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Original Novel Yuki Presents



歴史の果てに


第9章

つかの間のハッピーエンド



俺達は二人が飛びさった空をしばらく眺めていた
「…行っちゃった…ね。」
「なあ、青葉。少し話さないか?」
「え、うん。私も…いっぱい話したいことがあるし…。」
そう言って適当に腰かける
そして、しばらくの沈黙の後
「…最初に言っておくけど、俺は緋禮 梓零だからな。」
「うん、なんとなくだけど、それは分かるよ…。」
三つの碧眼
六つの淡く光る翼
姿かたちはアストだけど…
でも、アストとは違うやさしい感じ
いろんな感情が混ざった感じ
人間の、感じ
そう、これは…私の好きな感じ
「私だって、青葉 雫なんだし…。」
それで、いいんだよ
あなたはあなた
私は私
ただそこに…天使という別の人格があっただけ
今を生きてるのは、私達なんだから
「そうだよな、俺達…そうだよな。」
ただ、うなずきあう二人
期待感、不安感、焦操感…
突然の、あまりにたくさんの出来事
すでに俺の考えが及ぶ範疇を超えていた
なんでもいい
俺がここにいて、自分という存在の証がほしかった
今になって記憶が、知識が、俺に振りかかってくる
それも、悲しいものばかり
全てを受け入れると決めたのに
覗けど覗けど、悲しみが溢れてくる
泣いてしまいたい
そうすればどれだけ楽になれるのだろう
一人なら間違いなく、大声を出して泣いていたことだろう
でも、そこには青葉がいる
俺に微笑んでくれている
それすらも叶わなかったアストに
今俺が悲しみに負けるのは、許されるのか
…だから、泣かない
「…泣いても、いいんだよ。」
「え?」
「ほんとに悲しい時は、泣いていいんだよ…。」
悲しみに耐えられなくなった時には
泣いてもいいんだよ
それが、人間だよね?
私だって、いくつも泣きたい時があったから
その気持ち、よく分かるよ
だから、ね
今は泣いてもいいんだよ
「…ありがとう、青葉…。」
俺の考えていたことを予想したのか、青葉は俺にやさしく言ってくれた
…いや、確信していたのかもしれない
俺が、こう考えることを…
その言葉が引き金となる
俺は涙を止めることはできなかった
人がこれほどまでに涙を流せるのか、と思うくらい泣いた
しかし、青葉は黙って俺のそばで、抱いて慰めてくれていた
泣きじゃくる子をやさしく包む母のように…

「ごめんな、青葉…。」
どれぐらい泣いていたのかわからない
その間ずっとそばにいてくれた青葉に少し気恥ずかしいものがあった
「ううん、私も…その気持ち分かるよ…。」
それは、自分も経験した、ということなのだろうか…
そうだよな、青葉だって…アスラシャムとしての記憶を持っているんだし
でも、俺なんかに本当になにができるんだろう?
みんなが幸せになれる歴史
そんなものが創れるんだろうか?
それって、実際不可能なんじゃないか?
全世界の人間の幸せ…
それを創れというんだろうか
それとも、俺達が幸せになれればいい…のか?
でも、アストやアスラシャムを…会わせてやりたい
それには、なにをすればいいのか…
などと考えていると
「たぶんね、自分がしたいことをすればいいと思うよ。」
「え?」
「急に何かをやれって…言われたって、できる人はいないんだから。」
青葉が、俺の顔を覗きこむように話す
俺の考えを、悩みを見透かすように…
「それに、あの二人が帰ってくるまで…待ってようよ。」
「そうだよな。みんなで創りたいよな…。」
アストが創ろうとしていた歴史
それを支えようとしたミスティ、ワドラ
二人がいない歴史なんて…アストは喜ばないだろうな
二人はきっと戻ってくる、気がする
それを…待とうか、な
そこで少し安堵した俺はふと思った
俺って、今どんな格好なんだろう?
