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Original Novel Yuki Presents



終わらない夏


第七幕

別夏



2000年 7/7(金):駅前


俺はその日大学の帰り道だった
特に用もないのにデパートに向かっていた
駅前ということもあって利用頻度も…実は高くなかった
こういったごちゃっとしたところはあまり好きじゃない
駅が近いということもあったのかもしれない
無意識のうちに避けていたのかもしれない
だけど今日に限って俺はそこにいた
「なんでかなぁ…ま、こういう日もあるさ。」
とちょっとかっこよく言ってみたわけで
でもこの横断歩道…信号待ち長いよ
歩行者優先だろう!などと思ってはみたが叫ぶわけにはいかないけど
それに車に乗ったら“歩いてる人邪魔!”とか言うんだろうな、きっと
ちなみに俺の後ろにはバスのロータリーと駅のホームが隣接している
利用客の利便性を考えての配置だろう
まあ全国的に見て大きい駅はそうなってると思うけど
…が、実際見てると非常に危ない
バスの到着時にはロータリーを横断する人と迎えの車の戦争だ
今までこの駅で大きな事故が起こっていないのが不思議だった
と、そこにたまたまバスが到着する
電車と連絡しているのか駅からバスに向かって人が大勢走ってくる
ここのバスは一つだけローカル路線が混ざっているので、おそらくそれに乗るためだろう
一本乗り遅れると30分待ちだからな
我先にとバスに乗り込んでいく人ごみの中、数人がこっちに向かおうとする
目の前の車道を横切ればすぐに大通りに面する横断歩道だからだ
ロータリーを迂回するのがめんどくさいのはわかるけど、危ないと思うが
ズキン!!
不意にあの光景がよみがえる
なんで…だよ
この年になっても…ここに逃げてきても…
忘れることはできないのか!!
あの時ふっ切れたはずのこの頭痛と嫌悪感
吐き気がする
視界が狭まる
一人きりならば絶叫していたに違いない
怖い、怖い、怖い
もう…見たくないのに
そんなに何度も見せられたって…俺にはもう皐月を救うことはできないんだぞ?
突然視界が晴れる
俺は顔をあげた
そのせいで、また俺は同じ光景を見てしまった
俺は何度同じ過ちを犯せば気がすむのか
顔をあげるな…目をそらせ…
俺はそれができないことを知っていながら自己暗示をかける
しかしその目に飛びこんできたもの
駅に着いた電車
それに合わせたバス
それを迎えに来た車
こちらに向かおうとする人
全てが、重なった
あの時と…同じ?
そう、あの時と同じだ
偶然なのか、必然なのか
それとも皐月が俺に見せようとしているのか
俺と同じ目に会う人を…無くすために?
それとも、俺にいつまでもその罪を刻むために?
どっちなのかはわからない
ただ俺に言えることは一つだけ
両方とも皐月の願いというのなら俺は…
いつまででも俺に罪を刻みつづけてもいい
だけど、同じ目に会って悲しむ人を増やすことは…止めてやる
今回は制服の女の子が先頭だった
そこに止まっているバスを避けて車が一台走ってくる
俺は動いていた
俺の早合点で女の子に迷惑をかけるだけならそれでいい
俺が笑い者になるならそれでいい
もう目の前で失うのは嫌だったから
俺の自己保身で人が悲しくなるのは見たくないから
パパパーーーーーー!!
キキキーーーーーー!!
