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Original Novel Yuki Presents



終わらない夏


第三幕

開夏



そうだ
俺の中の皐月はあの時の笑顔のままで止まっている
だから目の前の女の子が皐月のはずはない
だけどこの安心感は…俺にとってひどく懐かしく感じる
かつて子供の頃の曖昧な記憶に残る、確かなぬくもりを
俺は今…目の前でそれを感じていた
「普通だったら信じられないよね?でも私は生きてるの。」
そう言うと皐月が語りだした
「私はしばらく夢を…幻の中に閉じこもっていたの。」


1991 夏・皐月の夢


…ここはどこだろう
なんだか体がふわふわしている
そういえば夏樹くんの声がしなくなった…
私は夢を見ているのかな?
今日は夏樹くんと一緒に馬に乗って…
うさぎとおいかけっこして…
緑の上に横になって…
赤くなるまでお話して…
「ねえ、皐月ちゃん!遊びに行こうよ!」
「あれ?夏樹くん…?」
あれれ?私…目が覚めたのかな?
でもまだ体はふわふわしてる
それにもやもやした…どこかに夏樹くんと一緒にいる
そう、夏樹くんと一緒にいる事しかわからない
「どうしたの、皐月ちゃん?」
「わたし…寝ていたような気がする。」
「僕決めたんだよ。ずっと皐月ちゃんと一緒にいるって。」
「ほんと!?」
…嘘
「うん!だから、ずーっと皐月ちゃんもここにいてね!」
「うん、わかった!」
全部嘘なんだもん
「ここにいればいつでも僕達は一緒になんでもできるんだ!
 だから…皐月ちゃん、起きちゃだめだよ。」
そんなはずはないよ
いつまでも一緒にいることなんてできないもん
夏樹くん、電話ですぐに帰らないとだめって言ってたよ
だからまたしばらく会えないんだって…
だけど、もしもここにいることでずっと一緒にいられるなら
わたしはここにいることを選ぶ
そうすることで夏樹くんと一緒にいられるのなら
眠ったままでも…夏樹くんと一緒なら…
「皐月!皐月!」
またお母さんの声が聞こえた
時折聞こえてきては消えていく呼びかける声
応えることでお母さんもお父さんも喜んでくれるかもしれない
だけどわたしは起きようとは思わなかった
ごめんねお母さん、お父さん
わたし…ここにいることにするね
夏樹くんと一緒にいることで私は嬉しいから…


1999 冬・皐月の夢


どれぐらい私は眠っているのだろう
いつでも会いたい時に夏樹君に会って
なんでも叶えられるこの場所で
いったいどれぐらい眠っているのだろう
お母さんが時折本を呼んでくれる
時折ラジオかなにかからニュースとか歌とかが聞こえてくる
お母さんは私を起こそうとしている
どうしよう?
そろそろ起きてみようかな
久しぶりにお母さんの顔が見てみたい
「先生…もう皐月は…意識は戻らないんですか?」
あ、お母さんだ
「いえ、この反応を見てもらうと分かるように…完全な脳死ではありません。」
…知らないおじさんの声
「何らかの原因でこの子は、眠っているのです。」
そう、私は寝ている
「そんな…もうあれから8年も経つのに…。」
…8年、そんなに寝ているんだ
いつの間にかそんなに時間がたっていただなんてぜんぜん知らなかった
8年って…すごい年月だよね
やっぱり早く起きないといけないよね
でも…前に似たような話を読んだ覚えがある
たしか“浦島太郎”だったかな
ちょっと違うかもしれないけど…
今起きても私を知っているのはお母さんとお父さんだけ
私が知っているのも二人だけ
だから余計に起きようとは思えなかった
その時、夏樹君がまた現れた
「ねえ皐月ちゃん。そろそろ起きようよ。」
「うん…でも。」
でもそうすると夏樹君と会えなくなっちゃうよね
なんだかさみしいなぁ…
心のどこかでは早く起きてお母さんと会いたかった
でも夏樹くんと会えないと思う心が邪魔をする
ここにお母さんがいないのもそのせいかな…
「僕がいけないんだよね。皐月ちゃんをずっとここに縛りつけてしまったから。」
でもこの夏樹くんはそう言った
「ううん、私が望んだ世界だから…。夏樹君の責任じゃないよ。」
だから私もそう思った
この世界も、夏樹くんも…全部私が作った心の檻
夏樹くんにこう言わせることで私は全ての責任を押しつけようとしている
そう、ずっと気付いてた
この夏樹君だって私が作りだした幻だって
ここで起きたことは全て幻だっていうことをとっくに気付いていたよ
だから起きないといけないよね
夏樹君とさよならするのはさみしいけど…
本物の夏樹くんならきっとこう言うよ
“絶対会いにくるから、さよならしよう”って
だから私も絶対に会いに行くから…さよならしよう
「ねえ皐月ちゃん。今度は…外で会いたいね。」
「…そうだね。」
創り物の世界じゃなくて、本物の世界で
二人で並んで歩いて
どこかに遊びに行けたらいいね
これが私の本心だった
ずっと知っていた
でもこれが叶わなかった時私はどうすればいいのかな?
それを考えてしまって、いっつも起きれなかった
だから絶対に、会いに行く
時間がかかっても、会いに行こう、って…決めたから
「さあ、お母さんが待ってるから。」
「うん、私…行くね。」
「うん、それじゃあ…さようなら。」
この一歩を踏み出せたの
それで私の夢はおしまい
私が目覚めるとそこは白い天井
白い壁
白い服の人達
そして、お母さんの泣き顔があった