「なあ、青葉。鏡持ってる?」
「うん。…はい。」
そう言って手鏡を渡してくれた
それを覗きこむ
「どれどれ…。」
額にもう一つの碧い目
少し鏡をずらすと背中には六つの翼
「おお!?」
思わず声をあげる
すげー、ほんとに翼がついてる
でも、多いぞ?
「どうしたの?」
「いや、なんかさ…みんなと違うなって…。」
みんな額に目は無い
そして、翼も…四枚だった
「それはね、アストだけなの。」
「どういうこと?」
青葉の説明はこうだ
天使の力は強力な分、消耗が激しい
そこで、翼というエネルギー供給機関を備えている
翼が多ければ多いほど、たくさんのエネルギーを補給できる
「アストは天使の中で一番力を持っていたから…特別なんだよ。」
「じゃあ、他の天使より強いんだ…。」
「そうだよ…なんていったって、天使長なんだから。」
「じゃ、この目は?」
もう一箇所、聞いておきたい部分
なんで、三つ目?
「それは、「時読み」の証…だったかな?」
…それについてはよく知らないんだよ
アストは、それを見せてくれたことはなかったし…
「…うーん、これは目立つな…。」
「別に翼をしまっておいても魔法は使えるから、しまっておいても大丈夫だよ。」
だよな…
こんなもん広げてたら、即捕まりそうだ
「じゃ、しまっとこう。」
俺は翼と目をしまった
「おお!?」
もう一度声をあげる
額の目と翼がでたり消えたり
おもしれー
「梓零くん…?」
しばらく遊んでたら青葉が「?」を浮かべた顔で見てくる
…というか、変なものを見る目だ、これは
「いや、なんかおもしろくて。」
自分の体で遊ぶのもなんだが…なかなか新鮮なものがあった
とりあえず、遊ぶのはこれくらいにして…
「これからどうしようか。」
なんとなく青葉に聞いてみた
答えは分かっていたのに
青葉ならきっと
「今まで通りでいいんだよ。」
満面の笑みで答える青葉
こう言うと思っていた
「戻ろうか、いつもの時間に…。」
俺たちという人間が存在している時に…
「じゃあ、空間を解除するね。」
青葉が何やら呪文を唱えだした
すると、ミスティ達が作りだした空間が消えていく
外の時間が流れこんできて、中の時間とが混ざり合う
「もう少しすれば、完全に空間が消えるよ。」
青葉が言ったそのとき
とてつもなく強い力の気配を感じ取った
「…青葉、この気配…ミスティ達じゃないよな?」
「ち、違うと思う。ミスティさんは、こんなに恐い気を発しないよ…。」
冷たい
背筋が凍るように冷たい気配
それに…強い!
「だ、誰だろう…?こんなに強い力…。」
"そんなの…梓零くんじゃないよ!"
"いつもの梓零くんに…戻ってよ!"
「くうっ!?」
一瞬頭に映像がよぎる
そして、激しい頭痛
痛みに耐えきれずその場に倒れこむ
…何が起きたんだ…?
「大丈夫!?梓零くん!」
あわてて青葉が駆け寄ってくる
「ああ…大丈夫だ。」
そう言うと俺は立ち上がった
痛みは不思議と一瞬で消え、不可思議な映像だけが取り残された
今の…言葉はなんだ?
いつもの…俺?
映像の中の青葉が放った一言
なぜか、引っかかっていた
「ほんとに、大丈夫…?」
よほど歪んだ顔をしていたのだろうか?
青葉は半分目に涙をためながら聞いてくる
「ああ、本当に大丈夫だから…っと、空間が閉じるぞ。」
「あ、翼をしまわないと…。」
うまい具合に話しをそらすことができた…
こんなもの、いくら説明したところで分かってもらえるわけがない
俺にもさっぱりだ
もう、忘れよう…
そして光が弾け、空間が消えた…


寮に帰ってから、俺は一人で悩んでいた
ああは言ったものの、俺に本当に何ができるんだろうか?
