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Original Novel Yuki Presents



終わらない夏


第四幕

転夏



7/30(月)

今日は定休日だ
定休日というのは、常に決まった休みの日であり…
「ごめんなさい、暇なんです。」
そう…せっかくの夏休み、せっかくの定休日というのに…
あまりにも暇すぎて家事全般に手を出してしまったぢゃあないか!
しかも昨日の夜に少しばかり掃除をしてしまったのでやることが少ない
とはいえ洗濯カゴはえらいことになっていたが
そんな溜まっていた洗濯物を片付けてしまうと本当にやることがなくなってしまう
仕方なく昼間から横になってテレビを見ているというわけです
とはいえこれではたいした時間を埋められるはずもなくすぐに飽きてしまう
「…仕方ない。駅前にでも行ってみるか。」
ここにいるよりかは時間も潰せるだろうし、なにか新しい発見があるかもしれない
俺は駅前へと向った
俺の家は交通の便よりも学校に近いことを重点において選んだ
そのため駅前までは歩いて2〜30分ぐらいの距離だった
「自転車っていう手もあるが…久しぶりに歩くか。」
ちなみにバイト先はだいたい10キロほどだ(友人車調べ)
学校までは近いものの自転車に頼る日々が続いていた
昨日の会話にも出てきたようにあまり乗り物は好きではないのだが…
人間利便性には勝てないよな…うん
なので今日は久しぶりに歩くことにした
そして30分ほどで駅前へと到着
平日の昼間ということもあって人も多くはない
特に目的もないのでとりあえず大通りを歩いてみる
ここにきてから2年、ほとんど町並みは変わっていないが…
「あ…澄原さん…?」
「はい?」
そこで突然後ろから呼びとめられたのでそちらをふり返ると
「良子ちゃん?こんにちは。」
「こんにちは。澄原さんもお買い物ですか?」
良子ちゃんだった
周りに二人、友達だろうか…女の子が一緒についてくる
「いや、特に用事はないんだけど…暇だったから。」
「私たちもそんな感じで…あ、お昼って食べました?」
そう言われて俺は時計をチラッと確認する
12:40‐‐
うむ、まさにランチタイムなり
「いや、まだ食べてないよ。」
というか朝も食べてない気がする
それでさっきからむしょうにお腹がすいてるのか
変な病気ではなかったようだ…って気付けよ!
「えっと…そこにおいしいパスタ屋さんがあるんですけど…
 よかったら一緒に行きませんか?」
心の中で一人突っ込みをしていると嬉しい誘いを受けていた
「へー、そうなんだ。俺あんまり駅前って来ないから、知らなかったなぁ。」
学校→バイト→家事全般
この三重苦で一日が終わってるんで…
とは言わずに一緒に行くことにした
「あ、でも…友達と一緒じゃないの?」
「あ…。」
はっとした顔をして後ろにいた二人に話に行く
もしかして、忘れてたのか…?
なにやら3人で話しあうこと数秒
オッケーのサインが出た
「はじめまして、梓乃です。」
「幸恵です、よろしく。…なるほどね。」
良子ちゃんの友人である二人の軽い自己紹介を受ける
ただ幸恵という子は俺のことをまじまじと見つめているけど…
「あ、はじめまして。澄原夏樹です。」
俺もとりあえず自己紹介を返す
「ほら、幸恵ちゃん。初対面の人にそんなことしちゃだめよ…。」
梓乃ちゃんが幸恵ちゃんに小声でつぶやく
聞こえてるということはこの際置いておくとして
俺、この子と知り合いだっけ?
