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Original Novel Yuki Presents



終わらない夏


第一幕

始夏



2001年 7月27日(金)

「ありがとうございましたー。」
チャリンチャリン…ガチャッ
とテンポよく代金をレジにしまうとドロワーを閉じる
「さすがに学校四時間の後にバイトはつかれるな…。」
今日は前期試験の最終日=待ちに待った夏季長期休暇の始まりだ
しかし…なにも最終日に四時間フルにテストなくてもいいのになぁ
普通の授業ならいざしらず、テスト四つは…きびしかった
さらにバイト終了後には自炊、洗濯も待っているとなれば休む暇さえない
しょうがない…また今日も買いだめしてあるラーメンでいいか
って最近はこんなんばっかりだし…
「このままギネスに挑戦するか…?」
「なにぶつぶつ言ってるの?」
「おわ!びっくりした…なんだ、先輩か…。」
この人はバイト先の“今中 いずみ”先輩
俺より一つ年上で奇遇にもバイトだけでなく大学、学部まで一緒ということもあり、
教科書などなにかとお世話になってる
「“なんだ、先輩か”って…今私と夏樹クンしかいないんだから…。いちいち驚かないの。」
俺が働いている店は“スギモトキヨヒコ”というドラッグストアだ
(間違ってもあの大型店ではないぞ。その名もずばり社長の名前らしい)
個人経営のそこそこの規模の店だが夜などは暇になることも多く、
だいたいこの時間帯は俺と先輩の二人だけになることも珍しくない
「それより、伝票整理、手伝ってね。」
「はいはい…。」
俺…こういうの苦手だったりする
同じ作業の単調の繰り返し…は苦手だ
が、仕事仕事…っと
それから30分ほど経っただろうか、電話のベルがなりそこで中断する
「はい、スギモトキヨヒコです…ってああ、店長。」
よく考えればこの時間に電話がかかってくるのはこの人ぐらいか…
「ええ、特に問題もありませんし、いたって平和ですよ…ええ、ええ、…はい、わかりました…。」
カチャ
適当に受け答えしているといつも通りのセリフが出たので俺は電話をきった
“今日はもう戻らないから、戸締りよろしくね”だとさ
「…今日もまた売上届けるのか…まあ慣れたけどね。」
毎日の売上は社長の家に届けなければならない
が、女の子である先輩に大金を持たせるのも物騒なので俺が運ぶことになっているが、
社長の家は俺の住んでいるアパートの反対側という、ベタなおちだったりする
「今日は飯も作らないといけないのに…はあ…。」
思わずため息をついてしまう
学校フル授業&バイト4時間&ロードワーク約30Km&自炊&洗濯…か
ハードだ…いつか倒れるかも
まあもう夏休みだから…いいかな。毎日いつでも寝れるし
「あれ?今日はごはん作ってきてないの?」
「今日は四時間目が延長したもんで作れなかったんですよ。」
そう、いつもなら余裕で飯を作ってからバイトにこれるのに…
企業経営論の教授め、試験時間を延長するか?普通…
「ふーん、そっか。大変だったねー。」
と先輩は言ってから、少し考えてみせる
「じゃあうちでごはん食べてけば?たいしたもの出せないけども。」
「ええ!?」
思いがけない言葉に先輩が仏に見える、が
先輩って一人暮らし&彼氏いなかったっけ?
「いや、うれしいけど…ねえ?さすがに家にまで入るのはまずくない?」
「大丈夫だって。後輩にごはんおごったぐらいでぶつぶつ言うようなやつじゃないから。」
そういえば先輩の彼氏って体育界系の人だったな
こういうことにはうるさくないんだろうか
でもな…昼間ならまだしも、夜だしなあ…
しかし意思に反して“ぐぅ〜〜”という音が聞こえたような気がした
そう考えるほど俺の胃袋は大人ではなかったようだ
「お言葉に甘えさせていただきます。」
「うむ、素直でよろしい。じゃあ、レジ切りよろしくね。」
俺はいつものように精算を始めて売上をチェックする
「…よし、ぴったりだな。」
「こっちも終わったよー。」
俺が精算をしている間に先輩が他の片付けをする、
このパターンもすっかり定着して今では息もぴったりだ
「じゃあ帰りますか…。」
そして俺達は店の戸締りをし、防犯装置を作動させる
店を出る頃には辺りは静寂に包まれていた
見上げた先にある満天の星空が俺の疲れを癒してくれる…
などというセリフは俺には似合わないのは分かっているので口は出さないが
だけどいつもなぜかこの帰り道ではお互い黙ってしまう
あれだけ店の中では、大学ではうるさいくらいよく喋るのに
そういえばどうしてだろう?帰り道では一言二言しか交わしたことがない気がする
まあ夜中に大声上げて笑うのがいいこととは思わないけど
そんなこんなで結局先輩とは口をきくことなく社長の家に到着する
ピンポーン
俺はいつも通りにインターホンをならす
“はい、どちらさまですか?”