…!
ッガチャン!!!!
…っはぁ!っはぁ!っはぁ!
呼吸が遅れて聞こえてくる
特に痛みはない
少し膝をすりむいているみたいだが特になんでもない
俺は女の子の頭を守るように抱え込んで倒れていた
その状態で数メートルも転がっただろうか?
俺自身詳しい状況は掴めていなかった
そんな中でふと視線があった
何が起こったかわからず女の子は目を丸くしている
「…大丈夫?怪我は?」
置かれた状況を把握できないがそれだけはなんとかわかったのか
「い、いいえ…なんとも、ないです。」
そう応えてくれたので俺は安心して体を起こし辺りを見る
後ろではブレーキを踏んだが間に合わなかったらしく、車がぶつかっていた
周りの人の視線が集まる
騒いでいるだけで幸い怪我人も出ていないらしい
なのであの時とは違い救急車は来なかった
このおかげで俺の心の中でなにかが変わった
ちっぽけな行動でも、起こせばなにかを変える事ができる、と
そんなことを思っていると駅の警察官が車の運転手を連れてやってくる
「君達、大丈夫かね?」
それを見て、一人の女の人も駆け寄ってきた
「二人とも、大丈夫ですか!?お怪我とかは…?」
そう言って真っ白なハンカチを差し出してくれた
「俺は平気ですから…この子を診てあげてください。」
バイト上、ついあちこち傷があるか診てしまいそうになったが、
相手は女の子だったので俺がべたべた触るわけにもいかず、女の人に任せた
そんな中で運転手は
「このガキが飛びだしてきたからこんなことになったんだぞ!」
開口一番そう言った
そうかもしれない
放っておいたら車に気付いたこの子が戻ったかもしれない
だけど…あれは起こってからでは遅いんだよ!
しかし
「おい!あんたなに勝手なこと言ってるんだよ!!
 その男の子が飛びだして助けなかったら女の子を轢いてたじゃないか!」
「そうだそうだ!」
今まで黙って見ていた人が口々にそう言った
警察官も運転手に対し
「それにここは一方通行だ。とにかく署まで来てください。」
そう言われて運転手は連れていかれた
「君達も話を聞かせてほしいんだけど…一緒に来てくれるかい?」
もう一人の警察官は俺達も来るように促したが
「それよりこの子を病院に連れていってあげてください。
 どこか打ったかもしれないし…お願いします。」
とは言ったものの、その女の人は
「よかった…おかげで大事には至らなかったみたい…。本当に、よかった…。」
と安心した顔で女の子を診ているので心配は無いだろう
が、念には念を入れておく事が大事だしな
「あ!あの…ありがとう…ございました…。」
まだ状況を掴めていないのか、その子はちょっとうつろげに俺を見ている
「気にしないでいいよ。それより、病院行ってきて。」
そろそろ人目が気になってきたので俺はそれだけ言うと俺はその場を後に…
「あ!あの…できたら名前だけでも…!」
しようとしたらまた呼び止められたので
「澄原。澄原夏樹。」
とだけ伝えた
するとどうもその女の人にも俺の名前がインプットされたらしく、
はっ、っと顔を上げてこっちを見る
個人的にはちょっとかわいい子だったので俺も名前をインプットしようとしたが、
これ以上好奇の目に晒されるのも嫌だったのでそのままその場を後にした
「…ってあのカバン、この辺の進学校のだっけか…?」
…が、帰り道、しっかりとカバンのネームをチェックしていた自分がいたのだった


