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Original Novel Yuki Presents



終わらない夏


第五幕

進夏



8/1(水)


今日は朝から夜までの一日労働です
労働基準法?知りません
あの基準法はあくまで忙しくて過労死するような職場に対し
そのような労働者を守るものだと思われるのであります
ここの業務は…むしろ基準法で俺たちに仕事をください
「夏樹君、おっはよ〜〜!」
などという風な思考を見てわかると思うけど…
私は朝に弱いです、すいません
とはいえ皐月のテンション…
「お前…朝からテンション高すぎるって。」
「えぇ〜?夏樹君が低いんだよ…。」
いや違うぞ…たぶん
そう思いつつ俺はセキュリティを解除し店に入る
そして手際よく店内の明かりやパソコン、レジのスイッチ類をつけていく
それをじーっと見ているだけの皐月
…そうか、朝番は初めてだっけ?
「皐月、朝やることは大きく三つだ。」
「うん。」
1・上記のような雑務
2・フロアの掃除、タオルの洗濯
3・自販機の売上の回収
3に限っては保守上、朝と夜行うことになっている
「わかったか?」
「うん、了解だよ!じゃあ3番行ってきます!」
皐月に自販機の鍵を手渡す
やたらと気合を入れて外に出ていった
やれやれ…そんなに気合入れなくても自販機は逃げない
「って自販機のセキュリティの解除の仕方教えてないだろうがーーー!」
ビーーーーーーッ!!!
俺の叫びと同時に鳴り響く警報機
そして案の定おろおろと戻ってくる皐月
ポロロロロ…ポロロロロ…ポロロロロ…
そして電話がかかってきた
おそらく警備会社だろう
俺は電話に出ると事情を話し警報を止めてもらった
「…ごめんなさい。」
「いいって。教えてないのに行かせた俺が悪いんだからさ。」
まあ確かにその通りだろう、と自分で言ってそう思う
「それじゃあ代わりにフロアの掃除しておいてくれるか?」
「うん!任せて!」
俺は皐月から鍵を受け取るとフロアモップを渡し返す
俺は外に出た
…相変わらず暑い
夏だから…と言えばそれで終わりだけど
さて、とっとと自販機の売上を回収して涼しい店内に戻ろう…
俺はいつものようにささっと売上を回収すると店内に戻る
夏場や冬場など外に出るのが辛い季節はこのスピードが格段にアップする
「ねえ、モップがけ終わったよー。」
「早!!」
そして店内に戻った瞬間の皐月の一声は強烈だった
いくら小さな店舗とはいえ…早い
俺が外に出ていたのはほんの数分もかかっていないはず
それでいて店内は俺が掃除したときより綺麗になってるし
「私掃除得意だから♪」
おばさんの家にただで泊まっているのは悪いから掃除とか手伝ってるの、と皐月は付け足す
ということは次の作業も得意分野のはずだ
「じゃあ次は流しのところにあるタオルとか洗ってくれる?」
「らじゃ〜!任せてよ!」
と胸を張って奥に消えていく皐月
その間に俺は自販機の売上をレジに入力する
そしてレジの釣り銭を用意してから店内の在庫をチェックに行く
ここで無くなっている物を調べて倉庫から持ってくるわけだ
これはたいてい店長の仕事なのだが…
「俺がいる日は絶対にこの仕事やらないからな、あの人…。」
まあドリンクなどの重い物を持ったりするし…
先輩や良子ちゃんにやらせるわけにもいかないからなぁ
でも俺(男)がいる日はたださぼってるだけだろうけど
俺はチェックを終えて倉庫に行く
そして倉庫にあるものを店内へと移動→陳列
それを15分ほど繰り返し行っただろうか
冷房の効いた店内にいるにもかかわらず汗が出てくる
俺は制汗スプレーの試供品を片手に
「じゃあ店開けるよー。」
すでに洗濯を終えて雑誌コーナーに掴まっていた皐月を呼んだ
そして開店
いつも通りに誰もいない駐車場
俺と皐月はカウンターに設置された椅子に座る
「お客さんいないね。」
皐月はまだこの情景に慣れていないため少し戸惑い気味
「だいたい昼前ぐらいから忙しくなるから、今のうちに楽しておいた方がいいぞ。」
でもお仕事だから、と店内の巡回に行く皐月
俺はレジを守るためにそこに座りつづけた
…のは建前で、俺は二人のことを考えていた
昨日先輩に言われたことを思いだして…
皐月の笑顔
良子ちゃんの泣き顔
俺には後者の方が心に残っていた
皐月の笑顔はいつも俺をむいていてくれる
そんな自分勝手な考えと同時に皐月の笑顔は“好意”によるものなのだろうか?
