み干すと、僕は『寂光堂』を出た。
「しっかりやれよ。」
出て行く僕の背後に、鷹志さんの声がかけられた。



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