ってこのパターンは第一幕だけで十分だぞ…
「ねえ、良子。遅くなるから早く行こうよ。」
「うん、そうだね。」
幸恵ちゃんが良子ちゃんを促すと俺は後をついていった
そして歩いて数分のところにある店に到着
少し昼食の時間からずれているのかすぐにテーブルに座れた
「さーて、今日はどれにしよっかなぁ〜?」
「私は日替りでいいです…。」
メニューを持ってはしゃぐ幸恵ちゃんとすでに決めてしまったようで黙りこくっている梓乃ちゃん
うーむ、対象的な二人だな
「うーんと、なにかオススメある?」
とりあえず俺は常連の意見を求めた
「そうですね…私はきのこのパスタが好きですね。」
「良子、そればっかりじゃない?」
「だっておいしいし…。」
「私はナスのミートとかなんかいいと思うけど?」
「私は…飽きないように日替りにしてます…。」
と、わいわいと女の子な会話へと変化する
まずい、会話にのれないぞ…
「じゃあ私はアスパラと卵のパスタにしよ〜。」
「私は…きのこのパスタで。」
「日替りで…。」
「じゃあ俺もきのこのパスタで。」
四人メニューが決まったところでオーダー
しばらく談話していると色とりどりのパスタが運ばれてくる
「いっただっきまーす。」
どれ一口
…うん、おいしい。3人がはまっているのも納得できる
「ほんとだ、おいしいね。」
「だから毎日来ても飽きないのよね〜。」
「幸恵ちゃん、毎日は来てないでしょ…?」
すかさず梓乃ちゃんが突っ込む
うーむ、息ぴったり
そんなやり取りを見ているとこの二人は親友なんだと思った
しかし久しぶりに昼食においしいものを食べたのでしばらく集中する
一人暮らしの最大の費用は食費である(俺の場合)
なのでたいがい安売りに買い溜めするカップラーメン
もしくは少々の自炊で済ませる事が多い
なので本当に久しぶりの満足のいく食事だった
「ねえ、良子に聞いたんだけど澄原さんってほんとに彼女いないの?」
…とまあ唐突になにを聞くんだか、この子は
「うん、いないけど。」
ちょっと質問の文面に違和感があったが事実なので即答する
「ええ〜、嘘でしょ?結構かっこいいのに…ねえ、良子?」
「ええ?な、なんで私にふるの〜?」
と真剣にあたふたする良子ちゃんが妙にかわいらしく見えたのは気のせいか?
「まあとりあえず募集中ということにしておいて。」
「そっか、じゃあ立候補しようか?ねえ良子もどう?」
「だから〜、なんで私にふるの〜?」
いや、立候補されても困るし
というか真っ赤になって恥ずかしがられても困るんですが
「ほんとに困ってるし…この話しは終わりということで。」
これ以上続けるのもかわいそうだったので俺は適当なところで話しを切る
周りから見ると俺がいじめているようにも見えるのは気のせいということで
「そだ、梓乃。デザート見に行こ。」
「うん。」
そういえば店頭にケーキやらいろいろ並べてあったっけ
「良子は?澄原さんは?」
「あ、私はいつものやつね。」
「また木イチゴショート?おっけー。」
ふむ、食後のデザートはかなり重要だ
俺も甘いものは好きなのでなにか頼みたいところだが…メニューがわからない
「澄原さんは?」
「そうだな…オススメは?」
とりあえず最初は常連の意見を
「全部オススメだよ。」
「…季節のデザート。毎日違うんです。飽きませんから…。」
「私は木イチゴのショートケーキですね。」
ふむ、選択肢的には2か3か…
「ってちょっと!1は?選択肢にすら入らないの?」
おおう、思考に突っ込み入ったぞ
「いや、全部って言われても…もうちょっとピンポイントに…。」
「男ならインスピレーションよ!第一印象で勝負よ!…ね?」
そこで幸恵ちゃんは良子ちゃんを見る
「だからなんで私にふってくるかな〜?」
そんなやりとりを見て笑いあう
…なんか幸せな昼下がりを過ごしていた
結局良子ちゃんと同じ木イチゴのショートケーキになった
デザートも終わりしばらくして
「ねえ、次はどこに行こうか?」
梓乃ちゃんの提案に