2001年 8/3(金):海岸


「…覚えてるよ。」
忘れるわけがない
あの時とまったく同じ…偶然の出来事だ
忘れることなんてできなかった
「私も…絶対忘れられなかった。あの時の夏樹、すっごくかっこよかったもん。」
屈託のない笑顔でそう言われると少し恥ずかしかった
「あなたに会って…お礼を言いたかった。そのためにあなたを探した。
 本当は会ってすぐに好きです、って言いたかっただけなんだけどね。
 いきなりそんな事言われても迷惑かな?って思ったら言えなかったの…。」
俺には今の良子の考えがわからなかった
なぜ突然こんなことを言いだしたのだろうか…
月明かりに映しだされた影が二つ波間で揺れる
今の二人の心情のようにゆらゆらと…揺れる
「…一つ質問。私を私だと思って助けたの?」
「言ってる意味がよくわからないんだけど…?」
せっかくの海の海岸
二人きりでの散歩
俺達は何を話しているんだろうか
しばらくそのまま黙っていた良子だったが
今にも泣きそうな顔で俺に言った
「…私は皐月さんじゃないよ?」
「何を…?」
何が言いたいんだ!!
そう叫びたくてもできなかった
普通なら気にも止めなかったよくある場面
別段気にする必要もない光景
たまたま俺には忌まわしい過去があっただけ
あの時に助けられなかったことを悔やんだだけ
せっかく癒えた傷を再び目の前で掘り起こされたくなかっただけ
臆病な自分に同じ光景を見せたくなかっただけ
この子を助けることで皐月を助けたことになる…
それは皐月と過ごすはずだったその後の時間を埋められると思っただけ…
「確かに良子を助けたときはそう思った。皐月と重ねていたかもしれない。
 でも…あの時カバンのネームを見てさ、あ、皐月はもういないんだよって思って。
 いい人ぶるつもりも無かったし…だから逃げたんだ。」
「じゃあ…なんで皐月さんにあんなに優しくするの…!?」
「優しい…ことなんて俺、した覚えは…。」
「さっき皐月さんが倒れたときの心配そうな顔…。皐月さんを見る時の優しい顔、怒る顔…。
 私には…向けてくれたこと、無いよ?」
すでに良子の声は悲壮な叫びに聞こえてきた
「それは…皐月は幼馴染みだから…。」
「夏樹って…人見知りするもんね。」
そう、実は人見知りが激しいところがある
今ではそんなこともないが最初は大変だった
うちとけるまで時間、かかったな…
「やっぱり…まだ早かったのかな、私達。」
「ごめん…あんまり人と付き合ったこと無いから…わからない。」
もう少し俺に経験があれば、気の効いた言葉の一つや二つかけられるのに
この時ばかりは人付き合いを絶っていた自分を悔やんだ
少し間が空いた
二人で星が瞬く空を見ていた
そして
「…私、自分がこんなに嫌なこと言うなんて思わなかった。
 自分から誰かを好きになったこと無かったから…。」
ぽろっとこぼれた良子の本音
「私…人を好きになるっていう気持ちがわからなかった。
 誰かに好きだって言われて付き合ってもぜんぜん続かなかった。
 最後に決まって“つまらない”って言われて…。
 でも夏樹と会って…バイトだけでも一緒にいるようになって…。」
空の星と同じようにきらめく良子の涙
ぽろぽろととめどなく流れる
それでも良子は続けた
「これが好きっていう気持ちなのかわからないけど…。
 気持ちを一方的に押し付けられることが時には迷惑なこと、
 誰よりも知ってるつもりだったのに…私もあの人たちと一緒だね…。」
「そんなことないよ?俺は…嬉しかった。」
「ううん、それは嬉しかっただけでしょ?