2001年 7月28日・夜


「そして私はここに立ってるの。」
俺の目の前に立つ女の子
その感じ、雰囲気、全てがあの時のままだ
櫛田皐月、彼女本人
「…本当に、本当なんだな。」
「うん、嘘ついたってしょうがないよ?」
くすくす、と笑う皐月
その目には涙
嬉しいのか悲しいのか
その真意は彼女の心の中だけど
俺の目にも涙が浮かんでいる
その気持ちはきっと二人とも同じはずだから
確かめずとも通じているはずだから
「皐月…!」
「夏樹君…」
月の光に映された影が二つ…
星の光に照らされて重なり合う
街灯に反射した涙がきらりと地面に落ちる
15年
俺にとってなんの意味もなさなかったその年月が
この瞬間に初めて光り輝いた
そんな気がした
「…遠いところまで…ありがとうな。」
俺の大学はばあちゃんちからはちょうど反対側にある
そんなところから…わざわざ会いに来てくれるなんて
それだけで胸が一杯になる
「お母さんは許してくれなかったけど…きちゃった。」
「まだ…おばさんは俺の事許してくれないんだ…。」
それも仕方ない気がする
人の命を奪いかけたんだから
それを振りきってまで俺に会いに来てくれるなんて
「…本当にありがとうな。」
心のそこから思う
二度も傷つけたのに…
「いいんだよ。私って思ったら行動しないと気がすまないから…。」
「昔からそうだよな。」
「うん、だから来ちゃった♪」
「でも…よく俺の居場所が分かったなぁ。」
あの後しばらくして家を引っ越したし…
俺は俺でこっちに一人暮らししてるわけで
「あなたのおばあさんの家の人に今の住所を聞いておうちに電話したの。」
ふーん、なるほどね
「って、家に電話したの!?」
「うん、したよ。“皐月です”とは言わなかったけど。」
確かに…母さんはあまり皐月の事、よくは思ってなかったっけ
「あ、昔の同級生から電話があったって…皐月のことか…。」
「うん。小学校の同級生です、って言って教えてもらったの。嘘はついてないでしょ?」
…ふう、こいつは…
思いこんだら聞かないところなんてぜんっっぜん変わってないな
「で、いつまでこっちにいるの?」
「私…起きたばっかりだから学校にも行ってないの。だから少しの間はいるよ。
 ここの近くにおばさまの家があるから、そこでお世話になってるの。」
「ぷっ!」
俺は思わず吹き出してしまった
「あ〜、なに、その顔〜。」
「だって…皐月が…“おばさま”なんて言うから…。」
「どうせ私にはこんな言葉使いは似合わないですよーだ。」
べーっと舌を出しておどけてみせる皐月
「ふふふ…。」
「…あは、あははは…!」
そして二人で笑いあう
俺達の夏は…ここから始まる
そんな何気なく…
そんな他愛もない…
普通の夏が、ここから始まろうとしている
ぴーぽぺぱぽーーぴぽぱぽ〜
「あ、おばさまかな…。」
そう言って皐月は携帯を取り出す
「はい、…はい、もう少しで帰ります…心配かけてすいません。」