「あ…今日駅前のデパートでバーゲンやってるよね。」
幸恵ちゃんが思いだしたようにつぶやく
「そういえば今日で最終日じゃなかったっけ。」
と3人は俺を見る
「ん、なに?」
そしてなにやら小声で3人で話し合う
「どうする?男の人は足手まといかも。」
「…荷物持ってくれるかも…。」
本人達はひそひそと話し合っている気なのかもしれないけど…
全部聞こえてるんですが
「あ、もし邪魔なようなら帰るよ?女の子の買い物に男がいると
 買いづらいものとかあるだろうし。」
「あ、いえ!そんなことないです!ただ…場所が場所ですし…。
 男の人ってああいう場所好きじゃないんじゃないかなって…。」
「確かに…バーゲン会場なんていったことないな…。」
生まれてこのかた21年
思い起こしてみてもそういう場所にいった記憶はない
「じゃあさ、この機会に挑戦するということで一緒に行けば?」
「…きっと気に入りますよ?」
と二人も誘ってくれているし…
俺は女の子3人からの誘いを断るほど裕福ではないので
「じゃあご一緒させていただきます。」
即答だった
そして俺達はデパートへ移動
「ふぇ〜、バーゲン会場ってすごいとは聞いてたけど…。」
「今日はこれでも空いてるほうですね。」
俺は毎月恒例になっているというデパートのバーゲンへとやってきた
最終日ということもあってすでに空っぽのワゴンも少なくない…
さらに見渡す限りの人、人、人
そして殺気だっているおばさん達
うーむ、正直あまり近づきたくない場所だ…
しかし女の子は強かった
「あ!このバッグかわいい!」
「梓乃ってバッグばっかり買ってない?」
「そんなことないよ〜、うん、これかわいい…。」
迫り来る人の波を華麗にかわしながらどんどん奥へ進んでいく3人
「っていうかちょっと待ってくれー!!」
…………
「ねえねえ、これは?」
「あ!こっちのほうがよくない?」
なんとか合流できたものの、俺は肩で息をしていた
一方の3人はまったく苦にしていない模様
バイタリティあるね…はぁはぁ…
「あ、そうだ。水着見に行かない?」
「そうだね。私新しいのほしかったんだ。」
「ほら!澄原さん、おいてっちゃいますよ?」
…少し休ませてくれ…
と言いたかったがいつのまにやら水着売り場へ
シーズン真っ盛りということもあって色とりどりの、様々な水着で溢れていた
「ねえ、これどう?」
「あ、こっちは!?」
「うーん、いまいちイメージが…。」
「そうだ、試着しよう!」
幸恵ちゃんのその一言で3人は一斉に試着室へ
俺は近くの椅子に腰かけた
「ふう…。」
一息つこうと思ったのだが
「ねえねえ、これどう!?」
「うーん、じゃあこれは?」
とっかえひっかえ試着する幸恵ちゃんの質問攻めに合う始末
そして梓乃ちゃんはすでにレジに向ったみたいだった
本当に対象的な二人だよな、と思いつつ
「そ、そうだね…両方ともいいんじゃないかな?」
「なんすかそのやる気のない返事は!女の子の質問にはちゃんと答えないと!」
という俺の曖昧な返事にハイテンションな返事が帰ってくる
てかそのノリにのっかっていくほど元気ないんですけど…
「あ、あの…どうですか…?」
「え?」
そこに後ろから声をかけられたので驚いてふり返ると現れたのは良子ちゃん
…以外と着痩せするタイプだったのか…
「あの…変ですか?」
「あ?いや、ううん、似合ってるよ、うん。かわいいかわいい。」
いかんいかん、思わずぼけーっと眺めてしまっていたみたいだ
おかげで空返事を返してしまう始末
…変な目で見つめたりは…してないと思うが
「えー!またワンピース?たまにはこういうの着たら?」
そういって梓乃ちゃんが差し出したのは…
「え?いくらなんでもこれはちょっと…。」
さすがに良子ちゃんの顔にもためらいの色が
男の俺が見る限りでは、かなーりきわどいビキニに見えるが…
とはいえ男としては一度は見てみたいものだが
「なに言ってるの!良子の顔とセクシーな水着姿があれば、
 どんな男だってイチコロよ!ね、澄原さん。」
って俺にふるのか?
