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Original Novel Yuki Presents



終わらない夏


第六幕

想夏



8/3(金):駅


ピピピピピピピピピピ
カチッ
夏休みに入って久しぶりの目覚ましの音
少し新鮮で俺はすぐに反応できた
「ふわぁ〜〜。」
大きなあくびを一つしカーテンをあける
同時に部屋に入り込むまぶしい光
昨日の雨もぴったりとやんだようだ
日ごろの行いがいいせいだな、きっと
「っと、今日だけは遅刻できないな。さっさと用意して行くか。」
昨日の先輩は本気だったからな…本当に置いていかれるだろう
とは言えすでに昨日用意してあるから慌てなくても大丈夫だけど…
まあ早めに行っておくか
ぎりぎりで急ぐのも嫌だしな
俺は少し早いが荷物をもって家を出た
カバンと大量の花火
駅前に着いて10分ほど経った
待ち合わせまであと少し…
「朝っぱらからこんな量の花火持ってるのって…だめなのか?」
ちょっと行きかう人の視線を感じていたが俺は頑張って無視した
そこにバスが到着する
邪魔になりそうだったので俺は少し脇によけた
「あ、夏樹ー。」
到着した人の中に知った声があがる
って恥ずかしいから名前で呼ばないで…
その人物が近くに寄る
「ていっ。」
ポカッ
「夏樹…痛いよ。」
「頼む、恥ずかしいから。」
俺は懇願した
まあ…嬉しいのは俺も一緒だからその気持ちはわからないでもない
でもできれば時と場所を選んでください
「おはよ、良子。」
「うん、おはよう。…早いね。」
確かに30分前行動は少し早かったようだ
「昨日の先輩本気だったし…置いていかれるよりましかなって。」
「うん、私もそう思ったから少し早めに出てきたの。」
そしてその時目の前に一台の高級車が到着する
一瞬でわかった。皐月だと
予想通りに出てきたのは
「やっほー!お待たせー。」
「皐月、お前性格変わってないか?」
「夏樹君、絵がついたら使えないネタはやめたほうがいいよ?」
それもそのはず下りてきたのは二人
先頭に先輩、後ろに皐月が続いていた
しかも皐月につっこみを受けるとは…皐月も成長したもんだ
「んじゃ、点呼行くわよ!」
「いや、四人しかいないんだから。」
また到着早々に軽いお約束を…
「いづみさん、面白い〜。」
ぱちぱちと手を叩く皐月
いかん!先輩を調子にのせてしまっては…!
「あら、そう?皐月ちゃん、いい子ね♪」
「ほらほら、せっかく早めに集まったんだからさっさと移動移動。」
俺は暴走する前に先輩を止めると移動を促した
「ち。」
先輩がこちらを睨むと舌打ちをする
危ない…っと
「良子、カバン持とうか?」
何が入っているのかやたらと大きいカバンに遊ばれ気味の良子
「え…?いいよ、大丈夫。」
「そんなこと言っても今から疲れたら楽しめないし…ほら。」
俺は少し強引だったが良子のカバンを持つ
「あ…、ありがとう。」
はにかむ様子もまたかわいい…
「じゃあ花火…持つよ?」
うむ、確かにこのカバンと比べれば軽いものだ
なので花火詰め合わせを渡した
「やっぱり夏樹は優しいね♪」
「そうかな…?」
面と向かって言われると少し照れくさいが悪い気はしないな…
と、二人の視線に気付く
「はあ、いいわね…うらやましいわ。」
「ほーんとらぶらぶ〜〜。」
あはは…と苦笑する良子
俺もあんまりべたべたしたのは嫌いだと思ったけど…
こうなってみると初めてわかる
この人のためなら何かできることをしてあげたい、って
それを周りから見ると“らぶらぶ”という風に見えるのかもしれない
「…って皐月も重そうだな…ほら。」
そしてついでに、と皐月のカバンも持つ
「あ…いいよ!」
慌てて皐月は俺の手からカバンを奪う
皐月の思いがけない行動に俺達は少し唖然とした
「…あ、…ごめんなさい…。」
「い、いや…勝手なことした俺が悪いんだから…ごめんな。」
「そうよ!女の子のカバンを奪うなんて、夏樹クンが全部悪いのよ!!