「ごめんね。おばさまがそろそろ帰ってきなさいって。」
「そっか…ってああーーー!!!」
俺は時計を見る
21:49
驚愕の事実だ
店は確か20:00までのはず
「あたた…やっちまった。」
俺はうずくまって後悔の念をもらす
「どうしたの?」
皐月が心配そうに覗きこんでくる
「…バイトの途中だった。」
「あ!」
っと顔を見合わせる
「…うぅ、私が夏樹君を驚かせたのが悪いんだよね…。」
「いや、別に皐月のせいじゃ「謝りに行くよ。」
俺の言葉をさえぎって話しを進める皐月
いや、俺が勝手に飛びだしたのが悪いんだけど
そう言っても皐月は止まらず店へと歩き出した
はあ〜、なんて言おうか
というかもう店には誰もいないと思うぞ
「おかえり。」
いや、なんで二人とも店にいるんだか
「ええと、ごめんなさい。」
へたに突っ込まれたくなかったので素直に謝る
「すいません、私が悪いんです。夏樹君を怒らないで下さい。」
ぺこっと頭を下げる皐月
本当に皐月は悪くないんだが…
「ううん、別にいいって。特別な事情があったんだろうし…それより後片付けしよう?」
やたらとやさしい二人の態度が気になったが、とりあえずは丸く収まったのでよしとするか
「じゃあ俺外片付けてくる。」
「あ、私も手伝うね。」
皐月がついてくる
「いいよ、お客なんだからゆっくりしてろって。」
「ううん、私も原因の一つだから。」
そうやりとりしながら外に出て行こうとすると
(…あんな話し聞いたら怒れないよねぇ…。)
(そうですね…。)
なにかぼそぼそと聞こえた気がするが…気のせいか?
がらがら…とシャッターを閉めていく
「ねえ、夏樹君ってずっとここでアルバイトしてるの?」
「ああ、大学入ってすぐに始めたから…もう3年ぐらいかな?」
そう言うとしばらく皐月は考えた顔をする
「…どうした?」
むむむ〜とうなる皐月
いや、今の会話になにか困らせる言葉が入っていたのだろうか?
「決めた!私もここでアルバイトする!」
「…はい?」
俺はきょとんとして皐月を見る
「だってね、ただでおばさまの家にいるのも悪いし…。
 それに私ずーっと寝てたから、社会のことに疎くて。」
で、社会勉強も兼ねてバイトしたいと言う
「うーん、でもなあ…こっちには休暇で来てるんだろ?
 短期だと雇ってくれないと思うぞ?」
うちは個人経営だと述べたが、そのため人件費などはあまりかけていない
だからバイトが3人しかいないんだけどな…
「でも…私、こっちにいれる間に少しでも…その。」
なぜか顔を赤くしてもじもじとする皐月
店の看板の明かりではっきりそれが見てとれた
「…うん?どうした?」
「えとね、できるだけ…夏樹君と一緒にいたいから…。」
「あ…えと。」
うわ、なんかすごく恥ずかしいこと言ってないか?
「と、とりあえず店長には聞いてみるよ。」
「うん。私…頑張るから!」
まだ採用かどうか決まってもいないのにはしゃぐ皐月
でも…俺だって少しでも長く一緒にすごしたいよ
などというセリフを恥ずかしくて言えない俺って…
まあ、さらっと言えるのも…なあ?
「じゃあ、閉めて帰ろうか。送ってくよ。」
「あ、そこのところに車で来てもらってるから…。ごめんね。」
さすがにこの時間なので家まで送ろうと思ったが
皐月の言う通り少し離れたところに車が止まっているのが見えた
暗くて車種まではわからないけど
「そう?じゃあ気をつけてな。」
「うん、明日にでも店長さんに挨拶に来るね。」
「分かった。一応話してみるよ。」
そこで俺達は別れた
「さてと…。」
「あ、澄原さん。終わりました?」
「うん、待たせてごめんね、良子ちゃん。」
二言三言良子ちゃんと話していると
「ほらーーー!二人とも、終わったんならもう帰ろうよー!」
そうだった、さっさと帰らないとさらに遅くなるな
今日もまた食事の仕度と洗濯と…
そう考えただけで憂鬱になるのであった


