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Original Novel 遊真 Presents



寂光堂


月輪の法則

4 不浄の館



頑丈な鉄柵の外から、僕は川崎翔子の家を呆気に取られて眺めた。
家、というより、これは邸宅だ。
閑静な住宅街に、贅沢な程、広く取られた庭…。
砂利を敷き詰めた小道が、門から玄関まで続いている。
その周りを、譲葉、柊といった庭木が手入れ良く植えられていて、譲葉には黄緑色の小花が、漆黒とのコントラスでやけにくっきりと映えて、咲いていた。
屋敷は屋敷で、この立派な庭の中に在って見劣りしない。
「すごいな……。」
これがボキャブラリーの貧困な僕が述べた率直な意見である。
改めて表札を注視した。
W川崎W
確かにここだ。
表札の下にあるインターホンを押そうとして、はたと僕はその指を止めた。
こんな屋敷に住む御令嬢に、夜、男が伺って良いものかしら、と。
世間様の悪評に繋がりはしないかと……。
あれこれと考えつつも、実は圧倒された僕が尻込みしているだけなのだが…。
警察でも呼ばれたら、鷹志さんに保護してもらおう、などと考えて……。
意を決して僕はボタンを押した。
「はい…?」
数秒して翔子さんがインターホン越しに出る。
「あっ…あの、布椎夜月というものですが……。」
「どうぞ、今、門の鍵を開けますから。」
自動ロックになっているらしく、カチリと音がなって門の鍵が開いた。
そそくさと玄関の所まで歩く。
翔子さんがドアを開けて僕を向かい入れてくれた。
玄関から入ってすぐに二階へと続く螺旋階段が目に入る。
吹き抜けの天井には豪勢なシャンデリアがぶら下がっていた。
「すごいな……。」
とことんボキャブラリーが貧困している……誰か僕に語彙の恵みを与えてくれ…情けない。
翔子さんは、口ぽかんと開けて馬鹿面をする僕に、小首を傾げてみせた。
「どうしたんですか?」
どうしたも、こうしたもない。
庶民万歳の僕には、ちょっと信じられない世界だ。
毛足の長い絨毯の感触を確かめながら、僕はぐるっと周囲を見渡した。
「これが豪邸ってものかな……、初めて見た。」
「……そうですか?」
「僕の住処は六畳一間だからね…。ちょうどここの靴脱ぎ場ぐらいのスペースかな。」
「広いだけです。私は六畳一間の部屋に憧れますよ。」
「………まあ、他人の芝生は青く見えるっていうからね。どっちが良いってわけでもないか。」
僕は話しを締めくくると彼女の方を改めて向いた。
ちょうど僕のほうを見ていたらしく、ばっちりと視線が合う。
翔子さんは、少し頬を染めて俯きかげんに。
「リビングへ行きましょう。」
そう言って、僕を左手の部屋へ案内してくれた。
 
 
 