 罰として私のカバンも持ちなさい!!」
「なんでそうなるんですか…。」
と言いつつ皐月に悪いことをしたのは変わりない
先輩も空気が重くならないように気を使ってくれたんだろうし…
ここは一つ、全員のカバンを持つか
俺は“罰”ということでみんなのカバンを持つことにした
先輩のカバンを最後に受け取ったときだった
すでにカバンを受け取っている皐月が俺と少し間を置いて立ちつくしていた
喧騒の連絡通路でなぜか聞き取れたこの言葉
「なんで優しくするの…。私…頑張って諦めたのに…。」
誰も気付いていない小さな言葉
皐月の横にいる良子でさえ気付いてないのに
なぜ俺に届いたのか
いや、皐月が俺に訴えたのか
そんなことはわからない…所詮は俺のわがままだから
「…ってか、ちょ、ちょっと待って…。」
カバン四つはさすがに重かった
「夏樹クン、大丈夫?もう少しだから頑張ってねー。」
そう言って三人は先輩を先頭にがんがん進んでいく
…実は気を使ったんじゃなくて普通に俺に持たせたかっただけか?
そんなことを考えながら俺はカバンを四つ抱えホームへ向かった
この駅が始発の電車はすでにホームで待機していた
俺は乗車券を取りだし座席を確認する
「ええと…指定席、5号車だね。」
「あのさリーダー、この宿泊券どうする?」
「誰がリーダーですか。とりあえず向こうでいっぺんに出せばいいんじゃないですか?」
「ねえねえ、電車で二時間も乗ってるとおなかすかないかな?」
「皐月さん、この電車、中でもいろいろ売ってるんですよ。」
「へ〜、そうなんだ〜。楽しみ〜〜。」
とまあみんな口々に、わいわと騒ぎだす
これからの楽しみに心を躍らせながら電車は出発した
「さて、二時間あるし…一休み」
「トランプしよう?」
俺はとりあえず体力を温存しようと試みた
しかしその作戦は失敗のようだ
「皐月ちゃん準備いいわね〜。なにする?」
「四人いますし、ババヌキとか。」
しかも二人ともやる気まんまんだし
「あのさ、俺眠いんだけど。」
「じゃあ負けた人、罰ゲームね!もちろん不参加者にも。」
俺の提案は速攻で却下され、しかも強制参加になってしまった
かくして朝一ババヌキが開催された
罰ゲームが賭かっているため三人とも真剣だった
「んでさ、肝心の罰ゲームは何にするの?」
それによっては適当に流すことも可能だが
「一番最初に勝った人が決めるってことで。」
この先輩の一言で俄然はりきる二人
とはいえ俺ものんびりしていられない
先輩が勝ったら…と考えたら負けることはできない!
そして注目の第一戦!!
俺達は真剣にカードをまわしていく
揃っては減り、揃っては減り…
残り2、3枚になるとお互い牽制しあい減りが鈍っていく
俺の残りは後3枚
俺は勝負に出た
「これだ!!」
シュパッ!!
左隣の良子が一度として皐月に取られることのなかった不動のカードに俺は賭けた!
「ふふふふ…。」
パラ…
俺の賭けは功を奏し残りは2枚に
「やるわね、夏樹クン…。」

「あ、揃った。」
俺の一枚を取り先輩があがる
やばい、トップがあの人だ!
「てことは私は取られて終わりね♪」
残り一枚を良子が取り自動的に皐月もそれで終了
残るは俺と良子…
「許せ…良子。」
「ごめんなさい、夏樹…。」
トップが先輩である以上ここは譲れない!!
運命の一枚を良子が引く!!
「あ、そろった。」
をーーーーーい
「はい夏樹クンの負けー!!」
何もしないまま俺の負けが確定
「って最後の一枚ジョーカーじゃないよ!?」
なぜだ?ババヌキというのはジョーカーをいかに排除するかの勝負では?