7月29日(日)


「あ、店長。お話が…。」
「なに?」
俺は昨日皐月に言われた通りに店長に話すことにした
「ええと…俺の知りあいなんですが、実は「すいませーん!」
またまた俺の言葉をさえぎって皐月が飛びこんでくる
「あ、夏樹くーん!」
…こいつは…
タイミング悪いっていうか…行動早いなぁ、おい
まだ開店して5分とたってないぞ?
「…夏樹君?あの子は?」
「はい、あれが今から言おうとしていた事です…。」
とりあえず俺は皐月を交えて店長に説明した
「うーん、そうだね。」
「だめでしょうか…?」
さすがに皐月も心配そうに見つめている
「いや、働いてくれるならありがたいよ。」
皐月の心配とはうらはらに採用の言葉が出る
しかし、またあっさりと決めたな…店長
これでも一応人物重視ということで採用をしている店だ
そう簡単に決めていいのか?とつっこみが入るところだったが
「夏場は会議とか多くてね。僕のいないことが多くなりそうだから。
 一人は雇おうと思ってたし。ちょうどよかったよ。」
こういうことだった
ちょうど皐月も夏いっぱい、という短期の応募だったので
条件がぴったり合ったというわけだった
なにはともあれ皐月はよろこんでるし、よかったな
「じゃあ澄原君。仕事とか教えてあげるように。僕はこれから会議だから。」
そしてそう言い残すと店長は風のように去っていった
「よし。じゃあとりあえず簡単なことから教えるかな。」
「うん、私頑張るからね!」
というはりきる声に応えるべく最初の仕事を俺は考えた
やはりまずは基本編・商品の管理だ
「前出しっていって、商品をよく見せるために綺麗に整える作業なんだ。」
「うん、なるほど。」
「しばらくはこれをやってみるといいよ。自然に商品の位置も覚えるし。」
そう、これは意外にめんどうなのだがそれを補って余るほどの効果がある
商品の位置を覚える、というのは事のほか重要なことであり
即座に商品の位置を伝えることによって客への迅速な対応
そしてそのすばやい行動は一人で数人の客をさばくことが可能となるのだ
少ない人数でやりくりする店にはなくてはならないスキルの一つである
「というわけで商品の場所覚えてね。」
「よーし、頑張るぞ〜!」
はりきって店の中を周る皐月
じゃあ俺はレジでも見張ってますか…
と思った矢先に
「おつかれさま。」
と店長と入れ替わりになるように先輩がやってくる
そのまま更衣室へと入っていった
絶妙に息ぴったりだな、この店
「あれ?店長どっか行ったの?」
そこで店長の鞄がないことに先輩が気付いた模様
「うん、そうみたいだよ。会議だってさ。」
「ええー、今日日曜日で忙しいかもしれないのにー?
 二人で大丈夫かなー?」
更衣室の扉越しに話しかけてくる先輩
「とりあえず着替え終わってから話そうよー?」
店内に響く声がすごーく恥ずかしいんですが…
それに着替えてる人にやたらと話しかけるのもどうかと
思ったので俺は先輩が更衣室から出てくるのを待った
「はあ、先が思いやられるわ…。」
そしてため息交じりに先輩が更衣室から出てくる
あ、なるほど…皐月が働くこと、知らなかったっけ
と言ってもまさか昨日の今日で決まるとは思わなかったが
「あーっと、厳密に言うと二人じゃないんだな…。これが。」