俺の皐月への感情は兄妹のようなものなんじゃないだろうか?
そんな考えが頭に浮かんでいる
ただそう思い込もうとしているだけなのかもしれないが…
ふぅ…俺に兄妹の一人でもいればな…
ウイーーン
「いらっしゃいませー。」
その時ドアが開いて客がやってくる
駐車場を見るといつの間にか車が増えている
俺は時計を見た
…ぼーっとしていたようである
「ふぅ…一時間近く考え込んでいたのか…。」
我ながら深く集中して考え込むのは…悪い癖なのだろうか?
しかも悪い方へ悪い方へと考えてしまうからタチが悪い
とまあこの辺にしておいて仕事に専念しよう
なにかに夢中になることで少しでも気を紛らわせられるのなら…
そしていつのまにかお昼のラッシュが終わりに近づき店内はいつの間にか閑散としていた
時刻は二時半
「…もうこんな時間か…。」
「ふぃ〜〜。忙しかったよぉ…。」
例え少ない客数でもいっぺんに集まるとそれは忙しいものである
慣れていない皐月には辛かったかもしれない
「じゃあ休憩にしようか。」
そこで三時のおやつタイムにすることにした
…やばい、もうそんな時間か
と自分で言っておいてそう思ってしまった
今日は五時から良子ちゃんが来るはずだ
俺のせいで苦しめてしまっているっていうのに…
どういう顔してあったらいいのやら
またもや俺はシンキングタイムに突入した
おかげで皐月の話しをほとんど聞いていなかった
それから客足もまばらで五時を迎えようとしていた
ああ〜〜、俺さっきからずっと時計見てるよ
「おつかれさまでーす。」
店長と入れ替わりのために良子ちゃんがやってきた
今日は店長は新商品の勉強会らしい
そんなことはどうでもいい
「あ、おつかれさまです〜。」
皐月が挨拶する
その直後に一瞬だけ良子ちゃんと視線が合う
「こ、こんにちは。」
俺はそれしか言えなかった
答えを出すことができない自分の心がそうさせる
その後も自分でもおかしいと思うぐらい他人行儀だった
なにをしても事務的に対処してしまう
…俺から避けてどうするんだ?
そんなことはわかっている
だけど…顔を合わすことができない
あの泣き顔と重なってしまうのが怖かった
その時皐月と目が合った
その瞳にはなぜかすごく悲しい光があった
どうかしたのか?
その一言が喉元まで来ては、飲みこまれていく
なぜならその光が…
皐月自身に向けられているような気がしたから
後悔、失望、蔑み…どれでもない光
それは「諦め」だった
自分の何に諦めたんだろうか
俺にはわからない
その光を、瞳の奥の考えを予想できるにもかかわらず内容まではわからない
光はすぐに消えいつもの皐月に変わってしまった
そんな俺の考えを吹き飛ばすかのように店は賑わいを見せ始める
夕方のラッシュ
何かに夢中になっているときは全てを忘れることができる
俺はこういう時間が嫌いではなかった
そして終業時間
「じゃあ皐月、良子ちゃんに外の片付けについて教えてもらって。」
俺は遠回りに良子ちゃんを遠ざけてしまう
ガラガラガラ…とシャッターを閉めていく音
俺はその間店の売上をコンピューターに入力する
やがてそれも終わり俺は一息つく
売上の詳細をプリントアウトし、コンピューターの電源を切る
これで閉店処理は完了した
そこで俺は気付く
とっくにシャッターは閉まっているのに二人が帰ってこない
俺は一応最悪の自体を考えて鉄の棒を携帯し外に出た
「なあ二人とも…」
「皐月さんは…澄原さんのこと、どう思ってるんですか?」
はいい?