「あ、ほらこれ。」
そう言って先輩がトランプケースから一枚取りだす
それは俺が最後まで持っていた“ハートの7”だった
「これってジジヌキっていうんだっけ?」
「さあ…詳しくはちょっとね。でもどれがババかわからなくて面白いでしょ?」
「そうですね〜。」
勝った連中はさも嬉しそうにゲームの種類を語る
「じゃあ罰ゲームね!ふふふ〜〜〜♪」
そして先輩が動く
とてつもなく突拍子のないことをやらされそうだ
「ずばり!今まで彼女は何人!?」
「良子だけ。」
と思ったらなんでもない質問だったので俺は即答した
…にも関わらず場に冷たい風が吹く
目を輝かせて止まっている皐月
良子はあまり答えを聞きたいものではないだろうと思ったが、
突然の質問と俺の即答に対応できず目をぱちぱちさせている
その上、もっと驚く回答がほしかったのか先輩も止まっている
「…俺、変なこと言った?」
「ほんとに?」
良子が疑いの目で俺を見る
あれ以来人付き合いを避けるようになったということもある
残念ながら本当ですが…って寂しくはないぞ、うん
「って疑わない。俺の初めての恋人は良子だよ。」
…となぜか顔を曇らせる良子と皐月
なんで二人とも?
そう思ったのが顔に出たのか
「私は…そうじゃない…から。」
ぼそぼそっと申し訳なさそうに、うつむきながらそう言った
「別に良子が今までに彼氏がいたからって何も言わないって。
 むしろそっちが普通だろうし。で、なんで皐月も悩む?」
誰だって恋をして、人を好きになるんだから
今の俺たちだってそうなんだから
それをどうこう言うつもりはまったくなかった
それよりも皐月の方だ
曇った表情のおおよその予想はついている
たぶん“私のせいだよね…”と思っているに違いないから
「俺だってもちろん人を好きになったことぐらいはあるよ?
 ただふられ続けただけで…ぐすん。」
「夏樹クンじゃそれもしょうがないよね〜。」
「先輩、ここ、慰めるところだから。」
軽いボケを混ぜてみた
あはは…と笑いが戻る
せっかくの楽しい旅行なんだから、笑っていかないと
「よっし!ルールもわかったし、次行くぞ!!」
俺はトランプを配る
「ふふふ…こうなったら夏樹クンの過去を暴いてやるわよ♪」
「もう負けません。」
こうして楽しいゲーム(罰ゲーム)に笑いながら電車は進んだ


8/3(金):海


ざざ…ざざざーーーんんん…
目的地に到着し、俺達は駅から乗り継いだバスを降りた
久しぶりの潮騒が心地よかった
ざっ、ざっ、ざっ
「こ、これが噂の砂浜とゆーものですか…。」
皐月はその感触を確かめるように砂浜の上を歩く
「うわわ!沈むよ、夏樹君、沈んでいくよ!!??」
「底無し沼じゃないんだから、そんなことはないよ…。」
とはいえ普通の地面にしたら歩きにくいのは確かだ
「はっ!?そしてあれが噂の海ですか!?」
そう言い残し波打ち際まで駆けていく皐月
「おーい、転ぶなよーー。」
「私子供じゃないよーーー!!」
海を見て駆けだしていくのはお子様だと思うが…
っていちいちこっちをふり返って叫ぶなんて危ないぞ
…ってああ、やっぱり転んでる
急にこっちをふり向いたせいでバランスを崩したらしい
俺は駆け寄って
「おい、大丈夫か?どこも打ってないか?」
じんわりと涙を浮かべる皐月
「うぅん…大丈夫…だと思う。」
そう言って自分であちこちをチェックする
どうやらなんでもないらしくすぐに立ち上がった
「大丈夫?皐月ちゃん。」
「皐月さん、大丈夫ですか!?」
二人も追いつき皐月を見る
「あ、はい…ご迷惑を…。」
少し恥ずかしいのか照れ笑いをする
「ったく…慌てるなって。海は逃げないぞ?」
「だって…海、ってひょっとすると初めてだから…。」
横にいた二人は聞き取れないような小さな声
俺にしかはっきりと聞こえていないと思うような小さな声
それは何年も眠っていたから、という悲しい声に聞こえた
「はっ!?水が…行ったり来たり…。」
「皐月ちゃん、潮の満ち引きでそんなに驚かなくてもいいのよ…。」
「だってだって!うわぁ…ふ、不思議だよ…いったいどんな原理なんですか!?」
「え、私!?…私に詳しいこと聞かれても…月の引力とか、
 それぐらいのことしか知らないですよ…ゴメンナサイ。」
そんな小さく漏らした言葉を払拭するようにはしゃぐ皐月
あの先輩すらも翻弄してるけど…俺にはそれがどうしても、空元気にしか見えない
「…楽しい思い出、作ろうな?」
だから俺は笑顔でそう言うと皐月の頭に手を置いた
「あ…うん。」
少し照れたようにうつむく皐月
「そこ!レッドカード!!浮気の現行犯で逮捕するわよ!」
と先輩に引き剥がされる
「違うって…って良子も睨まないで!」
「夏樹って…そういう人だったのね。」
くぅ…良子もなかなか鋭いつっこみをするようになったぞ!?