先輩は頭に“?”マークをつけたように首をかしげた
「実はバイトが一人増えてます。」
「おお?」
先輩の顔にさらに“?”を増してきたので俺は手招きして皐月を呼んだ
「なに?夏樹君。」
「えーっと、新人の櫛田皐月。で、こっちが先輩の今中いづみ先輩ね。」
こういうのは最初が肝心だからな
明るい職場環境の第一歩であるわけで…
とまあバイトがほざいたりしてますが
「あ、はじめまして…じゃないね。」
「昨日はすいませんでした。」
また皐月は頭を下げた
「いや、だから俺が悪いんであって皐月は関係ないってば。」
「そうそう、全部夏樹クンが悪いんであって、別に皐月ちゃんが謝ることじゃないから。」
「そりゃひどいよ、先輩…。」
「そうだよ…忘れてた夏樹君が悪いんだよね…。」
「皐月まで言うか。」
とまあこんな調子で3人でそれとなく会話も弾む
最初にしてはいい滑りだしかな
まあ二人とも子供じゃないし別に心配するようなことじゃないか
「いや、一人は子供だったか。」
「むぅ、誰が子供よ〜!」
「駄菓子を物欲しそうに眺めてるお嬢さん。」
前出ししろと言ったのに…お菓子のコーナーで捕まってるし
「だって…おいしそうだし。」
「まあ確かに懐かしいものではあるよ、うん。」
子供の頃はよく食べたからな…
子供って味覚が未発達だから甘いものでも味がはっきりしてないと満足できないんだろうか?
今でも甘いものは好きだけどあの独特の甘さには無理があるからな…
「夏樹君はどれが好きなの?」
「俺は…このラムネとか、チョコレートとか…かな。」
基本的に甘いものは好きだったりする
「じゃあこれにしよう♪」
そういうと皐月は子供用のかごにそれをいれていく
「こっちの新商品とか結構おいしいぞ?」
俺は最近出たチョコレートのお菓子を左端から一つ取る
そしてそれを皐月に渡した
「ううん、これがいいの。」
が、皐月はそれを断り駄菓子の選定に集中する
「なんでまた駄菓子を…。」
子供じゃあるまいし、と言おうとした時
「…だって夏樹君が食べてたものを食べれば私も少しは分かるかなって。」
「はあ?」
よくわからないことをぼそっと話してくる
あの頃からまったく値段も味も変わっていないものを食べて何が分かるんだろうか
「…私が寝ていた間の夏樹君の思い出を、少しでも共有したいから…。」
「え…?」
「あ!これおいしそう〜。」
その言葉をかき消すようにはしゃぐ皐月
か細い声で、かろうじてしか聞き取れないほど小さい声
だけど俺はそれを聞き逃さなかった
俺が友達と遊びまわっていた頃…
皐月は…ずっと寝ていたんだ
…俺のせいで…
「違うよ、夏樹君。」
「え?」
唐突に話しかけられて俺は我にかえる
「今思ってることはきっと間違ってる…気がするよ?」
俺の考えを知っているかのように皐月は答えた
間違ってる…か
皐月が言っているんだからきっとそうなんだろうな
だから俺も駄菓子の選定に加わった
それで俺の思い出…すこしでも分けられるのなら
それだけで同じ時間を共有できるのなら…
「よし、俺はこれにするぞ。」
「あ、それもおいしそうだね。」
その後しばらく二人で駄菓子をあさった
普通なら見向きもしない駄菓子だったけど
これで皐月と思い出を共有できるのなら
これだけで同じ時間を共有できるのなら…
食べてみてもいい、と思った