この声は…奥さんだな
「あ、澄原ですけどー。売り、持ってきましたー。」
夜中にお金のことを叫ぶのは非常に危険なので、と社長が決めた暗号が「売り(=売上)」だ
…ばればれ、という突っ込みはタブーなので俺は触れないことにしている
しばらくして玄関のドアが開くと社長が出てくる
「おお、ご苦労さん。」
「はい、確かに渡しましたよ。」
俺は売上げ金を渡すと社長に一礼してその場を離れた
「さて、これでおいしいごはんが食べられるぞ!」
ちょっとこのままの雰囲気で先輩の家に突入するのは危険、
と感じたので適当にテンションを上げておくことにした
「そんなに期待しないほうがいいってば〜。」
先輩も笑顔で答えてくれる
一度堰を切った俺達の会話は止まることなく、そのまま先輩の家に到着した
「おじゃましまーす。」
「どうぞー。」
汚いけどね、と言った先輩の部屋は、はっきり言って俺の部屋よりきれいだった
…今度暇な時に掃除するか…
「じゃあ今から作るから適当に座っててねー。」
先輩が言いながらキッチンへと消える
「なにかあったら手伝いますから言ってくださいよ。」
「お客さんは座って待ってなさい。」
確かに俺が出ていってもできることは少ないだろう
おとなしく料理ができあがるのを待つことにした
その間先輩の部屋を見ていると
「あれ?先輩スペクトラル・シーに行ったの!?」
整理ダンスの上に飾ってある写真には先輩が友達と一緒にスペクトラル・シーの門の前で写っている
ちなみにスペクトラル・シーとは一週間ほど前にできた大型遊園地である
スペクトラルワールドという遊園地の別バージョンみたいなものだが、
とにかく水を利用したアトラクションが派手でかっこいいそうだ
…俺も行きたい…
「うん、この間友達とね〜。」
そうこうしている間にごはんができあがったようで、卓に運ばれてくる
「あ、ありがとうございまーす。」
「冷めないうちにどーぞ。」
いただきます、ももどかしく俺の腹はすでに限界だった模様で料理にかぶりつく
そして一口…うん、うまい。が、見たことない料理だけど…?
「…おいしいんだけど、なんていう料理?」
なんか見た目はとろみのついたラーメンみたいなんだけど、
麺が…うどん?のように太い
しかし、とろみのスープが太くてコシのある麺に絶妙にからんでいて、おいしい
「ん?いづみ特製の“中華うどん”よ!」
おお!なんか先輩の後ろにパンパカパーン!という効果音と共に
光がくるくると回転した気がする(某猫型ロボット風に)
「これ先輩が考えたんだ?すごいね…。」
「これでも私ね、調理師になりたかったから。こういうの考えるの好きなんだ。」
照れくさそうに先輩は笑いながら話してくれた
一緒にバイトをしてきて一年…少し先輩のことを知った気がした
「いや、これおいしいよ。商品化したら売れるよ。きっと。」
「そんなわけないよ〜。しょせんは素人が考えたものだし。」
でもこれはうまい!作り方聞いて今度試してみよう
で、しばらく食に集中する
ラーメンと違い、うどんを使っているのでボリュームもバッチリ、消化にもよさそうだ
俺の胃袋も大満足のサインを発している
「ねえねえ、夏樹クンて彼女いないの?」
「ぶっ!?」
「やだ、汚いー!ほら、拭いて…。」
突然の謎の質問に思わず吹き出してしまった
いや、比喩ではなく本当に
「そりゃあ突然そんなこと聞かれたら誰だってびっくりするって。」
「そう?じゃあ改めて聞くけど。いるの?いないの?」
いや、改めてもなにもめちゃくちゃ直球だし
「いないよ。」