そういえば皐月も…そうだったし
「まさか、先輩の波動に洗脳されたのか!?」
「人ごみの中で微妙に誤解されそうなことを叫ばない。」
所変わってここは砂浜
ビーチパラソルも組み立て終わりそこに陣を構えた
男の俺は一番に着替え終わったので少しぼけーっとしていたのだが…
そこに突然つっこみを受けたので普通に驚いてしまったぢゃないか
「先輩いつの…間に…。」
不覚にも先輩に見とれてしまい声が止まった
抜群のプロポーションをさらに強調させる水着
ちょっと目線をそらして
「せ、先輩着替え早いですね?」
俺は荷物を片付けるふりをして先輩から離れる
「あらら、もしかして照れてる?」
「くっつかないでくださいよ…。」
嬉しかったが、危険だし暑かったのでやむなく剥がした
「そこ、れっどかーど!浮気の現行犯で逮捕だよ!」
「夏樹って…そういう人だったのね。」
いつの間にか着替え終わった二人がそこにいた、しかし師匠は厳しかった
「皐月、二回目はつまらないからもっと違うネタで絡むように。」
「良子ちゃんも、同じセリフじゃつまらないわよ。」
俺たちは後輩にびしっとつっこみの極意を叩きこんだ
海まで来てボケツッコミの極意を何故伝授してるのか…
「そんなことより泳ごう!」
「そうね。極意を教えてる場合じゃないわね。」
と言うわけで海にスライディング!…は砂浜が熱かったので却下
普通に入った
「ふぅ〜…冷たくて気持ちいい…。」
先輩がしみじみと言う…なんだか風呂に入ってる親父みたいだが、
そんな事を言うとえらいことになりそうだったのでやめておいた
「あ、皐月ー。この海、あの灯台の方はクラゲがいるからなるべく近寄らないようになー。」
そうそう、注意しておかないときっと皐月の事だからな
“うわーー!なにこれ!?触っちゃえー”とか言って思いっきり触りそうだからな
「はーい、了解だよ!」
と言いつつも向きは灯台方向へ
「…大丈夫かいな。」
「隙あり!!!」
ザバァッ!!
「ぬおおお??」
先輩の声と共に水が飛んできた
「って不意打ち反則!!」
ザバァッ!!
「ぬおおお??」
今度は声も出さずに…しかも良子かい!!
「…やったな?」
ザバァッ!!
「ぬおおお??って皐月もか!?」
三対一…分が悪すぎる
しかし容赦なく責めつづける三人
こうなれば…奥義を出すしかあるまい!!
俺は三人の攻撃が重なるときを待った
水しぶきが一斉に俺に襲いかかる
俺は水しぶきの壁を利用し一気に潜った!
「ええ?消えた!?」
ふふふ…驚いておるわぁ!
俺は静かに先輩の背後に回りこみ…
「もらったあぁぁ!!」
ザバァッ!!
「きゃぁ!!」
近距離からの俺の攻撃に沈む先輩
あと二人!!
「って、あれ?」
二人がいない…どこだ!?