俺は声をかけようとしたがとっさに店の中に隠れる
そして会話が聞き取れる位置まで慎重に移動した
…言っておくけどこういうのは趣味じゃないぞ
「私…澄原さんに自分の気持ち、伝えました…。
 まだ返事はもらってません…でも。」
「でも?」
「二人を見てると…その、入る余地がないんです。悔しいんですけど…。
 お互いのこと心から信頼してるし…そういうのが見ててわかるくらいに。
 だからもし…皐月さんが澄原さんのこと好きだったら…私、かなわない…。」
よく見てるんだな、というのがはじめに浮かんだ
確かに言われたように…なんというか皐月の考えはある程度わかってしまう
呼吸というか、間というか…
だからさっきの瞳の光にも気付いたんだろうから
だから俺は皐月の答えを待った
こういうことはいけない、と思いつつも体はそこに釘付けだった
なにかを期待していた
皐月の一言を、期待していた
「私は…そんな風には見てないよ?」
しかしその一言が俺に刺さった
「うーんと…なんて言うのかな?…兄妹みたいな感じかなぁ。
 私、一人っ子だから…かな?」
なにかが俺の中で崩れていく
あはは…と乾いた声で笑う皐月
なんとも思ってない男のことでこんなこと言われたら誰だってそうか…
そっか…そうだよな
俺が想ってきたのはそういう感情なんだよな?
皐月はそう思ってる
だから俺もそうだったんだと思う
そう思いこむ
弱い心を守るためだけに刻みつける
これが兄妹を思う心
これが異性を思う心
ほとんど…同じじゃないか…
「あ…。」
「夏樹、君…。」
俺は自然と二人の元に近寄った
「ごめん。…その…。」
俺が結果的に盗み聞きしたことにどう言おうか迷っていると
「…私は、言った通りだから。」
俺にしか聞こえないほどの小さな声で告げる
そしてタタタタ…と小走りで店内へと消えていった
「…ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど…。」
「いえ、澄原さんはそんなことする人じゃないです…。」
とはいえやはり自分の心を聞かれてしまったのだから気分のいいものではないだろう
「俺、正直迷っていた。昨日の良子ちゃんの言ってくれたことにすごく嬉しい自分がいた。
 それと同時に…皐月にも同じような気持ちがあった。」
俺は本心を語る
もう俺も自分を偽りたくない
これで俺を嫌いになってくれればいい
俺を責めることで良子ちゃんの負担を減らせるならば
そうあってほしいから俺は続けた
「だけど…今の皐月の一言でわかったんだ。
 皐月への“好き”と良子ちゃんへの“好き”は違うんだって。
 こんな調子のいいこと言って信じてもらえないと思うけど…。
 もし昨日の言葉がまだ有効なら…返事…言っていい…?」
馬鹿なことを言っているのはわかっている
事実上ふられた直後に告白するなんて
だけど迷ってしまえばきっと後悔する
だから俺は…言う
「…聞かせてください。」
良子ちゃんはうつむいたままそう言った
だから俺は…
「好きだ。」
言った
自分勝手でどうしようもない男だけど
この子の気持ちを受け止めたいから…
良子ちゃんはゆっくりと顔をあげ
極上の笑顔でこう言った
「…私も…大好きです…。」
こんな俺を受け入れてくれる
それだけで嬉しかった
だから俺は誓う
もう、迷ったりしないと
この気持ちが俺の本当の気持ちなんだ、と
そう、思いこむことにした…


タタタタ…
私は店内に戻った
顔を見られないように、気付かれないように
「…これでいいんだよね。」
私はつぶやいた
誰に話すでもなくただつぶやいた
「…また悲しませちゃった…ごめんなさい…。」
あの時も…今も…
私のわがままで夏樹君を困らせる
私がいなかったら幸せに暮らせているはずなのに
「あと少しだけ…だから…うぅ…。」
涙が溢れてくる
夏樹君と一緒にいたいのに
ずっと一緒にいたいのに
それだけでいいのに
私が夏樹君を縛っていてはいけない事はわかっている
でも…寂しい
一人で…忘れられていくのは…いやだよぉ…
兄妹
そう思いこんだ
そうすれば家族と同じだから
そう思いこむことにした
そうすれば自分でも諦められると思ったから
それで夏樹君が幸せになれるのなら…


俺たちは店内に戻った
「遅いよ、二人とも!」
「ああ、ごめんごめん。すぐに片付けるから。」
とはいえ準備はもうできていたのですぐにでも帰れるんだけどね
俺は店の鍵を持つと照明やその他のスイッチを切る
真っ暗でおぼつかない足元に注意して外へと出る
そして施錠をして迎えの車に乗る皐月を見送る
いつもの情景
そこに今日は一つだけ違う点があった
「一緒に帰るのって…はじめてだね…♪」
ちょっと気恥ずかしそうに言う…えと
「そういえば…なんて呼んだらいいかな?」
やっぱり名前で呼び合うものなのだろうか?