ずずずーっとスープをすする
「ふうん、そう…ほんとに?」
「しつこいなあ…なんでそんなこと聞くんです?」
まったく…自分は彼氏がいるからって…
「んー?別に特に意味は無いけどね。うん。」
…怪しい。先輩、怪しいよ
まあ別にいないからいいけどさ…作ろうとも思わないし
「なんで作らないの?夏樹クン、そこそこかっこいいと思うんだけどさ。」
「別に作ろうとも思わない…というか、いろいろあってさ。」
「いろいろね。聞きたいなあ〜。」
しまった、うっかり口が滑ってしまった…
しかも一番やばい人に知られてしまった気がするぞ
なんとか話しをそらすか
「あ、それよりもうこんな時間だし…帰ります!」
「逃げようったって無駄よ。今日はもう寝るだけだから、聞かせてもらうわよ♪」
いや、それはまずい…いろんな意味で
「いくらなんでも泊まりはまずいって。彼氏に悪いし。」
というかそういう問題でもないと思うが
やばい、俺は俺で何考えてるのか分かんなくなってきた
このさい素直に話して帰るという選択肢しかないのか…?
でもなあ…しょうじき、話して…どうなるんだろうか
なにか俺の中で変われるのなら喜んで話すだろう
でも…それは叶わない
…あの時に俺の心は置いてきたのだから…
なんて言ったって誰も真に受けないだろう?
「というわけで帰ります。」
さっそうと帰り支度をすると席を立つ
「あ、待ってってば〜。今日暇なんだから少しぐらいいいじゃないよ〜。」
「彼氏でも呼んでください!!」
あっ、と俺はすぐに口をふさぐ
なにを怒鳴ったりしてるんだ?俺は…
やばい、これ以上ここにいると先輩にあたってしまいそうだ
とっくにふっ切れたと思ってたのに…まだ引きずっているのか?
忘れることはできないことは分かってる…けど
先輩にあたるのは問題外だよな。俺個人の問題なんだから
「悪いけどさ、誰にも話さないって決めたから…ごめん。」
しばしの沈黙
先輩も悪いと思ったのか
「…私の方こそごめんね。なんか事情があるのに、つっこんじゃって…。」
素直に誤ってくれる
だからこの話しはもう終わりにしよう
「いいよ、別に。話したくなったら俺のほうから話すよ。」
「うん…わかった。」
「じゃ、おやすみ。」
先輩の家を出るとすでに10時を回っていた
まずい、食事は終わったもののまだ洗濯が残っている
洗濯自体はすぐに終わると思うが…乾くかどうかは別問題だ
「仕方ない…久しぶりにマラソンでもするか…。」
まあここからなら家まで10分も走れば着けるだろうし
が、
「はぁ、はぁ、はぁ…もう、動けない。」
家に着くなり電気もつけずにベッドに横たわる
俺の考えは甘かったようだ
俺の体力は学校、バイト、マラソンで使い果たした模様
これに食事の用意も加わっていたら…と考えるとぞっとする
しかし、すでに三日分も溜まっている洗濯物の山を見ると…
俺は最後の気力をふりしぼり洗濯を開始した


7月28日(土)


「…という夢を見たんです。」
「あっはっは〜〜!夏樹クン、最高!!」
女の子が大きな口を開けて笑うんじゃありません!
と怒りたいぐらいに見事に笑ってるな…くそ
あの後、俺はなんと洗濯をしている夢を見たのだ…情けないことに…
なんともリアルで突っ込むこともできずそのまま眠りつづけていたらしい
おまけに目覚めたらバイトの時間というベタなオチもついたおかげで、
また一日分洗濯物が溜まってしまった
このままだといつか洗濯物の山が富士山を超えるかも知れない…
まあこれから夏休み。時間はいくらでもある…よなぁ?