俺は神経を研ぎ済まし位置を探す
しかし気配はない
「「「もらったぁぁ!!」」」
突然背後から声が三つ
どうやら俺の奥義は盗まれていたようだ
「って、のおおおーーーー!!」
……
「ふぅ…それにしても海なんて何年ぶりだろうな…。」
別段避けていたわけでもない
実家にも海はあるし、少し移動すればこの通りだ
ただそこに行く理由がなかっただけだ
俺は疲れたので一足先に陣地に戻るとぼーっと水平線を眺めた
どこまでも続く海の線は…果てしなく続く眠りに見えてしまう
海と空は、光を受けて初めて、海と空という風に区別ができる
一旦闇の中に入ってしまえばそこは無限に広がる黒の世界
どこまでも続いていくような黒い夢のようで俺は嫌いだった
俺はなにを言ってるんだか、暑さでどうかしたらしい…と、三人が帰ってくる
「おかえり。」
「うーん、楽しかったーーー!」
「お昼食べたらまた泳ごうね♪」
俺たちは到着するやいなや海に入っていた
食事もとらずに、だ
というわけで今日のお昼は…
「はい、お弁当です。」
そう、定番の手作りだ!!
しかも良子お手製の!
「はい、夏樹…いっぱい食べてね。」
そう言いながら弁当箱を広げる良子
言われなくても…食べてやるぜ!
「いっただきまーす。」
まずは定番のおにぎり
形もちょうどいい大きさで味付けも完璧
しかも知ってか知らずか好物である具ばかり
おかずにも定番でありながら手の込んだ品の数々
先輩も料理上手だけど…良子も同じかそれ以上かもしれない
あっという間にそれは空っぽになった
「ごちそうさま〜。すっごくおいしかったよー!」
「ほんと、良子ちゃん料理上手ねー。」
俺の感想もまったくもって二人と同じだった
「ほんとにおいしかったよ。これなら毎日でも飽きないよ。」
「ほんとに?…よかった。」
俺の言葉を再確認して片付け始める良子
なぜかむしょうに“幸せ”を感じてしまった
「実はね、時間があったからデザートも作ってきたの♪」
そう言って良子は空の弁当箱を片付けるともう一つ箱を取りだす
中身はシュークリームだった
大きさも、味もちょうどよく本気でうまい
「良子って料理上手なんだ。」
食事も満喫し、少し休憩タイム
そんな中ぽろっと出た言葉だった
「…意外だった?」
「ううん、“やっぱり”って感じだったかな。良子ってそういうの得意そうだから。」
思わずエプロン姿で料理するところが浮かぶ
さぞかしいい奥さんになるだろう…うん
「あんなこと言われたら、練習するしかないからねー。」
「?」
よくわからない言葉を空に放つ良子
なので俺も深くは気にしなかった
「焼くか。」
「焼こー。」
その時先輩と皐月の声があがる
顔だけそっちを向くと二人を見た
カバンからサンオイルを取りだす先輩
まあ海と言えば泳ぐ、焼くってところだからな
もちろん俺ルールだけど
「あ、私も焼こう〜。」
と良子もそっちに言ってしまう
ちょい寂しくなったので半身を起こし海を眺めた
青い空、白い雲
青い海、白い波
…よく焼けそうだ
「じゃあ皐月ちゃん、塗ってあげるから向こうむいて。」
「はーい。」
皐月は先輩の言う通りに向こう…俺のほうを向いた
少しずらした水着を胸元で抑える姿がみょうに…
「夏樹クン、それ以上見ると追加料金よ。」
「はい。」
鋭いつっこみになす術もなく俺は目線を外す
当の皐月はまったくわかってない顔をしていた
「ねえ、背中…塗って?」
「ああ、いいよ。」
と考え事をしていたのでつい返事を返してしまったが…
「塗るって…なにを?」
「サンオイル…だけど?」
すでに背中を向けて準備万端の良子が目の前に座っていた
「俺が塗っていいの?」
「その…夏樹だから…頼んだのに…。」
お、お約束は…いいかもしれない
「それじゃ…。」
適量を手にとってなじませると背中に…
ペタ…
「きゃぅ!」
「あ、ごめん!」
「う、ううん!ちょっとくすぐったかっただけだから…。」
