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Original Novel Yuki Presents



終わらない夏


第八幕

恋夏



8/8(水)


「最近一日の流れが早く&薄くなってるような気が…。」
「きっとネタに困ってるんだと思うよ。」
良子ちゃんはさらりとそんな怖いことを言った
とはいえ普通に接することができて少しほっとする
あれ以来良子ちゃんとは初めての顔合わせだったので緊張していた
よくこういう時は雰囲気が悪くなるとか聞きますが…
これも良子ちゃんの気遣いのおかげだろう
とはいえ今日の朝会ったときに俺はかなりぎこちなかった
しかし良子ちゃんは開口一番こう言ったのだった
“今まで通りでいいから…ね”と
ただし“呼び捨ては禁止!”だそうだ
そのために昔のように“ちゃん”付けに戻ったというわけだ
さらにもう一つ変わった事といえば、俺の呼び方が“澄原さん”から“夏樹くん”に変わった
まあ皐月も先輩も名前で呼んでるから別に気にはならないけども…
…やっぱりもう少しいろんなこと、経験しておくべきだったかなぁ?
俺のせいでこんなことになっちゃったわけだし
でも、正直ここまで人と付き合えるようになったのは大きな進歩だと思う
俺のせいで誰かが不幸になるのはもう嫌だったけど…
俺の目の前には皐月がいてくれる
たとえ失ってしまったものは大きくてもまた取り戻せる
思い出もここから作っていけばそれでいいと思うから
たとえ皐月が俺を兄のように思っているのならそれでもかまわないと思う
夏の終わりには向こうに帰ってしまう皐月と、すこしでも同じ時間を過ごしたかった
それにもうあんな事が起こることも無いだろう
思いっきりドラマな内容だし
皐月とまた会えてそう思うことにした
類い稀な運命が重なったんだ、と…
って思いふけっている場合ではなかった
いつの間にか店内に活気が溢れているではないか!?
「ネタがなくても店は忙しいんだよな…。」
今日は皐月が体調不良で休む…と電話があったのだ
なのでそこそこ忙しい一日になっている
とはいえ昨日の皐月の様子では出てこいとは言えないけど
「皐月さん大丈夫なんでしょうかね…?」
「光先生は貧血だって言ってたし…寝てればよくなると思うよ。」
俺も一回貧血で倒れたことがあるけどその時は一日寝てたら治ったし
まあ俺と皐月は違うからどうかわからないけど
でも…心配ではあるな
体調不良の原因にこの間の海も少なからず関係しているかもしれないし
もしそうであれば少しは俺にも責任があるのかも…?
そんなことをふと思ってしまい俺はいろいろ考えてしまった
…そうだ、今日バイト終わったら見舞いにでも行ってみようかな
とは思ってみたがよく考えると皐月の家って…どこだ?
見舞い大作戦はすぐに計画倒れとなってしまった
しかし意外なところから救世主は現れた!
「夏樹君、皐月さんの様子はどうだい?」
奥でなにやら作業をしていた光先生が部屋から出てきた
「昨日の今日ですし…特になにかはないと思いますよ。
 ただ今日は大事をとって休んでもらっていますけど…。」
俺も実際今の皐月の様子は知らなかったので無難に答える
すると光先生はしばらく考えた風を見せると
「じゃあ今から栄養剤でも調合してくるから、
 今日の夜にでも皐月さんの家に届けてくれないか?」
おお、光先生の十八番、“困ってる人に調剤を“精神が…!
この人は少しでも困っている人を見るとすぐに薬をあげてしまう
量も少ないし、薬と言えるような内容ではないから別にいいんだろうけど…
少しは売上について考えてほしいところだった
しかし今の俺にとっては渡りに船だったので黙認した
「じゃあこれが皐月さんの家の住所だから。」
そう言って住所が書かれたメモを受け取る
ふむふむ、社長の家よりもう少し向こうといった辺りだ
これなら歩いても支障のない距離だと思われる
というわけで見舞い大作戦復活!!