ポカッ
「いて!先輩…なにすんの。」
突然先輩に後ろから殴られる
と言っても丸めた小冊子だったので痛みはないが
「…ラブラブなのはいいけど、仕事してね…。」
呆れたまなざしで先輩が俺達を見る
はっ、と二人で顔を見合わせる
はたから見るとそんなふうに見えたのか…
いまさらになってダメージがのしかかる
すごく恥ずかしいんですが…
皐月もさすがに顔を赤くしてうつむいている
「と、とりあえず…前出し続けてくれる?」
「う、うん。わかった…。」
止まってるわけにもいかなかったのでとりあえず仕事に戻ろうとする
すると先輩が皐月が離れたのを確認するかのように向こうを見ている
「先輩?」
そんなに怒ることでも…と言おうとしたが
「あの子さ…色白いよね。」
「はい?」
微妙な返答が帰ってくる
色…美白?
「まあなんでもないから気にしないでね。」
…気にしようにもよくわからないんですが
「それにまあ細いこと…。うらやましいわ…よよよ。」
大げさに泣き真似する先輩
「前出し終わりましたー。」
そこに皐月が帰ってくる
すでに先輩の興味は皐月に向いているらしい
「ねえねえ皐月ちゃん体重いくつ?服のサイズは?化粧水何使ってる?
 スリーサイズは?指のサイズは?」
先輩の質問攻めに戸惑う皐月
というか先輩、おやじ化してますよ…
「えと40Kg、上下6号、安売りで買ったノーブランドだし、
 上から74、55、79、指は8号…。」
しかもその内容にこと細かに答える皐月
…あまり聞いてはいけない内容も混ざっていた気がするが気にしないでおこう
皐月も気づいたのか真っ赤になってうつむいている
ううむ、スレンダーながらになかなかの…
「夏樹クン、それ以上はセクハラよ。」
「はい。」
元はといえば先輩が悪いのだが、とも言えずに俺も黙った
しかし皐月はまだ真っ赤だった
「ゆ、指のサイズなんてあるんだ〜〜?俺っていくつなんだろう、はははは…。」
などとごまかそうと頑張ってみたが
「夏樹クンは以外に指細いから11号でも大きいかもね。」
しかし先輩に普通に答えられてしまう
くそ…この人わかってて流さずにまともに返事したね…
さてどうしたものか…と思っているとタイミングよくお客が入ってくる
「いらっしゃいませ〜。」
しばらく仕事に没頭してれば場の空気も変わってるだろう
それと同時に昼すぎのラッシュの始まりの予感
そして数時間後…
「なんでこんなに忙しいんだか。」
「…ごめんなさい。」
「最初だから仕方ないよ、皐月ちゃん。」
この店にはレジが2台設置されている
店の規模からすればちょうどいい数となっている
そのため年末などの忙しい時でもそこそこに客を待たせることはない
が、今はその時でさえ凌ぐほどの列ができてしまっている
その理由と言えば…
「まあ俺が教えなかったのが悪いんだから、気にしないで…ねと。」
「ほら、無駄口叩かないで早く直す!」
皐月が何をどう押したのか分からないのだが画面には「エラー」の非情な文字が点滅している
それを直すために俺は今レジの下に潜りこんでいる
おかげでさっきからレジに来る客のほとんどに笑われているが気にしないことにした
というかエラーの文字がでてるってことは…
外面的な問題じゃなくて内面的ななんらかの異常があるって事だよな?
こういうのはよく分からないからなんとも言えないのだが
実際こんな機械の中身を見たってなにがなにやらさっぱりだ
うーん、どうしようか…
俺は適当に目の前にあったスイッチらしきものをカチッと切り替えてみる
ブイーン!!
「おお!?」
怪しい音と共に何やら上のレジで異変が見られた模様
二人ともレジをしながらそれを見て止まっている
まずい、事態が悪化したか?
俺はレジの下から這いだすと画面を確認する
そこには普通の画面が写っていた
治った?と考えている暇もなくとりあえず動いているようなので
待っているお客をこのレジに誘導する
するといつも通りにピ、ピ、とレジに入力する音が聞こえる
うむ、ちゃんと動いたようだ…我ながらちゃんと直せたことに感心した
その後しばらくするとお客が途切れたので詳しいことを皐月に聞いた
「なあ…なに押したんだ?」
「えとね…ここがパカッって開いたの。で、中のこのボタンをぽちっと。」
問題のボタンの下には“copy”という文字が書かれている