それじゃ気を取りなおしてもう一度
ペタ…
「きゃぅ!」
「夏樹クン、手つきがやらしい。」
「そんなこと言われても…人に塗ったことなんてないし。」
やましい気持ちはないんだけどなぁ…
「もう少しで終わるからね。」
良子にも少し耐えてもらってなんとか塗り終わった
「夏樹も焼いたら?」
「うーん…ひりひりするから無理に焼くのは遠慮します。
 つーわけで日焼け止め塗って…と。」
三人とも焼きモードに入り海に行く気配がないので日焼け止めを塗った
実は日焼け後のひりひり感がどうにもだめだったりする
そのままぼーっとすること約一時間
「…はっ!?今何時?」
突然先輩が起きあがる
「って先輩、胸、胸!!」
水着は当然外して寝ていたので、そのまま起きあがれば…というわけだ
俺は慌てて先輩にタオルを投げる
「あ…っとありがと。…で、今何時?」
なぜそんなにも時間を気にするのか知らないが、俺は“3時半過ぎ”と答えた
一時から思えば泳ぐ人も少なくなったようだ
「ここからホテルまで…どれぐらい?」
「さあ…30分ぐらいだと思いますけど。」
確か前日の調査ではバスでそのぐらいかかるはずだ
それがどうかしたのだろうか?
「ごめん。四時までにチェックインって書いてある。」
先輩は宿泊券を取りだし俺に確認させる
「そうみたいで…って間に合わないじゃないですか!?」
「そーなのよ…ってほらほら!二人とも起きて!!」
先輩が慌てて起こすので二人とも飛び起きたのはいいが
「だから、慌てて起きると丸見えだって!!」
…やはり先輩が一番大
「あとで夏樹クンからは見物料取れるからいいけど、
 ホテルは待ってくれないわね、うん。さっさと片付け開始!!」
微妙に怒ってるみたいなので俺は片付けに専念した
パラソルをしまい、荷物をまとめ、着替える
「今何時!?」
「3時45分!」
脅威的な早さで後片付けをこなすとバス乗り場へ走る
運よく都合のいい時間がありそれに飛び乗った
「あぅ〜〜…目が回る〜〜。」
皐月も良子も目を回しながらぐったりしていた
突然起こされて走ったんだから…当然か
「とりあえずホテルに電話して遅れるって言わないと。」
「そうね。…確実に間に合わないだろうし。」
ここは観光地、それは多くの観光客が集まる場所
当然、自家用車で来る人も多いのだろう
つまりは渋滞というやつで、一向にバスは動きませんが
「ま、慌てても仕方ないし。寝てていいよ?」
俺は二人にそう言った
「ううん…完全に目は覚めたよ…。疲れたけど。」
確かに良子の言う通り目は覚めた
それから倍ほど時間がかかったがなんとかバスはホテル前に到着
「電話して正解だったわ…。」
先輩が安堵のため息をつく
「…って、旅館の間違えじゃないの?この…ホテル。」
俺は見たままの感想を述べた
看板には“ホテル・潮騒”と書かれている
「温泉旅館、って感じだね…。」
と言いながら遅刻したのは事実なので、フロントでは口には出さなかったが
「ごゆっくりどうぞ。」
そう言った仲居さんに案内されたのは裏手の海の見える部屋だった
「へー、海が見えるのか…いい具合に潮騒も聞こえてくるし…。」
俺は夕焼けに染まる紅く、蒼い海を眺めながら潮騒に身を委ねた
「黄昏てるところ悪いんだけどさ…お風呂の準備するから外に出て。」
「はい。」
俺の世界はすぐに壊されると退場命令が出る
なぜならあの宿泊券は“四人様お一部屋になります”だったからだ
二部屋だと別料金になるそうです
「まあ良子と話しもできるしいいかな…。」
男の俺としてはお約束、かつ最高の場面なわけですがね
などと考えること約10分
まだ三人は出てこない
「おーい、もう準備終わったー?」
と扉越しに尋ねるが返事はない
俺はノックし再度確認をとる
「…しゃあない。入ってみるか。」
ガチャ…
そっと部屋に入るも、気配がない
あれ…おかしい、消えた?