だけどいきなり呼び捨ても…なぁ?
「あ…んと…夏樹…君の好きな呼び方でいいよ…。」
今の微妙な間を見る限りでは呼び捨てを希望していると見た
だから俺は…
「じゃあ…良子でいい…かな?」
「私も夏樹で…いいですか?」
と二人同時に顔を見合わし同じ事を話す
なんだかみょうにそれがおかしく感じて…
「…澄原さん…じゃなくて…夏樹…なにかおかしい…かな?」
いかん、どうやら顔に出た模様
さらに言いなおす良子がむしょうにかわいく見えてしまう
「いやその…なんでもないことなんだけどね。これが幸せっていうやつなのかなって。」
きっとおかしなこと言ってるな、俺
たった今心がつながったばかりなのにこんなことを思うなんて
今までの自分では到底考えられなかったけど
ちょこっとスイッチが入っただけでこんな風になれるなんてなぁ…
これでずっと…一緒にいられればいいのに
なんてくだらないことを考えてしまう
もう誰も俺の前から消えたりはしない
皐月だって帰ってきてくれた
あれはいろんな物が全部重なってしまった不運
事故という名の不幸
もう俺は十分それを身に受けた
もう…起こるわけがない
そんな風に思えば思うほど…
この時間が幸せに感じ、不安にと変わってしまう
「ねえ…社長の家ってこんなに遠いの?」
その一言で俺はひたすらまっすぐ進んでいることに気付いた
俺たちは来た道を引き返す
「ごめん…ぼーっとしてた。」
浮かれていて家を通りすぎたことに俺は謝罪をいれる
「え…と、ぜんぜん…かまわないよ。むしろ嬉しいかな。
 その分…二人でいられるから…。」
しかし顔を真っ赤にして良子はそう言った
「…そうだね。」
俺はその一言がすごく嬉しかった
それならこれからずっと通りすぎようか?
などと話しながら社長宅で売りを渡す
そこから良子の家まで約20分
なんの変哲もない会話を交わしているとすぐについてしまった
「それじゃ…おやすみ。」
「うん、おやすみなさい…。」
さすがに家の人(特に父親)に見られるのもどうかと思ったので、
少し家から離れた公園の入り口でおやすみを言う
そして俺は帰ろうとその場を後にしようとした
その時「夏樹…。」と呼ぶ声に俺は振り向いた
「ん…どうしたの?」
不意に頬の当たりに暖かくやわらかい感触
「…良子?」
「あ、あの…おやすみの…キス。」
公園の明かりに照らされた真っ赤な顔がうつむく
しばらく間を置いた後
「お、おやすみなさい…!」
そして良子は家へと走っていってしまった
…今の…は、唇…ですか?
「おやすみの…キスってか…。」
…おいおい、なんだかむしょうに嬉しいぞ…?
「夜中じゃなかったら叫んでるな、完全に。」
などとつぶやく俺はスキップなんぞをしてみるわけで
ポツ
…ん?
ポツ
「…嫌な効果音なんだけど…マジ?」
ポツポツポツ…
やばい!と俺の本能が告げている
これはまさしく雨の予兆!
うかれた俺に冷水を浴びせようとは、なんという展開だ!
だがこの程度…今の俺にはなんでもないわぁ!!