「じゃあ、僕は会議に行くから今日の売り、よろしくね。」
5時を回って店長が土曜日の定例会に出かける
…また今日もマラソンか…はぁ…
「おつかれさまでーす。」
その時店長と入れ替わりに後輩の佳野良子ちゃんがやってきた
「こんにちは、良子ちゃん。聞いてよ、夏樹クンったらね〜。」
そう言って先輩は良子ちゃんと一緒に控え室へと消えた
…ほんとに予想通りに動く人だな、先輩は…
絶対に良子ちゃんに話すと思ったよ、うん
「さて、仕事仕事…。」
よく友人に言われるのは“まわり女の子ばっかりなんだろ?最高じゃないの?”
というセリフだが…実際のところはそうでもないと思う
先輩は彼氏いるし、良子ちゃんは学校が違うからバイト先だけの付き合いだし…
それに、女の子二人の会話には混ざれないぞ…?
…ってまあそんな事はどうでもいんだけどさ
「暇だからこんなことを考えるんだよな、うん。」
とりあえずレジのまわりで仕事がないかを探す
「…見事にやることないな…うーむ。」
こんなことなら顧客のデータ入力、残しておけばよかったかな?
でもあれは結構時間かかるからな…今日が忙しいという可能性もあったわけで…
しかたない、とりあえず商品の前出しでもするか
ちなみに前出しとは、売れてしまいへこんだ商品の列を前に押しだす作業だ
これはこれでかなりめんどくさいのだが、時間はつぶれるだろう
レジを空にするのはちょっと問題かもしれないが、奥に二人いるし…
誰も客はいないから、いいか
とりあえず俺はいつ客が来てもいいように入り口には気を配りつつ、
奥へと商品をチェックしに行く
しばらくすると二人が出てきたようで話し声が聞こえてくる
しかし、ほんとによく喋るよな…
と思うと突然声が聞こえなくなる
二人、エスパー?俺の思ってることを…覗いているとか!?
などとくだらない事を考えていたが突然会話が止まるのはおかしい…?
ちょっと様子を確かめるか
そう思ってレジのほうへと戻るが
「…昨日、聞いといたよ。」
と、ぼそぼそと話す声が聞こえた
なんで小声に?
と思ったのも束の間、俺の心にふつふつと知的好奇心がわいてきた
女の子二人が小声にして話さなければならない話…?
こういうことはいけなよなー、と思いながらも耳を傾ける
「夏樹クン、彼女いないって。」
「え…そうなんですか…?」
「だから、あとは頑張ってね、応援してるから!」
「うん、でも…恥ずかしいなぁ…。」
「告白なんて、恥ずかしいのはその時だけよ。
 も〜、ウブなんだからぁ、良子ちゃん、かわいい♪」
「も、もう〜、からかわないでくださいよ!」
告白…って、誰が?誰に?
そのために昨日先輩は、俺にあんなこと聞いたのか?
“ねえねえ、夏樹クンて彼女いないの?”
確かにいないけども…でも!
またあんな事が起こるかもしれないんだぞ?
俺は…俺には、耐えられないよ…
ブィーーン
その時自動ドアの開く音がする
「いらっしゃいませ〜。」
その音と声で我にかえる
…落ちつけ、夏樹
もうあんなことは起こらないさ
俺が…もう人を好きになることを止めれば
ぜったい、起こらないから…
俺はできるだけ平静を装って二人のもとに戻る
「こんにちは、良子ちゃん。」
「こんにちは、澄原さん。」
いつもの挨拶
特別な意味などこめられていない
これでいいんだよ、これで
「もう、夏樹クン、どこにいってたのよ?レジ空っぽじゃない!」
「仕事してたのにそりゃないよ…。」
「いづみさん、話してた私達が悪いんだし…。」
まあまあ、と良子ちゃんが割ってはいる
もちろん本気で言いあっているわけじゃない
こういうなんでもない日常が俺は好きだ
この関係が…続けばいいんだけどな
「すいませーん、この商品ってどこにありますかー?」
「はい、こちらになりますね〜。」
おっと、お客さんだ…話すのもここまでにしようか
「いらっしゃいませ、会員カードお持ちですか?」
俺はレジに入って客をさばいていく
その後夕方ということもあって少しばたばたしたものの…
「あれだけ働いたけどこれしか売上げないのね…。」
まあいつものことだけど…ここ最近は見て明らかに売上げが落ちている
おそらくはこの間近所にオープンしたデパートが原因だろう
安いし品数も豊富、おまけに衣食住全部揃っている
俺だってそっちに行ってしまうかもしれない…一箇所で事足りるということはすごく便利だし
「仕方ないって。とりあえず早く片付けて帰ろう。」
「じゃあ私、外のシャッター閉めてきます。」
良子ちゃんが外に行こうとすると
「ああ、私が行ってくるから、コンピューター切っておいてくれない?」
先輩はそう言うと良子ちゃんをさえぎって外に出て行った
俺は特に気にもせず売り上げを数える
控え室にコンピューターに日計を入力するカチャカチャ、
というキーボードを叩く音だけが響く
…なんで気まずい雰囲気になってるんだろうか…?