「いらっしゃいませー!」
閉店まで後3時間少々
今日は早く処理終わらせて皐月のお見舞いに行くぞ
と少ないものの気合を乗せると
「はあ…。」
その様子を横で見ていた良子ちゃんはなぜかため息をつく
「どうしたの?」
不思議に思った俺は思わず尋ねるものの
「ううん…なんでもないから。」
そう言い残して商品のチェックに行ってしまった
なにか言いたげな顔してたけど…まあいいか
ひょっとすると良子ちゃんも疲れているのかもしれないな
そんなこんなで閉店
俺は信じられない速さで閉店処理を終えると
「じゃ、お疲れさま。」
「うん…お疲れさま。」
挨拶もそこそこに俺は社長の家に行くために店先で良子ちゃんと別れた
っとあんまり遅くなると皐月のやつ寝るかもしれないな
疲れているときは寝るのが一番の薬だし
俺はなるべく急いで社長の家を目指す
ここから社長宅まで…10分の壁を超えてみせる!!
俺は…風になるんだーーー!
…ってよく考えたら携帯で連絡すればいいだけか
5分ほど疾走した辺りでそのことに気付いた
少し呼吸を整えると皐月にメールを送った
“まだ起きてる?よければお見舞いに行きたいんだけど…”と
これで不意打ちの危険と睡眠オチも回避できるだろう
とはいえ急ぐことにこしたことはないだろう、といつもより早足で歩く
そして、月が綺麗だった
淡く白い光を発し続けている月が綺麗だった
何というかその感じが…皐月に似ているような気がした
控えめに、かつその存在をアピールする月が似ているように思えた
「うーむ、夜の空は人を詩人にするのか?」
くだらないことを考えていないでさっさと皐月の家に急ごう
そう思った直後、でかい家にたどり着く
そういえば社長宅のあるこの辺り一帯は高級住宅街だったっけ
その住所に住んでいる皐月の家も当然といえばそうに違いないが…
この大きさは半端じゃないぞ?
俺は正門(と思われる)を発見すると一呼吸おいてインターホンを押した
ピーンポーン…
と音が鳴ると…おおおお!!
門が…門が自動で開いていくじゃないか!!
生まれてはじめて見ました、こんな自動扉
俺はそれを入場許可と受け取って中に入る
すると今度は勝手に門が閉じた
科学の進歩ってすごいなぁ…
なにかに感動しつつ俺は敷地の中ほどにある家を目指した
そして家の玄関でもう一度インターホンを押す
ピーンポーン
『はーーーい!ちょっと待っきゃあっ!?』
家の中から皐月と思われる叫び声が聞こえる
それと同時に響き渡るガラガッシャーーーン!という効果音も加えてお伝えしよう
…何を割ったんだ?
「大丈夫か、皐月?」
俺は様子を伺おうと玄関を開けて中を覗く
「あぅぅ…またやっちゃったよ…。」
そうつぶやく皐月は花瓶を割ったらしく水まみれだった
玄関に散らばる破片と花がそれを物語る
「そそっかしいなぁ…ほら、怪我はないか?」
俺は持っていたタオルを差し出す
…それにしても…今“また”とおっしゃいましたね、皐月さん?
俺の見る限り花瓶のあった場所は…下駄箱の上
どんな風に走ってきたらこの花瓶に当たることができたんだろうか
それも…二回も…?