俺は自己新記録であろう勢いで家まで駆けた
おかげで俺はほとんど濡れてはいない
「そう、俺の服は濡れていないというわけだ。」
雨ではほとんど濡れていないのは確かだ
しかし自己新記録のおかげで…汗が…
その上アパートに着いた瞬間に本降りになるし…
もうちょっと降るのが遅ければ洗濯物が取りこめたのに
おかげで全てもう一度干さなければいけない状態になってしまった
乾いたらすぐに取りこまない俺が悪いのだが…
しかたがないので俺は脱水だけもう一度かけると風呂場に干す
それが終わると俺は適当に夕食を作りテレビをつけた
“明日の降水確率は80%となっています…”とニュースでの一言
「はぁ…明日雨か…。」
バイト、暇そうだな…
ただでさえ暇なのにどうなることやら
などと考えながら俺は床についた


8/2(木)


「はぁ?休み?」
まったくと言っていいほど客足がない
まあこれだけどしゃぶりなんだから当然だけども…
今日は朝から雨
おかげで客足はほぼゼロ状態
これだったら俺、来なくてもよかったんじゃないか?
なんでも明日からの出張の準備があるとかで店長が忙しいから、
と急遽非番の俺が呼びだされたのだが…
おそらく先輩一人でもこの店は守れたであろう
本当に閑古鳥が鳴いてもおかしくないぐらいに、暇だ
なのでずっと先輩と座っていた
そんな日の夕方にその知らせが舞いこんだ
「そう、休みなんだよ。」
店長の何気ない一言に先輩と顔を見合わせる
なんでも社長が知り合いからホテルの宿泊券をもらったらしい
だけど忙しくて使う暇がないという
だったら店のみんなで慰安旅行にでも…と店長に渡されたらしい
「だけど僕も明日から出張でね、行けないんだよ。」
そう言って店長は俺にチケットを…四枚渡してくる
「なんで四枚なんですか?」
「バイトの仲間だけで行ってきたほうが面白いでしょ?」
確かに、社長夫妻や店長達と一緒と言うのは心底楽しめない…かもしれない
それに二枚とか渡されても抜け駆けして行くことなんてできないし
さすがは店長だ…そういうところはしっかりしてらっしゃる
「ほんとはうちの家族四人で行こうと思って無理やり四枚貰ったんだけどね。
 家内も子供も自然教室に参加するらしくて…だから、四枚。」
と思った途端に否定しないでください
せっかく少しポイントあがったと思ったのに…
「いいじゃん、せっかく休みくれるって言うんだから、みんなで行くわよ!」
とまあ先輩は予想通りのコメントだった
それは非番の皐月、良子にも伝えられると二人とも快く承諾してくれた
とはいえ唐突だな…と思いながら俺は外を見た
「雨、あがってるといいけど。」
降りしきる雨の中泳ぐってのは危険かも…
「大丈夫じゃない?ここのホテルって電車で二時間ぐらいかかるところだし。
 それにさ、旬の海の横のホテルだし。」
…すいませんが先輩、理由になってないよ
と思ったがすごく乗り気だったので口には出さなかった
「でも急よね〜。帰ったらすぐに用意しないと…。
 って私、水着無いかも…あーん、もう!なんでもっと早く言わないのよ!」
先輩がすごい形相でぶつぶつ言ってる…ってそういや俺も水着無いかも
買いに行こうにもバイト中だしなぁ
どうしよう、と思った直後
「そうだね、今日は暇だからもうお店閉めようか。」
またもや店長からとんでもない発言が飛びだす
「さっすが店長!準備するものたくさんあって困ってたのよ。
 そうと決まれば店、閉めるわよ!!」
あああ、先輩が拍車をかけて店を閉めてる…
「店長、いいんですか?まだ閉店まで三時間以上もありますけど。」
「大丈夫だよ。社長もいいって言ってくれてるから。」
仕事ってこんなに簡単なものなのでしょうか?
何か間違えている…とぼやきつつも俺もそれに加わり店を閉める
ここはさっさと帰って準備するのが得策かもしれない
「さて、お疲れ様「夏樹クン、水着買いに行くわよ!」
俺が言い終わる前に先輩に遮られ強制連行
「いや、俺も準備が…。」
「一緒に買えばいいじゃない?ほら、行くわよー!」
それで着いたところはデパートの水着売り場
先輩があれやこれやと物色する
それは俺が買い物を終えても続いていた
まあ俺の買い物が淡白すぎる、というのもあるんだろうけど
「ねえ夏樹クン、これどう?」
「じゃあじゃあ、こっちは?」
俺はこの間の三人との買い物を思いだした
…女の子って…強いんだなと実感した
「じゃーん、これは?」
と言って何着目かで先輩が気に入った様子
黄色のビキニがまぶしい
「…かなりきわどいと思うんだけど?…でも似合ってると思うよ、うん。」
ふむ、いいプロポーションだとは思ったけどなかなか…
って何を考えてるんだ、俺は!!