「う、うーん…今着てるのも良子ちゃんらしくていいと思うけど…。」
まさか“見たい”と言うわけにもいかないのであたりさわりのない返事でごまかした
「そ、そうですか…?」
「うん、かわいいと思うよ。」
「か!?かわいい…ですか、よし。」
「なにか言った?」
「いえ!?なんでもないですから!」
ぼそっと言った一言が聞き取れなかったので俺は聞き返すと
良子ちゃんは慌てて試着室へと戻って行った
俺が首をかしげていると梓乃ちゃんがレジを終えて帰ってきた
「買ってきたよー。幸恵ちゃん、それにするの?
 …どうしたの、幸恵ちゃん?怒った顔してるけど…?」
「…見てるこっちがいらいらするわ…疲れる二人ね。やれやれ。」
そのやりとりを見て俺はさらに首をかしげるだけだった
そしてその後もデパートの中を見て周る
「く、苦しい…。」
「もう、幸恵ったらいくら試食だからって…。」
地下の食品街で今日新発売のコロッケの宣伝で試食をしていた
で、梓乃ちゃんが食べ過ぎたと
しかしデパートの地下って試食品のオンパレードとは知っていたけど…
ここまですごいとは思わなかった
下手すると一食分は軽く浮かせるぐらいの量があるぞ?
「幸恵…大丈夫?」
「あんまし大丈夫じゃないかも…とりあえず、帰るわ…。」
ふらふらした足取りで帰ろうとする梓乃ちゃんをすかさず梓乃ちゃんが支える
「もう…そんな調子で一人で帰れないでしょ…。」
なんだか飲み過ぎのサラリーマンみたいだ
「梓乃、幸恵。気をつけてね。」
心配そうに二人を見送る良子ちゃんを見ると、
この3人は本当に仲がいいことがうかがえる
「うん、またね。それと…すいませんけど澄原さん、良子頼みます…。」
「一人で大丈夫?よかったら俺達もついてくよ?」
足元のおぼつかない人間を一人で運べるかな…とは思ったのだが
「大丈夫です。いつものことで慣れてますから。」
妙に説得力がある梓乃ちゃんの一言に納得してしまう
「じゃあ気をつけてね。」
「はい、それではまた。」
そう言うと一礼して幸恵ちゃんと梓乃ちゃんは駅のほうへと歩いていった
「二人とも家近くなの?」
俺は良子ちゃんに聞いてみた
「そうですね…ここからだと電車で30分ぐらいですね。だけど大学にはすごく近いんです。
 この間の期末試験の時は一週間ぐらい泊まりこんじゃって…。」
勉強できなくて失敗しました、と付け加える
うーん、幸恵ちゃんはおとなしく勉強するタイプではなさそうだからな…
「俺もさー、一回大学付近の友達の家に泊まったことあったけど、
 結局騒いで終わっちゃうんだよね。よくわかるよ。」
などとくだらない会話ではあったけど…すごく楽しく思えた
それから30分ほど歩いただろうか
「あ、もうこの辺でいいです。澄原さんの家から遠くなっちゃうし…。」
「二人に頼まれたからね、家の前まで送っていくよ。」
せっかくここまで来たんだから最後まで送っていかないと
…特に幸恵ちゃんがうるさそうだし
それから微妙に会話がなくなった
夏の夕暮れ
…俺はこの赤が大嫌いだ
大事なものを奪ってしまう赤は…
並んで歩く二つの影
「澄原さん…少し、時間いいですか?」
「うん。今日はバイトも休みだし…。」
「あの…ちょっとそこの公園に寄っても…いいですか?」
その一言で俺は公園へと足を踏みこんだ
ブランコ、鉄棒、シーソー、砂場
うーん、懐かしい
シャワシャワシャワシャワ…
この季節には少し早いヒグラシの声がしていた
そのせいもあってか、夏の夕暮れというよりも、