 夏樹は皐月さんのことが好きだって…見てればわかるよ。」
悲しい涙と笑顔
相反する表情がそこにあった
悲しい気持ちのはずなのになぜか晴れ渡った笑顔
不意に胸が苦しくなった
悪いのは俺だってわかってるのに…
良子の言う通り…俺の心にはまだ皐月がいるのかもしれない
やっぱり…自分の口からちゃんと言わないとだめか…
「ごめんな…良子。」
「謝らないで…いいから、少しだけ…!」
それだけ言うと良子は俺に抱きつく
「少しだけ…私だけの夏樹に…甘えさせて…。」
俺は黙ってそれを受け止めていた
「たった一年、バイト先だけのつきあいでそんな顔見せられないよね。
 逆にそれがいけなかったのかな…もう少し違う出会いをしていたらよかったのかな?」
俺の胸に顔を埋めてそうつぶやく
「…そんなことないよ。俺がもっとしっかりしてればよかっただけ…だよ。」
「…でも私はあなたを想い続けるから…ね。」
その言葉を最後にしばらくそのままで月の光を受けていた
「あ、いたいたーー!」
背後から皐月の声が聞こえた
俺達は慌てて離れる
「おーい!花火するよーー!…って変なコトしなかったでしょうね?」
先輩が睨む
「いや、ぜんぜん、まったく無実だって。」
「うんうん、されてないされてない。」
必死に涙をぬぐい笑顔で答える良子
俺も笑顔で答えた
かくして花火大会が始まった
花火だけでみんなで出しあった予算の1/3だ
多すぎだよ・・・と言う皐月のつぶやきも、先輩を見ていると足らないかも…しれない
「ほらほら、いくわよーー!」
「先輩、危ないって!」
「きゃーきゃー!」
後ろの方では皐月もはしゃいでいた
…俺ものっていったほうが得かもしれない
「よっしゃ、全部燃やす勢いでやるぞーー!」
「こら夏樹!その打ち上げ花火は私のよ!」
「先輩、キープしすぎ!!」
「ねえねえ私にもー!」
他から見たらすごいことになっていたに違いない
10連発が倒れて他の花火に引火するなどのお約束
尽きることがないほどの量の火薬量
楽しい
そんな時間だった
先輩が倒れた打ち上げ花火を果敢にも起こそうとして誤爆
皐月はロケット花火を逆さに土に刺し、取っ手が飛んでいくのを見て大笑い
そんな時間も…やっぱり最後はこれですか
「うーん、やっぱり日本って感じよね〜。」
ぱちぱちぱち…と音を立てては消える線香花火
今までの激しい時間を消し去るように静かに燃える
「さっきみたいに激しいのもいいけど…私はこっちの方がいいかな〜。」
「花火…初めてだっけ?」
俺はその横に座り新しい花火を差し出す
「ううん、そうじゃないと思うけど…やっぱり新鮮かな?」
あはは…と苦笑混じりに笑う皐月
「これから…またいくらでもできるさ、そう、いくらでも…。」
皐月の答えがたとえ“兄妹”だとしても
良子が俺を好きだったように俺も皐月のことが好きだ
…恋と言うのはすれ違いの上に成り立っているんだなぁ…
「…なんてな。」
「ん…?何か言った?」
ふと皐月と目が合う
しかしそれを破るように
「皐月さん!」
突然良子が声をあげる
あまりにも唐突で俺たち三人ともそちらを見て固まった
そして良子は皐月のそばにくると
「私、負けませんからね。」
「え!?」
俺には聞き取れないような声で皐月にささやいた
それを見て“?”を浮かべている俺と良子を交互に見た皐月は
「…良子ちゃん、私だって…負けないよ?」
な、なにがどうなってるんだ…?
そう思っていると先輩が
「…夏樹クン、これからが大変よ?」
「…え、え?」
俺は向かい合う二人と先輩を見合わせながら首を傾げるだけだった