「これ、確かレジのデータをフロッピーに移す時に押すやつだ…。
 というかやたらと知らないボタンを押さない。」
「ごめんなさーい。」
にこにこ笑って謝られても反省の色が見えないし…こいつは
「皐月ちゃん、レジの使い方教えてあげるね。」
来客の合間をぬって先輩の指導が始まった
先輩って人に何かを教えるのがすごく上手だったりする
もうこれ以上レジを壊されないように、という意味合いも含めてのことだが…
とりあえずここは任せて接客を、と思ったがまったく客が来ない状態
そういえば近所のスーパーが特売とか広告が入ってたっけ
その影響ということにしておこう、うん
ガラガラガラ…
「んでいつの間にやら閉店してるし。」
「つべこべ言わないでコンピューターの処理してよ。」
はい、と売上げの明細と今日の売上げ金を渡される
明細の内容をコンピューターに入力してデータの売上げと、
実際の売上げ金額が一緒かどうかを確認するのだが…
しかしこの作業が異様にめんどくさかったりする
とは言っても仕事なので勘定をはじめる
「ねえ、手伝おうか?」
皐月が声をかけてくるが…
さっきのレジの件もあるし…皐月に機械を扱わせるのがすごく不安だったわけで
「いいよこっちは。先輩の手伝いしてきてくれる?」
「うん、わかった。」
…ごめんな、皐月
コンピューターまで止められたら…開店と閉店ができなくなるんだよ
と思ったのだがなぜか今皐月がコンピューターにデータを入力している
なにごとも経験だ…という先輩鶴の一言でこうなったわけだが…
とりあえず操作を覚えてもらおうということだけど果たして?
と思ったが先ほどの機械音痴ぶりを発揮することなく順調にデータを打ちこんでいく皐月
いや、下手すると俺より早いぞ?(俺も早いほうではないが)
「皐月ってパソコン使えるんだ。」
「うん。病院から出られない間に触ってたら覚えちゃった。」
なるほど…確かに入院生活は暇そうだ
そのために過去最高記録でデータの入力が終わる
「早いー。もう終わったよ。」
「すごいね、皐月ちゃん。」
「えへへ…。」
嬉しそうに笑う皐月
そういえば明日は月曜日か…定休日だな
「なあ皐月。明日って暇?」
せっかくこっちにきてるんだから待ちでも案内してやろうか、と思ったのだが
「あ…明日は…ちょっと。」
寂しそうな顔をする皐月
「そっか、了解。」
まあ予定の一つや二つ入ってるよな
んじゃ明日は寝てるか…いや、洗濯と掃除しないとまずいな
などと考えながら帰ろうとすると
「あ、家まで送るね。」
と皐月が言う
「いや、悪いし…いいよ。」
「うん、社長の家にお金も届けないといけないしね。」
俺と先輩は断ったのだが
「ううん、ちょうど通り道だし…ね?」
うーん、まあこっちとしても楽できるわけだし、ここは一つ好意に甘えるということで
「じゃあお世話になろうかな。」
「そうね。ここから社長の家まで歩くと結構あるし…。」
「うん!じゃあこっちに来てもらうように言うね。」
そう言って皐月は携帯を取り出し電話をかける
そしてしばらく待つこと五分ほど
店の駐車場に…えらいのが入ってくる
おいおい…これって、TVの高級車紹介で見たことある車だぞ?
よく芸能人とかが乗ってるやつ…か?
「はい、乗って乗って〜。」
乗車を促してくる皐月
俺と先輩は顔を見合わせる
うーむ、こういうのに乗るのは確かに夢なのかもしれないが…
実際目の前に現れると…ひくな、これは…
とはいえここに来てしまった以上乗らないわけにもいかずに
俺は先輩と一緒に後部座席に乗りこんだ
そこはとんでもない空間が広がっていた
走っていることすら感じられない安定感
豪華な皮張りのシート
「すごいね〜、この車…。皐月ちゃんって…お嬢様?」
「いえ…違いますよ〜。」
ぱたぱたと手を振って否定する皐月
「うーん…夢の世界だな…。」
心から俺は思った
もう二度とこんな車に乗る機会はないだろうな…
そうこうしている間に車は社長宅へと到着
「じゃあ売り置いてくるよ。」
そう言って俺は車を降りる
そしてドアホンを押して社長を呼んだ
「おー、ごくろうさま!」
いつものことだけど…ほんとに豪快な人だな
こんな夜中に叫ぶ人はそうそういないだろう
っと、いけないいけない
この人、ほっとくとずーっと喋りつづけるからな
「これ、今日の売りです。」