正直、俺も戸惑っている
突然得た天使の力を使って歴史を創れ、と言われても…
そんなことできるわけがない
こんな状況をいきなり飲みこめるほど俺は大人じゃない
「…勘弁してくれよ。」
なんで俺なんだ?
他の誰かでもよかったんじゃないのか?
知らなければ幸せなこともある
俺は、開いてはいけない扉を開いてしまったんじゃないだろうか?
「うー…。」
くそ…このままじゃ胃に穴が空くどころか胃がなくなっちまう
その時、ぐう〜、と腹がなった
「こんなときでも腹はへるのか…。」
人間、空腹には勝てないのか?
しかし、今の俺には丁度よかったのかもしれない
「こういう時は、やけ食いに限る!」
とりあえず、なんでもいい
全てを忘れられるように、夢中になれることがほしかった
「あ、隣、いい?梓零くん。」
が、青葉と会ってしまった
気まずい
今の俺は、笑って青葉と…天使という存在自体と話すことが苦痛だった
言葉が出ない
何やってるんだ、俺は…
言葉を出すことができない
「それでね、その子がすっごくおもしろい子でね〜…」
俺は青葉のいうことにただ相槌をうつだけだった
黙々と食べ、終わると挨拶もせずに俺は食堂を出た
「待ってよ、梓零くん〜。」
青葉が追ってくる
「ねえ、どうしたの?」
「別に。」
やめろ
「でも、なんかおかしいよ?…何かあったの?」
「なんでもないよ。」
違う
「…やっぱり、まだ悩んでるんだよね…。」
「うるさい!」
なにを怒鳴ってるんだ、俺は?
俺はこんなことが言いたいんじゃない
だけど、俺は言葉を止めることはできなかった
「いきなり、こんなもん押し付けられて、なんにも思わないやつがいるか!」
そして、俺は翼を広げ、眼を開く
「ちょっ、梓零くん。誰かに見られたら…!」
「かまうもんか…なんで、俺達だけがこそこそ隠れて悩まなきゃいけないんだ!?」
俺は…なにをしてるんだ?
なにがしたいんだ?
青葉にあたって…なにかが解決するのか?
心のどこかではすごく冷めきっているのが分かる
こんなことが言いたいんじゃない
誰かに、甘えたかった
誰かに、分かってほしかった
それを、人間という部分が怒りへと変えてしまう
素直に、なれない…そんなちっぽけな人間の心が…
「俺だって望んでもらったモノじゃない!あいつが…勝手に押し付けていったんだよ!」
「梓零くん…なんでそんなこと言うの…?」
青葉の目には涙が浮かんでいた
それを見ると心が締め付けられる
「…しばらく、一人にしてくれ…。」
これ以上青葉を見ていると怒りと悲しみでおかしくなりそうだ
一方的に話しを切って男子寮に戻る
そして鍵を開けて部屋へと入る
そのまま玄関のところにしゃがみこんだ
「俺は…なにをしてるんだろうな…。」
青葉にあたったことを後悔する
いまさらになって、人間の感情とは恐ろしいものだと痛感する
あのとき、全てを受け入れるって決めたのに…
天使は感情のコントロールができるんだろうか…?
あの時は自分の感情を抑え、アストのために行動しようという気になれた
しかし、天使の意識がなくなり、人間に戻った瞬間これだ
自分の体に不釣り合いのモノを得た人間とは、こんな風になるのか?
「アスト…あんたは、本当に俺でよかったのか…?」
俺はその日、眠ることができなかった


「…ただいま…。」
誰もいない部屋に向って私は言った
ついこの間まで、美堂さんがいたのに…
「一人じゃ、この部屋は広いよね…。」
特に今は、そう感じた
電気をつけて、鞄を置くと、机に倒れかかる
「なんで梓零くん…あんなこと言うのかなあ…。」
一緒に頑張ろうって決めたのに
「折角、また会えたのに…。」
でも、それは私の本心?