俺はそのまま部屋の中に入ったが誰もいなかった
その時声が聞こえたような気がして俺は外を見た
ベランダに“家族露天風呂”と書かれている
高級な部屋に相応しく風呂、トイレつきとは…!
しかし一緒に入るわけにもいかず俺は部屋で待機
ピロロロロロ…ピロロロロロ…ピロロロロロ…ピロロロロロ…
内線電話が…なぜ鳴る?
「はい…?」
俺はとりあえず受話器を取る
“あ、夏樹クン?一緒に入らない?”
「喜んで。」
“もちろん水着着用ね。”
「はい。」
釘を刺されながらも嬉しいお誘いを断る理由はないだろう
というわけでさっそく水着を持って風呂に向かった
脱衣所で着替えるといざゆかん!と、そこで電話を見つける
これで電話してきたわけか…すごい設備だな
ガラガラガラ…
「すごいね、ここの景色…。」
扉をくぐるやいなや俺はそこから見える風景に思わず見入ってしまった
海を眺める位置の露天風呂
夕日も絶妙な角度でまぶしくない
「うん、すごくきれいだし…店長に感謝だね。」
俺は良子の横に座った
「お土産、買っていかないとね。」
「うん…。」
そう言って…寄りそってくる良子
少し驚いたが、俺も身を寄せた
言葉はないがどこかでつながった気分
ずっとこのまま…という時間が流れる
「…。」
「皐月ちゃんどうしたの?のぼせた?」
少し離れた位置にいる皐月の視線を感じた
「…いえ、なんでもないですから。」
しかしそれを自ら打ち消すと風呂からあがり外に出ていった
「じゃあ私も邪魔そうだから出るわ。…良子ちゃん、何かあったら叫びなさいよ?」
俺の信用度は0ですか?
とはいえそんなことする気もないけど…ね
今はこの時間がゆっくりと、流れるのを感じているだけでいい
たぶん良子も…同じ気持ちだと思うから
バターーーン!!!
その時間を破るように背後で大きな音がする
「なに!?」
「先輩!皐月!?」
背後は脱衣所、つまり二人がいる場所だ
俺は急いでそこに向かう
「皐月ちゃん!!大丈夫!?」
倒れこむ皐月に呼びかける先輩
苦しそうな表情を浮かべる皐月
どくん…
またあの記憶がうずく
…大丈夫だ…もうあんなことは起こらない
そう、絶対…起こさせない
「先輩、落ちついて!」
せっかく薬局でバイトしてるんだ
こういう時になにかできなくてどうする!?
顔を紅潮させて苦しそうに息をする…
俺は額に手を当てて体温を診る
熱い…のぼせただけか?
「先輩、タオル水に濡らして!で…良子は布団、敷いてきて!」
俺の号令で二人が動く
すでに浴衣に着替えていた皐月の帯を緩める
こうすることで少し楽に呼吸できるはずだ
「はい、タオル!」
先輩から冷やしたタオルを受け取ると皐月の額に当てる
さすがは先輩で、さらにもう一枚水に濡らし皐月の体にもあてがう
ただのぼせただけだと思うのでこうやって冷やしてやれば落ちつくだろう
元々色が白い皐月なので余計に赤く見えてしまう
しかし少しずつではあるものの落ちついてきた様子
それを見て
「じゃあとりあえず部屋に運びますね。」
「そうね…安静にしてれば大丈夫そうだし…。」
俺は皐月を担ぐとゆっくりと歩き出した
その横を先輩が俺たちの荷物を持って歩く
その短くて長い階段の途中、しばらくして先輩が言った
「夏樹クン。悪いとは思ったんだけど…皐月ちゃんから全部聞いたわ。」
突然なにかと思い聞き返すと店先での出来事のことだった
俺が…良子に返事をした時のことだ
「それが…どうかしたんですか?」
「本当に、そう思ったの?」
俺の顔を覗きこみ疑いの目を向ける先輩
事の表面しか聞いていないはずなのに俺の心の中を見ていたような発言
俺は皐月を妹のように思うことにしたこと…か?