8/4(土):帰還…?


「そーれ、いっくわよーー!」
バシイ!!
先輩の手から放たれたボールは海風を受けて微妙な弧を描く
「甘いわ!」
バシイイイ!!
俺はその動きに柔軟に対応すると一撃!!
スパアーーーーン!!
という小気味よい音を立てたかのように相手の陣地にボールがつき刺さる
「く…夏樹クン、やるわね?」
「ふふ…先輩こそ。」
ってか今日は帰る日のはずだ
しかし俺達はなぜかビーチボールを繰り広げている
事は今日の朝までさかのぼる


「じゃ、海に行こう。」
「はあ?もう帰らないと…。」
俺は支度をしながら的確な答えで返した
当然皐月と良子も俺の支持を…
「だって今日中に帰ればいいんだもん。遊ばないと損でしょ?」
「そうだよ、夏樹君。楽しまないと損だよ。」
…どうやら真剣に皐月に先輩が感染ったようだ
「そうだよ、夏…じゃなくて、澄原さん。」
その瞬間みんなの視線が俺に集まる
「…俺!?」
「悪人。」(先輩)
「八方美人。」(皐月)
「浮気者。」(良子)
…うう、どうせ俺はヒドイ男ですよ!
つーかこんな泥沼(?)にしなくてもいいだろ…
などというグチは届くはずもないことを知りながら俺は思うだけにした
まあこの程度を泥沼というのかは知らないが
しかし三人は俺をじとーっと睨む
海…海…という怨念が聞こえてくるかのように
「と言うわけでお嬢さん方、海に参りましょうか?」
俺は三人の精神攻撃に従うほかなかった…


…というようなことが朝あったわけで、ぎりぎりまで海で遊ぶことにしたのだ
だが最初から先輩は日が暮れるまで遊んでいるつもりだったのだろう
帰りの電車の切符、予約席は18:00発の特急だった
「あ、次は私ー!」
皐月がとてとて…と危なっかしくボールを捕らえに行く
俺もちょうどいい運動になったので良子に変わる
「いくよー!」
「うんーー!」
パシッ
ピシッ
ペシッ
ポコッ
うーむ、予想通りにじゃれあってるようにしか見えない
だけどそんな皐月がすごく楽しそうに見える
俺のせいで潰してしまった時間を急ぎ足で拾っているようにも…見えた
なんというか…どこかに焦りのようなものも感じられる気がした
この夏限りで向こうに帰ってしまうからだろうか?
最初にも皐月は“夏樹君の思い出を、少しでも共有したいから”、と言った
思い出を少しでも多く作りたい
そんな風にしか受け取っていなかったこの一言だけど…そんなに帰りたくないのかな?
なので俺は少しでも協力しようと皐月に思い出というネタを提供するのであった
そんなことを何時間続けただろうか
ガタンゴトン…ガタンゴトン…ガタンゴトン…
夕闇が迫った海をあとにして電車は走る
さすがに疲れたのかみんな動こうとしない
先輩はすでにあっちの世界だったに旅立っていた
良子は今にも寝てしまいそうにうとうとしている
しかし意外に皐月は起きているようだ
二人を起こすと悪いと思い俺は口を閉ざしていたが
「…夏樹君。」
「ん?」
「あのね、良子ちゃん…どうかしたの?」
沈黙の中皐月が俺に聞いてくる
多分朝の一件だろう
いや、昨日の夜に皐月にだけつぶやいた言葉の事か?
それとも…今日一日ほとんど会話がなかったことか?
って心当たり多すぎ!
などと一人つっこみしている場合ではなさそうだ
皐月の目は真剣だった
「…別れたの?」
「ああ。」
なんとも歯切れの悪い言葉だがはっきりと言った
俺は良子を好きかどうか“わからない“と逃げていた
しかし皐月の本心を聞いて良子を“好き”と思いこもうとした
そうすれば皐月への思いが消せると思ったから
良子の真剣な気持ちに“妥協”ともいえる心で返事をしてしまった
こんな男ふられて当然だけど…良子はまだ好きでいてくれると言った
だから俺も自分の気持ちに素直になることにした
だから俺ははっきり言った
「…俺、他に好きな子がいるみたいだから。」
だけどまだ言わない
皐月の本心は知っている
だけどあれは直接俺に宛てたものではない
わがままかもしれないけど…面と向かって正直な気持ちを聞きたい
その言葉に皐月は
「…いつか言えるといいね?」
複雑な表情で俺に言った
「そうだな、いつか、必ず…言うつもりだから。」
だから俺もそれだけ伝えた
「それがたとえ叶わないとしても…な。」
俺は誰にも聞こえないぐらい小さな声で窓に向かってつぶやいた


8/5(日)