違うよ
「ごめんね、だね…。」
私が、私を苦痛の歴史から開放したいがために、アストの力を利用しただけだよね…
私があのまま苦痛に耐えていれば、梓零くんは、普通の生活を送れたのに
笑って、泣いて、恋をして…
そんな普通の歴史
「憧れた私が悪いんだよね…。」
もしこれで、歴史が変わらなかったら、もう終わりにしよう
私一人が耐えれば、それでうまくいくんだから…
「梓零くんに会うのは…これで、最後にしよう…。」
「今時珍しい子ね、自分を犠牲にできるなんて。」
え!?
「誰!?」
まったく気配を感じなかった…
「私はデストリアス。あなたに、おもしろいものを見せようと思ってね。」
…この人…さっきの、強い力の人?
波長が…似てる
「明後日の午後9時、駅の裏の駐輪場で、待ってるわ。」
「な、なにを企んでるか知らないけど…知らない人の誘いに、ついていくと思いますか?」
それに…もし、敵だとしたら
ここで、決着をつけさせてもらわないと…
一瞬の隙を狙って、間合いを少しずつ詰めていく
しかし
(この人…勝てる気がしない!?)
まったく、飛びこむ位置が分からなかった
それどころか、睨まれたら一歩も動けなくなりそうなほどの力
汗が流れ落ちる
「あらあら、大丈夫よ、そんなに警戒しなくても。あなたは、殺さないから。」
私は戦闘体制を解いた
いくら警戒しても、一瞬で殺されるだろう…そう直感した
「だけど、そんな誘いに…のると思ってるんですか?」
「あなたは絶対にくるわ。主役が、アストだと知ったらね…。」
「え!?」
この人…アストのことを知ってるの?
「…楽しみだわ、最強の天使を切り裂くことができるなんて…!」
「し、梓零くんを…どうする気ですか!?」
だめ…まともに向きあっていられない
足も、がくがくいってる…
「ふふふ、来れば分かるわ。」
そう言うとそのデストと名乗った人は一瞬で消えた
その瞬間、足の感覚がなくなり、そのばにしゃがみ込む
「あの人…すごく…危険な感じがするよ…!」
あんな強い力の人…天使にいたの?
悔しいけど…なにもできなかった
「そうだ、梓零くんに伝えないと…!」
でも、男子寮には入れないよね…
「そうだ、内線電話…!」
慌てて受話器を取り、電話をかける
プルルルル…プルルルル…プルルルル…
お願い…出て!
だけど、その日梓零くんは電話に出てくれなかった…
次の日も
「おはよー。」
「あ、おはよー、青葉さん。」
「うん、おはよう。」
けど
「あ、梓零くん…。」
「ああ、緋禮なら休むってさ。風邪ひいたんだと。」
梓零くんは休みだった
会って、話したかったのに…
「梓零くん…逃げてるの?」
誰も座っていない席に向ってぽつりとつぶやく
それじゃ、なんにも解決しないよ?
お願い
一人で抱えこまないでよ…
私にできることならなんでもするんだから
そうやって決めたのに
やっぱり、直接会って話したいよ
「よし、会いに行こう…。」
お昼休み
今の時間なら、寮には誰もいないから…
裏庭で私は翼を広げる
外からなら、入れるよね…
鍵の開いている窓を見つけてそこから中に入る
「…おじゃましまーす。」
ええと、梓零くんの部屋は…
「内線番号が180だったから、180号室かな?」
コンコン
ノックするけど、返事はこない
コンコン
もう一度、確かめてみる
「うーん。休んでるぐらいだから、部屋にいるよね…。」
ドアノブを回してみる
ガチャ
「…開いてる?」
部屋の中を覗いてみると
「あ!?」
梓零くんが倒れてる!?