しばらく無言が続くが、沈黙を破ったのは良子ちゃんだった
「はい、入力終わりました。」
そう言って日計表を差し出してくる
「ん、ありがとう。」
俺はそれを受け取りひきだしへとしまう
そして少し呼吸をおいた後
「あの…お、お話があるんですけど…い、いいですか?」
なぜか良子ちゃんは真っ赤になってうつむいていた
ちょっともじもじとした仕草できょろきょろとおちつかない様子で
分かりやすいと言えば分かりやすい子だよな…
って、もし…良子ちゃんの気持ちが俺への好意であるなら
さっき二人が話してた“告白”っていうのは…こういうことなのか?
なんで、今のこの関係を崩そうとするんだ?
こんなことで崩れるようなものではないと俺は思う…けど
俺は恐いんだよ…人を好きになることでその人を傷つけてしまうことが
だから俺はその気持ちから…逃げた
「あ、これしまってくるから…あとでいい?」
良子ちゃんの返事を待たず一方的にその場を離れる
…臆病者だな…俺は…こうやって過去を引きずって…
でも後悔はしていない
これで誰も傷つけずに済んだのなら…
「…あれ?先輩、外の片付け終わったの?」
まあ大方、中の会話でも聞いてたんだと思うけど
「閉めようとしたけど、一人お客さんが来たのよ。仕方ないけど閉めずに戻ってきたの。」
あれ、違ったか…
最近夏ということもあり昼が長い
いつまでも明るいということもあって閉店間近に駆けこむ客も多い
今日の客はなにやらきょろきょろと探している様子だった
そう思った俺は商品を陳列するふりをして少しづつ客との距離を詰めていく
するとその客は俺を見て
「…!」
え?なんで驚くんですか?
しかもめっちゃ見てるし
純白のサマードレス
純白のつばの広い帽子
白い肌に華奢な体
それと対象的な黒いつぶらな瞳
長く伸びたさらさらな黒髪がふわっと揺れる
俺は一礼して商品を戻すふりをしてレジへと戻った
…かわいかったな、あの子…
率直に言って、すごくかわいいと思った
モデルみたいに華奢で…色も白かったな…
なんとなく記憶に引っかかるけど、あんな子と知りあいなわけないし…
気のせいだな、きっと
レジに戻ると二人がまた話しあっていた
…とりあえず、あの話を終わらせておくか
「そうだ、良子ちゃん、さっきの話って…なんだった?」
「あ…いえ、なんでもないです。」
先輩がなにか言いたげな顔で俺達を見ているが気にしないでおこう
するとさっきの子がこっちに向ってくる
探してたもの、見つかったのかな?
まあ女の子だし、ここは二人に任せるか
そう考えて俺はレジを離れてレジの横に設置してある商品棚を整理し始める
しばらくすると背後に気配を感じる
おそらくさっきの子だと思うが…商品、見つからなかったのだろうか
レジに入っている先輩と良子ちゃんもちらちらとこちらを見ている
おそらくは俺の背後の子を見ているんだろうけど…
ぎゅっ…
え…?
突然背中にあたたかい感触が、触れてくる
俺の体に伸びた腕が、締めつける
ぎゅっ、と…
もう、大事ななにかを二度と離すことのないように
そんな願いを込めながら…この腕は…伸びているように感じた
そう…それはかつて俺が体験したように
だから俺にはこの掴んで離さない腕の意味を理解することができたんだと思う
「ちょ、ちょっと…夏樹クン?」
先輩の一言ではっ、と我にかえる
そうだよ、はたから見れば後ろから抱きつかれてるんだよな?