「ごめんね…夏樹くん〜〜。」
えへへ…と申し訳なさそうに笑う皐月
「えとね…皐月、悪いんだけどさ…着替えてきた方がいいよ…?」
その笑顔はまぶしくて、できればずっと眺めていたかった
しかしそれは叶わぬ願いでもあった…
さっき水を被ったせいで…その、服が透けてます
「え?それって…どう…いう…!」
不思議そうな顔を浮かべて自分の様子を見る皐月
みるみるうちに顔が赤くなっていく…
「きゃあーーーーーーー!!!!」
「うわわわ、危ない、危ないって皐月!!」
真っ赤になった皐月は大声をあげてあろうことに花瓶の破片を俺に投げつける
俺は慌てて外に出ることで一命を取りとめた
「…こ、怖かった…まじで…。」
中できゃーきゃー言っているのでまだ戻るには危険だろう
しばらく外で時間をつぶすことにした
…以外に皐月って胸…あるんだな…
いかんいかん、俺ってこんなキャラじゃなかったはずだ…たぶん
がらがらがら…
「…あ、っと…ごめんなさい、もう…いいよ?」
その時落ちついたのか着替え終わった皐月が顔だけ覗かせる
「う、うん…お邪魔します。」
俺は改めて皐月の家に入った
概観は純日本家屋だったが中もそのままだった
まさか電話は黒くないよな?と思い俺はつい確かめてしまった
しかし予想に反して…ファックスだった
「夏樹君、なにか珍しいものでも…あった?」
「ううん、なんでもないよ。」
案内人の後についていかなかったため催促された
それで俺は居間へと通された
適当に座ってね、と言い残し皐月は奥に消えた
俺はしばらく部屋の様子を見ていた
まさに日本の伝統家屋、といった趣だった
…そういえば他の人はどうしたのだろうか?
こんな広い家に皐月一人で住んでいるわけではないだろうし、
前におばさんの手伝いをしている、とか言っていたような…
それから思うに少なくとも二人で住んでいるということになる
でも人の気配というか…生き物がいる感じがしない
不思議な感覚だけども、音がなかった
広大な敷地に囲まれていて雑音を拾っていないだけなのかもしれないが
しばらくして皐月がお茶とお茶菓子を持って戻ってきた
「あ、どうもご丁寧に。」
「いえいえ。」
そんな不思議なやり取りに俺はなぜか胸が痛くなった
…変だな、俺
「そうそう、本題忘れるところだった。これ、光先生から。」
俺は忘れる前に光先生の特製栄養剤を皐月に渡す
これを持ってきたのに忘れたら意味ないしな
もっとも…それはただの口実だったのかもしれないけど…
とはいえなぜか会話が無くなってしまった
なんというか…話すことが見当たらない
どうしてだろう?
なんでもいいから話したいのに…
「体、大丈夫だった?」
それで出たのはこんな当たりさわりの無いセリフ
「うん、一日寝たらすっかり元気だよ。」
…それで終わってしまう
せっかくまた会えたのに
皐月が帰ってしまうまでもう時間が無いのに
初めてこうやって二人きりになれたっていうのに
そんな中で口を開いたのは皐月だった
「…お見舞い…に来てくれたんだよね。」
「…ん、そうだけど…。」
そうじゃない
皐月に会いたかった
ずっと…ただそれだけ願っていた
それが今叶って…目の前に皐月がいる
なのに言葉が出てこない
聞きたいことはたくさんあった
学校のことや、今までの生活のことや、趣味のこと…
そんな当たり前の、そんな普通に過ごしはずの時間を皐月は持っていない
だけど俺が聞きたい事、言いたい事はただ一つ
それは、皐月を困らせる事はわかってるから…俺には言えなかった
“好きだ”という一言を
「…夏樹君、難しい顔してるよ…。」
「ああ、ごめん…いろいろ考えちゃって…ははは。」
乾いた笑い声が部屋に響く
「あのね、夏樹君。実は…言いたいことがあるの。」
その笑いを打ち消す皐月の真剣な声
その真剣な眼差しから発せられた言葉は
「あの…明日って暇、かなぁ…?」
なんでもない言葉だった
「明日は非番だし…暇だけど…?」
なので俺も普通に、正直に答えた
そう言えば木曜日は皐月も良子ちゃんも非番だったな
「ええとね、これ…をおじさまがくれたんだけど…。
 よかったら、一緒に…行かないかな、と思って。」
そう言いながら俺に何かを差し出す皐月
それには「スペクトラル・シー」と書かれている…!?
「おおおお、これってフリーパスチケットじゃないか!?」
スペクトラルのフリーパスって確か…結構な値段のはず
それが…二枚も!!
