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Original Novel 遊真 Presents



寂光堂


月輪の法則

エピローグ



常夜灯よりも、薄い白光の膜が翔子の世界に被さっていた。
全てがぼんやりと、ゆらゆらと、不確かな光彩を放って、まるで真綿のように翔子を包んでいた。

(私はただ、何もする事がなくて、突っ立っている……)
(それでも翔子の歩みは、着実に前へ前へと進んでいた……)
(私は懐疑と不愉快と嫌悪で、心の内を満たしている)

「ほんとドジなんだから、あなたはっ」

(こんな嬉しそうな顔を私は知らない)
(隙だらけの笑顔を私は知らない………一体それは誰に向けているの…?)
(もしかして、背中の、それに?)
(………うふふ、それは………それは変だよ、変だよ姉さん)

「注意力が散漫なの、だから足を怪我するのよ、まったく」

(ねえ、聞いているの、私の話し?)
(……なんで無視をするの?)
(御伽噺に出てくるような、真ん丸お月様がでているんだよ)
(空には黒の天幕が張ってあるんだよ)
(こんなに奇麗で、儚い………幻想のような夜に………)
(なんで、私を無視するの……?)
(それとも………)
(…………聞こえてないの?)

凛、凛、凛、凛

(この鈴の音が五月蝿くて聞こえないの?)
(一歩踏み出す度に、姉さんの背中で鳴るこの鈴の音のせい?)
(………でも淡く、四方に透き通る音色はとても澄んだ音色だよ)
(他の音を妨げたりしない、控えめな音だよ)

「ねえ、聞いているの?」

(ほら、私は姉さんの声が聞こえるんだ)
(なんで、姉さんは………聞こえない振りをするの)
(……その背中の物をどうする気なの)
(どうしようもないよ、そんなもの)
(だって………)

(だってそれは……)

「ねえ、聞いているのってば、真帆ちゃん」

(首を無くしたただの入れ物なんだから)
(話し掛けたって、私と違って答えてくれはしないんだ)
(姉さんが、そうしちゃったんじゃない)

凛、凛、凛、凛

首無しの入れ物に括られた赤い糸、それに付けられた飾り一つないただの鈴。

「ねえ、真帆ちゃん」

(真帆なんていないよ、ここにいるのは姉さんと、私だよ)

「………私、凄く鈍感だけどね………」

(ねえってばっ!)

「………感謝…しているん…だよ…」

(…………)

いつのまに、なのか………。
翔子は涙を流していた。
月の雫みたいな、泡沫の如き水滴。
冷たいアスファルトに落ちる前に、崩れ去る………。

(………姉さん)

「感謝……してるんだよ、これでも。……みんな……好きだよ……」

(………姉さん)

「相原君も、美紀さんも………真帆ちゃんも……。私に、ここに居たいって……思わせてくれるもの……」

(………どうして、泣くの?)

「………私は……ここに居て、いいんだ……って思わせてくれるもの………」

………素足のまま、翔子は歩く……。
もう、返事を返す事のないただの入れ物を背負って…。

「……………私はここに居たい………」

狂ってでも、ここに留まりたい。
一緒に、笑いたい、泣きたい、怒りたい……………。
泣いているのは……誰?

(お姉ちゃん?………それとも………私?)

「……何、言ってるんだろ、私」

廻る衛星は微かな光を地上へと落していく……。
それは、寂光。
全てを繊細に照らし出すその光は、奇怪なこの少女の足元を、踏み外さぬよう……優しく灯している……。
そうして翔子は坂を登りきる。
見えてきたのは一つの煤けた校舎だ。
立ち並ぶ桜の木にはまだ、蕾が多少ついている程度。
それでも後、一月もすれば鮮やかに彩られるだろう………。
………翔子は立ち止まり、肩越しに振り返った。
そこには何も無い。
空ろな虚空だけなのに……。

「これで、遅刻せずに住みそうだわ、真帆ちゃん」

そう言って、再び、真帆をおぶさりながら、歩き出した……。
月輪の夜の中……。

(疎ましくて、腹立たしくて………そうして………)

(………なぜだか、少し、羨ましかった)



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