どさりと黒皮のソファーに腰を静めると僕はガラストップテーブルの反対側に座った翔子さんを見やった。
少し落ちつかな気に、膝の上に置いた右手がもう片方の手を摩っている。
『寂光堂』でも見た彼女の癖である、……いや、僕がそう判断しただけで実はそうでないかもしれない…訂正して置こう。
「これからどうしましょう…。」
不安げに彼女は僕の顔を仰ぐ。
どうしましょう、と言っても、どうしましょう。
特にマニュアルのようなものはないのだ、説明しようにもしようがない。
だからといって彼女の不安を取り除いてやる事も大事だと思えた。
「そうですね…。一応、僕は翔子さんのガードという立場に立ちます。」
「…というと?」
「あなたの側で相手のW呪いWから守る、という事です。……迷惑、なんて言わないでください。そうしなければ、翔子さんを確実に守る事はできない。」
「それは……もちろんです。…夜月さんみたいな人なら…信用できます。」
一日会っただけで信用されるのもどうかと思うが、彼女がそう言ってくれるならこちらとしても結構だ。
僕はできるだけ人畜無害な笑みを浮べると、確認するべき事への質問に入った。
「えっと……この邸宅で北東に当たる部屋はどこでしょうか?」
「北東…ですか?………それなら誰も使っていない空き部屋がそうですが…。」
何を聞いてくるのだと、彼女は目で語ってくる。
僕は出来るだけ簡略に説明をした。
「鬼門って知ってますか?」
「…ええ…、名前ぐらいは…。」
「陰陽道では、北東の方角に、死の国があるとされています。死の国イコール、鬼の住む国。鬼は北東の方角から来るとされているんです。すなわち鬼門。」
そこまで一気に言うと、一つ息をついた。
「邪なるものは必ずこの鬼門から侵入してきます。W呪いWもまた然り。僕が北東のその部屋に張り込んで、入ってきたW呪いWをそこで断ちます。」
W呪いWという言葉に翔子さんは、過剰に反応する。
無理も無い、WそれWで彼女の身の周りの一人が殺されているのだから…。
「すいませんが、そういう事なので、その空き部屋に案内してくれませんか?」
翔子さんは無言で肯くと、ソファーから立ち上がった、僕もその後に続く。
リビングを出て、一旦玄関ホールに戻り、二階へと上がる。
上がってすぐのドアプレートにはWSYOUKOWと刻まれていた。
「ここが私の部屋です。」
そう言いながら彼女は左に曲がる、次のドアは両親の部屋という事だ。
そして、問題の部屋は…。
「ここです。」
突き当たりのドアの前で翔子さんは立ち止まり振り返った。
空き部屋という通り、プレートがついてはいない。
だが……。
依然は張ってあったらしく、微かにプレートの跡があった。
「依然は誰かが使っていたんですか?」
素朴な疑問に、彼女は首を横に振る。
「知りません、もしかしたら私が産まれる前に死んだ祖父母が使っていたのかも。」
あまり興味のなさそうにそう答えると、翔子さんはドアノブを回した。
と。
闇に閉ざされた空虚な部屋の中から……開けられた僅かなドアの隙間から、どろりとした何かが………いる、それに僕は気づいた。
瘴気だ。
「なっ。」
思わず僕は声をあげる
なんだ…………これは…。
予想もしない形で、その気を浴び、僕は吐き気を覚える。
ただの瘴気じゃない、これは…まるで…人間の……死臭だ。
とんでもなく危険な臭いだ。
何年も沈殿して拘泥した不浄の怨念を感じる……。
「どうしました?」
翔子さんのその言葉で僕は、我を取り戻した。
突然うめき声をあげた僕を不思議そうに彼女は見詰めている。
「い、いや…なんでも…。」
そう取り繕った所で、固くなった僕の表情まではごまかせなかった。
不思議そうにしていた顔は、次には不安な顔へと変わる。
だからといって教えるわけにはいかなかった。
この澱んだ気は、数ヶ月やそこらで練られるものではない。
つまり、W呪いWの所為ではなく、それとはまた別の、この屋敷に潜んだ因縁がそうさせているのだ。
……いや、もしかしたらこの怨念のルーツを辿っていけば、彼女にW呪いWをしかけた人物を特定できるかもしれない…。
しかし……。
頭の中であれこれと考えたが上手い案は産まれなかった。
「翔子さん、本当に、この部屋を誰が使っていたか知らないんですね?」
再び聞いてみたが、彼女は首を振るだけだ。
仕方が無い。
この澱んだ気の事については保留する事にして部屋の中へと入る事にしよう…。
「入りましょう、翔子さん。」
促しつつ、先頭に立って部屋に入る。
部屋に中には……何もなかった。
床には絨毯も敷かれず、フローリングがむき出しになっている。
調度品はおろか、家具一つない。
翔子さんが、ドアの横にある電灯のスイッチを付ける。
数度瞬いて明りが灯った。
灯ったのはいいが、このどぎつい瘴気のせいで僕には、部屋の中が霞がかかったように見える。
「翔子さん……。」
殺風景な部屋内に鋭く視線を這わせながら僕は、背後に立っているだろう彼女を呼んだ。
「なんですか…。」
胸中で膨れ上がる不安は止まる事を知らない。
もしかしたら、鷹志さんは今回の一件を見誤ったかもしれない……そんな思いさえも湧いてくる。
……だからだろうか…。
僕の口は無意識の内に動いていた。
「今日から、この部屋に泊まらせてくれませんか?」



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