「もちろん行くって。俺まだ行ったことないんだよなぁ…。」
まさか皐月が…誘ってくれるとは思ってもいなかった
心の奥では俺を許せないんじゃないか、とか思ったりもした
でもそんなこと…やっぱりないよな
「本当は“彼氏と行きなさい”とかおじさまが言うんだけど…。
 そんな人いないから、“お兄ちゃん”と行こうかなって。」
にこにこっと笑顔を浮かべる皐月は、“お兄ちゃん”という部分を強調した…気がした
だけどそんなことはもう関係ない
俺は自分の気持ちをぶつけるだけだから
それを拒否されようがかまわない
そんなことよりも、せっかく一緒に出かけるんだから…
楽しいものにする、ただそれだけでいい
思い出なんてここから作っていけばいいんだ
今、目の前に皐月がいてくれるだけで俺は幸せなんだから
「じゃあさ…何時ぐらいに行く?」
「せっかく行くんだから早い方がいいよね。」
今この時を楽しみたい
この瞬間、一瞬でさえ俺の思い出になる
なんの変哲もない時間だけど俺には忘れることのできないものになる
そんな楽しい時間を想って皐月と明日のことについて話し合う
ジェットコースター?メリーゴーランド?コーヒーカップ?
ことあるごとに皐月の質問攻めにあう
本で見ることはあっても、詳しく知らないという皐月に俺は事細かに説明する
そんな時間も俺にはとても楽しくて嬉しかった
その時俺はこんな風に思った
会えなかった時間が長いから、こんな風に幸せと感じられるんだと
会えない時間が長ければ長いほど、会えたその感動は膨れ上がる
それに…会えなかった時間を無理に取り戻すことはないんだ
人の気持ちや思い出は…いつの日にも色褪せる事はない
それはその人を忘れない限りどこまでも続いていく
そしてそれはいつだって作ることができる
たとえどんなに些細なことであっても…
それが人によっては光り輝く宝石にもなることもある
それを大切なものにするかどうかは本人次第なのだから
だから皐月が帰ってしまうまでの時間を…大切にしよう


8/9(木)


「さあさあ、れっつごーだよ!」
「おいおい、あんまり急ぐと遊ぶ前から疲れるぞー?」
8時に駅に集合し、電車で一時間ほど揺らされる肯定だ
少しでも長く遊びたいという皐月の要望に応えるべくこの時間に決定したわけだ
しかし皐月の朝一ハイテンションを忘れていた
走らなくても遊園地は逃げない、って…
とはいえ俺にはこんな時間も大切なものになるだろう
今までに作ってきたはずの思い出のアルバムを全部埋めてやる
そんなことを考えていた
長い時間で培うはずの思い出を…
一瞬一瞬を全部…思い出にするんだ
いつの日にも笑って語りあえるようなアルバムを作ってみせる
だから俺も率先してはしゃぐことに決めた
「よし、じゃあホームまで競争だ!」
「あ、ずるいーー!急に走り出さないでよぉーー!」
はたから見れば子供じみた行為かもしれない
それでも俺は…楽しかった
「へぇ…電車って2回目だけど…普通の椅子は横長なんだね。」
「そうそう、この前のは特別だから。」
今まで皐月は電車に乗ったことはあると思うのだが、記憶に無いとのこと
だから海に行った時の特急が全部だと思っていたらしい
今日初めて普通列車に乗った皐月さんでした、まる、と
「ねえねえ…この電車ってどうやって降りるの?」
「え?目的地に着いたらドアが開くからそこで降りれば…。」
「違うよー。ほら、よく枠のところに“降ります”って書いたブザーが…。」
…それはバスですよ、皐月さん
などとお約束も飛びだすこと約一時間半
俺達は無事に目的の駅で降りることができました
「おお…これがフリーパスか…!」
入場+乗り放題で13650円(税込み)!!