晩夏の夕焼けといったほうがしっくりくる景色だった
オレンジの光が二人をつつんでいる
子供の姿はなく物静かに揺れているブランコ
俺達はそんな公園の中ほどにあるベンチに座った
特に会話はない
俺はなぜか話す気が起きなかった
夕焼けに見とれていたのかもしれない
あるいはそれを建前にして結末から逃げていただけかもしれない
「あの…この間の話しの続き…なんですけど。」
俺は黙ってそっちを見る
良子ちゃんはうつむいたままで
だけど瞳はまっすぐに
頬の朱は陽の色かどうかは分からない
真剣な口調が心に痛い
「…この間?」
知ってるくせにわざととぼけるなんて
卑怯者の俺にはとんでもなく痛い、鋭い刺だった
この間店の閉店中に俺に言いかけた言葉の続き
ひょっとすると過去に何度も言いかけた言葉の続き
どれもその先の言葉を俺は知っていた
だから俺は…逃げてきた
そんな卑怯な俺にはこの先の結末は…
痛くて、するどい刺だった
「私…えと…ええと…。」
その先の言葉はできれば聞きたくない
二人きりの公園
ずっと前から知っているこの子の気持ち
気付かないふりをしていただけ
ずっと、前から知っていた
だから…
「私…あなたのこと、好きです…。去年見たときからずっと…。」
そんな俺がこんな真剣な気持ちに答える権利があるんだろうか
今の俺は、確実な答えを出す自信がない
…皐月という、女の子がいた
子供心に“好き”という曖昧な気持ちを抱いた女の子がいた
…今はその女の子がいる
会えないと思っていた人が帰ってきた
嬉しい気持ちでいっぱいのせいで、俺の今のこの気持ちが好きというものかどうかは分からない
ただ失ったと思いこんでいたものとの再会に喜んでいるだけなのか
幼馴染みというだけの感情なのか
それともこれが愛しく思うということなのか
全っ然、分からない
ただ心に…奥底に皐月の笑顔がはりついている
「あ、えと、その…す、澄原さん…迷惑ですよね。私なんか…迷惑ですよね…。」
俺が黙っていると返答に困っていると思ったのか良子ちゃんが切りだしてくる
「…迷惑なんて…俺は思ってないよ。むしろ嬉しいぐらいだよ。
 …だけど、少し考えさせて…ほしい。」
俺も慌てて返事をした、が
この俺の答えも嘘ではない、同情でもない
これが俺の本心だ
嬉しい
本当に嬉しい
確かに嬉しい
今まで感じたことのない暖かいもの
「そ、そうです…よね。じゃあ、いつか…お返事聞かせてください。」
タタタタッッッ
それだけ言うと良子ちゃんは走って行ってしまった
………
「はぁ…。」
俺はしばらくベンチで空を仰いだ
皐月を想う気持ち
良子ちゃんを思う気持ち
なにが違うんだろうか
結局答えのでないまま俺は家へと帰った


7/31(火)


「ふわ、ぁぁぁ…。」
「夏樹クン、それであくび12回目…。」
先輩にいちいち数えないでください、
というつっこみすらできないほどに俺は眠たかった
あれからずっとあの言葉が頭から離れなかった
“あ、えと、その…す、澄原さん…迷惑ですよね。私なんか…迷惑ですよね…”
なぜだかこの言葉が俺の中で膨らんでいた
告白された“好きです”っていう言葉ならまだしも
“迷惑ですよね”…なんでこっちに反応してるんだろうか
「…不思議だ。」
「…だめだこの子は。あくびと独り言の繰り返しだよ…。」
あーぁ、とため息をつく先輩
それを見て俺は一言
「先輩、疲れてるなら少し休んできていいですよ?」
「…そっくりそのままお返しするわ…。」
…俺、変なこと言ったかな?