「いらっしゃいませー!」
楽しい旅行も終わり俺はいつも通りにバイトに精を出す
と言っても客数は数えるほどではあるが…
「うーん…この暇さが今の疲れ具合にちょうどいいな…。」
俺は首をぽきぽきっと鳴らすと思わず伸びをする
予想通りではあるが若干筋肉痛だった
「ああ、せっかくの夏の海だったのに出会いの一つもないなんて…。」
横で先輩がうなる
「出会いもなにも率先して俺たち“で”遊んでたじゃないですか…。」
語尾を強調しつつ俺は半分呆れ顔で答えた
海で水をかけあうにしろ、ビーチバレーにしろ…
やたらとハイテンションで叫ぶものだから別の意味で注目されてたけど
「はぁ…だけどねぇ〜〜。」
今日はやる気0の先輩だった
俺は先輩を置いておくと皐月を見た
「皐月、大丈夫か?」
見た目にも疲れ具合が出てしまっている皐月
病みあがりであれだけ動いたんだ…疲れないわけがない
幸い今日は暇そうなので奥で少し休むように促す
「そうよ皐月ちゃん、無理しないで休んできたら?
 一人で行くのが嫌ならお姉さんが付き添うわよ?」
「サボろうとしても無駄ですよ。」
とりあえず俺は先輩に釘を打った
「うん…ありがとう。…でもお仕事だから。」
そう言うと皐月は店内巡回へと向かう
しかしその足取りはおぼつかない様子で見ていて危なっかしかった
でも…本当にこれでよかったんだろうか
ずっと寝たきりで、退院してすぐにこんな遠いところまで来てくれたのに
バイトはさせるわ海で騒ぐわ…ってよくよく考えると二人だけの思い出がないぞ
…少し家族サービス(違)でもするか
そう考えて俺は皐月が戻ってくるのを待つ
しばらくすると“賞味期限切れたお菓子なかったよ〜”と戻ってきた
「ご苦労様。それより皐月、明日って非番だよな?」
「うん、そうだけど?」
「よかったら息抜きにどっか行かないか?」
金、土曜日と息抜きしてきたばかりではあるがここは気にしたら負けだ
俺は月曜日は非番だったりするのでかなり暇なのです
確か皐月も非番のはずだけど…
「息抜きって…昨日遊んできたばっかりだよ…?」
少し困ったような顔で答える皐月
そうかもしれないけど…俺は二人きりで一緒にいたいんだ
などとは言えるはずもなかったけど
「それに…明日は先約があるから…ごめんね。」
「いや、いいって。突然思いついただけだから。」
ま、しょうがないか…って、そういえば先週の月曜日もなにかあるとか言ってたっけ
なにかしてるんだろうか…うーん気になるなぁ
1:あとをつける
2:気にしない
…なんていう選択肢はないから安心しなさい
というわけで俺もごろ寝決定〜〜
「“3・先輩と遊ぶ”って言う選択肢も受け付けるわよ?」
「残念ながら存在しません…ってなんで耳打ちなんですか?」
なぜか先輩は俺のそばに寄ってくるとひそひそと話す
「まあいいから…明日暇なら付き合いなさいって。」
と言っても…暇なら暇で意外に忙しいかも
洗濯もあるし掃除もあるし…
「…ちょっと重大な話しがあるから、絶対に来てね。」
「先輩の重大な話って…銀行でも襲いますか?」
とりあえずいつもののりで軽く流そうとすると
「…そっちの方がはるかに簡単だと思うわ、伝えるのが。
 それと、皐月ちゃんには絶対に内緒よ、いい?」
それだけ俺に伝えるとメモを渡された
そこには“13:00−駅前のバス停付近”と書かれていた


8/6(月)