「…なんのことかわからないけど…俺は良子が好きだから。」
そうはっきりと言うと先輩はさらに表情を曇らせて
「…夏樹クンは優しすぎるよ…。」
それっきり会話はなくなってしまった
俺が…優しい?
なにが優しいのかわからないけど、今は皐月を休ませることが先だ
俺たちが部屋につくとすでに良子が布団の用意を終えていた
「皐月さん、大丈夫そう…?」
俺は布団に皐月を降ろすともう一度額に手を当てる
それを確認すると良子の問いに答えた
「…うん、だいぶ熱も下がったみたいだしもう大丈夫だと思う。」
それでも心配だったので俺は皐月のそばにいることにした
すでに表情から苦しさは消えて穏やかな寝息を立てる皐月
「まったく…心配かけさせるなっての…。」
「…離れたく…ないよぉ…。」
俺のつぶやきに反応したのか皐月の寝言がもれる
大丈夫、ここにいるから
そう思わせるように俺は皐月の手を握った
それは夕食が運ばれてくるまで続いた
そして約2時間ほどした所で料理が運ばれてきた
「…ごはん…。」
昼間からなにも食べていないためよほどおなかが減っていたのか、
匂いを嗅ぎつけ皐月が目を覚ます
俺は握っていた手を離すと
「おはよ。起きぬけに飯はきついか?」
「…おなか…すいたから大丈夫。」
そう言うと皐月はとろん、とした半目の状態で自分の席まで移動した
…これならもう大丈夫だろう
俺も席につく
「いただきまーす。」
海と山の豪華な料理にしばし言葉を失う
しかししばらくすると再び会話に活気が戻ってくる
皐月も元に戻ったみたいで会話に参加してくる
「そういえば…さっき夢を見たよ。」
「さっきって、のぼせてたときか?」
あの短時間で夢を見られるか…人間ってすごい
「なんか…すっごくあったかい夢なの。
 私の好きな人がずっと手を握ってくれてた夢…。」
「…よかったな。」
なぜ俺が手を握っていたことを言わなかったのだろうか
皐月の夢に出た好きな人
それは家族かもしれないし、俺の知らない誰かかもしれないのに
それが俺ではないようにと願うように…思いこむように俺は忘れることにした
はっきりとあの時聞いた拒絶の言葉
“兄妹”という言葉
それでも俺は…もしも今皐月が俺を好きだといってくれるなら
どうするのだろうか
…俺ってひどいやつなのかも…なぁ
そこまで考えて止めた
これ以上考えると深みにはまるような気がする
浮気はイカンよ、浮気は!!
「皐月ちゃん、無理しちゃだめよ〜。」
カシュッ、コポコポコポ…
「って言いながらビールを勧めない。」
俺はコップにビールを注いでいた先輩に釘をさした
「じゃあ…夏樹クンはつき合うでしょ?」
まあ一杯だけ…と俺はビールを受け取った
これが失敗だった
ほろ酔い気分で皐月と良子に酒を勧める先輩の受け口になってしまった
最近特に思うのだが女の子って酒に強くないか…?
もう一杯もう一杯、といつの間にか空きビンが転がる始末
当の先輩はまったく普通に飲み続けている
それを眺め苦笑する皐月と良子
俺はというと…さすがに気持ち悪い…
「ちょっと外の空気に当たってくる…。」
なぜか酒を飲むと冷たい空気を浴びたくなりませんか?
しかし酒を飲んだのは俺だけなので一人で外に出た
先輩は…まだ飲んでるから、放っておこう
「夏樹、私も行くね。」
すると良子がついてきた
備え付けのぞうりに履きかえると旅館を出る
外は適度に吹く海風が気持ちよかった
街とは違った光を放つ星空
どちらが言いだすでもなく俺達は旅館の裏手の海岸に向かった
静かに、寄せては返す海岸線
しばらく無言で眺めつづける
そして良子が口を開いた
「ねえ…一つ、いいかな?」
「なに?」
良子の…なぜか思いつめたような声色に少し戸惑った
なるべく平然を装い俺は返事をした
「私達が初めて会った時のこと覚えてる?」
「ん…もちろん。」
忘れることなんてできない
俺はつくづく運がないと思ったんだから




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