学生の俺には高い買い物だったに違いない金額だ
それを無料で入手できるとは思わなかった
「皐月のおじさん、ありがとうございます。」
俺はそう一人つぶやいた
「ねえねえ、早く行こうよー。」
目の前のアトラクションに姫は早く行きたくてたまらない模様
「じゃあ昨日パンフレット見て決めたところに先に行こうか。」
「うん、行くぞ〜〜!」
夏休みということもあってやっぱり混んでるだろうな…
と予想してきたのだが、やはりただの平日のようだ
特別に混んでいるわけでもなくアトラクションも待つことはほとんどなかった
おかげでこの調子で行けば目玉には全部回れそうだ
「結構空いてるんだね。もっと混んでると思ったよ…。」
皐月の気合も空振りしたらしくやや残念そうだ
「でも自由に回れそうだからよかったよね?」
確かに混みあっているよりもよっぽどましだろう
そう思って俺は言ったのだが…
「人ごみじゃないと…はなればなれにならないもん…。」
皐月は皐月で妙なことをつぶやいていた
「ごめん、よく聞き取れなかったけど…なに?」
「ううん、なんでもないから気にしないでね!?」
いいわけする皐月はなぜか声高になっている
とはいえそんな風に叫ばれたら気にしないわけないじゃないか…
人ごみ→離れる→
この次ってなんだろうか?
人ごみ→離れる→迷子になって危険
皐月に関してはこういう図式が非常に高い確率で発生するだろうから…
人ごみ→離れる→迷子になって危険→予防策をする
離れないようにする予防策か…
しかしアレは…ちょっと恥ずかしいし、ましてやこれはあくまで俺の想像だ
間違ってでもいたらそれこそ危険だけど…
皐月の視線がそこ集まってるからたぶん俺の想像に間違いは無いはず
だから俺はすっ、と差し出してみた
「…これであってる?」
「あ…あの、いいの…?」
皐月も恐る恐る聞いてくるので俺はさわやかに
「兄貴の手は大きいぞ〜〜。」
茶化した俺のその一言でぎゅ、っと俺の手を掴む皐月
「…ほんとだ、おっきいね…♪」
妹と手をつなぐというのもよくわからなかった
それに俺は決して皐月を妹と思っていない
でも皐月がその関係を望んでいるなら、俺は兄として皐月と…はじめて手をつなぐ
恋人ではなく…兄妹として

…嫌だ

俺自身の口からこの思いを伝えたい
それに対して皐月から直接の言葉が聞きたい
結果はあの夜と同じものかもしれない
だけどどうしても自分の言葉で、その答えを探したかった
だから俺はその手を振りほどいた
その行動に“え?”という顔を浮かべ呆然とする皐月
「あ…ごめんね。やっぱり…恥ずかしいよね、えへへ…。」
皐月は悲しそうに笑いその空いた手を自分の方に連れ戻す
それを今度は俺のほうから掴み、阻止する
「え?…あの、夏樹君…。」
皐月はただ俺の行動に困惑の色を見せる
「俺は…皐月の兄貴なんて、嫌だ。ずっと…好きな人としてこの手を握っていたい…。」
俺は握る手に力をいれる
あの時のように離したくない、失いたくないから
「俺は、皐月の事が好きだ。」
この一言を、俺の口から言いたかった
そしてそのまま皐月の返事を待った
うつむいたまま目を泳がせる皐月
迷っている、困っているのがわかる
俺は皐月のことを考えてこんなことをしているのか?
自分のわがままのために皐月を困らせてしまうのだろうか?
ついそんな風に考えてしまう
そうじゃない、ただ俺の気持ちを知ってもらいたいだけ
結果的に自分の気持ちを押しつけているだけかもしれない
だけどこの気持ちを伝えないと…きっと一生、後悔する
だから“嫌い”でもいい、ちゃんと皐月の心を…教えてほしかった
しばらく迷っていた皐月はその口を開いた
「夏樹君の気持ちはすごく嬉しい…。でも私は兄としか見ることはできないよ…。
 私だって…できることなら夏樹君と一緒の気持ちになりたい…!