「そうかな?私って胸無いからこういうのだめかな…。」
そう言って自分の胸をわし掴みにする先輩
お、追い討ちをかけないで!!
「って先輩、恥ずかしいから止めてください!」
俺は慌ててカーテンを閉めた
先輩は顔だけ出して
「なになに〜、ひょっとして、照れてる?」
「人目があるんだから止めてくださいよ…。」
微妙に男どもの視線が集まってる気がするんですが…
「いいじゃない…自分のなんだから…。」
ぶつぶつと何か言っていたがあえて俺は突っ込まなかった
絶対に危険な切り返しが来る、そう直感したから
すると先輩が着替えを終え出てくる
「お待たせ。じゃあこれ買ってくるね…って、そうそう。
 触りたくなったらいつでも言ってね。」
「…早く買ってきなさい。」
「つまらないよ、夏樹クン…。」
そう言いながら先輩はレジへと向かう
…疲れる…ってなに遊ばれてるんだよ!?
とはいえあの先輩を手玉に取るのは絶対無理
いいもん、今の俺には愛しい彼女がいるもん!
ちょっとグチろうと携帯を取りだしメールする
“今デパートに来てるんだけど…先輩のテンション高すぎ…”
と送った瞬間に“ぴーぴーろぴーーぽーぴーーぽぴーー”
携帯が鳴る
画面には…って返信じゃなくて着信?
しかも良子だし
「もしもし!?」
“あ…今デパートにいるってメール来たけど…実は私も。”
「へ?そうなんだ。てか先輩に無理に連れてこられて…。
 今…ここ5階かな。よかったらそっち行くけど?」
“皐月さんも一緒にいるんだけど…こっちから行くね?”
そうだな…先輩もまだ買い物してるし
「じゃあよろしくね。」

電源を切った
すると先輩が戻ってくる
「お待たせー、じゃあ次は…。」
「っと、今良子と皐月がこっちにくるそうなんで、動かないでくださいね。」
相変わらず突っ走ろうとする先輩を制止する
「ん?今ここにいるってこと?なーんだ、だったらさっさと連絡すればよかった。
 って夏樹クン、…今、良子って…呼び捨てにしたね?」
しまった、ばれた
「“ちゃん”はどうしたのかな?ん?ん?」
「…二人で名前で呼び合うって決めたんです。」
とはいえ隠すことじゃない
俺は良子のこと大好きだから
などとちょっと決めてたりすると先輩が
「あんまりらぶらぶしてると殴るわよ。」
…本気っぽかった
「先輩だって彼氏いるくせに…冷やかしはご遠慮ください。」
なので俺も軽く返すと
「…別れたから。」
「え?」
予想外の言葉
“やぁねぇ!私はいっつも熱いわよ〜”
ぐらいの軽口が…返ってくると思ってたのに
その先輩の表情は今まで見たことの無いような悲しい悲しい…笑顔
無機質に、無感情にただ笑うだけの…
なんで笑って言えるんですか?
喉の奥で止まった言葉を頭の中を復唱する
「あんな男には私は釣り合わないと思ったからふってやっただけよ?
 だからぁ、そんな真剣な顔しないでよ〜、ね?」
そんな顔したらふっ切った私も悲しくなるでしょ?
その一言を先輩の目が語っていた
「そうですよ。先輩っていい人ですからね〜。
 もっとお似合いの人、たくさんいますよ。」
だから俺も元に戻す
「あーあ、そっかー…つきあい始めたか。お姉さんは心配だったんだぞ?」
そう言うと先輩は通路に向かって歩き出す
おそらく二人に見つかりやすい場所に移動するためだろう
おそらくその涙を隠すためじゃない…だろう
俺はその後を追いかける
そして先輩の横に並んで歩く
しばらく無言が続くが
「でもなー、私結構夏樹クンのこと好きだったんだけどなー。取られたか…残念。」
「心にもないことを言わないでください。」
「やっぱり押し倒しておくべきだったか。」
「マテ。」
いつものように軽口を叩く
これが俺と先輩の関係
ずっと変わらない関係
「あ!夏樹君発見!!おーーい!」
だああ!!