「話ってなんですか?」
案の定呼びだした本人が30分遅れで到着
しかも内緒だからってあんなスパイみたいな真似しなくてもいいのに
とりあえず駅の近くの喫茶店に入る
なぜか特に会話もなく注文がくるまで実によそよそしかった
あえて会話を避けているような先輩がようやく口を開いた
「なんで別れたの?」
「は?」
あれ…とひょうしぬけな一言
確か皐月のことで話しがあるとか言ってなかったっけ…?
と思ったが先輩は真面目な顔で俺を見ている
なので俺もそれに応えるようにした
「良子ちゃんのことよ。…いくらなんでも早過ぎない?」
「先輩の言うことはもっともだと思います。
 だけどやっぱり俺…皐月の事が好きみたいで…。」
今まで本気で人を好きになったことなんて一度もなかった
だから好きだと思い込むことも人を好きになるということなんだと思っていた
付き合っていくうちに徐々に好きになっていけばいいと思っていた
だけどこのどうしようもない気持ち
この気持ちが本当に好きと呼べる気持ちなんだと思う
それで人を傷つけることは許されることではないけど…
うまく言葉では言えないけど、やっぱり俺は皐月が好きなんだろうと
…やっぱり俺は悪人なのか…?
「まあこういうのは人それぞれだから別にいいんだけどね。
 ただし、ちゃんと謝っておきなさいよ…?」
うんうん唸っていると察してくれたのか先輩が話しを完結してくれた
人を好きになるって難しいんだな…
理屈じゃ語れないのが面白いとか言う人もいるけど
そんなツワモノにはなれそうもないね、俺は…
「それで、皐月ちゃんの…ことなんだけどね。」
突然話題を皐月へと移す先輩
…って今までのは前フリですか?
しかも言葉に詰まったそぶりを見せている先輩
「なにか言いにくいことなんですか?」
しかしなぜか不意に体が熱くなった
きっと先輩のことだ、冗談に決まっている
頭ではおそらくそうだろうと考えている
しかし心のどこかではそう思うことができない
「その前に一つ聞くけど…皐月ちゃんの家の高級車なんだけど。
 …まったく同じ車をこの付近で見たこと、ある?」
「いや、ないですよ。あれが初めてですけど…。」
あんな高級車、一度でも見かけたら忘れないと思うし
「先輩…質問の意図がわからないんだけど…?」
俺は冷静を装ってはいたが内心焦っていた
回りくどいことはいいから…皐月がどうしたんですか!?
二人きりならとっくに叫んでいるだろう
「その車がこの近くに一台しかないっていうのが前提なんだけどね。
 先週の月曜日、近くの国立病院で同じ車を見たんだって。」
「…それが皐月だったと言うんですか?」
先週の月曜日
俺が街を案内すると誘った日
皐月は“用事があるから”と断った
「とは言えそれだけじゃ皐月って限定できないと思うけど。」
俺は認めたくなかった
皐月がまだなにかの病気で苦しんでいること
そんな状態でこっちに無理に来たことを
もう全快していてこれからいつでも会うことができると信じているから
「そうなのよ。だから話し半分に聞いておいてくれればそれでいいから。」
…国立病院なら遠いところからいろんな人もくるだろう
その中に偉い人がいてあの車に乗っていたとしてもおかしくはない
それにもしその車が皐月だったとしてもだ
別に病院ぐらい行くだろう
あの時はまだ体も本調子じゃなかっただろうし…
飲んでいた薬でも貰いに行ったのかもしれない
深く考えない方がいいな…うん
俺はそう思うことにした
皐月は今俺の目の前にいるのだから


8/7(火)