「梓零くん、大丈夫?ねえ!」
ゆすって起こそうとする
「すー、すー、…」
「寝てる、の?」
よかった…心配したよ…
「とりあえず、ベッドに…。」
よいしょ、と
うーんと、どうしようかな
「起こすと悪いしね…どうしよ。」
なにかすることないかな
「…お掃除しよう。」
男の人の部屋って初めてだけど…結構きれいだな
ええと…掃除機は
「あった。」
カチッ
ふいーん
「あう、うるさいよね。」
カチッ
ふぅーん
「洗いものでもしようー。」
台所…
「あう、きれいだ…。」
うう〜、手をつけることがないよお〜
「でも、食器出しっぱなしだね。」
しまっておこうかな
ガチャガチャ…
「これでよし、だね。」
しばらく食器をしまって&種類ごとに並べ替え完了
「…洗濯は、どうかな…?」
お風呂場に到着
「あ、溜まってる!」
これは、私の出番だねっ
「よいしょ、よいしょ…。」
たまった洗濯物を洗濯機に入れる
「洗剤は…これでよしっ。」
ごうんごうん…
「音もそこそこ静かだし…大丈夫だね♪」
「いや、"♪"って言われても…うるさいんだけど。」
「はうわ!?」
いきなり声をかけられてびっくりした…
「って、起こしちゃった…?」
「まあ、あれだけ騒いでれば誰でも起きるだろう…?」
掃除機はなるわ、台所ではガチャガチャいってるわ、洗濯機は回りだすわ…
「普通の人間なら、起きるぞ…。」
「あう、ごめんなさい〜…。」
反省、のポーズをとる青葉
「で、なんでここにいるんだ?」
俺は、率直な意見をぶつけてみた
「心配で、見に来たんだよ。」
…心配?俺を?
「なんで、そんなことしに来たんだ…。」
昨日、さんざん怒鳴って、困らせて…
俺は、会わせる顔がなくて、考えて、そのまま動こうとしなかったのに
それでどうして、お前は笑ってここにいてくれるんだ?
俺なんて…最低なやつだろう…?
「なあ…なんで、笑ってくれるんだ?俺なんかに…。」
もう、嫌われたと思ったのに…
「だって…私…その、なんていうか…。」
顔を真っ赤にしてうつむく青葉
その仕草を見て
「俺、青葉のこと好きだ。」
俺は自然と青葉を抱きしめていた
「昨日、もう嫌われたかと思ってた。」
一人で悩んで、抱えこんで…
なんて、ちっぽけな自分がいるんだろう
俺のことを、見てくれる人がいるっていうのに…
「だから、はっきりと言う。俺…」
「私も、好きだから。」
俺の言葉をさえぎって青葉が言う
「梓零くんのこと…大好きだから。」
ぎゅ、っと心が締め付けられる
人を…こんなにもいとおしく思ったことなんて、初めてかもしれない
「青葉…。」
そっと口づけを交わす
「梓零くん…。」
「"くん"は余計だと思うぞ、たぶん。」
「…じゃあ、梓零さん。」
いじわるっぽく青葉が笑う
「…いじわる。」
ちょっとすねてみせる
「ふふふ…ごめんなさい。」
俺は、こんな青葉が大好きだ
「なあ、俺もう絶対離さないからな。」
この先、どんなに生まれ変わることになっても
絶対、お前に会いに来てやる
一生かかっても探し出してやる
「私だって、離れないからね…?」
「ああ、約束だ。」
「…うん。」
この約束は…誰にも邪魔させない
例えそれが、神であっても
今度こそ、守ってみせる
全てを受け入れてみせる
もう迷わない
俺は自分の信じた道を歩んでみせる
「…ねえ、梓零くん。」
しばらく黙っていると青葉が口を開いた
「…私、証拠がほしいな。」
「…証拠?」
「うん、私を…離さないっていう証拠が…。」
ぎゅ、っと俺の服を掴む手に、力が入る
「…いいのか?」
「うん、そうやって決めたから。だから、梓零くんの思いがほしい。」
声こそ震えていたものの、その瞳は俺をしっかりと捕らえていた
「わかった。…俺も、青葉の思いが…ほしい。」
「うん、あげるよ…私の、思い…。」
…ひとときのハッピーエンド
俺と青葉の物語
いまぐらい、いいよな…?