 でも…そう思ったら夏樹君を悲しませるだけだから…。」
涙の叫び声が響く
はっきりとした否定の答え
俺にとって聞きたくない言葉だったのに…
心のどこかはすごくすっきりとしている
ただ、それだけならよかった
皐月と兄妹の関係で続いていけると思ったから
「家族は心に残るだけだけど…恋人はずっと心を縛ってしまうから…。」
「…皐月?」
皐月は最後にそうつぶやくと俺の手を払い走り出した
…いったいどういうことなんだろうか?
とりあえず考えるのはあとにして俺は皐月を追いかける
しばらく行ったところで、噴水の広場に皐月はたたずんでいた
「皐月…。」
俺の声に皐月はぴくり、とも動かない
だけど俺はかまわずに続ける
「突然変なこと言ってごめんな。皐月の気持ちも考えずに…。」
「私も…夏樹君のことは好きだよ…でも、だめだよ…。
 夏樹君は私よりもっとお似合いの人がいるよ…だから…」
「皐月!!」
皐月の言葉を遮り、背後から皐月を抱いた
「…誰だって好きな人のそばにいられればそれで…いいんじゃないか?」
俺のほうこそ、皐月には不釣り合いの男かもしれない
だけど皐月のことが好きだという気持ちはずっと、変わらない
だから皐月が変われというならそのために努力する
皐月と一緒にいられればそれだけでいいから…
「夏樹君は私のわがままを受け止めるには…優しすぎるもん。
 だけど…だけど私も夏樹君が好き…!
 なのに…嘘つかなきゃいけないの…もう嫌だよぉ…!」
背中越しに皐月の涙を見た
「皐月がなにを心配しているのかは俺にはわからない。
 でも…その気持ちが本物なら俺はずっと受け止め続ける。
 皐月の心配事だって、絶対に吹き飛ばしてみせる。」
だから俺はその涙を、悲しみを少しでも受け止めたい、少しでも軽くしてやりたい
「本当に、私で…いいの?」
「俺は皐月しか好きにならない。それは今も、これからもずっと変わらない。」
これが本当に人を好きになるという気持ちなのかもしれない
言葉にできない部分でそれを感じている
良子ちゃんに返事をした時にはなかったモノ…
そんなモノを…見つけた気がした
「私のこと…忘れないって誓える…?」
「…そんなことがあるもんか。15年間忘れたことがなかったんだぞ?
 これからなにがあっても俺はお前を忘れたり…しないよ。」
皐月は…何かを確認するように言葉をつむぐ
そして一呼吸置いて皐月はこちらを向いた
その目には涙と微笑みが浮かんでいた
「じゃあ…一つわがままを聞いてください。」
「ああ、なんでもどうぞ。」
その笑顔のまま皐月は…
「誓いの…キスをください。」
日に照らされた頬を光る涙がとめどなく伝っていく
初めて見るようなまぶしい笑顔
皐月の言った事、必ず守ってみせるから
だから俺はそのわがままに応えた
そっと…口づけを交わす
その小さな唇に触れる
夕日で長くなった影が重なった
皐月の涙はもう止まっていた
「…ありがとう、夏樹君。」
恋人としての皐月の、最初の言葉だった


8/10(金)


「おはよう皐月。」
「おはよう、夏樹君。」
今日も俺達は朝からバイトだった
皐月が入ったので先輩はシフトから外れている
つまり今日は二人だけということだ
ちょっと気恥ずかしさが…ということもなかった
こんなことありえないと言われるかもしれないけど…
俺と皐月は会えなかった時も心のどこかがつながっていたような気がする
だから再会したあの時も不思議と“懐かしい”と思うことはなかった
どちあかと言えば、皐月とまた会えたという衝撃があったかもしれない
二度と会うことはできない、と子供心に思ってしまったし、
当時のままで記憶は止まっていたから、懐かしさではなく新鮮さが勝っているのかもしれない
だから俺も皐月も、いつもとまったく変わらない
ただもう一つ…今までになかったものがつながった
そんな曖昧なことは感じている
二人で一緒のものを作り共有しようとする恋ではない
すでにあるものを二人で守りそれを発展させようという愛がここにある