いろんな意味でやばい、そう思った
でも…俺にこの手をふり解くことが…できない
心の別の部分が、それを拒絶している
理性では「世間体」だの「誰かに見られたら」などくだらない事を考えているのが分かる
だけどあの時の俺は一方的に掴みつづけていたじゃないか
だから…俺は動かなかった
というわけにもいかないよな、二人とも絶句してるし
俺だって驚いている始末で…
「おい、ちょっと!あんた…誰?」
その子をはがそうとするが
「うぅ〜〜。」
と、うなってばかりで涙を流している
まてまて、俺がなにかしたのか?
「と、とりあえず…離れて、な?」
俺は腕をふりほどきその子を正面に捕らえる
しかしその子は泣きじゃくるばかりで何も喋らない
っていうか、俺とおない年ぐらいに見えるが…?
「とりあえず、ほら。」
俺は涙を拭くようにハンカチを差し出す
「あ…ありがとう…。夏樹君…やっぱりやさしいね。」
涙を流したままにこっと笑ってみせる
いや待て。なぜ俺の名前を知っているんだ?
やっぱりさっきの記憶に引っかかったのは…知りあいってことなのか?
確かに…どこかで見たことがあるかもしれない
「えっと…なんで俺の名前知ってるの?どっかであったっけ?」
「うぅ、ひどい…私の事忘れちゃったんだね…?」
と涙目で訴えてくる
おいおい、これじゃまるで俺が悪い事してるみたいじゃないか
実際後ろから二人分の視線が微妙に痛いものへと変わっている気がする
まずい…このままではあらぬ誤解を招きそうだ
「そうだ!名前、教えてくれないか?思いだすかも…?」
そうだよ、名前を聞けばなにか思いだすかもしれない
おそらくはこの子の勘違いということが俺の身の潔白を証明して…
「私…櫛田皐月、だよ…。思いだしてくれた…?」
「な!?」
しかしその口から出た言葉は…俺には耐えがたい苦痛をさらす結果となってしまった
「な、なにを…?あんた、冗談もいいかげんにしろよ!!」
「え?え?夏樹君…?」
そいつはおどおどとしてみせるが俺は怒鳴ることをやめなかった
「ちょ、夏樹クン!なに大声出してるの?やっぱり知り合いなの?」
先輩が止めに入るが、俺はかまわず続ける
「あんたなあ、悪質にもほどがあるぞ!?あいつの…皐月の名を語るなんて…!」
普通ならば俺も気付いていただろう、この子が嘘なんてついていないことを
あの出来事があった今、櫛田皐月を知る者は、櫛田皐月本人以外にはいないのだから
だけど、その名前は俺には苦痛でしかない
捨て去った記憶をまた呼び戻すというのか?
「ちょっと夏樹クン!何があったか知らないけど…言いすぎよ!」
先輩が止めに入る
「っ…!」
それを振りきって俺は外に出た
今の俺に落ちついて謝ることなんて…できなかった
「夏樹君!待って!」
「ちょ、…もう!良子ちゃん!お店、お願いね!」
「待ってください!私も…行きます!」


「はぁ、はぁ、はぁ…。くそっ!!」
ドンッ!!
俺はそばの塀を殴りつけた
不思議と痛みを感じなかった
体の痛みなんてすぐに消えてしまうから
だけど、心の痛みは一生消えることはないのだから
今は心の痛みが…感覚を、感情を麻痺させてしまっている
何も考えられない
皐月が…生きている
そんなわけないじゃないか!!
麻痺した感情の殻を破り怒りだけがこみあげて来る
「くそ…あいつ、何のつもりなんだ…!?」
「はぁ、はぁ、はぁ…。夏樹君、足早いよ…。」
その時そいつが俺に追いつく
「…あんた、いったいなんのつもりか知らないけど…!」
その言葉とはうらはらに、俺の心はなぜか安らいでいた
この子に、いつか感じた安心感を感じている
「なあ、本当に…皐月なのか?」
俺は向き返りじっと目を見る
皐月と名乗る子も俺をじっと見る
「今まで…黙っててごめんなさい。でも、私は皐月です。櫛田皐月。」
「皐月は、あの時に死んだ。違うか…?」
そうあの時、あれはもう15年も前にさかのぼる…



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