Back/Index/Next
Original Novel 遊真 Presents



寂光堂


月輪の法則

6 二対魂の秘法



俺は、俺を呼ぶ声に、目を覚ました。
嫌、正確に言えば意識は常にあった。
夜月と共に、俺の意識は常にあった。
ただ俺という存在が目を覚ましたのだ。
唯一、俺のみが世界にある理由、"存在"それが起きた……そう言う事だ。
俺は黄昏の世界にぷかぷかと浮いていた…。
身体は景色の色…黄金色に染め上げられていた。
また……。
また俺を呼ぶ声。
この世界で俺に呼びかけをできるのは奴しかいない。
"夜月"それもまた俺。
『なんだ……、どうした一体……。』
俺の問いかけに。
『傷はもう…大丈夫か?』
奴が問いを重ねる。
……まったく要領を得ない所が一年前と変わらない。
あまりここでは会話を交したくはないのだ。
言葉は即物的過ぎて、強く…不快な響きに変わる。
『ノープログラム、ぴんぴんだぜ。』
『だったら反転する、あれを降臨させるんだ。』
『ああっ?いきなり何言ってるよ、お前…。』
『重大事だ、つべこべ言わずに頼む。』
確かに奴の言葉には切羽詰まったものが内服されていた。
ここでは、それが黄昏の世界を波立たせている。
『まあ、俺は別にいいぜ。どっちかつうと願ったり叶ったりだしな。』
この世界にいるのは心地よいが。
そろそろ俺も現界で一暴れしたい。
『じゃあ、反転だ。君は僕に、僕は建御雷命に……。』
『オッケー。』
俺は了解の意を送ると、静かに目を閉じた。
少しづつ気を高めていく。
前へ…前へと……ただひたすらに……。
すると、液体のように浸っていた俺の身体からだんだん浮力が失われていく。
重力が俺の身体を支配していく。
そして、完全に俺を包むものが無くなった時。
俺は双眸を開いたっ。
 
 
俺はその瞬間、現出した。
無音の世界から音のある世界へ…。
耳がそれに慣れず、じんじんと痛む。
だが…辺りの様子を伺う暇は俺になかった。
一年ぶりの娑婆の空気だと思ったら、俺は絶体絶命のピンチに陥っていた。
「がっ……っく……あの…馬鹿野郎ぉ……。」
こんな時に呼び出しやがって、後でぶっ殺してやる。
などと……言っている暇はない。
俺はただちに掌へと、意識を集中させた。
俺のもう一つの魂をそこへと集めていく……そうして右手に宿る、力。
圧倒的なまでの力の余波が、絡み付く蛇の如き放電を産んだ。
闇に舞い散る紫電。
その手を縦に大きく振るうと、それは俺の掌の中で形をなした。
ただ、そこにあるだけで空間を寸断するような刃。
それ自体が淡い燐光を放ち、闇を払拭していく……。
飾り気のない剣が俺の手中に現われた。
布都御魂剣……またの名を建御雷命。
神話に在る雷神の名に違わず。
俺を包み込んだ紫電が賦活され、時折、稲妻が空間に解き放たれていった。
霊気のハウリングだ。
俺と奴の魂が同調した証。
こうなれば……俺は……強い…。
絶対の自信が沸き立つ、首を締め付けられながら、俺は、ガラスの中の俺に笑い返していた。
そうして、手にした剣を、裂帛の気合を込めて足元に……突き刺すっ。
「破。」
刺すと同時に言霊を放つ、暗闇へ亀裂が走った。
俺が突き刺した場所を中心にして、広がるひび割れ…。
「散。」
さらに強く、刺し込むと、何千本にも束ねた剣をまとめて折ったような大音響をたて、空間が砕けた。
暗闇がタイルの如く抜け落ちていく。
月光が、姿を現した。
窓から侵入する冷たい風が、心地よい。
俺は、あの部屋に舞い戻ってきたのだ。
だが……まだ安堵するのは早い。
締め付ける力は弱まったものの首に巻かれた赤い糸は消えていない。
ガラスの中にまだ…奴はいる。
俺は片手で剣を持つと、奴に向けて掲げた。
剣の切っ先から、腹を空かせた蛇の如く、稲妻が走る。
そのたびに、空気が焦げて、嫌な臭いを立てた。
「貴様、やりすぎだ。……俺が、消してやるよ。」
罪状を継げる裁判官のようにそう宣告して、瞬き程の素早さで剣を振るった。
周囲の壁にはまったく傷を付けず、窓ガラスだけを真っ二つに切る。
奴もまたその中で二つに別れた。
その切れ間から…。
どろり、粘着性の血が流れ落ちる。
鷹志さんは、仏心を出したようだが、俺は躊躇なく、呪詛返しをかけてやったのだ。
ガラスの中で悶える、俺。
「さっさと帰んな。」
剣を無造作に肩へと担ぎ。
窓まで歩み寄ると、俺はその窓ガラスを蹴倒してやった。
窓枠からはずれたガラスが、庭先に落ちて、甲高い音を立てた。
そうして俺は、首元に手を這わせる。
まだ首は繋がっているらしい…。
流れ出た血を拭うと、俺は舌でそれを舐め取る。
そのまま双眸を閉じると、安堵のため息を一つ月夜に送った…。
部屋の外……廊下を誰かが走ってくる音が聞こえる。
そして、部屋のドアが勢いよく開けられた。
「夜月さん、どうしたんですかっ!」
騒ぎに目を覚ました川崎翔子が、俺の名を呼んで、飛び込んできた。



Back/Top/Next