そしてしばらく閑散とした店内でレジに居ると
「あー、もう!夏樹クン、どうしたの?今日おかしいよ?」
「…そうですか?」
「おかしいわよ。さっきからあくびと、“うーん”とか“でも…”とか独り言ばっかり。」
…そう言われるとそうかもしれないな
どうしよう、先輩に話してみるか?
でもなあ…事が事だけに…身内ってのはやばそうだし
それにこの人っていうのが一番の問題点だ
俺がしばらく考えていると
「“失敗してから後悔しろ”ってね。」
「はあ?」
突然先輩が話しだす
…が、そりゃ当たり前じゃないの?
「まあ悩み事を詮索するのは失礼だからさ…アドバイス。ま、ある人の受け売りなんだけどね。
 自分が満足のいく努力をして失敗したんならその事について悔やむことはできても、
 行動すらしないと自分を悔やむことになるんじゃない?
 それに悩むって事はそのことに対して未練があるんじゃないかな。
 おそらく、それだけ悩むことなんだから行動したほうがいいよ。って長い上によく分らないね…。」
「…。」
確かに先輩の言う通りだ
だとしたら、俺は…
俺の気持ちは…
ウィーン
「いらっしゃいませー!」
と、夕方のピークを迎えつつあった店内に人が増えてくる
とりあえず今はバイトに専念しよう
でも…まさか先輩に渇を入れられるとは
しかも的確に、ピンポイントに俺には効いた
身内は…特にこの人は危ないかな、とか思ったけど
俺は何一つ先輩の事知らないんだな…
…よし
「先輩。今日…暇?」
「ん?どうしたの突然…。」
「実は、相談…につきあって欲しくて。」
さっきの一言で確信した
この手の相談はやっぱり年上にするべきだな
びしっとまとめてくれそうだ
「珍しいね、夏樹クンが私に相談なんて。うん、別に予定はないから…いいよ。」
「じゃあバイトが終わったらちょこっとお邪魔するね。」
よし、これで一応の目処はたったわけだ
仕事に専念しよう
…………
ガラガラガラ…
「あっという間に閉店です。」
「夏樹クン、行くよ〜。」
なにぶつぶつ言ってるの?とつっこみを受けて俺は歩き出した
途中、特に会話はない
社長の家に売りを置いた後も特に会話はない
故意に話さないようにしたわけではないけど…
俺は誰かに相談したい反面、あまり人に言いたくないという気持ちも会ったのかもしれない
そんな雰囲気を察してくれたんだろうか…?
そうこうするうちに先輩の家に着く
「お邪魔しまーす。」
「どうぞー。汚い部屋だけどね〜。」
…前に来た時より綺麗になっているのは気のせいなのか?
俺は部屋の入り口でつっ立っていると
「ご飯作るからしばらく待っててねー。」
「あ、おかまいなくー。」
その声で俺は我に帰るととりあえず座った
う〜ん…落ち着かない
…もしも今先輩の彼氏が来たりしたら…
考えるのが怖いのでやめておこう
気分転換にテレビをつけてみる
丁度今日の出来事をニュースでやっていた
…うーむ、なんか悪い報道しかないような気がするぞ?
「お待たせー。」
すると先輩が食事を運んでくる
「あ、ごめんね。なにも手伝わなくて…。」
「いいよー。料理は好きだからさ。これぐらい朝飯前だよ。」
そう言って先輩は向かいに座る
「じゃ、冷める前にどーぞ。」
「いただきまーす。」
さて、以前の料理で先輩の腕は証明済みである
本日のはいかほど…
スープは中華風のとろっとしたもの
ふー、ふー、…もぐもぐ
麺類には違いないんだけど…なんか食感が違う
しゃくしゃくした感じがする…?