結局、この日は二人して学校をさぼった


そのころ、天界では…
「ワドラよ、やってくれるな?」
「ディベリウスはん…それは、青葉はんがかわいそうやないの?」
ワドラとディベリウスが話し合っていた
「私はな、ミスティを幸せにしてやりたいのだ…。」
「それは、分かるけど…。」
いまさら、アスラシャムの人格を呼び戻すなんて
下手したら、青葉はんの人格ふき飛ぶで…
それを承知で言ってるんやろか?
「もうじきお前は母親になるんだぞ?それまでに、天使達にお前の功績をアピールしないとな。」
確かに、うちの身分じゃまだ神の妻にはなれへんかもしれん
けど、またあの人を裏切るんか…
「明後日にデストが動く。その時が、チャンスだ。」
「そのことやけど、大丈夫なんか?助けんでも。」
今のデストの力は半端やあらへん
梓零はんに…勝ち目はあるんか?
「安心しろ。アストは負けんさ。私が言うんだから、大丈夫だ。」
「分かった。…あんまし気が進まんけど。」
アスラシャムの人格を呼び戻すことで、完全にあの梓零とかいう人間は自ら死を選ぶ
そういう、舞台ができあがるのだ
「愛しているよ、ワドラスト…。」
「ディベリウス…またか?」
「ふふ、時間はあるさ。」
…明日が楽しみだな


「ふ、わああぁぁぁ〜〜。」
目が覚めた
えっと…今何時だ?
しかし、右手にあたたかい感触が…
「は?」
なんだなんだなんだ?
がば、っと布団をはいでみる
すぐにがば、っと布団を戻す
…いい天気だな
「って、現実逃避してる場合じゃない。」
そっか、そうだったよな
「とりあえず、起きよう…。」
静かな寝息をたてる青葉を起こさないようにそっと起きて、着替える
時間は、夜の8時をさしていた
…今夜の8時か、ということは
「何時間寝たんだ?」
日付を見る
「をを!?」
4月…12日?
丸一日寝てたのか…
ちらっと青葉を見る
「よく寝てるな〜。」
今のうちに、夕飯でも作るか
俺は台所に向った
「うーん、材料がない。…仕方ないな。」
なんかあり合わせのものでも買ってくるか
身支度を整えて
「…いってきます。」
別れのキスをした


「ありがとうございましたー。」
俺は駅の裏手にあるコンビニで買い物をすませた
「寮の近くにコンビニがあると楽なんだけどな…。」
ちなみに寮からは歩いて10分程度の距離である
「…結構、遠いな。」
さて、青葉も待ってるだろうし、早く帰るか…
そうして、駅の裏の駐輪場にさしかかったとき
「梓零くん!」
青葉が飛んできた
「って、待て待て。飛んでくるなよ。暗いからって、誰かに見られたら…。」
「あのね、梓零くん、ここは危険なの!」
「はい?」
いきなりなにを…?
「昨日言いそびれちゃったんだけど、あなたを、狙ってるって人が…」
その時、場に不穏な空気がたちこめる
「これは、あの時の冷たい気…!?」
「遅かった…?」
月の光を浴びて、一人の天使が空に姿をあらわす
そこには、八枚の翼
「はじめまして、かしらね、アストラディウス…。」
アストのことを知っている…こいつは誰なんだ?
「私はデストリアス…アスラシャムかtら聞いてないの?」
そう言って青葉を見る
「なあ、青葉。どういうことだ?」
「一昨日…この人が、私に言ったの。あなたを…殺すって。」
なに…!?
「なんで、俺が狙われるんだ?」
しかも、こいつ、しゃれにならないぐらい強い…!