話しをはじめられる前に俺は帰ることにして急いで売上げ金を手渡す
「おー、そかそか!ごくろうさん!」
「では失礼します。」
手短に切り上げ二人の待つ車へと戻った
バタン
「お待たせー。」
「あれ?社長いなかったの?」
あまりにも俺の帰りが早かったため先輩が聞いてくる
それもそのはず、いつもならばここで2、30分は社長の話しを聞いているところだ
しかし今日は5分とかからず俺は戻ってきた
自己ベストかもしれないな、このタイムは
「待たせるのも悪いからさ。早めに切り上げてきたんだ。」
そしてまた車は動き出した
「んー、やっぱり車は早いし楽でいいわねー。」
先輩が背伸びしながらしみじみと言う
「確かに楽ですけど…私は歩くほうが好きですね。」
「あ、俺も。あんまり乗り物って好きじゃないんだよな…。」
俺は車や飛行機にゆられると酔ったりすることもある
そのためもあり俺はあまり車や電車を利用しようとは思わなかった
だからバイト先まで歩きできてるわけで…というのは建前で
実際は金銭的な問題で免許をとる余裕がないというのが本音だが…
「だからおばさまにも歩いて通うって言ってるんですけど…。
 危ない、心配だって言って結局車通勤してるんです。」
「いいじゃない。それだけ心配してもらってる証拠なんだから。」
「先輩は彼氏がいるんだから乗せてもらえばいいのに…。」
一回だけ見たことがあるけど、なかなかにいい車に乗っていたような気がする
確か近所に住んでるって言ってたし、乗せてもらえばいいのに
って、そういえば先輩ってバイトに送り迎えされたことってないような…
「そういえば最近彼氏みてないけど…元気なの?」
「んー、元気だよ…。うん。」
俺の問いに普通に答える…ように見えた
一瞬だけ先輩の雰囲気が冷たくなったように感じられた
とはいえほんの一瞬だったので俺もさほど気には止めないが
「あー、いずみ先輩の彼氏さんってどんな人なんですか?今度見てみたいなあ〜。」
「別に普通の人よ。そんなたいそうなものじゃないってば。」
「またまた…かっこいい人じゃんか。」
一度しか見たことないけど、男から見てもかっこいいと思うよ、あの人は
「そう?私は夏樹クンの方が好みだけどな〜。」
「そっかそっか。って、なに言ってんですか!」
先輩にしては何気ない一言だったのかもしれないが、俺はすっとんきょうな声を上げてしまう
「いずみ先輩…それって遠まわしだけど好きだって言ってるようなものじゃ…。」
皐月はフォローしてくれるかと思いきや呆れ顔で俺達を見ている
「ああごめんね。言い方が悪かったわね。好きとかそういうんじゃなくて、
 あくまでも好みの問題ね。」
「もう…おどかさないでくださいよ。まあ悪い気はしないですけどね…。」
ったく…先輩も人が悪い…
とは言ってもほんとに悪い気はしない
嫌われてるよかよっぽどましだしさ
「…ん?皐月…どうした?」
すこし考えた顔をしているとなにやらじっと見てくる皐月と目があった
「…なんでもないです。」
いや、なぜにそんな他人行儀に…ってまあ他人といったら他人だけどさ
「…俺、なんか変なこと言ったかなぁ…?」
とはいえ上の会話に変なところはなかったと思うけど
考えれば考えるほど分からん…
と俺が首をひねっていると先輩が横で
「…まだまだ時間、かかりそうね…。」
とつぶやいた
そうこうするうちに家の前に到着
俺は車から降りる
「ありがとな、皐月。」
「ううん、いいよ。通り道だし。…それにみんなとお話できると楽しいから。」
ふと皐月の顔が曇ったようで、それでいてなぜか晴れわたっている気もする
「そうだね…雨の日は頼もうかしら?」
「そんな都合のいい事言ってないで歩きなさいって。」
くすくす、と皐月が笑う
それにつられて俺達も笑う
そんな微妙な光景を月の淡い光が優しく照らす
そして俺は家に帰ると炊事洗濯にとりかかる
車のおかげでずいぶんと時間に余裕があったので久しぶりに浴槽に湯をはった
最近は忙しくてもっぱらシャワーだけの日々だったのでとても気持ちよく感じられた
湯舟で目を閉じると先ほどの光景が浮かんでくる
笑いあう3人
ずっとこの時が続けばいいのに…
そんなくだらない事を願ってしまうおかしな俺の一日が終わった



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