そんな風に…勝手に思っているだけだったりする
「夏樹君、だいじょぶ?なんかぼーっとしてるよ?」
「うん、なんでもないよ。ちょっと考え事を。…んじゃ仕事するか。」
そんなことより仕事仕事…っと
二人の心はもうつながっているんだから
一緒に歩いていけばいい、ただそれだけだから
とはいえ俺の勝手な自己満足かもしれないけどなぁ…
「あ、明日二人とも休みなんだね〜。」
そんなおり皐月がシフト表を見て声をあげる
実はバイトが四人になったので土日を交代で休めるようになりました
なので高村(大学の友人A)と出かけるからって休みにした覚えがある
しかし高村の都合がつかずに家事の一日になりそうだった
「ねえねえ、明日暇?」
「かなりね。」
皐月の問いに即答する俺
しばらく見合った後
「でかける?」
「うん♪」
そんな会話でデート決定
早速書籍売り場から近隣の情報誌「まんぼう」を持ってくる
「まんぼう」はこの地域でしか発刊されていない地域限定の情報誌だ
確か実家に帰ると「いるか」という名前に変わったはずだ
さてさて、なにか面白いイベントやってないか…な、と
皐月と一緒に面白そうなものを探す
「あ!この“期間限定海の近くにお泊まりパック”は!?」
「いや、日曜日バイトだから泊まりはまずいって。それに海行ったばっかりだし。」
泊まりは…いろんな意味でまずい
とてもじゃないがリラックスできそうにないので却下
「じゃあこっちの“夏を満喫!高原の旅”は?」
「宿泊旅行から離れなさい。」
つまんない〜、と皐月は座って足をばたばたさせる
「あんまりそういう事言ってると狼に食べられるぞ?」
なので脅す意味で少しセクハラまがいの事を言ってみたが
「え、おーかみ…?赤ずきんちゃん…?」
意味が伝わらなかったみたいで言った俺の方が恥ずかしくなってしまった
どうも見ているページが悪いようなのでパラパラと適当にめくってみる
「あ!水族館で限定イルカショーだって!」
皐月が止めたページにはイルカが2頭揃ってジャンプしていた
水族館か…夏だしいいかもしれない
それにここ、オープンして間もないからまだ綺麗みたいだし…
「ん、場所も近いし…ここにしようか?」
「うん、ここにしよう〜!…イルカに触れるといいなぁ〜♪」
ほけ〜っと目をつむり半口をあける皐月
きっと今の皐月は頭の中でイルカと戯れているに違いない
皐月にとっては何事も新鮮に感じるんだろうな…
って言っても俺もイルカには触ったことはないけど
なにはともあれ皐月は夢の中に浸ったみたいでうすら笑いを浮かべている
俺はそんな皐月をこっちに呼び戻すと明日について話し合った
「あ!“イルカショー情報はFAXで!”だって!」
「お、ほんとだ。」
夏季限定でイルカ、アザラシのショーを開催しているらしい
しかし1ページだけの特集だったので詳しい事は載っていない
「じゃあここのFAXで今から取り寄せようか。時間とか合わせて行った方がいいしね。」
「うん、じゃあお願いします。」
皐月から本を受け取ると奥のFAXに向かう
ええと…番号押して、スタート、っと
ピピーー、ガーガー
電子音と紙送りの音が事務室に響く
しばらく時間がかかりそうだったので俺は一旦表に戻る事にした
俺は扉を空けようとノブに手をかけた
「夏樹君…ごめんなさい。」
皐月のつぶやきが聞こえた
消えそうな声を、なぜ扉越しに聞く事ができたのかはわからない
だけど確かに、はっきりと皐月はそう言った
なにがごめんなさいなのか…俺にはわからない
それに当然その事について聞く事もできない
ただ痛く鋭い刺となって心に残っていた
そんな風に扉の前で止まっているとFAXが届く
それを俺は持って
「おーい、皐月。FAX届いたぞー。」
「あ、どれどれ?いるかー、いるかー♪」
先ほどの空気を流すように俺は皐月とFAXに目を通す
そして来たる楽しい日について話しあった




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