「理由なんてないわ。ただ、スリルが味わいたいだけよ。」
「そんな理由で梓零くんを…?」
「快楽を得るのに理由なんて人それぞれでしょう?ただそれだけのことよ。」
…こいつ、狂ってる
なぜだか許せなかった
むしょうに頭に来る
これは、人間としての常識の矛盾からくるんだろうか?
それとも、これが天使の理屈なのか?
「快楽を得るのに、理由なんていらない、そう言いたいのか?」
「だめだよ、梓零くん!この人、危険だから…!」
「ふふ、そういうことかしら。だって本当のことでしょう?」
快楽を得るのに理由がいるかしら?
抑えられなくなるから、得たくなる
そこに理由なんてないもの
「それが、天使としての理屈なのか?」
俺は、あえて二人に尋ねる感じで言った
天使という生き物がそんなにも危険な思想を持つ者なら、俺は…
「そうね、そうかもしれないわよ?天使なんて、人間を家畜以下にしか見てないんだもの。」
「そんなことないよ!私たちはいつだって、地球のことを思って…。」
「それは、あなたたち上級天使の意見でしょう?天使にだって階級があるのよ!?」
やっぱり、所詮はお嬢様ね…なんにも知らないのね
「あなた、天界の下町に行った事がある!?」
あそこは、この地上よりも、冥界よりもひどいところよ
なにをしても死ぬことはないし、犯罪に科す罰もない
下級天使が力を持たない女子供をいたぶる毎日
あんたたちは、動物以下の生き物なのよ!?
そこに、理由なんていう高尚なものは必要なのかしら?
「い、行ったことない…けど。」
「そうでしょうね。じゃなかったらそんなこと言えないわ。」
「あんたもその上級天使とかいうやつなんだろ。」
さっきから勝手な講釈を述べているが、こいつだっておんなじじゃないのか?
「ふん、あなたに、中途半端な存在の気持ちなんかが分かるわけないわ。」
…中途半端?
「少しおしゃべりが過ぎたわね。そろそろ、行こうかしら?ねえ、アスト。」
さあ、楽しみましょう?
あなたの…全てを見せて
この腐った支配者達を…排除する力を
「青葉、下がってろ。」
「だめ!梓零くん!」
「悪いが、止める気はない…。あいつが何を考えているか分からないけど…。」
止めるわけにはいかない気がする
それになんだろう…この感触は…?
「あんた、デスト…とかいったよな?」
「覚えてくれたのね?光栄だわ。」
…この、デストの気配、ただ狂気からくるものなのか?
あの一言…気になる
"中途半端な存在の気持ちなんかが分かるわけないわ"
あの時の、哀愁の目
あれがデストの本心なのか?
「なぜ、そんな悲しい目をする?」
「何を言ってるの?この目はね、あなたの死に様を見たくてうずうずしてるだけよ…。」
そう言うと殺気に満ちた目を向ける
違う、これは…殺気を、まとわせているだけだ
瞳の炎は、あきらかに悲しみの光…
そう、絶望している目だ
何をそんなに諦めている?
それだけの強大な力を持ちながら、何に怯えている?
「さあ、翼を広げて。かかってきなさい!!」
…できれば、戦いたくない
「…いいんだな?」
そんな絶望の瞳で…戦えるのか?
「しつこいわね…だったら、こっちからいくわよ!」
その瞬間デストの剣が俺を捕らえ、そのまま薙いでいく
とっさにかわすが、左腕に鮮血が流れ落ちる
「梓零くん!」
「大丈夫だから…くるな!!」
俺は光の剣をとりだし、デストに向き直る
今のは…移動と呼べる代物ではない
反応してかわせたのが不思議なぐらいだ
「…避けた?今の、スピードを…?」
思もよらない俺の反応に少しとまどうデスト
その隙を俺は見逃さない
瞬時に間合いを詰める
ガキィィィィーーーン!!
