Back/Index/Next
Original Novel 遊真 Presents



寂光堂


月輪の法則

14 死の残響



静謐とした空間。
闇の中で胎動する"何か"が私の側にあった……。
水よりも浮力のある何かに浸かり、私はふわふわと浮いている……。
私の側にある、"何か"もまたふわふわと浮いていた。
その"何か"、とは何か。
私は必死で目を凝らしてみたが…。
よく解らない……。
靄のかかった景色のように、私の瞳は確かな像を結ぶ事が出来ないでいる。
僅かな色彩の違いぐらいしか私は判別できない…。
「ねえ……」
言葉は紡がれる。
ただし口を動かした意識はない。
なんとなく、頭の中で考えたら、そんな言葉が、空間に浮かび上がったのだ。
「ねえ、あなたは誰?」
私は"何か"に問い掛ける。
………。
返事は返ってこない……ならば、人ではないのだろうか…?
そっと、おっかなびっくり、私はそれに、手を伸ばしていく…。
掌に、心地よい温かさが、伝わってきた。
身体だけでなく、心まで暖められる……。
私は、そのあまりの快さに、その得体が知れていない"何か"を胸に抱き込む。
「あたたかい……」
闇の中に零れる、雫一粒……。
なぜか込み上げた懐かしさに、私は泣いていた。
懐かしさを逃さない様、きつく"何か"を抱く。
………だけど。
私は知っていた。
どんなにきつく抱いても、その"何か"は私の側から離れていく事を…。
懐かしさは、懐かしさでしかない事を。
振り返る事しかできない、立ち戻る事の許されない事であるのを……。

そうして闇は光に変わる。

静かな世界から、騒がしい世界へ。
あまりにまぶしくて私は瞼を閉じる、それでも光りは逸そう照度を増していった。
光が、"何か"を私から奪っていく。
更には、眩さの中に隠しさってしまう……。
「待って」
言葉は届かない。
周りの世界が光りなら……、私の世界は赤だ。
どろりと粘りつくような赤だ。
燃える赤。
ただ、私の感情を煽りたてる………赤。
憎悪、憎悪、憎悪、憎悪。
赤は憎悪の色。
私の嫌いな色。
なのに私の世界の色。
矛盾だ。
すべては私から"何か"を奪った光が悪い。
そうだ、私は悪くない。
私は憎悪なんて産み出したくないんだ、本当は……。
……誰か、助けて。
私を、この世界から助けて……。
赤の世界に、もう腰まで埋没してしまった……もがけば、もがくほど深みに嵌まっていく。
だれか………。

凛、赤の世界を切り払う、清浄な音。

波紋した音響が、赤の支配から私を解き放とうとする……。
そうして………。
「翔子!」
私を呼ぶ声……。
あなたが……私を……助けてくれるの………。
……………。
…………。
………。
……。
…。

「翔子!」
私は、私を呼ぶ声で意識を取り戻した。
闇が目の前にある。
時折、閃く稲妻のような光と共に、断末魔の悲鳴が上がる。
恐怖で震える膝に力を込めて私は立ち上がった。
「夜月さん!」
私を読んでくれる声に答える。
私を助けてくれる声に答える。
とにかく今はそれだけに心を傾けた。
今起きている悪夢のような出来事が、私のかけられた呪いに関係しているとか…。
美紀さんや、相原君は大丈夫なのだろうか、とか…。
ちらりと頭の中をかすめた気がかりは、払いのける。
「夜月さん、ここっ!」
紫色の一条の光が見えた。
それにぼんやりと照らされる人の影も見えた。
一条の光を発していたのは、一振の剣
人の影は……。
「夜月さん!」
私はその人の名を呼ぶ。
「大丈夫か?」
彼に向かって走りよった私の足がもつれる。
私は勢い余って、彼の胸の中に倒れ込んだ。

 
 
 
翔子の顔が、布都御魂剣の発する光により浮かび上がる。
表情から読み取れる憔悴の色は、濃い……。
「ど、どうして私の場所が……」
俺に肩を借りていなければ、立っていられないほど、彼女の足元はおぼつかない。
「言霊だ。俺があんたの名を呼び、あんたが俺の呼びかけに答えた」
言霊により彼女の心を捉えたのだ。
そうして引き寄せる。
悪霊等が人間を引き込む時に良く使う手だから、俺はこの呪(しゅ)を好んでは使わない。
だが、時が時だ、そうも言っていられないだろう……。
現にこうやって翔子を、保護する事ができた。
「夜月さん、皆が……」
「知っている。だが、俺にはどうしようもないっ」
闇に稲妻が閃く度に、一つづつ生命が刈り取られていく。
相手は、俺達をこの柔剣道場に閉じ込め一人残さず、殺していくつもりだ。
……一体誰が?
翔子に呪いを掛けた奴に、これほど桁外れな力はなかった。
俺は目に見えないプレッシャーの所為で滝のような汗をかいていた。
それを拭く余裕も更々ない。
あまりにも、歴然とした力の差があった。
……これは、もしかしたら……鷹志さんクラスかもしれない。
俺は自分の不甲斐なさに歯噛みした。
「……一つだけ法方はある」
「一つだけ」
反復した翔子に俺は肯いた。
「だけど、応急的な措置だから完全に呪(しゅ)を破る事にはならない。むしろ後味の悪いやつだ」
「でも、助かる可能性があるなら……」
「……だな」
俺は肯く代わりに、手にした剣を床に突き刺した。
ギンッ、と耳をつんざく波動が剣を中心に柔剣道場内に伝播する。
頭髪が下から吹き上げる風で逆立った。
……………この程度では相手の呪は揺るぎもしない。
だが……ここからが勝負だっ。
俺は鷹志さんに教わった術を完成させるべく複雑な印を切りながら…。
「坤(こん)艮(ごん)坎(かん)巽(そん)震(しん)離(り)兌(だ)乾(けん)」
天地自然を司る八卦を順に唱えていく。
さらに鋭い呼気を闇の中に六つ飛ばし、残り一つを見守る翔子に飛ばす。
「人柱を持って、八卦陣と成す」
俺は床に突き刺さった布都御魂剣の柄に手の甲を置いた、そうして一言。
「閉じる!」
気合を込めて、一気に鍔元まで差し込んだっ。
途端に俺の眼前の視界が弾ける。
許容を超えた集中が、俺の精神的な疲れをピークにしたのだ。
意識が徐々に薄れていく………。
「……後は、頼んだぜ……」
差し込まれた剣にそう呟くと、俺はまるで重力が逆さまになったようにして、床に叩き付けられ、倒れた。



Back/Top/Next