「うわ…明日雨かよ…。」
「…昨日洗濯しなかったんだね。」
俺は店内に置いてある商品の販促用のテレビを勝手に映るように改造
それにより俺たちの暇な時間は癒されるのだ!
ちなみに今、天気予報です
予報を見た俺の反応に皐月が相槌を打つ
実はあの後、先輩に引きずりまわされて帰宅したのは22時を過ぎていた
とてもじゃないが洗濯どころではなかったのだ
俺は小さくため息をついた
先輩の性格を熟知していながらペースにまんまとはめられるとは…
俺の中で“関係なし”と判断したあの話しが尾を引いているのか?
やはり妙な胸騒ぎは収まらない
あまり人に干渉するのは好きじゃないけど…
「まあちょっと知り合いと騒ぎすぎて家事できなくてさ。
 それより皐月は?昨日なにか予定あるとか言ってたよね?」
俺はさりげなく皐月の行動を聞いた
「え?私?…おばさまと買い物に行ってたけど…?」
ほら、まったくもって普通の生活じゃないか
やっぱり俺達の気の回しすぎか…と思った
しかしその直後
ゴツン!!
「…へ?」
横で座っていた皐月が机に頭をぶつけた音だった
客もない店内だったので余計にその音が響いた
「おい皐月、なにして…!?」
ゆさゆさ…
皐月を揺らすが返事はない
「皐月…どうしたんだよ、おい!皐月!」
俺は体を揺する手に力を加えた
そのおかげか皐月は気がついたのか少し俺のほうを見て
「…め…見……で…。」
弱々しい声でそう言った
皐月の顔はさっきとはまるで別人のように土気色になり唇も真っ青になっていた
ちょうどそこに薬剤師が到着した
「おはようー、って夏樹君、どうした?」
社長の息子で薬剤師の光(あきら)先生だ
なんでも光り輝くように一番の薬剤師になるようにとつけられたらしい…
「ってそんなことはどうでもいい!!光先生、皐月が…!」
心つっこみを口に出してしまうほど俺は混乱しているようだ
俺の尋常じゃない訴えに光先生も荷物を投げ出し皐月を診る
「うん…これは…!」
「…これは…!?」
光先生と顔が合う
真剣なまなざし…まさか、手遅れ!?
「貧血、だね。」
「…はぁ?」
あまりのギャップに俺は気の抜けた声を発した
血の気の引いた顔色に、青くなった唇…
冷静になってよく考えてみれば確かに貧血と呼ばれる症状に近い
「夏樹君、貧血を侮ってはいけないよ?
 急激に血圧が低下すれば人命に関わる事もあるんだからね。」
そう言いながら光先生はてきぱきと皐月に処置を施す
しばらくして光先生だけが奥の控え室から出てきた
「少し休んでいればすぐによくなると思う。
 …だからその誰か死んだみたいな悲壮な顔はやめなさい。」
光先生が呆れ顔で俺に告げる
「あ…すいません、バイト中でしたね。」
俺はそう言うと鏡に向かい顔の緊張をほぐす
すると唐突に
「…夏樹君は皐月さんと付き合ってるみたいだね?」
なんてことを言いだす
「そ、そんなことはありませんよ!」
「ふむ、その割には皐月さんを心配する顔が…なんというか、
 家族を見る目になっていたからね。これは失敬。」
…家族を見る目、か
光先生はいつもはぼけーっとしているのだが、時に鋭いところを見せる
俺の目は“家族”の目をしていたのか?
…“好きな人”ではなくて?
「多分家族のように愛してるってことだろう…うん。」
とんでもなく恥ずかしいことをつぶやいていることに気付くのに数十秒を要した
だがその間に光先生は他の店舗から運んできた荷物を降ろして消えていた
「ってかこの店の従業員はなんでやたらと消えるのか…。」
とはいえ聞かれなかったことに内心ほっとしていたけど
とりあえず俺は皐月の様子を伺いながら商品を陳列した
それから30分ほどして皐月が姿を現した
「皐月、大丈夫か?」
「うん…おかげさまで。」
そう言う皐月にはまだ少し疲れの色が浮かんでいる
「とりあえず今日は座ってていいよ。力仕事は全部俺にまわして。」
「うん…ごめんね。」
よほど体調が優れないのかいつもとは違う反応
皐月なら“お仕事だから”とか言いそうなんだけど…
そういったこともあり俺は今日一日皐月の分まで動いていた



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