俺はふり返りざまに一撃を放つ
突然背後からの名前攻撃に激しい突っ込みで対応した
「…痛いって、夏樹君。」
頭を抑えてうずくまる皐月をよそに
「や。」
「や。」
「こら、そこ!コイビトな会話は止めなさい。」
先輩の突っ込みにも反応せず良子に挨拶する
「夏樹君、冷たくなったよ…。」
「皐月ちゃん、ああいう男のなのよ、夏樹は。
 彼女ができたら他の女の子はポイなのよ。」
「人聞きの悪い言い方をしない。そこ。」
とはいえちょっと悪いことをしたかもしれない
「悪いな、皐月。」
そう言ってうずくまる皐月に手を差し出す
「ほんとだよ、もう…んしょ、っと…。」
その手を使い立ちあがる皐月
それを見届けた後
「んじゃ、明日の用意でもしようか?」
「よーっし、予定予定!まずは泳ぐでしょ、泳ぐでしょ、泳ぐでしょ…。」
「どこまで泳ぐ気ですか。」
とまあ予想通りのボケ&ツッコミで和みつつ俺達はデパートを歩いた
一時間ほど買い込んだだろうか?
デパート内のカフェで一休みの間に確認してみる
花火×約一万円分(予備含む)
ビーチボール×二個(予備含む)
浮き輪×二個(予備含む)
「ってかなり無駄な出費だと思うんだけど。」
だいたい花火の予備ってなんだよ
先輩のノリに惑わされて買ってしまったじゃないか
まあカナヅチの皐月の浮き輪は必要不可欠としてもだ
「浮き輪は必要なものだと思う、けどビーチボール二つもいらないだろう?
 それに花火の予備っていったいなにに…」
「甘い!甘いわよ、夏樹クン!!」
俺の言葉に先輩が乱入する
「夏と言えば海!海と言えば花火!多いに越したことはないでしょ?」
つまりは騒ぎたい、ただそれだけってことね…
「そうそう、楽しまないと損だよ、夏樹。」
「そだね。せっかくのバカンスだし、楽しまないと損か。」
良子の一言にうなずく俺
「いやねぇ、彼女の言うことしか聞かないなんて。」
「ほんとですよね…嫌だ嫌だ。」
「そこの二人、人聞きの悪いこと言わない。」
適度に笑いも混ざったところでおおまかな予定を立てる
俺は旅行自体も楽しいと思うけどこういう時間の方が好きだったりする
あれやこれやと笑いながらいろいろ考える…
そんなこんなで時間も遅くなっていたので解散に
「じゃあ明日は絶対遅れないようにね!普通に置いていくわよ♪」
駅の前で先輩に釘を刺される
が、本気で置いていかれると思うので絶対に遅刻はできないな
すると例の高級車が現れ皐月を乗せる
「それじゃあ、また明日〜。」
その言葉を残し車は去った
「んじゃ俺達も帰るか。」
「そうだね、遅くなって明日に影響したら嫌だもんね。」
俺は駅のホームに駆けていく良子を見送ると先輩と歩き出した
しばらく雑談が続くとふいに言葉が切れた
二つの傘にはね返る雨音だけが響く
そんな状態が続き先輩の寮に到着する
「じゃあまた明日。」
俺がそう言って歩き出すと
「待って。」
呼び止められたので俺は先輩の方にふり返る
“どうしたの?”とは聞かずに首をかしげるふりをした
「夏樹クンは…本当に良子ちゃんのこと好きなんだよね?」
唐突にそんなことを聞いてくる
だから俺は多くは語らずに
「好きだよ。」
そう一言答えたのだが
「優しすぎるのは時に人を傷つけたりするから、夏樹クンは…特に気をつけてね。」
それだけ言い残し先輩はアパートに入っていった
「…はぁ?」
なんのことかわからず少しは考えたものの、
明日の準備と期待ですぐにかき消されてしまった



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