「先輩、これ…なに?」
「ん?中華そばの麺を大根に変えたの。
 ヘルシーだし、栄養もあるから体にいいよ。」
おお、またも先輩の背中に光がくるくると…
なるほど…大根か
もぐもぐ…
うん、野菜のあっさり感ととろみがいい感じで調和している
俺はまたも言葉ではなく態度でそのうまさを表現した
「…ごちそうさまー。」
「お粗末様でした…で、話って?」
…うーんと…なんて言おうか…
俺はしばらく悩む
…個人名を出すのも…あれだし…
「えっとさ…その、今…好きな人がいてさ…。それで…悩んでるわけで…。」
俺はたどたどしくではあったが今の思いを先輩に伝える
笑顔…
悲しい顔…
両方ともかけがえのないものには違いない
だけど…俺の心に深く入り込んでいるのは…悲しい方だ
もう、二度と見たくない
あの顔の原因が俺だということが、とても痛い
笑っていてほしい
だけど…もし立場が逆だったら
皐月と入れ替わっていたら…同じ事を俺は思っただろうか?
それがわからない
皐月が悲しい顔をするのはできれば避けたい
だけど皐月は悲しい顔を俺に見せるだろうか?
そんなくだらなくて、自分勝手な考えが俺にあった
だから皐月の悲しむ顔を想像できなかった
「それが好きっていう気持ちなのかもわからないし…。うまく言えないんだけど…。」
「それでいいんじゃないかな?」
「え?」
黙っていた先輩が唐突に口を開く
「“好き”なんていう気持ちは人それぞれだから。それが夏樹クンの気持ちなんでしょ?
 その子もそこに惹かれたんだと思うからもっと素直になって向かい合っていいと思うよ?」
…素直になれ、か
皐月と…良子ちゃんか…どっちもかわいいんだよな…
「…こら、鼻の下伸びてるぞ…。」
「おお!?」
しまった、いらん妄想を…
素直になりすぎるのも問題だ
「そっか…夏樹クンも大変だねぇ。 二人ともかわいいもんね。」
「ですよね…って、誘導尋問禁止!!」
危ない危ない…引っかかるところだった
「ごめんね〜。でも、皐月ちゃんと良子ちゃんか…わかるなぁ、うん。」
…ばれたのか?
「どうでしょうね…っと、今日のことは誰にも内緒ですよ。」
「分かってるって…でも、夏樹クン、初めてだね。こんなこと私に相談してくるなんて。」
「…まあそういうこともありますよ。」
「お姉さんは嬉しいわ!ガシッ!」
っと俺は抱きつこうとしてくる先輩をかわす
「…ヒドイ〜。」
「冗談でもそういうことは止めてくださいよ…。」
あはは、ごめん…と先輩は笑う
確かにこういう話を人に聞いてもらうっていうのは…
今までの俺には考えられなかったよなぁ
別に弱みを見せるとかいうことじゃないけど
俺はこういうのは好きではない
でも…いつまでも自分でためこんで忘れるのを待つよりもずっと楽になれたと思う
「それじゃそろそろ…」
11時を過ぎたので俺は切り上げようと席を立った
「帰さないわよ。」
そう言って先輩はビールを取りだした
「最近あんまり飲む機会がなくて…ね♪」
「いや、俺明日朝からバイトですから帰りますよ。」
「あー、そっかぁ。仕方ない、許してあげよう。
 でも今度暇なとき飲みにきてね。みんな誘って飲もう?」
その時気付く
そういえば皐月の…歓迎会やってないな
飲んで騒ぐという理由にはぴったりの宴だ
とりあえず俺は先輩の家を出た
だけどまだ俺には決められない
選べない
失いたくないものは…どちらだろう?
俺であって俺でない、子供心から続いている思い
それはとても不思議な感情
そして俺という自分の心に寄せられた思い
いつの間にか夜空から星が消えて雲に覆われていた




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