火花が散る
この場合、光花とも言うべきか
二人の光の剣が、ともにぶつかり合い、その刀身を散らす
二人の速度は、もはや人間はおろか天使にも見極めることはできないだろう
ただ、光花が皮肉にも美しく、花火のように空に咲いている
キィィィィーーーン!!
(くそ、早い!)
俺はデストの剣に合わせるのが精一杯だった
防戦一方、そんな状況だった
デストに振りまわされているのが分かる
このままでは斬られるのは時間の問題だ…
あんまり長引かせて、誰かに見られるのもまずい
どうする?
しかし、デストが急に間合いをとる
「なんで、このスピードについてこれるのよ…。」
「悪いが、しつこいほうなんでね。」
神よりも数倍早いはずなのよ…?
なのに、どうして…
私の見こんだ通りだった、ってことかしら
「スピードは見せてもらったわ…。でも、これはどう!?」
また、二人の姿が消える
しかし、デストのスピードが格段に落ちた
といっても、まだついていけるものではないが…
そのぶん、一撃の重さが増している
気を抜けば、いかに光の剣とはいえ一瞬で砕けそうだ
散って行く刀身に光を補い、デストの攻撃をさばく
体力的にはそう苦しいことはなかった
だが、デストの殺気
これが、じわじわと精神を追い詰めてくる
その時
シュパッ!!
「くっ!!」
デストの剣が俺の額をかすめる
「梓零くん!」
青葉が叫ぶ
瞬間的にその声に反応して後ろに飛びのく
「ふふふ、手応えあり、ね。」
慌てて間合いをとったのはいいが…
まずいことに、額から血がしたたり落ちる
(血を拭う隙も与えてくれないのか…)
その瞬間を待つように俺の行動を待つデスト
ここまでだな
そして、目を閉じる…
「そう、諦めるのね。結局、あなたもその程度…。」
血が目に入ってくる
俺の視界は完全に奪われてしまう
青葉が何かを…叫んでいる
ごめんな、約束、守れなくて
諦めたその時
デストの…行動が突然見えた
目は見えていない
というより、自ら閉ざしているというのにも関わらず
鮮明に、デストの行動だけが、ゆっくりと映し出される
それを剣で受け流さず、避け続ける
「あなた…見えてるの!?」
驚きの表情を浮かべるデスト
「なんでか知らないが、見えるからな…だから、避けてるんだ。」
「そう、見えているのね?私が…。」
そう言うと、デストの姿が突然消える
「もう、いいわよ。戦闘体制を解きなさい。」
そう言うとデストの気配が穏やかになる
俺も、体制を解いた
そして、戦いは終わった…

俺は血を拭いながらデストに尋ねた
いつの間にか傷口はふさがっていた
「あんたは、なにがしたかったんだ?」
「あなたを、殺したかったのよ…。」
嘘だ
その瞳の光は…嬉しそうに瞬いているのに
「さあ、殺してちょうだい。」
「それはできない相談だな…。」
「なぜ?私はあなたを殺そうとしたのよ?」
そんなこと言われてもなあ…
「俺には、あんたを殺す理由がないから…な。」
きょとん、と俺を見開いた目で見るデスト
と、笑いだした
「ふふふ…、昔からあなたはそうだったわね…。」
あのころから…変わってないなんて
アストとは別の人格なのに…
「昔って…どういうことだ?」
「あなたは、いいえ、アストも覚えていないでしょうけど…。」
私とあなたは一度会っているのよ
といっても、もう数えることのできないぐらい昔の話しだけど
「…聞いてくれる?」
「ああ、俺たちでよければな。」
「そうね、アスラシャム、あなたも聞いてちょうだい。」
「…うん。」
青葉が俺の横に座る
「私はね、半妖なの。」
「半妖…?」
青葉が不思議そうに聞く
「私には、天使と悪魔の血が流れてるのよ…。」
そう、忌み嫌われるこの、血のせいで…



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